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契約と試験と奇妙な人達と豪華な夕食と

 何とか1月中に書き上げました。

 では、どうぞ♪


 途中に涙を交えながらのアンの長い話は終わった。


 『死』は話を聞き終わると何も言わず、1つしかない目を瞑り考えこんでしまっている。

 ゼフトは何時の間に何処から出したのか、小さな椅子に座り、動かない『死』を見ている。

 アンは涙を拭き、固唾を飲んで『死』を見つめている。



 そんな状況が半刻ほど続いたろうか。



 突然、『死』が大きく息を吸い込み、深い溜息を吐いた。


「…無駄に話が長ぇな。

…まあ、興味深い点が幾つか有ったけどな…」


 アンの話を聞く間も崩さなかった頬杖を付いた姿勢から、大きく背を反らし肩を竦め首を回す『死』。

 パキパキと首の筋の鳴る音が聞こえる。


「今から幾つか質問させて貰う。

それで依頼を受けるかどうか決める。

…構わねぇな」


 アンは無言で頷く。

 『死』は今度は左腕と左膝で頬杖を付き、アンに向かって右掌をかざすと不思議そうな顔をするアンを余所に質問を始める。


「まず1つ目の質問だ。

アンさん、お前が代金に払うと言った2000万リヤルは何処から出すんだ?」


「シノギ村のテッコ山を売り払います。

お母さんがまだ生きていた時、山を買いたいという鉱山師の人がいました。

その人は2500万リヤルで買いたいと言ってました。

…だから、出せる額は2000万リヤルです」


「残りの500万は?」


「お父さんを助けた後の生活に向けての準備資金です」


「なるほど…、堅実だねぇ。

では次の質問だ。

何故1人で親父さんを助けに行こうとしている?

相手は“氷の大地の民”だぞ?

昔程の勢いは無いが、戦士の数だけで1000は居るはずだ。

リーグ族はその中でも少数だが、それでも100を越える戦士を相手に戦う事になる。

余所からの侵入者で自分達の財産たる奴隷の親父さんをカッサラうというなら、女子供老人、一族皆が武器を手にお前の前に立ち塞がるぞ」


「…考えの浅い行動かもしれませんが、私には何の後ろ盾も有りません。

泣き寝入りするのが普通でしょう。

でも、今もお父さんは彼奴等に命令されるがまま、今も作りたくもない武器を作らされていると思います。

そんな状況から早く助けてあげたいんです!

それには、此処で魔法の義足を作って貰うのが1番早いと思ったんです」


 アンが奥歯を噛みしめる。


「それが本心か?」


「本心です!

死ぬ気はありません」


 アンの埃まみれの膝の上の拳が力を込めて握り込まれる。


「…ふむ。

じゃあ、国軍には頼らないのか?」


「リール砦の兵士の数では、守るのが精一杯なはずです。

おまけに“船乗りの墓場湾”の警備に兵数を裂きました。

東のアムネリアとの関係も良好とは言えない中、王都からの増兵は無理でしょう。

多分召集を呼びかけても、“氷の大地”に攻め込むのであれば、傭兵達は集まらないでしょう。

相手は勇猛果敢な北の蛮族です。

ルーサンには“氷の大地”に攻め込む余裕のある兵力は居ないはずです」


 『死』の質問に答えるアンは、憔悴した危機迫る表情ながら、目だけは精力的にギラギラと輝いていた。


「ご高説、ありがとうよ。

田舎の鍛冶師の娘のくせに良くご存じだな。

何処からその知識を仕入れた?」


「1月も国の端から端まで旅したら、色々見えてきます。

それにゲルンが貨物馬車を砦に頻繁に行き来させていたので、村にはいろんな噂が入って来てました。

それを私なりに解釈した見解です」


 アンは自嘲気味に小さく笑った。


「乳臭いガキのくせに、たいした見識をお持ちのようだ。

…では、次の質問だ。

レンジロウ=シノギの子孫なのは本当か?」


「…そんな事、今回の事に必要なんですか?」


「重要だね。

教えてくれなけりゃ、気になって今夜は寝れやしねえかもな」


 未だに目を瞑ったまま、小馬鹿にするように小さく笑う『死』。


「…証明できる物は何も有りませんが、そう伝わってます」


 アンは『死』の物言いに不快げに口を軽くへの字に曲げたものの、律儀に答えた。


「…そうか。

では次の質問だ。

カシエって吟遊詩人は何者だ?」


「えっ…、カシエさん…ですか?

何故?」


 予想外の質問に碧の瞳を丸くするアン。


「母親を殺され、父親を連れ去られ、両足を無くした。

そのショックで心の壊れた人間を、1度の会話で治せる奴に興味が湧いてね」


「…カシエ=エラっていう旅の吟遊詩人の方です。

リュートの弾き語りをしていて、特にアサルト=ルーサン王の叙述詩を好んで弾いてました」


「容姿は?」


「年齢は確か26才です。

身長は高くて、60トトス(約180cm)くらい。

体型は細身です。

髪は暗い金髪。

瞳は右が黄色で左は虹色みたいな不思議な色でした。

顔は細面で貴族みたいに整っていて、村の若い女の子達はキャーキャー言ってました。」


「お前はその貴族様に黄色い声をあげなかったのか?」


 悪戯をする子供のような目で『死』の灰色の瞳がアンをチラリと見てまた閉じる。


「…何だか苦手なんです、あの人」


「…そうか。

では最後の質問だ。

…何故、嘘を付いた?」


「嘘なんか付いてません!」


 突然の『死』の「嘘」の言葉に、食ってかかるアン。


「お前は俺に会って最初に“殺すかもしれない”と言った。

だが、話の中では“全員殺してやる”と言ったんだぜ。

親父さんを助けるためだけなら、全員を殺す必要は無ぇ。

…この嘘のペナルティはデケぇぞ」


 閉じたままでいた灰色の目を開いて、アンを睨みつけた『死』は続ける。


「…本来なら代金は、今現在持っている物の中から3つを除いた『全て』、っていうのがウチの店の決まりだがな。

…だがアンさん、お前は持ってる物を全て差し出して貰おうか。

ついでに親父さんのもだ。

それがこの依頼の契約代金だ。

この条件を飲むなら、お前の依頼を受けようと思うんだが…。

どうだ?」


「…私とお父さんの持ち物全部を渡せば、魔法の義足を作ってくれると?」


「あぁ」


 先ほどから睨んだままで、不機嫌そうな表情のまま頷く『死』。

 持っている物全てを頭に思い浮かべようと、アンは1月前出てきた実家の記憶をひっかき回した。



 ――山は元々売るつもりだったから関係ないとして…。


 ――シノギ村にある家と家財道具、お父さんの仕事道具、少しの鋼の在庫、お父さんの武器以外の文献資料、お母さんのアクセサリーが少し、唯一の玩具だったお母さんから貰った女の子の人形、お父さんから貰った刀、腰に下げてる剣、両足の義足…。


 ――…無一文か…。



「全財産を払え、という事でいいんですよね?」


「そう言ったつもりだが?」


「今着てる服もですか?」


「契約したら、今ここで脱ぐ気か?」


 不機嫌な表情から一転、意地悪な笑みを浮かべる『死』。


「そっ、それは嫌です!」


 アンは顔を耳まで赤らめ否定する。

 慌てて両手で慎ましやかな胸を覆い隠す。


「別にお前の裸なんざぁ、見たかねぇ。

メスガキのケツ見て興奮する趣味はねぇよ。

俺が欲しいのはお前等家族の“全て”だ。

身包み剥がして捨てるなんて非道な事はしねぇよ。

安心しな」


 『死』の言っている意味が解らず、胸を隠したままキョトンとするアン。


 ――今の言葉の様子では、価値のある物にしか興味が無いという事かな?


「…価値の有る物だけが欲しいんですか?」


 考えをそのまま言葉にしてみるアン。


「あぁ、そうだ。

“価値の有る物”が欲しいだけだ」


 いつの間にか不機嫌な顔に戻った『死』が即答する。


 ――何だか釈然としないけど、それならば…

「…契約を結びます」


『死』の目を見つめて、アンは覚悟を決め宣言した。


「…解ってると思うが、俺等はカタギのモンじゃねぇ。

裏社会に籍を置くモンだ。

そんな奴等と関わりを持つって事…。

…その意味は解るか?

骨の髄までシャブリ尽くすかもしんねぇぜ?」


 神妙な顔で、無言で頷くアン。


「アンさんよ、もしかしたらカタギの世界に帰れないかもしんねぇぜ。

今なら、後戻りは出来るんだが…」


「後戻りはしません。

お父さんを助けます」


 アンは堅い決意を胸に答える。


 ――例え無一文でも、お父さんと2人で力を合わせれば生きていける。


「…そしてリーグ族を皆殺しにするか、お前が奴等に捕まって殺されるか慰み者になって、親子で仲良く奴隷をするってか?」


「そっ、それはっ…」


 『死』の容赦ない疑問に、アンは目線を下げ下唇を噛んだ。

 その様子を不機嫌そうに睨んでいた『死』は、やがて小さな溜息を吐く。


「…まあ、それは追々矯正(・・・・・)するとするか…。

ゼフト!契約書と試験片の入れ物持ってこい!」


「…契約してもらえるんですか!?」


『死』の言葉に、勢いよく顔を上げ『死』を見るアン。


「…お前はすぐに後悔する…」


 『死』の渋々の言葉に驚喜するアンだが、『死』が不機嫌そうに呟いた一言が聞こえたのか聞こえなかったのか…。

 『死』の指示にゼフトは小さく頷くと、右側の赤い扉を開き、その向こうの暗闇に足早に消える。

 すぐに右手に板を1枚と、左手で木の箱を小脇に抱えて現れた。

 短い足でドアを蹴って閉める。


「…旦那」


 ゼフトが板を『死』に渡す。

 板の上にはペンと墨壷と紙が1枚乗っていた。

 『死』は何かを書き始める。

 サラサラと書き終わると、1度内容を確認するように灰色の瞳で眺め、板ごとアンに突き出してきた。


「内容を確認して名前を書きな」


 伝説の職人と呼ばれている男に渡された板を、何が書いてあるのか恐る恐るのぞき込むアン。

 突き出された板の上の紙には、表の扉に掛けてあった看板と同じ癖の有る字でこう書かれていた。


『契約


『死』こと、イーガル=ストライダは下記の契約者と以下の契約を結ぶ。


1.『死』ことイーガル=ストライダは、下記契約者の望む物を作製する。(技術的、物理的、倫理的に不可能な者は除く)

2.下記契約者は1.の対価として、『価値ある全て』を被契約者たる『死』ことイーガル=ストライダに譲渡する。(譲渡時期は、下記契約者の決めた時期とする。要、時期記載)

3.下記契約者は譲渡時期までの間、イーガル=ストライダの言葉を必ず守る事とする。

(技術的、物理的、倫理的、精神的に不可能な者は除く)


契約者

譲渡時期      』


 読み終わると、『死』を目をまん丸に見開いてポカンと眺めるアン。


「これ…、普通の契約書…ですよね?」


 余りにも事務的な書面に拍子抜けした。


 ――禍々しい魔法陣や血で書かれたルーン文字を想像してたのに…。


 『死』はゼフトから受け取った木の箱の中身を確認しながら、面倒くさそうに答える。


「…飯屋のメニューリストにでも見えるか?

