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旅路

 ドゥマの北、シレーヌ大河の南岸の船着き場に『死』達の姿があった。

 彼らの傍らには揉み手をする小男の姿もある。平民より少し身形の良い、前歯の大きな胡散臭げな雰囲気をまとった小男だった。


「いやー、『死』の旦那。昨日の今日でこれだけの荷物を用意するのは骨が折れましたぜ。

骨が折れた分、頂けるもんに色を付けて欲しいんでさぁ」


 小男と『死』の側には、大きな荷馬車に大型の馬4頭がつながれていた。

 荷台には、中身は何か解らないが大きな樽が積めるだけ積まれている。


「モブラ、ご苦労だ。ほらよ」


 『死』が埋葬着の中から小振りの皮袋を取りだし、モブラと呼ばれた小男に放る。

 皮袋を受け取った小男はイソイソと皮袋の中を確認すると、上目使いに『死』を見る。


「いやいや、旦那。こんだけだとこっちに足が出まさぁ」


 ちらりと見えた皮袋の中身は1万リヤル金貨がぎっしりと入っていた。荷台の荷物が何か知らないが大概の物はそれで間に合うはずだ。その小男は吹っ掛けているのだ。

 事実、小男の額には寒い冬の朝にかかわらず、緊張からか脂汗がキラリと光っていた。

 だが『死』は再び埋葬着の内に手を突っ込むと、同じくらいの皮袋を取りだし放り投げた。

 その皮袋を受け取った小男は、重さで先の皮袋と同じ物と理解したのか、きししと笑った。


「きししし…。毎度あり♪」


 二つ目の小袋の中身を確認しようとしたモブラに『死』が顔をグッと近づける。


「世話になったな、次の仕事も“宜しく”頼むぞ」


 『死』が“宜しく”に強いアクセントを付けて小男に話しかける。小男は『死』の威圧感に、更に汗を流す量を増やす。


「き、きしし…。旦那には敵いませんな。じゃあ、あっしはこれで…」


 小男は脂汗を掌で乱雑に拭うと、こそこそとドゥマの町に逃げるように姿を消した。


「よかったんですか、『死』さん。さっき渡したのって全部で50万リヤルはあったんじゃ…。それにもう一袋つけるなんて…」


 アンの批難めいた言葉を口にした。

 荷馬車の相場はこの程度の荷馬車なら馬込みで30万リヤル位だろう。

 ところが『死』は肩を竦めこう言い放った。


「2個目の袋は量増しだ。底に鉛のコインを入れてある。一個目のも底は銀貨。

50万リヤル払ったぐらいだ。奴も今頃は中身を確認して悔しがってるはずだ」


 アンに顔を向けニヤリと悪い笑みを浮かべる『死』。


「荷馬車と馬4頭。荷物の内訳は火酒と旅の用具。ざっと全部で50万リヤル。奴の儲けは数千リヤルといったところか。

俺からむしり(・・・)取ろうなんざ、10年(はえ)え。くくっ…」


 レフォンも『死』の肩で革表紙の本を見ながら微笑んでいた。

 アンは言葉が出ないほど呆れた。その呆れたアンを尻目に『死』はモブラの用意した馬車にさっさと乗り込み手綱を取る。


「ほれ、早く乗れ。置いてくぞ」


「…あっ!待ってください!」


 慌てて飛び乗ったアンを乗せ、『死』が操る大型馬車はガラガラと走り出した。





「北に行くんですよね?」


 御者席で馬を操る『死』に風で髪をなびかせるアンがたずねる。

 レフォンは『死』の肩から降りてアンと反対側の助手席にアンと同じく白いケープと豊かな黒髪をなびかせながら座っている。勿論、革表紙の本を読みながら。


「ああ、そうだ。シレーヌ河を渡り北に向かう」


「北って人が少ない荒れ地ですよね」


 手綱を操りながら『死』が答える。


「ああ、そうだ。件の副宰相の主導で農地開拓を進めているが、うまくいってないのが現状だ。

開拓村が2,3あったと思うがその先は人間の村はない」


