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摩天楼社会

作者: 食人さん
掲載日:2026/06/14

 生まれた時代が今でなければよかったのにと、何度も思ったことがある。

 昔の時代はいい。人に溢れてはいなかった。どんな才能にも、いやどんな人にも需要があって、自身が生き延びることに文句を言う人はいなかったろう。

 死にたいほど苦しかった奴は過去にも今にもそして未来にもいるだろうと述べる者もいるかもしれない。しかしそうではない。確かに苦しかった者はいたろうさ。でも今より死が身近にあって恐怖するものもいたろう。彼らが死んだ方がましだと思えるだろうか。私の解答としては、否を提示したいところである。

 思うに、自殺などといった概念は貴族階級の道楽であり、昔はそんなことも考えられないほど余裕がなく、そしてそれができるほどの立場もなかったのだろう。

 今の時代はいい。どこに行っても死ねる。ODでも高所からの落下でも、自刃でも練炭でも首を吊るでもいい。だがこれは多くの人が悲しむことだ。多くの人が忌避することだ。たとえ、その窮地に置かれた人間が心から望んだことだとしても。

 今の時代の悪いところは、多くの人間が生き方を知らないことだ。どこに行っても人がいる。その時点で人と馴染めない人間は、どこに行っても生きていけない。金がない人間も同様だ。やりようがないところまで追い込まれた時、昔の人ならば人里離れた山奥にでも行き、獣や川魚、山菜を取れば生きていけた。今の時代は、そうではないのだ。

 まぁここまでは極端な話だ。僕が話したいのはこういった直接的な生き方の話ではない。もっと根源的な……そう、自らの生きるレールの敷き方の話だとでも、思ってくれればいい。

 とある、男女の話でもしようじゃないか。



短編 摩天楼社会



 僕は昔から飽き性な人間だった。親に頼んで始めた空手も、水泳も、サッカーだってすぐにやめてしまった。そんなんだから、うまく人間関係を続けることもできなくて、それで、ただ一人熱中できるゲームに没頭していた。

 家庭用の、買い切りのゲーム。昔からやってきたことだし、なぜかこれには飽きずにいたから不思議だった。小学校併設のミニ児童会館でも、ずっと家に帰ってゲームができることを待ち望んでいたくらいだ。

 そんな生活をしていたあるときに、祖母の家で親戚の集まりがあった。この集まり自体は年2回ほどあったことだったから、特別なものでもなかったのだけれど、その時ばかりは違った。母親が、ピアノを弾いたのだ。

 どうしてだろうか。自分はこれにどうしようもなく惹かれてしまって、それで両親に頼んでピアノを始めることにした。これが、11のときの話である。

 なんだかんだ長続きして、結果として15ほどまではピアノを習っていたと思う。自分でも、よくここまで続いたと感心してしまう。ちっぽけなあこがれ、それ以外に理由はないのに、たとえ鍵盤をうまく押せなくても、両手がうまく使えなくても、どうしてか続けることができた。

 でも、手放した。

 ここまでピアノを続けている奴らの空気が、だんだん暑苦しくなってきたのだ。やれコンクールだのなんだの、自分は単にあこがれで始めただけだというのに、仲間たちが、それを、その空気感をずっと僕に押し付けてきていた。

 もちろん最初の方はがんばった。初めて上ったステージ上。みんなに応援されて、賞賛されて。いつしか自分でも誤解していたのだろう。僕は結構やっている、と。

 でも3位にすら上がれたことはなかった。どのコンクールでも、だ。

 そうしていくうちに気付いたのだ。自分に特別な才能はないと。所詮場の空気に酔っていただけなのだと。そう思い知らされた。

 悔しくはなかった。ただ、ただ自信を無くしただけだった。いや、自信を無くしたことにさえ当時は気づいていなかったのだろう。自分のやりたいことはこれじゃない。ただ、自己満足ができればそれでいい。そうやって自分に蓋をするように、嘘にすがりつくようにして、自分はひたすら脳内を逃げ回っていた。

 でも、高校に上がる前、最後のコンクールに、ちょうどいい機会だからといって、やめてしまった。


 その日、僕は最後のコンクールとなった大会の打ち上げに参加していた。といっても、会場は僕の家。10階建てのマンションの、最上階だった。

 夜も更けて、都会にしては珍しいきれいな星空の夜だった。もうやめる、ということでどこかすがすがしかったのかもしれない。僕との別れを惜しむやつらが暑苦しくて、ベランダに出た時、風がどうしようもなく冷たかったのを覚えている。