グダクダ言ってねぇで、さっさと名前と譲渡時期を書け」


 アンはもう一度契約書の内容を確認すると、怖ず怖ずと板を受け取りペンを墨壷に浸け名前と譲渡時期を書き入れる。



『契約者 アン=シノギ

譲渡時期 シエル=シノギを救いだし、“氷の大地の民”リーグ族に復讐するまで』



 アンが契約書を書き終わると、『死』は木箱の中身の確認を中断し、木箱を膝に乗せたまま契約書の板を受け取る。

 そしておもむろに目を瞑ると、今度は契約書に右手をかざす。


「…嘘を付くなと言ったはずだ」


 突然、『死』の口から厳しい語調の言葉が飛び出す。


「嘘なんか付いてません!」


 突然の言葉に、思わず大声で反論してしまうアン。


「…名前が違うはずだ…。

偽名か?

まさか、…本当はシノギじゃないってか?

“呪言師”に操られてるのか?」


 謎の言葉と共に、灰色の疑惑を含んだ目線でアンを睨む『死』。

 疑いの眼差しの中、アンは何かに気付いた。


「…あっ!

…アンリード…です…」


「…はあっ?」


 言葉の意味が解らず、素っ頓狂な声を挙げる『死』。


「あの、私の名前はアンリード=シノギです…」


「アンリード?…どう聞いても、男の名前だよな?

女のくせに胸も尻も張ってないとは思ってたが…。

…まさかお前、…女装してるのか?」


 アンの告白に、別の疑惑の視線でアンを見る『死』。


「胸や尻はこれから大きくなります!」


 アンは思わず大きな声で、妙齢の女性にあるまじき恥ずかしい反論をしてしまった。


「…旦那、旦那、アンちゃんは女ですの。

触ったから間違いありませんの」


 ゼフトの言葉でアンの顔に一気に羞恥と怒りの血が昇る。


「何時触ったんですか!」


「マントを脱がせる時に、解らんように触ったの。

…もしかして、激しく触る方が好みだったかの?」


 アンの詰問に、しれっと的外れな返答をするゼフト。


「…話が進まん、説明しろ」


 顔が赤いままのアンは、不敵に笑うゼフトを横目でちらりと睨むと、『死』に自分の名前の説明を始める。


 ――エロ爺め、後で仕返ししてやる。


「…私の名前は、私が産まれた時にお父さんが考えてた名前の中で、1番女の子の名前に近かったものを私の名前にしたんだそうです…」


「…そりゃ、ご愁傷様だ…。

よっぽど跡目が欲しかったんだな。

悪いが名前を訂正してくれ」


 苦笑いを浮かべた『死』に契約書を返される。

 先程とは別の羞恥に頬を赤らめながら、アンはさっさと名前を訂正して『死』に契約書を渡す。

 もう一度右手をかざす『死』。


「…あの、何故それで私の本名が解ったんですか?」


「秘密だ。」


 素朴なアンの疑問に、『死』は素っ気ない回答を返す。


「…良いだろう。

契約成立だ。

それじゃあ、早速試験だ」


 右手をかざすという謎の方法で確認し終わった契約書をゼフトに渡し、膝の上の木箱を左手に持ち、相も変わらず不機嫌そうな表情を浮かべた顔をアンに近づけてきた『死』。

 男性に免疫の無いアンは、思わず上体を後ろに退いてしまう。


「左右どっちでもいい。

手を出せ」


 アンは後ろに退いたまま、神妙な顔で怖ず怖ずと右拳を出す。


「手を開け。

掌は上にしろ」


 アンは言われた通りにすると、『死』は手早く数枚の金属片をアンの掌の上に置いていく。

 銀、黒、銅、金、鉛、白、…あらゆる色の金属片。

中には木片らしい物も見える。

 掌から溢れんばかりに、沢山の金属片と木片を置き終わると、『死』は次の指示を出した。


「掌を返せ」


「…落ちますけど?」


 困惑の表情を浮かべ疑問を口にするアンに、『死』はアンの右掌を見つめたまま少し声を荒げる。


「構わねぇから、返せ」


 渋々、言われた通りに掌を下に向けるアン。

 だが次の瞬間、起きた結果に目を見開く。


「…落ちない」


 その結果に満足そうに、感嘆の唸り声を挙げる『死』。

 くっつく理由が無いのに、金属や木の試験片はアンの掌に吸い付いているように離れなかった。


「ほぉ…、良い結果が出たな」


 「死」はアンの掌から試験片を手早く回収すると、少しの間思案に耽り、ゼフトに指示を出す。


「おいゼフト、“あれ”も試すぞ。

持って来い」


「!?

あれですかの?

この娘にですかの?」


 自分の座っていた小柄な椅子に契約書を置き、事の成り行きを見守っていたゼフトは驚愕の表情を浮かべた。


「そうだ。

“ファートゥム・メタル”の箱を持ってこい」


 ――“ファートゥム・メタル”?


 ――…何、それ?


 聞き慣れない名前に不安の色を隠せないアン。

 ゼフトは戸惑いながらも、先程と同じ扉を開け部屋の闇の中に消える。

 すぐに現れたゼフトの手には先の木箱と同じ物が、今度は大事そうに両手でしっかりと抱えられていた。

 やはり短い足で扉を蹴って閉めたゼフトから木箱を受け取ると、手際よく中身を確認し、『死』は再びアンに顔を近づけた。


「さっきと同じだ。

手を出せ」


 『死』の指示に、不安に顔を強ばらせながらも素直に従い右掌を出すアン。

 先程よりは数は減ったものの、同じような金属片が数枚置かれていく。

斑、金、黒、白、銀、…。


「手を裏返せ」


 『死』の言葉に素直に従うと、先程とは違う現象が起こる。

 金属片がバラバラと音を立てて床に落ちたのだ。

 落ちた金属をゼフトが慌てて拾い集める。


「掌を返して見せろ」


 再び『死』の言葉に素直に従うアンの掌の上には、銀色に輝く1枚の金属片が乗っていた。

 床に散らばった金属片を回収し終わり、結果を見て驚いた様子のゼフトと、何故か嬉しそうに小さく笑う『死』。

 その状況が暫く続いた。


「…あの、この金属は何ですか?」


 アンはその沈黙に耐えきれず、疑問を口にした。


「ミスリルだ。

聞いた事くらいあるだろう」



 『死』の口にした金属の名は、確かに聞いた事はあった。

 ただ、アンが7才の時に死んだお婆ちゃんからよく聞いたお伽噺の中でだ。

 物語の中で、勇者や妖精や精霊達が使用する金属の中の1つ。

 輝きは銀の様で、重さは羽の様に軽く、全ての妖精や精霊達に等しく愛用された魔法金属。

 お伽噺と吟遊詩人の奏でる叙事詩と古代の文献に書き記された伝説、それらにのみ登場する架空の物とされる金属。

 それがミスリル。



「…本当ですか?」


「俺は嘘を付くのも、付かれるのも嫌いなんだがな」


 アンの疑問に、掌のミスリル片を回収しながらアンを睨む『死』。

 だが次の瞬間、小さく溜息を付く。


「…まぁ、いきなりミスリルなんて言われても信じねえか…。

ゼフト、ミスリルの在庫は?」


「使う事のあまり無い金属は在庫を置く必要はねぇ、と言ったのは旦那ですの。

もちろん、ありませんの」


「…という事は北のドワーフのとこまで行かなきゃなんねぇ、って事だな」


「用意はしときますの。

行くのは旦那とお嬢さんですかの?」


「…いや、こいつも連れて行く」


 アンを指さす『死』。


「では、3人分の食料と『奴等』への土産の手配をしときますの。

出発は何時ですかの?」


「明日の昼頃だ。

悪いが、今から準備に走ってくれ。

あと、ついでにヤゴエモンとンガロを呼んで来い。

そろそろ、久しぶりの“契約”祝いだ。晩飯に“あそこ”に行く」


「解りましたの」


 ゼフトは木箱2つと契約書の乗った板を持ち、また右の扉の向こうに消える。

 現れたゼフトは革の前掛けを取り、濃紺色の防寒着姿になっていた。

 左胸には金色にキラリと輝く印みたいな物が見えた。

 勿論、両手には何も持っていないが赤い扉を足で蹴り閉める。


「では、行ってきますの」


「…道々に綺麗な姉ちゃんが居ても、チョッカイ出すんじゃねぇぞ」


「…解りましたの」


 『死』の一言に、酷く残念そうな顔で出て行くゼフト。


「さて、アンさん。

待っている間に頼みが有るんだが…。

…腰の剣を見せてくんねぇか?」


 少し迷ったが、アンは剣を吊りベルトごと肩から外し、鞘にクルクルとベルト巻き付けて『死』に渡す。


「私、聞きたい事があるんですけど…、いいですか?」


「何だ?」


 早速、嬉々とした様子で鞘から刀身を抜き、刃を灯りに照らして眺めていた『死』は、アンの言葉に短く答える。


「“ファートゥム・メタル”って何なんですか?