「村はないんですね…。なら野宿かー…」


 アンはこの時大きな聞き違いと思い違いをしていたが、『死』もレフォンもそれを正そうとはしなかった。

 馬車はシレーヌ河沿いに設けられた馬車用の船着き場に向かってゆっくりとと進んでいった。











 ほぼ同時刻、ドゥマ城の一郭の執務室。

 昨晩、ヤゴエモンにこっぴどく叩きのめされた騎士、アクセルト=ルーベントは毛足の長い絨毯の上に平伏していた。

 頭を下げた先には、爪を噛みながら不機嫌さを隠そうともしない初老の気難しそうな男が執務机に座っている。

 “件の副宰相”、ルーデン=バルエ=ロンサムその人である。


「…まったく、余計なことをしよって…!」


 ルーデンの言葉にアクセルトとが震えながらより頭を下げる。


「し、しかしながら、かの者の横暴は目に余り…」


「手出し無用と言ったはずだ!」


 ルーデンの一喝にアクセルトの頭が更に下がる。これ以上下げようのない頭は、執務室に敷き詰められた華美な絨毯に押し付けられた。


「…もうよい。下がって任に戻るがよい」


「は、ははっ!!失礼いたします!!」


 そそくさと退室したアクセルトを確認したルーデンは、広い執務室に一人、窓辺に立ち外を眺めた。その間も彼は爪を噛みっぱなしである。


「先祖の仕出かした事でこのワシにまで禍根が及ぼうとは…!」


 そう呟いたルーデンの視線の先、町並みの向こうに広がるシレーヌ河の眺め。そのドゥマ側の岸には、開拓資材を運ぶ用の大型運搬船に乗り込む大型馬車が微かに見えた。

 その御者席に座る男が、自分の秘密を握る全身黒尽のあの憎き男に見えて、ルーデンは更に爪をガリガリと音を立てて噛んだ。


「おのれ、『死』め…!ワシの功績は、ワシのこの地位は、ワシの者だ…!

顔も知らぬ先祖の犯した罪なぞで、揺らぐ事なぞあってはならんのだ…!」


 老人の言葉の意味とは裏腹に、その裏に隠れた心情は恐れ怯えを含んでいた。

 それは即ち、『死』が保有している情報がこの老人の立ち位置を危うくするのに十分な効力を発揮するのを意味している。

 それをルーデンが自覚したとき、ルーデンの執務室に彼の爪の噛む音が、更に鈍く大きく響くのだった。


「…おのれ…!…おのれ…!」





















 当初アンが危惧したより旅は順調に進んでいた。ドゥマでのあの一晩におこったような騒動は1つも無かった。

 密かに身構えていたアンにしたら拍子抜けもいいところである。


 日のあるうちは馬車に揺られ、日が傾いてきたら途中の開拓民の粗末な村で宿泊。シレーヌ河の北岸に広がる荒野を黙々と北上を続け、既に3日が経過していた。

 黒き城を擁するドゥマの偉容は、いつの間にか地平の霞の彼方に消えていた。



 その間おこった問題らしい問題といえば、2泊目の村をたとうとした時、村人達にこれ以上北上するのを止められた事ぐらい。


 彼ら曰く、これより北の地は妖精族の土地だと。人が踏みいると、彼らに拐かされ、酷いときには命を取られると。


 開拓民の村人達に止められはしたが、そこは厚顔不遜な『死』。

 「問題ない」の一言で彼らの制止を振り切った。

 そして馬車を走らせること一刻。辺りの風景は何時しか荒野から黄色に枯れかけた肥沃な草原に移り変わっていた。




 下生えの高さは人の膝下位。行くのは微かに踏まれた後が見て取れる荒れた馬車道。地面も平坦で固く締まっており、馬車の運行には問題ない。4頭の馬は僅かな登りも何のその、並足で軽快にアン達の乗る馬車を引っ張っている。

 アンは『死』やレフォンと特に会話するでなく、ぼんやりと黄色い草の大海原を眺めていた。

 ふと、視界の端に動く影が目に入る。


 ――野兎?