 本来、僕は別れが好きな人間ではない。まして5年間付き合ってきた仲間たちとの別れなのだ。感傷に浸る俺がそこにいることに、とくに疑問を感じることはなかった。

「思えば長くやってきたなぁ……」

 自分で切り捨てた場所のくせに、どうしてかまだ戻りたいと思ってしまう。戻ったらまた僕は、ここが自分に不向きな場所であると痛感する癖に。だから、これでいいのだ。

「まぁ、居場所へのどうこうとかよりも、才能のなさを痛感しただけなのかもしれないけどな」

 ため息をつく。どうこう理由をつけて、他人のせいにしたかっただけなのかもしれない。

 でも、少しだけこの時思ったことがあった。きっと僕が抜けても、この先もこいつらはピアノをやり続けるのだろう、と。彼らにとっては僕はどんな存在だったのだろうか。

 どうしてそんなことを考えてしまったのだろう。その日の風は、僕には少し寒すぎたのかもしれない。あるいは、気持ちが沈む時間帯だっただけなのかもしれない。

 なんにせよ、次にはこう思った。僕がいなくなって、悲しんでくれる場所はどこかにあるのだろうか、と。いや、悲しむ、という言葉だけではこの場所がそうだ。あいつらは悲しんでくれた。というよりは、僕がいなくなって立ち行かなくなる場所はあるのかな、と。そう思ったのだ。

 社会人が単に「部品」と。「歯車」と称される時代に、僕に代わりがいないはずがない。僕だけにしかできないことなんて、きっと何一つないんだろう。そう思ったのだ。

「こんな夜更けにベランダに出て、寒くはないんですか?」

 ふと、そんな声が右から届いてきた。そこには、マンションのお隣に住んでいる、女性がいた。

「ああ、大丈夫ですよ。そしてそれを言うならあなたも、ではないですか?」

 僕がこう返すと、女性は少し困った顔をして、言った。

「あんなに隣でドンチャン騒がれては、家でだって落ち着けません。……少し、風にあたりたくなってしまって。」

 そう言った彼女の横顔は、なんだか悲しそうに見えた。

「すいません。今ピアノコンクールの打ち上げと……そして、僕のお別れ会をしていて。」

「お別れ会にそんな浮かない顔で参加していたんですか? 少しは惜しんでくれる人の気持ちを考えたほうがいいと思いますよ。あなたのためにやってるんですから。」

 彼女は、そんな正論を僕にぶつけてきた。まあ、自分に迷惑をかけてまで行っている宴会の主役がこんな態度じゃあ、文句のひとつやふたつ出るのも仕方ない。

 そして僕は、返す言葉もない、と苦笑いをして返そうとした。しかし、先に口を開いたのは彼女だった。

「まあ、私が言えたことじゃないんですけどね。」

 ふと、この言葉の裏には、彼女の悲しげな顔の根底があるような気がした。だから僕は、その言葉の真意を聞かずにはいられなかった。

「何か、あったんですか?」

「実は、私、転校することになってしまって。」

「それは……なんというか、境遇が似てますね。」

 僕のその言葉に、彼女は少し微笑んだ。

「そうですね。まあ、私の場合は、父親がけっこう頻繁な転勤族なので、こういったことは慣れてるんですけどね。今回ばかりは、15の冬、受験校も決まったこんな時期にこのことを切り出してきたお父さんには、ちょっと勝手すぎると思いましたけど。」

 隣で15ということは、通っている中学も同じだったのだろう。そういえば、なにか話を聞いた気もする。でも、顔を合わせたのは初めてだった。

「ずっと転校を繰り返してると、その場所に降りたった時に感じる空気感がいやになることがあるんです。ずっと昔から同じところにいるから、同じクラスとか同じ部活でなくっても顔見知りだったりとか、そういったことがあるじゃないですか。私にはそういうのないし、部活にも入りにくいから、同じクラスの人とだけ関わって、そしてまた別の場所へ飛んでいく。手紙を書くと言ってくれた友達も、最初の何通かを、だんだん頻度を落としながらも交わした後、結局送ってこなくなります。そういうものなんです。そうしていくうちに、自分がだんだんちっぽけな存在に思えてくるんですよ。代替可能な歯車……いや、それにすらなれていない気がするんです。」

 彼女の言葉は、そして境遇は、僕より同情をあおるもののように感じた。

「ときに、ここは随分と高いですよね。」

「え?」

 急な話題に、僕は驚きながら、下を見下ろした。確かに高い。

「息苦しいとは思いませんか? 高所は低所より空気が薄い。こんな高くに上ってこれるまでに、人間は成長してしまった。そのせいで、いまこんなにも苦しい。」

 彼女は、そう告げたあと、ため息をついた。

「人が技術を進歩させなければ、こんなことにはならなかったんでしょうけどね。……私はちょっと寒くなったから戻ります。おやすみなさい。」

「あ、ああ……おやすみなさい。」

 僕はこの一件を、すごく。そう、すごく長い間、胸に響かせ続けた。


 中学は同じだったのは確信していたけれど、二日後に違うクラスであったお別れ会は覗いたり話しかけにいったりはしないでおいた。なんというか、忘れてしまうのに行くというのは、昨日あんな話をしてくれた彼女に、申し訳ない気がして。