ミスリルってあの伝説や昔話のミスリル銀の事ですか?」


「…そんな事を聞いてどうする」


「お父さんを助けたら、私達は無一文になります。

ご飯の種に成りそうな物は多い方が良いと思って…」


「…なるほど、中々の建設的な根性を持ってるな。

知る必要はねぇが…、まあ、知る権利はあるな。

…いいだろう」


 鞘からはらった剣を眺めながら、『死』は訥々と“ファートゥム・メタル”について語り出す。


「“ファートゥム・メタル”ってのは、“秘密の金属”や“忌むべき金属”と言われる品物だ。

妖精にのみ扱い方を伝えられている金属、古代に作られ今は失われた精錬技術の金属、特殊な扱いや触媒が必要なため限られた者にしか扱えない金属、この3種類に大別される。

まあ、殆どの人の技術の大本は、妖精や精霊が人間に教えた物なんだがな。

“ファートゥム・メタル”には、一般的に知られている物は少ない。

ミスリルはその中では、例外的に存在を知られている物の1つだ。

伝説やお伽噺、吟遊詩人の歌う叙述詩によく出てくるからな。

…それと言っとくがな、ミスリル銀てぇのは合金名だ。

俺等の世界じゃミスリル銀て言やぁ、人が扱いやすいようにミスリルに銀と添加物を混ぜた粗悪品の事を指すんだ。

妖精、特にドワーフの前でミスリル銀なんて言うんじゃねえぞ。

奴等は臍を曲げるとややこしいからな」


「…あと、そのドワーフっていうか、妖精や精霊なんですけど…。

…何というか、…実在するんですか?

私、お伽噺でしか聞いた事がないんですけど…」


 『死』は抜き身の刀身のまま、柄に巻いてある握り部分の滑り止めの紐を解き始める。


「あぁ、実在する。

元は妖精達から伝えられた物が殆どだから“ファートゥム・メタル”と言うほどだ。

“ファートゥム・メタル”のファートゥムというのは、アマネウスの古い言葉でフェアリー、つまり妖精の語源となった言葉だ。

元はルーサンやアマネウスや“氷の大地の民”が存在するよりも前の、古い王国の言葉らしい。

…話が逸れたな。

確かに妖精や精霊達は存在する。

森、山、草原、荒野、海、湖、河、泉、砂漠、雨、雪、空、雲。

ありとあらゆる所に妖精達はいる。

奴等の殆どは人間が嫌いで、人間に知られないように生きているだけだ」


 伝説の職人に会って、現実的な契約書にサインし(内容は現実的とは言い難いが…)、お伽噺に出てくる妖精の話をしている。

 アンはさっきから起こる出来事に、頭の中が混乱してしまった。


 ――今日は、何という日だろう…。


 柄の紐を解き終えた『死』は、柄を丹念に調べている。


「…擦り合わせしてるな…。

…隠し目釘か…」


 何やらブツブツ呟きながら、いつの間にか刀身を足と座っている樽とに器用に挟み、何処からか取り出した細いたがねみたいな用具と木槌を手に構える『死』。


「…えっ?!

槌と鏨で私の剣に何をするんですか?!」


 ご先祖様から伝わる大事な剣に傷でも付けられてはかなわないと、声を荒げるアン。


「鏨じゃねぇよ、目釘抜きって言うんだ。

今から目釘を抜いて刀身を外すんだよ」


「…目釘?

…刀身を外す?」


「あぁ、そうだ。

良いもん見せてやる」


 不安げなアンを余所に、部屋に響く木槌の音。

 やがて柄から2本の小さな釘のような棒が、『死』の掌の上に抜け落ちた。

 今度は柄を持ち、鍔を木槌で軽く叩きだす。


 …カッ、カッ、カッ、カツッ。


 何度目かの木槌の打ち付けで、微妙に音が変わる。

 すると『死』は木槌と目釘抜きを何処かに仕舞い込み、刀身と柄を持ってゆっくり引っ張った。


「…抜けた!?」


 驚きの声をあげるアン。

 柄から刀身がするりと抜ける。



 通常、細剣を初めとする剣は、柄と刀身が一体で作られ、後から鍔や装飾を付けるのが普通とされる。



 アンは知らないが、剣の形をした刀という、明らかに不可思議な作り。

 柄の中に入っていた刀身の部分、つまり刀で言うところのナカゴの部分を確認する『死』。


「…やっぱりな。

アンさん、これが読めるかい?」


 小さく笑うとナカゴ側をアンの目の前に突き出す。

 見ると文字らしき物が刻まれているのだが、見た事がない字で全く読めないアン。


「…全然読めません」


「…言葉は子孫には伝わらなかったか…。

これには『鍛え 鎬なまくら齋

友たるジオ=ストライダの助けを借り、心鉄に“みすりる”なる金属を使う』とある」


「…へっ?

シノギ=ナマクラサイ?

ジオ=ストライダ?

ミスリル?」



「つまりミスリルを芯にして、その周りを鋼で囲んでるんだろうよ。

…という事は“四方詰鍛え”か。

この銘や柄と刀身が別の作りからすると、鍛え方は刀の方法を取ってやがる。

それにミスリルと玉鋼の鍛着なんざぁ、聞いた事がねぇ。

何を触媒にしたかは大体想像は付くが、お前のご先祖様はとんでもねぇ事したみたいだな。

唯でさえミスリル程の魔法金属になると意思を持つから、人間には扱いが難しいってのによ」


「…あの…。

…何を言ってるのか、全然解らないんですけど…。

それにストライダって『死』さんの姓ですよね?

それって、『死』さんの祖先と私の祖先は親交があったって事なんですか?」


「…さあ、それはどうだかな…。

ともかく、妖精や意思を持つ“ファートゥム・メタル”は、鉄や銅なんかの比較的に人間に親しい金属との相性が悪い。

妖精は鉄が嫌いって聞いた事ねぇか?」


「…またお伽噺の話ですか?」


「お伽噺じゃねぇよ。

目の前に事実があるだろうよ」


 ニヤリと笑う姿は冗談を言っているみたいに見える、が嘘は付かないと言っていたので本当だろう。

 確かにアンは、妖精は鉄を嫌うと聞いた事があった。


「じゃあ何故、相性が悪い鉄と鍛着なんかしてるんですか?

それに何故、鉄が嫌いなんですか?」


「“契約”の媒体になるのは血液だ。

血には鉄分が含まれている。

血液の匂いや味は、鉄の匂いや味だ。

妖精からすりゃあ、契約は拘束に等しい。

殆どの妖精は契約を望まない。

だから、殆どの妖精は契約を連想する鉄が嫌いなのさ。

奴等は自由が良いらしいからな。

例外として一部の妖精は血液を糧とするし、ドワーフの様に鉄を使って何かを作る奴等も居るがな。

という事から考察して、お前のご先祖様は妖精とミスリルとの血の契約を結び、この鋼とミスリルの特性を併せ持った強固な剣を作ったんだろうよ。

…お前の親父さんの鋼の剣が勝てない訳だ」


 ――契約を結ぶという事が、ご先祖様の剣を強化したという事だろうか?


「…妖精との契約ってどうするんですか?」


 『死』の言っている事が全く理解できず自分勝手な解釈をした後、アンは聞きたい疑問を口にする。


 ――これも将来の飯の種の為だ。聞ける事は聞いとかないと。


「それはお前自身の体で体感してくれ。

妖精にしか伝承されていない、最も妖精と繋がりの強い意思を持つ魔法金属“ミスリル”製の義足の持ち主になるんだからな。

妖精とミスリルとの契約が必要になるんだからな。

…おっ、来たな」


 入り口の扉の開く音にアンが振り向くと、入り口の扉からゼフトと男みたいな人物と人みたいな物が入ってきた。

 何故“みたい”なのかというと、1人は長い黒髪を後ろで1つに括りあげた男らしくない髪型で、顔を布のマフラーで半分隠し、ゆったりとした濃紺色のコート風の衣服を着た男か女か解らない人物で、もう1人、というかもう1つは鹿の毛皮のコートやら狸のマフラーやら栗鼠皮の手袋やら何やら解らないボサボサの帽子やらを纏った、巨大な人みたいな毛皮の塊だったからである。

 異様な2人(?)に思わず身構えるアン。

 その拍子に、椅子に立てかけていた杖が乾いた音を立てて白い床に倒れた。


「安心しな。

俺の“下僕共”だ」


 アンの警戒した様子に、2人を紹介する『死』。


「…下僕?

表の看板の“下僕”ですか?」


 『死』の紹介が大雑把すぎて、アンは困惑の表情を浮かべた。


「あぁ、そうだ。

お前等、新しい“金蔓(おきゃくさま)”だ。

挨拶しとけ」


 『死』の言葉に、2人は自己紹介を始める。


「ヤゴエモンと申シマス。

殿に仕える侍デス」


 マフラーを取った黒い長髪の方が頭を下げた。

 20代後半くらいだろうか、垂れた糸目にグイと太い眉毛が印象的な男だった。

 発音が変なのは異国出身だからなのか?自分達とは根本的に違う薄い顔の造りと言葉の訛りに、アンはそう推測した。


「俺、ンガロ=ファテカルマ=ルルジャイ。

御主人様、仕える、する、仕事。

俺、戦士」


 毛皮の塊から辿々しい男の声が聞こえた。

 言葉の発音と聞き慣れない名前から、こちらも異国の人らしいと推測するアン。


「…アンリード=シノギです。

アンと呼んで下さい」


 少し考えて本名を名乗るアンだが、本名はあまり好きではないので、補足も入れる事も忘れない。


「お前さん方、特にンガロ、いくら外が寒かったといって、ゴテゴテ着たままの挨拶はアンちゃんに失礼だの。

サッサと服を脱ぐの」


 ヤゴエモンとンガロを見上げ、ゼフトがボヤく。


「おおっ、これは失礼しマシタ」


「…俺、服、脱ぐ、嫌。

今、寒い」


「ンガロ…、部屋は暖かいの。

せめて顔をアンちゃんに見せないと失礼だの」

「…意地悪、ゼフト。

でも、ゼフト、言う、失礼、解る。

顔、アンちゃん、見る、する」


 ヤゴエモンはコートをサッサと脱ぎさった。

 一方、ンガロは毛皮で着膨れしているので、中々脱げないらしい。

 何やら毛皮の塊が、モゴモゴ動いているのが見える。

 ヤゴエモンのコートの下は太い袖で、前が足下まで開いたガウンの様な紺のローブで、それを前で合わせて腰の辺りを布でグルグル巻いて止めている変な格好をしている。


 ――民族衣装かな?