 野兎なら狩って今晩のオカズの一品にでもと、アンは投げナイフに手を伸ばしその動いた物に目をこらす。

 その影は馬車から逃げる事なく、むしろ近づいて来る。

 その影は子供だった。


「おーい♪」


 その茶色の癖っ毛の子供はアン達に声をかけ、笑顔で草木染めの衣服を着た可愛らしい手を振ってきた。

 アンも反射的に手を振り返す。だが、そこではたと気付いた。この子供は何処から(・・・・)やって来ているのかと。

 馬車で一刻の遠い距離に子供が一人で来れるはずがない。迷って来たならあんなに楽しそうに笑うはずがない。


「『死』さん、レフォンさん、子供です!こんな所に子供がいますよ!」


 そんな騒ぐアンに『死』からの返事はすげなかった。


「子供じゃねぇよ、ホビットだ。ここら辺りなら、『草氏族(くさしぞく)』のやつらだ。

放っとけ。構うと奴等は“借りる”と称して、俺らの荷物から何でもかんでも盗みやがる」


「でも…」


 食い下がるアンを無視し、『死』は馬に鞭を入れる。馬車の速度がグンとあがった。

 途端に馬車に並走していた子供ホビットが後ろに引き離されていく。


「おーい!おーい!おーい…」


 ホビットと呼ばれた子供はにこやかな表情のまま、馬車の後ろにどんどんと遠ざかっていった。

 アンはその姿をいつまでも見つめる事しか出来なかった。 

 



 何度かの馬の小休止を挟み、日が暮れてきた頃に『死』は馬車を止めた。

 側には小さな泉があり、夜営にはもってこいの場所だった。アンは今夜は野宿だろうと、馬車から飛び降り荷台から途中で拾った薪を下ろそうとする。


「おい、何してる。止めろ」


 そんな夜営の準備をしようとするアンを『死』が止めた。


「夜営するんじゃないんですか?」


 薪を抱えたアンが疑問をのべる。


「まあ、見てな」


 夕闇が近づいているなか、『死』はうろうろと泉の周りを歩き出した。時たま地面をガツガツと蹴る。


 ――何をしてるんだろう?夜営の準備をしなきゃ、じきに暗くなるのに…。


 困惑の表情を浮かべたアンはそれを眺めていた。


「…ここだ…」


 ある一点に狙いを定めたのか『死』がピタリと止まる。

 と、次の瞬間、猛烈な勢いでその地面を蹴り出した。地面を踏み抜かん勢いである。


「こら!出てこい!『泉氏 族(いずみしぞく)』!」


 突然の『死』の奇行にアンは口をアングリと開けて、持っていた薪を取り落とした。


がすっ、がすっ……


 『死』の蹴りの勢いに見る見る内に地面を覆った草が剥げ、黒々とした地肌が剥き出しになっていく。

 と、突然に泉横の繁った草むらから小さな人影が飛び出し、おたおたとしながら『死』に叫ぶ。


「やめい!わしの家が崩れる!」


 その人影は昼間出会った子供ホビットと同じ背格好をした子供だった。

 昼間の子供ホビットより濃い茶色の癖っ毛に愛らしい顔立ち。その小さな体を草木染めの質素な衣服で包んでいる。

 だが、彼を人とは違う者だと示している物も見てとれる。それは茶色の癖っ毛から飛び出した尖った耳であり、また裸足の足に生えた獣もかくやというモウモウとした毛である。

 

「やっと出てきやがったか。今日一晩泊めてくれ」


 『死』はその子供ホビットにニヤリと笑うと、再び地面を蹴った。レフォンは夕暮れの明かりの下、我関せずと革表紙の本を片手に無表情で馬に飼い葉と水をを与えていた。


「わーかった!解った!だからそれをやめいと言うに!」


 その子供ホビットは幼い顔に似合わない落胆の色をうかべると、『死』の申し出を受け入れた。 


 突然の出来事についていけないアンをよそに、その日の宿は『泉氏族』と称するホビットの家に決定した。




  

 