 そうして、なんの因果か、はたまた奇跡か、高校一年の冬に、またも彼女と再会した。その日の教室はさわがしかった。だって、転校生が来て、そしてその一言目が

「あ、あの時の!」

 だったのだから。完全に少女漫画だ。

 しかし、お互いに覚えていたのは意外だった。曰く、あの時は話過ぎたのだそうだ。僕の声音が話しやすかったとか、そういった言い訳をしていたが、きっとただ心細かったのだろう。そこに僕らの騒ぎが聞こえてきて、疎外感を感じた。あるいは惨めだなんて思ったのだろう。僕だって、きっとそう思う。

 しかしこれはこれ、それはそれだ。僕らは学校中で噂の的になってしまった。周りが僕らをくっつけようとするため、必然的に僕らは話す機会を多くもらった。

 そこで、たびたび話題に上がっていたこと。それが僕らの共通認識にあった言葉、「代替可能な歯車」だった。僕らはそれの脱却を目指したいと思い、方法を考えた。

 そうしてたどり着いたのが、創作という自分以外誰にもできない自己の表現だった。その中でも、特に作曲は人の心を揺らす。ピアノの細い音色は、涙を誘う。ギターの力強い音色は、興奮を誘う。そうして、歌詞は、自分の思いを人に届けるのにとてもいい手段だった。

 そんな絶好の的を見つけたのだ。そうして僕らは、作曲を始めた。といってもDTMでやるやつだ。

 幸い音感があったし、僕のできることは結構多かった。やりたいことがそろっているのもあって、作曲はだんだんと練度を増していって、僕らは一曲作るたびに喜び合えるようになっていった。

 僕は、来る日も来る日も自分たちの曲を聴くようになっていった。自分たちの好きな要素をたくさん盛り込んで作った曲だ。当然好きになる。投稿サイトではあまり聞かれてはいないけれど、それは時代が悪かったせいだ。僕は、だんだん満足してきていた。


 でも、ある時彼女は言った。

「こんなんじゃ、全然足りない。もっといい曲を作りたい。」

 彼女は僕の満足とは対照的に、ずっと不満を募らせていたことをこの時知った。

「でも、僕はこれもいい曲だと思うんだけど」

「あなたはわかってない!」

 彼女の聞いたことのない怒号に、僕は体を跳ねさせた。

「点数が100まであるとしたとき、私の満足は80点なのに、あなたの満足はたった40点なの! それでどうして私に満足しろって言えるの? どうしてもっと良くする方法を探さないでいつも終わろうとするの!」

 そこで初めて気づいた。僕は自己表現の手段として、作曲を見ていた。唯一無二のミュージックを作れれば、お互いそれでいいのだ、と。でも彼女にとってはそうじゃなかったのだろう。多くの人に求められるものを、とか、本当に心の底から良いものを作りたいと思う心があって、それがあって初めて、自己表現ができる、と。代替可能な歯車から脱却できるのだ、と。そう考えていたのだろうということに、気づいたのだ。

 僕はピアノをやめた日のことを思い出した。そして、ここまで圧と熱意があるやつと一緒にやっていても、僕が疲弊するだけだと、すぐに気付かされた。

 そうして僕は彼女と作曲をやることをやめると決め、彼女に伝えた。その時の彼女の顔なんて、見ていない。なんて言われたかも、覚えちゃいない。思い出したくもない。


 しばらくして、彼女はまた別の人とタッグを組んだ。僕は、自分で言うのは何だが恵まれている方だと思う。ピアノをやっていたし、音感もあった。そしてなにより、彼女の悩みを知っていた。だからこそ、彼女はうまくいかない。そう自惚れていた。

 でも結局彼女が組んだタッグは大成功してしまった。彼女にとっては、僕だって所詮代替可能な歯車に過ぎなかったって話だろう。


 そうして僕はまた一人になった。ゲームをしようと思ったが、昔ほど楽しくなかった。友達と遊ぼうと思ったが、ほとんどを彼女との交流に費やしていたせいで、遊びに誘えそうな友達もいなくなっていた。

 こうして僕は、正真正銘、なんにもないやつになってしまった。

 誇れることも、拠り所も、そうして、自信も。何もない人間になってしまった。

 自分はどこに向かって歩けばいいのか、だれに頼ればいいのか。自分のレールの敷き方を、完全に忘れてしまっていた。

 いや、人付き合いをしていれば敷かれていくレールに乗っていただけで、生き方、レールの敷き方なんて最初から知っちゃいなかったんだろう。


 今またベランダに出て思ったのだが、マンション10階程度では、別に空気の薄さはそう変わらない。あの時、彼女が息苦しいと言ったのは、低所であっても変わらない事実なのだ。

 ならなぜ息苦しいのか。そんなもの簡単だ。この世界には人が多すぎる。人が多すぎれば、その分酸素を吸われて、空気は薄くなっていく。自分の居場所も、小さくなっていって、いずれ消えていく。自分の個性も周りに溶けだして、やがて消えていく。そういうことなのだろう。

 下を見下ろす。車通りがよく見える。今日も街は動いていて、僕一人消えたところでだれも困りはしない。

 こんな悲劇の社会を、彼女と出会った悲劇を称えてこう呼びたいと思う。

 摩天楼社会、と。


 風を切る音が、こんなにも涼しい。



-終-

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