 ――何処の国の人だろう?


 ――さっき言ってた“侍”って何だろう?


 足下はスカートみたいにヒラヒラしてる。

 足には麦藁で編んだ履き物を素足で履いていた。

 おそらく、あのヒラヒラをめくると素足が見えるだろう。


 ――寒そうっ!


 髪型を後ろに結んだ状態とを合わせて見ると、益々変な格好と思うアン。


「あんまりジロジロ奇異の目で見てやるんじゃねえ。

ヤゴエモンはお前のご先祖さんと同じ国の人間だぜ」


「えっ!

…そうなんですか?!」


「…俺は嘘を言わねぇと言ったろ。

おい、ヤゴエモン良いモン見せてやる。

こっち来い」


 ツカツカと近づいてくるヤゴエモンと防寒着を脱いだゼフト。

 因みにンガロは未だ毛皮を取ろうと奮闘中である。

 入り口の扉の前で毛皮の塊が、いまだクネクネ悶えていた。


 『死』の隣に来たヤゴエモンは、突然『死』の後ろに向かって両膝を付き頭を軽く下げる。


「お姫様おひいさま、いらっしゃたのデスカ。

気付きもせずに無礼をしマシタ」


 それに対しての返答は無いがそれが何時もの事らしく、すぐに立ち上がりゼフトと一緒に『死』の手元を覗き込む。


 ――そうだ、もう1人居たんだ。


 すっかり忘れてたアンは心の中で小さくぺろりと舌を出す。


「この剣は剣なのにナカゴがあるのデスネ。

刀の様デスネ。

銘も入ってマスネ。

…銘に“鎬”と有りマスネ。

私の知ってる鎬一族の人物には、“鎬なまくら齋”という方は居マセン。

ジオ=ストライダという方も知りマセン」


 頭を捻るヤゴエモン。


「レンジロウ=シノギという名前に聞き覚えはあるか?」


鎬練次郎しのぎれんじろうの事デスカ!?

鎬練次郎助之しのぎれんぎろうすけのぶ!!

刀鍛冶一族、鎬家開祖の鎬一刀齋の弟にシテ、その実力は兄に勝るとも言わレタ、あの練次郎デスカ!?」


 頭を捻っていた様子から一転、驚愕の声を挙げ興奮するヤゴエモン。


「あぁ、この剣を作った人物の名前だそうだ」


「本物なら、この剣は『最上大業物』デスヨ!!」


「『最上大業物』って何ですか?」


 ヤゴエモンの興奮の叫びの中の聞き慣れない言葉に、アンは思わず疑問を口にする。


 ――刀に詳しいのは、刀専門の鍛冶師の人なのかな?


 ――さっき言ってた“侍”というのは刀専門の鍛冶師の事かな?


 アンの的はずれな推測を余所に、ヤゴエモンは解説を始める。


「それはデスネ、刀の位列、つまり順番を決めた物デス。

上から『最上大業物』、『大業物』、『良業物』、『業物』、『追加業物』となっテマス。

鎬開祖の一刀齋も『最上大業物』の位列デス。

ですが私が知る限り、一刀齋の作刀は何振りかは残ってまスガ、練次郎の作刀は伝承ばかりで本物が確認されていマセン。

もしこの剣が練次郎作ナラ、これ一本で国が買える値段になるンデス」


「…金の話にゃ興味はねぇよ。

お前の言う鎬練次郎助之は、何時の時代に生きてた人間だ?」


「そうデスネ…。

大体1000年前の人だと思イマス。

唯、兄との跡目争いを嫌い、我が国のエンスから他国へ出て行ったトカ、人も踏み入らないような山に隠って仙人に成ったとか言われテマス」

 ヤゴエモンの故郷はエンスという国らしい。

 というとアンの祖先のレンジロウ=シノギもエンス出身という事になる。

 『死』の言う事を信じればだが…。


「アンさん、お前さんのご先祖さんは何時シノギ村を作ったか知ってるか?」


「え~とっ、確かお父さんの代で1000年目になるぞって、お爺ちゃんが言ってたような…」


「じゃあ、鎬なまくら齋とレンジロウ=シノギと鎬練次郎助之は同じ人物だな」


 無造作に結果を言い放つ『死』に、アンが慌てて異を唱える。


「そんなに簡単に決めつけちゃって良いんですか?!

1000年前の事なんか誰も解らないでしょ?

資料や文献が有るならまだしも…」


「…知ってるのさ。

見てきたから間違いない」


 しれっと、とんでもない事を言い放つ『死』にアンは目を剥く。


「…じゃ、じゃあ、さっき言ってた『死』さんのご先祖様と私のご先祖様が親しかったのは知ってるんですか!」


「それは、“秘密”だ」


「…!」


 飄々とした『死』に、アンは黙るしかなかった。


「では、これは鎬練次郎助之の作刀なのデスネ!

…殿、見せて頂いても良いデスカ!?」


「ほらよ」


 『死』が目を煌めかせたヤゴエモンに無造作に剣を渡す。

 ヤゴエモンは着ている衣服の重なった所から、白い布と白くて薄い紙を取り出す。

 紙は口に挟み、布で刀身を丁寧に拭う。

 そしてナカゴを持って刀身をシャンデリアに向け、細い目を真剣に見開きながら全体を眺めている。

 今度はナカゴを持ったまま刃先を布を介して持ち、細かく刃の部分を子細に見ている。


「どうだ、『最上大業物』は?」


 暫くヤゴエモンの様子を眺めていた『死』の言葉に、剣を返しながらヤゴエモンが呟く。


「姿形は素晴らしいのですが…研ぎが滅茶苦茶で“肌”が解りません…。」


「だろうな。

鏡面研磨したなら、“地肌”や“刃紋”や“匂い”や“煮え”は消し飛んじまうからな。

しゃあねぇ、俺が研いでやるか…」


「その時は見せて頂けますか!?」


「ちょっ、ちょっと待って下さい!

その剣を研いだの、お父さんなんです!

名工と言われたお父さんの研ぎは滅茶苦茶なわけありません!」


 勝手に進む話に、慌ててアンが割り込む。

 途端に『死』の表情が不機嫌に歪む。


「アンさんよう、…俺はさっき言ったはずだ。

この剣は刀の作り方をしているってな。

剣には剣の、刀には刀の、シャムシールにはシャムシールの、フランベルジュにはフランベルジュの研ぎ方がある。

厳密に言えば武器防具の種類だけ作り方があるように、研ぎ方、つまり手入れの仕方があると言っていい。

名工といえどもそのやり方を間違えば、何と言われても仕方がねぇ結果になる。

この剣には刀研ぎをするのが、正しい手入れの仕方だ。」


「でもっ…!」


 食い下がるアン。


「でももクソもねぇ。

契約書にサインした身で反論は出来ねぇんだよ。

…そうだな、…明日だ、明日までに研ぎ上げる。

それ見てお前が気に入らなけりゃ、今回の依頼、契約書破棄して全部タダにしてやるよ」


「…私が判断するんですか?

もし、気に入っても気に入らないって言ったら、どうします?」


 挑戦的なアンに、『死』は飄々と答える。


「“本物”を見たら嘘は付けねぇよ。

明日までこれは預かるぜ。

ゼフト、奥の研ぎ場に持ってっとけ」


 刀身、柄、目釘、鞘を受け取ると3つ並んだ赤い扉の真ん中の向こうにゼフトは消えた。


「マフラー、取る、出来た。

アンちゃん、顔、見る、する」


 突然、アンの後ろの遙か頭上から声が降ってきた。


「…きゃあ!!化け物ぉ!!」


 振り向きながら顔を上げたアンは、有らん限りの声を挙げてしまった。

 アンの視線の先には今まで見た事の無い濃い褐色の肌とチリチリに縮れた髭を生やし、さっき見た不思議な帽子を被った男がいた。

 濃い茶色の肌の顔の中、白い大きな目に黒い瞳がグルグル動いている。

 頬や額には、不思議な文様で黒色の入れ墨が施されていた。


「…俺、化け物、違う…」


 悲しそうに肩を落とし大きな黒い瞳を潤ませながら、分厚い唇から出た悲しそうな声は辿々しいンガロの声だった。


「えっ?、あっ!!

ごご、ご免なさい、ンガロさ、わっ?!」


 自分の失言に気づき、礼をしようとするアンの胸ぐらを強烈な力が引き寄せた。

 アンの息が詰まる。

 力の正体は烈火の如く怒りを露わにした『死』。


「てんめぇ!!

俺の家族を愚弄しやがって!!

