永遠の愛を誓ったけれど、千年で飽きたので好きに生きることにしました
「エメリア、君と永遠の誓いを交わしてから、ちょうど千年だ。この記念すべき日に、改めて変わらぬ愛を誓おう」
片膝をつき、私の手の甲に口づけを落とした英雄アルト・ノクティス。
そして深淵の魔女と呼ばれた魔導師の私、エメリアは夫の甘い誓いに頬を染めて涙ぐんで喜ぶ……はずだった。
けれど思い返せばこのセリフ、百年前と一言一句違わない。それどころか、二百年目の時も、五百年目の時も同じだった気がする。
顔を合わせるたびに降り注ぐ甘い言葉の雨。
誰もが羨むハッピーエンドのその後と言えば聞こえはいいだろうが、ここまでくれば流石に異常ではないだろうか。
では、なぜこんな事態に陥ったのか。
理由は一つ、私たちが『不老不死』に成り果ててしまったからに他ならない。
千年前、私たちは悪の根源となる魔王を討伐し、世界に平和をもたらす偉業を成し遂げた。
けれど、魔王の最期の足掻きによって放たれた『不滅の呪い』を、二人揃って浴びてしまったのだ。
後方にいた仲間たちは幸いにも難を逃れ、すでに天寿を全うして天国へと旅立った。
まあ、それはいいとして、当時の私は愛に狂っていた。
「アルト、これでずっと一緒にいられるね!」
「絶対離さないから!」
「永遠に愛してるよ!」
――なんて、頬を染めて呪いすら都合の良いスパイスとして処理してしまったのである。
(あぁ……あの頃の自分を全力で殴り飛ばしてやりたいわ)
人の精神構造というものは、永遠に耐えられるようには設計されていなかったのだ。
最初の百年は、ただただ楽しかった。
二百年目は平和って素晴らしいなぁと、しみじみ噛み締めることができた。
でも、五百年くらい経った頃、森羅万象に対する悟りを開いてしまった。
人は生まれて老いて死ぬ。
国は栄えては滅びる。
争いは形を変えて繰り返される。
何度も見ているうちに何も感じなくなり、八百年も経つと、感情の起伏が消失してしまったのである。
そして、記念すべき千年目。
長い過去を振り返り終えた私は、冷めた瞳でアルトを見つめる。
「アルト、あなたに一つだけ言っておきたいことがあるの」
「なんだい、エメリア? 千年経とうとも僕の愛は変わらないよ。何でも言ってごらん。もし君が望むなら、空の星さえも撃ち落としてみせるよ」
「そんな無駄なことはしなくていいわ。膨大な魔力を使えば疲れるだけだし、何より星の重力のバランスが崩れてしまうから迷惑なだけよ」
相変わらず甘い言葉を囁くアルトに、私は無感情で答えた。
冷たく聞こえたかも知れないが、彼を嫌いになったわけではない。アルトは千年前と変わらず、今も私を激しく愛してくれている。
でも、それが問題なのだ。
何も変わらない。そう、何一つとして変わらない。
毎日、最愛の言葉と最高級の寝食を与えられ続けた私の心を満たしているのは、今や喜びでも悲しみでもない。
感情が朽ち果てた私でも理解できる、ただ一つの感情。
「飽きた」
「……え?」
アルトの美しい顔が、彫像のように硬直した。
「……急にどうしたんだい? まさか、僕の愛が足りなかったとでもいうのかい!? そうであるなら、これからさらに激しく愛することを誓う!」
「いいえ。むしろ供給過多で、ここ数百年は胸焼けしていたわ」
「そんな……他に好きな男でもできたのか!?」
「まさか。愛情なんて感情も枯れ果てているわ」
私はこの数百年で一番の晴れやかな笑顔を作る。
「あなたとの完璧な生活も、この永遠も、すべてに飽きてしまったの。だから、今日で夫婦はおしまい」
「嘘だろ……?」
「ごめんね、アルト。千年お疲れ様。私はもう出て行くわ。すでに私の私物は処分したし、離婚届は出しておくから。それじゃ、元気でね!」
「ま、待て……。い、行くな! 行かないでくれ! エメリアァァァッ!」
私はバルコニーから風魔法で空へ飛び出す。
背後でアルトの絶叫が響き渡ったけれど、振り返らなかった。
彼には申し訳ないことをしたかもしれないが、今の私は罪悪感すら湧いてこない。