 そのホビットの家の入り口は泉の側の草むらの中にあり、ちょっと見ただけではわからないよう偽装されていた。


 ドントと名乗ったそのホビットは、馬の世話を終わったアン達3人をその穴蔵の一室に招き入れた。

 アンは馬をそのまま泉のそばに置いておく事を心配したが、ドント曰くこの辺りは馬を餌とするような大型肉食獣はいないとの事。


 大柄な『死』が何とか潜り抜けた先、そこには大人が7人は十分に横になれるスペースが広がっていた。


「悪いな」


「悪いなんて思っておらんじゃろ!」


 ドントはプリプリと怒りながらも部屋の隅の小さな棚や飯事(ままごと)用のような台所をあさり、食料を出してくれた。

 どんぐりが入っているパン、兎肉と野菜のシチュー、素焼きの陶器ジョッキに入ったエール。

 子供用のような小さな卓の上に質素だが美味そうな食事が並べられる。

 『死』のいつもの「食材に感謝しろ」の一言にアンは祈りの所作をする。ドントも、彼らホビットにも祈る物があるらしく、手を頭の上で組んでいる。

 流石に椅子に直接座ると小さすぎるため、アンと『死』とレフォンは床に直接座ってドントの出してくれた食事を楽しんだ。




 食事が終わると、ドントが家財を部屋の隅に押しやり、3人の横になる場所を開けてくれる。

 『死』達3人は布団代わりの外套にくるまる。


「ありがとよ、ドント」


「ありがとうございます、ドントさん」


「…ふん…!」


 ドントは別の部屋で寝るのか、入ってきたのとは別の穴に行ってしまおうとしていた。 レフォンがドントに黙礼する。


「……ふん……!」


 ドントは暖炉の明かりの中で、解るか解らないくらい頬を赤く染めると通路の向こうに消えた。

 初めての穴蔵の中で外套にくるまっただけだったが、アン達の眠りは安らかなものだった。






 次の日から、日の有る内は馬車で走り、日が傾いてきたらホビットの穴蔵を見つけて泊めてもらう旅程となった。

 それぞれが、『穴氏族(あなしぞく)』と『崖氏族(がけしぞく)』と『藪氏族(やぶしぞく)』と名乗った。

 ホビット達はドントと同じく言葉ではアン達3人を迷惑そうに言いはするものの、皆が3人を手厚くもてなした。






 そうして3日が過ぎた頃、一行はルーサンの屋根と言われる神々の山脈の裾野に広がるエルフの森(アールブン・ヴァルト)の南端に到着した。

 『死』は何の躊躇いもなく森に空いた小道に馬車を進めようとした。

 だが、それを止めようとする者がいた。



 ひゅんという風切り音の後、馬車の先の地面に刺さる幾本もの矢。尾羽は大鷹の上等な矢だった。

 『死』は手綱を引き、馬車の馬は驚いて後ろ足で立ち上がる。それを巧みな手綱捌きで押さえる『死』。


「…出やがった、“自称”森の番人め…。

おら、エルフども!いるんだろ!出てこい!」


 森の木々の暗がりより出てきた幾人もの人影。その数30余り。

 それは美麗な人達だった。金で創ったかのような波打つ髪。エメラルドを磨いて造ったかのような緑の瞳。誰も彼もがすっと通った鼻筋、その下には薄く美しい唇。肌は皆が絹のように白く、染み1つない。