ブチ殺すぞっ!!!」


 右手1本でアンを軽々と宙にぶら下げる『死』。

 ぶら下げられたアンの表情は恐怖に凍り付く。


 ――“下僕”は良くて、“化け物”は駄目なんだ…。


 『死』のゴツゴツした左拳は堅く握り込まれ、大きく後ろに振りかぶられる。


 ――私、…死ぬ。


 間違いなく力一杯殴ろうとしている『死』を見て、恐怖に捕らわれたアンの頭の何処かで冷静に状況を見ているアンがいる。

 あんな太い腕でアンの小さな頭をまともに殴ったら、例え命が繋がったとしても普通の生活は送れないだろう。

 妙にゆっくりと近づいて来る様に感じる拳を見て、反射的にアンは目を固く閉じた。


 目を瞑った暗闇の中、“その時”を待つアン。

 だが、待てども待てども拳は来ない。

 痺れを切らして、うっすらと目を開ける。

 目の前には霞んでよく見えないが、肌色のゴツゴツした四角い物。

 少し頭を退くと、それが『死』の拳だと解り、アンの心拍が今更ながら跳ね上がる。


 ――でも、何で止まったの?


 真相を確かめるべく、頭を右に傾け『死』を見るアン。

 最初にアンの視界に飛び込んできたのは、額に青筋を浮かべ『死』の右肩にしがみつくヤゴエモン。

 『死』の左肘辺りに絡まる、プルプル震えている毛皮の塊はンガロだろう。


「…殿、…殿が全力で殴れば…大変な事に…なリマス」


「…俺、…奴隷、…言う、…される、…平気。

…御主人様、…殴る、…駄目。

…アンちゃん、…放す」


 必死の形相の2人掛かりで、『死』の左手1本を止めている。

 『死』の動きを止めたヤゴエモンとンガロの身のこなしも驚嘆に値するが、男2人掛かりで止めることの出来る『死』の力にも驚愕する。

 『死』が左手を一振りすると、派手な音を立てヤゴエモンとンガロが盛大に尻餅を突く。やはりとてつもない力である。


「…俺だって手加減ぐらい出来らぁ。」


「手加減してる顔じゃ無かったデスヨ」


「御主人様、怒る、する、早い。」


「…うるせい。

手加減してたんだよ」


 “下僕”二人に反論され、『死』は小さな声で反論した。

 反論しながら右手のアンを、元の椅子に投げ飛ばす。

 大きな音と共に見事に椅子に着席し、咳込むアン。


「アンさんよぅ、次から口には気を付けろよ。

…たくっ、つまんねぇ事で時間くっちまった。

飯ぃ行くぞ。

上着取って来るから、ちょっと待ってろ」


 そう言い残すと、樽から降りて真ん中の赤い扉に向かい歩き出す『死』。

 そして咳込んで涙目のアンの前に、『死』の後ろに隠れて見えなかった『生』と呼ばれる女性の姿が現れた。



 ――…女神だ。



 その女性は白かった。

 椅子に座っているその姿は、頭からつま先まで真っ白な衣服で覆われていた。

 体には白いドレス、胸下からフワリと広がり踝までを覆い隠す物、で襟元と胸元と袖と裾とに金糸で刺繍が施されている。

 頭からはこれも金糸を施されたケープを被り、額の部分で質素な金色の輪っかで止められていた。

 被った白布からこぼれる長い黒髪は、豊かに流れ落ち天井からの強い光に艶々と輝く。

 アンは、昔、父が教えてくれた綺麗な黒髪を表す言葉を思い出した。


 ――烏の濡れ羽色。


 まさにそう表現するに相応しい綺麗な髪。

 アンとは年齢で変わらないだろうものの、顔の作りとしては別格だった。

 眉毛は黒く薄く細く形良く、すっと薄墨で描かれたように品が良い。

 目は瞳の色が黒で大きく全体に潤んでいる。

 鼻は有名彫刻家が渾身の力で削りだした神の彫像の如くスラリと通っている。

 唇はウッスラと濡れ、まさに水から引き上げた薄桃色の小粒の宝石のように可愛らしい。

 それら神の手による部品達が、白磁の如く白く艶やかな肌の上に、寸分の狂いも許さず配置されている。

 正に絶世の美女、深窓の令嬢、傾国の女神だ。

 膝の上には濃茶の厚皮で装丁されたぶ厚い本が乗せられていて、白く細く可憐な指で目まぐるしくページがめくられている。

 中身は難解な図と書が書き連ねられている。

 魔導書だろうか?


「お嬢様、俺、挨拶、する、無い、ごめんなさい。

こんばんは」


 『生』を見るなり、そそくさと尻餅から膝立ちになり、深々と頭を下げるンガロ。

 『生』からは返事は無い。

 しかしそれはヤゴエモンの時と同様、何時もの事らしくンガロは立ち上がりアンに近づく。

 同じく立ち上がり近づいてきてたヤゴエモンと並んで座ったままのアンの前に立ち、2人一緒に屈み込む。


「アンさん、ごめんなさいね。

家族の悪口を言われると、『死』はすぐ手が出ちゃうんだけど、それだけ家族思いなの。

許してあげてね♪」


 目は魔導書を見ながら、『生』が美しい声で謝罪の言葉を口にした。

 『生』の美しさに呆けていたアンは慌てて返事をする。


「…へっ、あっ、はっ、はい、いやいや、そんな、だっ、大丈夫でしたから…」


 屈み込んだヤゴエモンとンガロの動きが不自然な程に固まる。


「…ンガロ、…今お喋りにになられたのは、…お姫様デスカ…?」


「…そう、多分…。

俺、久しぶり、お嬢様、声、聞く…」


 2人で脂汗をダラダラ流し、青い顔して何やらブツブツ呟いている。


「…あの、大丈夫ですか…?」


 心細げにアンは同じ目線の高さのヤゴエモンと屈んでなお目線が上にあるンガロに問いかける。

 アンよりも少し大きなヤゴエモンは中腰の体勢で同じ目線の高さだが、かなり背が高いンガロは膝を付き踵に尻を付ける様に座っても、座ってるアンよりも頭1つ分くらい頭の位置が高い。

 ンガロの場合、毛皮の重装備のままなので、そうしているように見えるだけで、実際は毛皮の塊がアンの前でちじこまってる様に見えるだけだが。


「…ん、あっ、あぁ、我々は平気デスヨ。

それよりもアンさん、大丈夫デスカ?

殿も乱暴でしタガ、アンさんも言葉には気を付けるべきデスネ。

我々、“下僕”といえど、その扱いは家族と同じにしてくださっているのデスヨ。

以後、気を付けて下サイネ」


「ヤゴエモン、言う、正しい。

俺、南、ある、大陸、そこ、俺、産まれた、した、場所。

昔、アマネウス、無理矢理、連れる、去る。

昔、アマネウス、奴隷、する。

“奴隷”、言葉、駄目。

アンちゃん、注意、する」


「ご迷惑お掛けしました。

ごめんなさい」


頭を深々と下げるアン。

「あぁ、新しい契約者さんにそんな頭を下げられたら申し訳ないデスヨ。

頭を上げて下サイ」


 ヤゴエモンの言葉にアンは、顔をあげた。

 目線の会うアンとヤゴエモン。

 気付いたら、どちらともなく笑いだしていた。

 ンガロもぶ厚い唇から真っ白な歯を見せて笑い出す。

『生』も魔導書を見ながら微笑んでいた。


「何笑ってんだ?

アンさんよう、アロウネんとこに飯喰いに行くぞ」


「えっ?、ご飯って私も行っていいんですか?」


 この後、宿を食事をして宿を探す事を考えていたアンは、笑うのを止めて『死』の声の方を見る。

 奥の扉からゼフトを伴い、黒い『死』が出てくるところだった。


 脛まで覆う長いコートは闇を布にしたような黒で、腰辺りで絞ってある。

 袖先は大きく折り帰しがあり、襟は口や鼻先を完全に隠す立て襟。

 全体には煌びやかな銀糸の刺繍が、新月の夜の星空の様に施されている。

 その格好はアンに1つの言葉を呟かせた。


「…埋葬着…」


 銀糸の刺繍が施されているのを除き、そのコートはアフラルン教で定められた死者に着せる服装だった。

 アフラルン教を信仰する人々にとって黒色は、普段は部分的に使用する色であって、黒一色の格好や道具等は死者を表すとアンはルルド教主に教えられていた。

 そんな教えがはばかる世界で黒一色の格好をするから、彼の2つ名が『死』。

 納得すると同時に、アンは『生』を見る。

 白い布に金糸の刺繍。

 死と相対する物。

 生、つまり産まれてきた赤ん坊。

 アフラルン教下では、産着の色は白色が定番とされる。

 だから、白いヴェールの格好をした彼女の2つ名が『生』。

 アンは心の中で再び納得していた。




 “2つ名持ち”というのは、尊敬と蔑みの2通りを表す場合があるとされる。

 敬称の代わりとなったり、尊敬を込めて呼ばれる2つ名があれば、侮蔑を込めたり、辱める意味合いで使われる2つ名もある。

 『生』と『死』、この2つの2つ名は如何なる物か?




「お前の全てを貰うんだ、飯ぐらい奢ってやる。

宿も決まってないんだろ?

なんなら、ここに泊まれ」


 座ったままの『生』に近づきながら発した『死』の言葉に、アンは驚いてしまった。


「そんな、悪いです。

自分の宿はもうとってあるんです」


 側まで来るとまだ本を読んだままの『生』の腰辺りを持つと、ヒョイと担ぎ上げ肩に座らせる『死』。

 いつもの事らしく、ヤゴエモンもンガロも何を言う訳でもなく、防寒着を着始める。


「遠慮するな、どうせ将来的には俺の物になる金だ。

せいぜい腹一杯食べて元を取った気分に浸れ」


「…はぁ、解りました」


 複雑な気持ちでアンは頷いた。

 アンも自分のマントを着ようと、立ち上がり周りを見回す。

 ゼフトが近づいてくると、何処から出したのか、アンの白いマントをアンの肩に掛け、留め金をして、床に転がったままだった杖を拾って渡してくれた。

 マントの皺を取るフリをして胸と尻の辺りを撫でるゼフト。


「きゃっ?!」


 悲鳴を上げるアン。


「さっきは触ったのが解らんと言っとったので、解るように触ったんじゃが、如何かの?」


 顔だけ見れば唯の老人のゼフトだが、今までの言動と行動を見る限り、かなりの助平らしい。


「解ってると思うが、そいつは色惚けの好き者爺だ。注意しな。

さぁ、行くぞ」


 いたずらっ子の様に笑いながら『死』が忠告する。


「旦那、その言い方は酷いですの。

生涯現役を目指す求道者に失礼ですの」


 アンの怒りの拳を老人らしからぬ身のこなしでひらりと避けて、表への扉を開きながらゼフトが反論する。


「物事を難しく言ゃあ、チッとはマシに聞こえるもんだな。

平たく言っちまえば、桃色爺エロジジイなだけなのによ」


 『生』を肩に乗せたまま、器用に扉をくぐる『死』。

 皆もそれに続いて外に出る。

 室内の不思議な光源が明るすぎて気付かなかったが、外は既に真っ暗だった。辺りに灯りの灯った建物は無い。

 この区画の先の繁華街と思われる北地区の灯りが、遠くに薄ボンヤリと見える。

 町の中心のドゥマ城が、夜の闇より黒々とした姿を星空の下に佇ませているのが遠目に見えた。


「ゼフトさん、お仕事もそれくらい頑張れば、良い物が沢山出来ルノニ…」


 白い息を吐きながら歩くヤゴエモンがゼフトに言う。


「五月蠅いの、若造。

ワシの栄養は酒と食い物と綺麗なお姉ちゃんだの!

因みにアンちゃんは50点だの。

今後の成長に期待するの」


 北地区に向かう『死』の後ろを歩きながらゼフトが言う勝手な物言いに、同じく歩きながらアンが反論する。


「人の体を勝手に触っといて、点数付けないで下さい!」


「…アンちゃん、綺麗、可愛い、100点」


 検討違いな解釈でアンを救済しようとするンガロ。


「ンガロ、こんなガリガリのガキが好みなのか?

中々、物好きだねぇ」


 楽しそうに『死』が混ぜっ返す。


「…ンガロさん、点数の高い低いの問題じゃないんですけど…」


「解ったの。

ンガロに譲るの」


「私は物じゃありません!」


 ニヤニヤが顔から消えない『死』は、更にアンにとってとんでもない発言をしだす。


「契約書の第3条だ。

ンガロと“清く正しく”お付き合いしてみるか?」


「倫理的に問題があるので駄目です!」


「アンちゃん、嫌い、言う、した。

俺、悲しい」


 悲しげな声を出すンガロ。

 マフラーで見えないが、大きな目をまた潤ませているに違いない。


「あぁっ、嫌いじゃなくて、まだよく知らないし、会ったばかりだし、その…。

って、なんで私が慌てなきゃいけないんですか!」


 アンの抗議の声を、先頭を行く『死』の急に上がった右手が制した。

 目の前の道に男が、2人倒れていた。

 1人は頭を『死』に向け仰向けに、もう1人はそこから2トトレス(約7m)先で頭の方向を逆にして、同じく仰向けに倒れている。

 それぞれ手には短剣が握られていた。物騒なはなしである。

 その二人を指差して『死』がアンに聞く。


「おい、アンさん。

こいつ等は、俺の店に来る前にお前が倒したチンピラ2人か?」


「…そうです」


「そうか…。

なら、ちょっと待ってろ」


 アンの返答を聞くと、本を読んだままの『生』を肩に乗せたまま、2人の男とその間の地面を観察しだす『死』。

 ささっと調べ終わると、『死』はアン達の方に向き直る。

 その様子をボンヤリと見守るその他4人。

 『生』は『死』の肩の上で本を読み続けている。


「まず、剣の柄か拳でこいつの顎を殴ったな?」


 アン達の目の前に倒れている男を指さす『死』。


「!?

…はい、そうです」


「次は、踏み切った位置や勢いから想像して、こっちの男の顎に跳び蹴りを食らわしたな?

…顎を正確に蹴り抜いてある。

両足義足の割には、良い動きするみたいだな」


「…その通りです。

でも何故解るんですか…?」


「足跡と傷跡から予想しただけだ。

おい、ンガロ、こいつ等持ってけ。

外の兵士に渡すぞ。

何時までも俺の町を兵士に囲まれてるのは、気分がよくねぇ。

早々にお引き取り願おう」


 突然、片方の男が立ち上がり、ふらつきながら繁華街の方に走り出す。

 ウッスラと意識を取り戻し、逃げるタイミングを計ってたようだ。

 それをニヤニヤしながら、何もしないで見送る『死』。


「何してるんですか!?

逃げますよ!?」


 アンは思わず声を荒げた。


「…解ってらぁ、うっせえなぁ。

やれ、ヤゴエモン」


 ヤゴエモンが太い袖から何かを取り出し、無造作に横投げで投げた。

 空気の斬る音がして、15トトレス(50m)位向こうの薄明かりの中を走っていた男が盛大に転ぶのが見えた。

 呆気に取られるアンを残して、皆が転んだ男に向かって何事もなかったように歩き出す。

 ンガロは気絶したままの男の首根っこを持ったまま、平然と引きずって歩いている。

 我に帰ったアンは小走りで後を追う。

 埃まみれの石畳の上で、埃まみれになりながら男が暴れている。

 毒づく声が辺りに響く。


「チクショー!

何だよ、これ!

くそっ、外れろよ!」


「黙れ、阿呆タレ」


 ンガロが暴れる男の後ろ襟を持って、片腕で軽々とぶら下げた。

 ヤゴエモンが男に近寄って、暴れる足から手早く絡まった物を外していく。

 足に絡まっていたのは20トトス(約60cm)程の革紐。

 両側に金属の重りが付いている。


「ボーラという武器なのデスヨ。

ンガロに習いマシタ」


 アンの疑問の目線に答えるヤゴエモン。


「ヤゴエモン、ボーラ、上手。

俺、教える、必要、無い、上手」


「降ろせ!

放せ!

ぐぇ…」


 ンガロが男を一振りすると、襟で首がしまり男が黙る。


「おい、お前。

俺のシマで好き勝手して無事で済むと思ってんのか?」


「…俺を殺すのか…?」


 『死』の言葉に男は喉を鳴らして唾を飲んだ。


「いや、殺しゃしない。

役人に引き渡してやる。

殺されなかった事を、このメスガキに感謝しな」


 『死』が指差したアンを見て、ンガロにぶら下げられた男が声を荒げる。


「あぁ!!てめぇ、さっきの…!!

ぐえっ…」


 だが、またンガロが男を振り首が絞まった事により、潰れた呻き声しかあげれななる。


「さあ、行くぞ」


 繁華街の灯りに向かい、何事も無かったかのように『死』が歩きだす。

 呆けたアン以外の全員が、『死』の歩みにならう。

 アンも1歩遅れて歩き出した。


「これが綺麗なお姉ちゃんだったらの」


 背の低いゼフトの目の前には、背の高いンガロに吊されたチンピラ男の尻がある。

 アン以外の全員が苦笑を浮かべた。






 灯りが無い町並みと繁華街の境目で、兵士達が隊列を組んで道を封鎖していた。

 兵士達の中には、アンが“死街地”に入るのを止めた兵士が何人か確認出来る。


「止まれ!」


 兜に房飾りを付けた、偉そうな兵士が叫ぶ。

 不機嫌な表情で歩みを止めない『死』を先頭に、平然と歩き続ける集団。

 アンは1人、杖を手にその場に止まってしまった。


「止まれ!

止まらんか!

…くそっ、…全員、抜剣!」


 兵士の列は槍を構え、剣を携えた兵士は剣を抜き、弓を持った兵士は矢をつがえる。

 兵士の列を取り巻く野次馬が騒然となる。

 何事もないように歩みを進め、槍の穂先が触れそうな所で止まる『死』達。

 ンガロが両手に持って来た男2人を兵士の列に放り込む。

 兵士達が男達を手早く縛り上げるのが見えた。


「さあ、道を開けろ。

おまえ達が道を封鎖してまで追っていた奴等は、その2人だけなんだろう?

捕まえた礼にキスして欲しいくらいだが、相手がお前等じゃ願い下げだな」


「…」


 『死』の挑発に眉間に皺を寄せ、黙ったままの偉そうな兵士。


「さあ、道を開けろ。

俺達はこれからディナーと洒落込むんだ。

…何なら、お前等も一緒にどうだ?

支払いは割り勘だがな」


「…全員、剣を納めろ!

撤収する!

他の通りを封鎖している隊に、伝令を送れ!

脱走兵は捕らえた!

道を開けろ!」


 手早く周りに指示を出す房飾りの騎士。“出来る”騎士のようだ。


「聞き分けの良い子は好きだぜ。

名前と部隊名を教えてくれたら、後で飴でも買って送ってやるよ」


 再三の『死』の挑発に房飾りの騎士は、その立派な兜を忌々しげにかなぐり捨てると、ズイッと詰め寄った。

 終息に向かいかけていた通りが、再び剣呑な雰囲気に包まれる。


「…私はお前達を気に入らない。

…私はお前達を認めない」


「…ほう。で?」


「…しかし、私は軍人だ。

…上からの命令は絶対だ」


「はんっ…。

難儀なこって…。

そんなお題目も言わなきゃ、自分の行動も正当化出来ねぇたぁ、疲れねぇか?」


「…余計なお世話だ。

…早く行け!

お前等、早く道を開けろ!