 皆が女性のような優美な顔の造りをしていた。

 そして、彼等達をエルフと解らしめている物。ホビットの耳より長く尖ったその2つの耳は、各々の黄金の髪を貫き天を指していた。

 そのエルフ達。ほとんどが弓に矢をつがえ、アン達一行に向かって弦を引き絞っていた。


「よう、くそエルフども。この先のドワーフどもに野暮用だ。通らせてもらうぜ」


 『死』の言葉にエルフの代表者とおぼしき女性が弓列の中から一歩前に踏み出した。


「貴様か、『死』よ。汚らわしき人間が我らの森を切り開きに来たのかと思ったぞ」


 彼女が弓を持たぬ左手を挙げる。途端にエルフ達はつがえた弓をお納めた。

 その様子に納得する『死』。


「…お前、ディトリー…か?よう、通らせてもらうぜ」


「久しいな、『死』よ。幾年ぶりか」


「さあな、かれこれ百年振り(・・・・・・・)か」


 ざわり…


 エルフの間に動揺のざわめきが起こる。人の時とすれば、百年はあまりにも長い。生を受けて死するまでは充分なほどに。

 アンもエルフ達と同様に動揺していた。

 人同士の会話であれば冗談の一言で済まされるだろうが、相手はエルフ。伝承が確かなら3千年の悠久の時を生きる人種だ。冗談の一言で済ましていいものか…。


 ――『死』さんが100歳以上?…そんな馬鹿な…。


「じゃ、通るぜ」


 馬に鞭を当て馬車を森に開いた小道に進めようとすると、そのエルフ(ディトリー)は素早い動きで馬車の前に立ち塞がる。


「森に入るなら1つ言っておく。通るならば森の木に傷はつけるな」


 馬車を寸での所で止めた『死』がその女性ディトリーに噛みつく。


「ディトリー、お前!危ねえだろ!その事なら知っている!」


「お前と『生』は知っているだろうが、その人間の女は初めて見るのでな。念のためだ」


「…解ったよ。だが薪位はもらうぜ」


「ならばよい。通れ。人間の娘よ、良き旅を!」


 今度こそ本当にエルフ達は馬車に道を開けた。

 レフォンがエルフに黙礼する。エルフの何人かはレフォンに黙礼を返すと、エルフ達は森に姿を消した。





 森の旅は大変だった。山脈の裾野を更に北上しようとするのだから、道は険しく、ずっと登り。

 道も悪く、何度も馬車の車輪が嵌まり込み立往生した。その際にはレフォンが手綱を握り、『死』とアンが馬車を後ろから押した。

 問題は道だけではない。馬車の周りを取り囲む幾つもの煌めく目達。

 昼間は狼。夜はそれに加えて虎や豹もその集団に混じる。

 エルフの森のあらゆる肉食獣がアン達一行を常に取り巻いていた。

 更にここにきて何とか守っていた空模様が一変。晩秋の冷たい雨が降りだす始末。

 様々な要因が一行の体力をどんどん奪っていった。

 …まあ、疲れていたのはアンだけで、『死』やレフォンは何事もないように、けろっとしていたが…。




 森の小道を騙し騙し進むこと4日。ついにに森を抜け、低木と草と苔の生えた荒岩がゴロゴロと転がる神々の山脈の斜面に出たのだった。


 と、ここで『死』はまたもや奇行にでる。


「おら、ドワーフども酒だぞ!!」


 馬車を飛び降りるなり、神々の山脈の端から端にに轟かんばかりの大声で怒鳴ったのだ。

 響く木霊。アンはやつれた顔に驚きの表情をうかべるのがやっとだった。何故、人が居ない所で叫ぶのか聞く元気もなかった。

 いくら旅馴れているといっても、雨に降られながら肉食獣に囲まれた夜営は彼女から気力と体力をごっそりと奪っていた。




 だが『死』の奇行は今回も結果を示した。

 木霊が消えるか消えないかの内に、岩の陰から小柄でガッチリした人影がワラワラと飛び出してきたのである。


「おうおう、『死』じゃないかの!」


「何じゃ何じゃ、客かの?」


「何じゃい、今の声は?」


「『死』だの!『生』のお嬢ちゃんもおるの!…それと見知らぬ女だの」


「何!?『死』と言ったかの!?酒、酒はあるのかの!?」


「『死』のあんちゃんと『生』の嬢ちゃんと、…見知らぬ嬢ちゃん、ドワーフの穴蔵ガリエック・ルドニークへようこそだの!」


 小柄な人影達は荷馬車にワラワラと群がると妙に手早く酒樽を下ろしはじめた。

 アンはその姿達に既視感があった。彼等を指差したアンの手がわなわなと震える。

 子供のような小さな、だが妙にがっしりとした体躯。伸ばし放題の髭と髪は褐色か白の2通りが居る。

 だが、その姿はドゥマに残してきた…


「ゼフトさんが、一杯!?」


アンはあまりの衝撃と疲れから、目を回して倒れた。

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