撤収!」


 隊長らしいその兵士は野次馬達に怒鳴りつけ、兵士達と縛り上げた男2人を引き連れ、足早にその場を去って行った。

 野次馬達も『死』達を気味悪い物を見るように、その場を逃げるように去って行く。


「おい、アンさん。

ボーっとしてたら置いてくぞ」


 『死』の呼び掛けに我に返ったアンは、慌てて皆の後を追った。











 北地区の酒場、「妖花」の中は客で溢れかえっていた。

 左の壁には数々の酒樽を並べた棚があり、その前には店の奥まで続くカウンター。

 カウンターの中には、煌びやかな化粧をし薄衣を纏った女性達。

 カウンターを挟んでその向かいには、女性目当てであろう、鼻の下を伸ばした男達。

 軍人、貴族、商人…。

 中には僧侶も混じっている。

 アフラルン新教では、僧侶の禁欲や未婚は定められていないが、女性に詰め寄っている僧侶の姿は頂けないとアンは顔をしかめる。

 店内の右側は、広いスペースの中に椅子やソファーやテーブルを置いた団体席が幾つか並んでいる。

 数刻前、アンが〔『生』と『死』と老人と下僕共〕の場所を教えて貰った席は、偉そうな貴族がふんぞり返り、店の綺麗どころを6人程ハベらせて酒を呑んでいた。

 貴族の右手は右側の鳶色の髪の女性の肩を抱き、時たま女性の大きく開いた胸元に侵入しようと試みているのが見える。

 女性も心得たもので、弾けんばかり笑顔のままで巧みに体をクネらせ、時には小さく貴族の手を叩いて応戦している。


「…羨ましいの…」


 その様子を眺めていたゼフトは小さく呟く。

 料理を食べる者、酒を呑む者、話し合う者、商談をする者、歌を歌う者、楽器を演奏する者、店の女を口説こうとする者…。


 だが扉が開き、皆が新しく来た客の存在を知ると、喧噪が嘘の様に無くなり静まり返った。

 注目の中心は『生』を肩に乗せたままの『死』。

 静かな空気の中、妖艶な女主人のアロウネが奥から姿を現す。


「あら、いらっしゃい♪

そのお嬢ちゃんも一緒という事は、契約したのね。

立ち話も何だから、いつもの奥の間へどうぞ♪」


 アンの見た先程着ていたドレスとは違う、オリエンタルブルーで際どい露出のドレスに身を包んだアロウネは店の奥を掌で指し示す。

 店の中は暖炉があるのと人の熱気で暑い位だから、アロウネや店の女性達の様な格好でも平気なのだろう。

 蝋燭の薄い灯りが届いていない暗い店の奥側には、毛皮を着たンガロと同じ位分厚い筋肉の強面の男、用心棒だろう、が立っており、アロウネの指し示した掌に合わせるように奥にある扉を開く。

 客達の刺すような視線の中、『死』達は平然と歩き出す。

 アンは、おっかなびっくりその後に続く。

 扉の奥には短い通路と5つの扉が有った。

 右側には赤い扉が2つ、左側には青い扉が2つ、正面に黒い両開きの大扉がある。

 『死』は迷わず正面の大扉の前に立ち、押し開けた。



 中は温和しい色合いのシンプルな部屋ながら、王族の貴賓室の様に上等な内装の広間だった。

 天井には『死』の店にあったのと同じような明るいシャンデリア。

 クリームホワイトの落ち着いた色合いの壁紙。

 床は踝まで埋まるようなフカフカの敷物が曳かれていて、踏むのが勿体ないとアンは思った。

 部屋の奥には緻密に積まれた煉瓦の暖炉があり、轟々と火が焚かれ部屋を暖めている。

 部屋の中央には1枚板の巨大な円卓が置かれ、10脚の椅子が置かれていた。

 暖炉の前の席に『死』は『生』を座らせ、その左隣に『死』が座る。

 ゼフト、ヤゴエモン、ンガロは上着を脱ぎ、壁にある出っ張りに引っかけだした。

 ンガロは、服を脱ぐのをゴエモンに手伝って貰っていた。

 アンもそれにならってマントを脱ぎ、引っかけた。

 ゼフトは『死』の左側に、ヤゴエモンはその左側に、ンガロは『生』の右側にそれぞれ座る。


「…何してる?座れ」


 アンは『死』の言葉に少し考えた後、やっと防寒着を脱ぎ終わって座ったばかりのンガロの隣に座る。

 初めて間近で見るンガロの体は、毛皮の塊からは想像できない、ほっそりした体だった。

 かといって筋肉が無いわけではなく、北の針葉樹林に生息する虎を思わせる、しなやかな肉体をしている。

 因みに、着ている服はゼフトやヤゴエモンと同様、濃紺の服を着ていた。

 ンガロの体を眺めていたアンは、その視線を上に向けると、ンガロの頭の毛皮は被ったままになっていた。


「ンガロさん、帽子は取らないんですか?

お部屋の中、暖かいですけど…?」


「俺、帽子、被る、無い。

帽子、何?」


 アンの疑問を疑問で返すンガロ。


「これ、帽子ですよね…?

…あれ?」


 不思議に思ったアンが、ンガロの頭の毛皮の塊を指差す。


「それ、俺、髪。帽子、違う…」


 ンガロの大きな目が潤む。


「ごご、ご免なさい!」


 ンガロの頭を覆うモッサリした物はンガロの髪の毛だった。

 アンは刺すような視線を感じ、そちらを向くと『死』が怒りの形相で睨んでいた。

 ンガロは立ち上がり、『死』の視線からアンを庇う。


「ンガロ、何故そんなチンチクリンを庇う?

てめぇ、本当に惚れてんのか?」


「アンちゃん、守る、したい。

何故?

解る、無い」


「…珍しい事もあるもんだ。

…まあ、いい。

さっさと座れ。

アロウネ、酒と飯だ。

…それから、お前に“依頼”がある」


 部屋の扉の前に立ったままでいたアロウネは、1つ頷くと扉を少し開け、扉の向こうに語りかける。


「お酒はすぐ来るわ。

料理は出来次第持って来させるから、少し待ってちょうだい。

それで、依頼って「妖花」にじゃなくて、『大耳』の方によね?

お嬢ちゃんに絡んだ件なら、座らして貰いたいんだけど…、良いかしら?」


 『死』が頷くとアンの隣に座るアロウネ。

 アロウネも2つ名持ち主だったらしい。


「さあ、『死』の旦那、お話して頂けるかしら?」


「…飯くらい喰わせろ。飯が終わったら話す。

それまでは“ご歓談”だ」


 それだけ話すと『死』は右目を瞑り、テーブルに肘を付き、左右の指を絡ませ自分の口の前に持ってくる。

 ご歓談と言ったわりには、ご歓談に混ざらず、何かを考えるらしい。


「お嬢ちゃん、気に入られたんだね。

あたしの目はまだ曇ってないらしいね。

おめでとう、と言わせておくれ。

…でも、これからが大変だよ。

心しなよ」


 嬉しそうに艶めかしく光る唇を微笑の形にしながら、アロウネがアンに喋りかけてきた。


「アンちゃん、隣の強欲婆に情報料は幾らぶんどられたんだの?」


 ゼフトが円卓の反対からアロウネを嫌そうに見ながら、アンに言葉を掛けてきた。


「…?

お金なんか払ってませんよ?」


 アンの回答にゼフトは円卓を両手で叩き、抗議の大声を挙げる。


「金と色欲の塊の婆が、金を請求せんかったの?!

アンちゃんの事を伝えに来た奴に、わしは10リヤル請求されたのにの!

わし等の店の場所の情報は、無価値なんかの?!」


「…10リヤル…、相変わらずケチだね。

勘違いしないでおくれ。

あたしはこの子が気に入ったのさ。

3日間、不眠不休で 王都を歩き回って、あたしの店にまで入ろうと、入れろ、入れない、で店員とモメていたんだ。

中々出来る事じゃないよ。

おまけに、“死街地”でチンピラ2人を一瞬でノしたんだって?」


 アロウネの涼しい顔の回答に、今度はアンが抗議の大声を挙げる。


「ちょ、ちょっと待って下さい!

私、アロウネさんには3日間歩き回った事、言ってませんよ?

それに、あの人達を気絶させた時の事、何故アロウネさんが知っているんですか?」


「あたしの2つ名は『大耳』だよ。

そんな事、造作も無い事さ」


 ニヤニヤと笑いながら、相変わらずの涼しい顔で七宝の煙管で紫雲を吹くアロウネ。


「普通では起こりえない事が、普通に起こる。

それが裏社会と関わりを持つって事だ。

まさか、もう後悔してるなんて言わねぇよなぁ?」


 愕然としているアンに、瞑想を一時止め目を閉じたままで薄ら笑いを浮かべながら『死』が疑問を投げかけた。


「…こ、後悔なんかしませんから」


 アンは、そう答えるのが精一杯だった。


 突然、ノックの音が室内に響く。


『お飲物をお持ちしました。』


 扉越しに、落ち着いた女性の声が聞こえた。


「お入り」


 アロウネの言葉に、3人の女性達が盆に飲み物を持ち、静々と入ってくる。

 アンは先頭の女性に目を奪われてしまった。


 背は他の女性よりも、頭1つ分背が高い。

 白金の髪を頭の上に結い上げ髪留めで留め、白く艶やかな首筋が露わになっていた。

 瞳は蒼く、唇は深紅の紅を指し、若い頃のアロウネを思わせる怪しい色香を振りまいている。

 蒼いドレスに包まれた体は細いが、女性にしては筋肉質で、厳つい感じではなく均整のとれた美しい体型をしている。

 ただ、残念な事に女性として膨らむべき部分は平坦ではあるが、それが彼女の魅力を損ないはしていかった。

 他の女性、1人は山吹色のドレス、もう1人は深緋色のドレスの女性も十分に魅力的だが、先頭の女性には他の2人には無い“匂い”を感じた。

 先頭の女性はヤゴエモンの前に錫の杯を置き、ゼフトの前に同じ錫の杯を置こうとしている。 山吹色のドレスの女性から杯を受け取りながら、アンに緊張が走った。


 ――あの人、…ゼフトさんに触られる!


 しかし、アンの予想を覆し、ゼフトはその女性を嫌悪するように顔を歪め、露骨に体を離そうとする。


「…あれっ?」


 予想外のゼフトの行動に、思わず声を挙げるアン。


「どうしたんだい、お嬢ちゃん?」


「…あの、ゼフトさんがあの女の人を触らないから…」


 アンの疑問にアロウネが声を出して笑い出す。


「あっはっはっ…。

なるほどね、確かに…。

ゼフトの爺、何故、カリナを触らないか、アンちゃんが不思議がってるよ」


 ゼフトは顔を歪めたままで、聞き逃しそうな声でポツリと呟いた。


「…男だからの」


「…へ?」


 固まるアン。


「わしに男に触る趣味はないの!」


 大きな声のゼフトに、アンは半信半疑の顔をする。


 ――あんなに綺麗なのに…、男の人?


「カリナ、こっちにおいで。

このお嬢ちゃんに挨拶おし。

お嬢ちゃん、あたしの右腕のカリナだよ」


「アン様、初めまして、カリナ=ソレンと申します」


 優雅に腰を落とし、挨拶をするカリナ。


「あの、あっ、アンです。

初めまして。

それと、アンって呼び捨てて下さい」


 立ち上がり礼をして、自分より頭1つ高いカリナを見上げるアン。


 ――下から見ても綺麗だな…。


「いえ、そういう訳にはいきませんわ。

アロウネ姉さんのお客様に失礼になりますもの」


 何処から見ても女性にしか見えないカリナを、アンはジッと見つめてしまう。


「そんなに見つめないで下さいまし。

恥ずかしいですわ♪」


 頬を少し赤く染めるカリナ。


「…やっぱり…女の人にしか見えない…。

あの…、失礼ですけど…、その…、男の人…なんですか?」


 しどろもどろになっているアンに向かって、ゼフトが立ち上がり叫ぶ。


「アンちゃん、見た目に騙されてはいかんの!

見た目は綺麗でも、中身は男だの!」

 ゼフトの忠告の叫びに、何故か嬉しそうにカリナが答える。


「そんな、ゼフト様、綺麗だなんて♪

照れてしまいますわ♪

そんなに褒めないで下さいまし♪」


「褒めとらんの!」


 カリナは、ワザとなのか天然なのかは不明だが、我が身に心地よい言葉だけを認識するらしい。


「体は男でも、心は乙女。

ゼフト様を思う心は変わりませんわ」


「気持ち悪いの…」


 先ほどよりも、更に忌々しげに顔をしかめるゼフト。


「…カリナはゼフトが好みなんだよ。

まったく良い趣味だよ」


 アンの耳元で、皮肉っぽくアロウネが囁く。


「ええっ、そうなんですか?」


 アンとて年頃の乙女で、色恋話に興味が無いといえば嘘になる。

 今までそんな話をする友人など殆ど居なかったため、人生初めてとも言える色恋話に興味深々になる。

 その色恋話が、老人と女装男の恋愛なのは、如何なものかと思うが…。


「アロウネ、カリナにも話を聞いて貰った方が良いんだろ?

ついでに、飯も喰え。

どうせ、助平野郎共の相手ばかりで、飯食えてないだろ?

座りな、カリナ」


「ありがとうございます、『死』様。

それと、差し出がましいのですが…、ゼフト様の隣に座りたいです♪」


 満面の笑みのカリナの申し出に、今まで沈黙を保っていたヤゴエモンが引き吊った表情を浮かべる。


「…私が座ってるのデスガ…」


「退いて下さいまし、ヤゴエモン様」


 ヤゴエモンの絞り出すような正論は、華麗な笑みを浮かべたカリナの理不尽に弾き飛ばされた。


「カリナ、お前はヤゴエモンの隣に座るの!」


「ゼフト様がそう言うのでしたら…、失礼しますわ」


 渋々、ヤゴエモンの隣にフワリと座るカリナ。

 カリナの目の前に、深緋色のドレスの女性が杯を置く。

 警戒心丸出しのゼフトと熱い目線をゼフトに送るカリナに挟まれ、脂汗を流し出すヤゴエモン。


「…失礼ですけど、本当にアロウネさんの右腕なんですか?」


「ふふっ♪

あれだけを見てたら、そうは思わないのは当たり前だね。

でも、確かにあの子はあたしの右腕さ。

人の良さは見た目じゃ決められないもんなのさ」


 アンの呟きに、アロウネが鼻で笑いながら答える。

 山吹色のドレスの女性と深緋色のドレスの女性が飲み物の入った壷を持ち、入り口の扉の左右に立った。


「さあ、始めようか。

今日はそこに居るアンリード=シノギの契約を実行するため、皆に集まって貰った」


「…えぇっ、食事するんじゃなかったんですか?!」


 今の今まで唯の食事と思っていたアンは思わず大きな声を挙げてしまった。


「…俺は時間を無駄に使うのは嫌いでね。

取り敢えず、話し合いは飯の後だ。

腹を膨らした後に頭を働かしてくれ。

では、杯の中の“命”に感謝しろ。

…乾杯」


 『死』が杯を持ち上げる。

 続いて全員が杯を挙げ唱和する。


『乾杯』


 アンも慌てて唱和する。


「…乾杯」


 皆が杯を飲み干すのを見て、アンも杯を飲み干した。


「あれ?」


「どうしたんだい、お嬢ちゃん?」


 アンの疑問の声に、アロウネが反応した。


「…いや、私の杯の中身がお酒じゃないんですけど…」


 アンの疑問に、アロウネがすまなさそうに答える。


「すまないね、あたしの店じゃ、初めてのお客には酒は出さない決まりでね。

色んな果物の絞り汁を混ぜた物さ。

美味しいだろ?」


「はい、とても美味しいです♪

もう1杯頂いても構いませんか?」


「俺、1杯、欲しい」


 アンの要望にンガロも乗ってきた。


「ラウラ、お嬢ちゃんとンガロに注いであげな。

アイナも空いてる杯に酒を注いで回りな」


 酒場の女主人アロウネらしく、きびきびと指示を出す。

 山吹色のドレスの女性、ラウラから果汁を注いでもらう。

 ラウラは続いてンガロにも果汁を注いだ。


「あれ、ンガロさん、お酒呑まないんですか?」


「俺、まだ、子供。

酒、呑む、無い」


 アンはンガロの言葉に困惑の表情を浮かべた。


「子供って…。

ンガロさんって幾つなんですか?」



「俺、年齢、17。

俺、居る、してた、モラン族、年齢、18、大人」


 アンの困惑は驚愕に変わった。


「…えっ、私の方が…年上…?

まさか、ヤゴエモンさんも?!」


「…私は見た通りの…26才デスヨ」


 やや青くなった顔色のヤゴエモンが、少し弱々しく答える。


「アロウネさんは…?」


「お嬢ちゃん、淑女に向かって年齢を尋ねるなんて、無粋な事するんじゃないよ」


「同感ですわ、姉さん」


「カリナ、お前は男だの!

因みにわしはバリバリ現役だの、アンちゃん。

嘘だと思うなら、今夜わしの部屋に忍んで来るの♪」


 カリナに激しく突っ込んで、返す刀で訳の解らんことを宣う桃色爺をアンは睨みつけた。

「…質問の答えになってませんよ。

それに、ゼフトさんの部屋になんか行きません。」


「それでは代わりに私が、お言葉に甘えまして…♪」


 カリナの申し出に、ゼフトは何度目かの雄叫びを挙げる。


「男は呼んどらんの!!」


「…私越しに怒鳴るのは止めてくダサイ」


 ヤゴエモンが、やや顔色を青くして呟く。


「…あっ、じゃ、じゃあ、『死』さんと『生』さんは幾つなんですか?」


 ヤゴエモンの様子に、アンは慌てて話題の矛先を変える。


「…アンさんよ、良い事を教えてやろうか。この世界で長生きしたければ、知りたがりは程々にするんだな」


「でも、年齢くらい…」


「そんなに知りたきゃ教えてやる。

俺等2人の年齢は、…“秘密”だ」


 『死』の“秘密”に、膝の本に目を落としながら、『生』はコクコクと頷く。

 その時、部屋に再び響くノックの音。


『お食事が出来たのでお持ちしました』


 扉越しに男性の声が聞こえる。

 扉の両端に立っていたラウラとアイナが壷を傍らに置き、立ち上がったカリナも加わり、料理を手際よく運び込んでゆく。

 円卓の上には様々な料理が並んだ。


 羊や山羊や牛の腿肉や肋肉や尻肉に岩塩や香辛料をまぶしコンガリ焼き上げた焼き肉の盛り合わせや、野生の鴨の羽を毟り内蔵を出し色んな野菜を小麦の団子に練り込んだ物と香辛料を詰め込んで石釜でじっくりと焼き上げた焼き物が芳ばしい香りを周りに振りまく。

 牛や羊や山羊や鴨の内蔵を擦り潰し、パイ生地で挟み焼き上げた臓物のパイや、羊肉や季節の野菜や山茸をふんだんに入れ、乳で煮込んだシチューや、大きな河鱒の腹に香草を詰め、塩を振って酒で蒸し上げた魚の蒸し物や、馬鈴薯や人参や玉葱や蕪を茹でた物をバターであえた温野菜の盛り合わせが盛大に湯気を上げている。

 汁の滴るような果実の盛り合わせや、甘い匂いを漂わせる色とりどりの焼き菓子や、季節以外の果物の干した物がシャンデリアの光に宝石のように艶々と輝いている。

 大きな円卓の上は、瞬く間に数々の料理に埋め尽くされた。


「では、各自の祈りで料理の素材に感謝しろ」


『死』と『生』とゼフトは目を瞑り、頭を垂れた。

 ヤゴエモンは右掌を開き指を閉じ、体と直角に額に当てた。

 ンガロは両手を握り、胸の前で交差させている。

 アロウネとカリナは、両手の指を組み肘を机に付けるアフラルン教の祈りの姿勢をとる。

 祈りと言われて慌てたアンは、アロウネ達の見知った姿勢に可能な限り素早く従った。


「…よし、いいだろう。

早速、冷めねえ内に喰っちまおうぜ」


 その『死』の言葉で豪華な食事が始まった。


 誤字、脱字、読みにくい所、理解出来ない所、作者の力量不足です。

 申し訳ありません。

 出来るだけ改善していきますので、ご指摘のほど、よろしくお願いいたします。

 感想なんかも頂けると、すごく喜びます。

 次回は2月中に書き上げるつもりです。

 ではでは、また次回。

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