でも、巷で流行りの婚約破棄だのなんだのと、たかだか数十年で別れを選ぶ若輩者たちに比べれば、むしろ私はよくやったと褒められていいと思う。
それに彼なら大丈夫。
何せ不老不死だから立ち直る時間は永遠にあるし、圧倒的な力も、莫大な財産も、容姿も良ければ性格も多分いい。
新しい恋人の一人や二人、すぐに見つかるだろう。
感情が消失してるから雑な推測しかできないけれど、当たっていると思う。
眼下には見飽きた都市が広がっているが、今の私には千年ぶりに味わう自由がある。
あの街で、私は一からやり直す。
そのためには、ここ数百年で枯れ果てた感情を取り戻した方がいいと思う。
「そうなると……甘酸っぱい恋愛とか? 恋愛といえば……やっぱり、青春ってやつかな?」
思い返せば、十五の春に魔王討伐の旅に出てからというもの、まともな青春なんて眩しい経験はない。
そうと決まれば話は早い。
青春といえば若者。
若者が集まる場所といえば、やはり学園だ。
久々に自然な笑みが零れた気がする私は、新たな舞台となる学園へと空を駆け抜けた。
◇
一週間後。
王都の郊外にそびえ立つ、国内最高峰の教育機関『王立セレスティア魔法学園』。
私は光学迷彩魔法で髪をピンク色に変えて、制服を今風に着崩した十六歳の新入生・メリアとして、歴史の授業を受けている。
数百年ぶりの学業とはいえ、今や伝説として語られる『深淵の魔女』の私にとって、簡単すぎる授業内容は欠伸が出てしまう。
ただ、千年という歳月は良くも悪くも世界を変えていた。
科学なる技術が発達し、民の生活が豊かになった反面、魔法は目も当てられないほど退化してしまっていたのだ。
さらにそれ以上に厄介なのが、この硬い椅子での座りっぱなしは、思いのほか腰にくるし、肩も凝るということだ。
かつては三日三晩空を飛んでも平気だったし、ドラゴンを複数体相手にしても息一つ切らさなかったのに。
私は内心ため息をつきながら、腰と肩にヒールをかけて姿勢を正した。
それにしても、教壇の老教師の話は無駄に長い。
生徒たちの大半は寝ているか、魔導書を見ているフリをして別のことをしている。
「――このように千年前の魔王討伐において、英雄アルト様と聖女エメリア様の活躍は目覚ましいものでした。特にお二人の間に結ばれた永遠の愛は、今なお語り継がれる至高のロマンスである」
何がロマンスだ。本当は重すぎる愛を向ける夫と、それに辟易して熟年離婚を突きつけた元妻の末路だというのに。
「メリアさん、あなたはこの偉大な愛の歴史に、何か思うところがありますか?」
不意に指名され、クラス全員の視線が私に集まる。
私はすぐさま口角を上げ、ワントーン高い声を出す。
「はいっ! 私、アルト様って、すっごくイケメンで最高だと思いますぅ! エメリア様もラッキーっていうか、永遠の愛とか超エモいですっ☆」
「う、うむ……少し言葉遣いが気になりますが、その情熱は素晴らしい。皆さん拍手を」
隣の席の女子生徒が「メリアちゃんってさ、少し古い言葉遣いだけど可愛いね」と声をかけてきたので、私は「あ、あははー、田舎育ちだからかな? よく言われるよっ☆」と、ピースサインで返す。
「では、次は基礎魔法の実技に移ります。中庭へ移動してください」
私は教師の指示に従い、「よし、がんばるぞー☆」と呟いて席を立った。
◇
中庭の芝生に整列させられると、等間隔に並ぶ木製の的が用意されていた。
「これから火魔法の基本である『火球』を放ちます。まずは手本を見せましょう」
老教師が杖を構えて詠唱を始めると、杖の先から拳サイズの火球が放たれた。
木製の的が燃え上がり、黒焦げになったのを見て、周囲の生徒たちから感嘆の声が上がる。
だが、私だけは数百年ぶりに言葉を失った。
どう見ても、あれはただの火種に過ぎない。
現代の魔法レベルの低下は座学で理解していたつもりだったが、まさかここまで落ちぶれているとは。
内心で頭を抱えていると、私の番が回ってくる。
「メリアさん、魔力を少しずつ練り上げて、ゆっくりで構わないので詠唱してください」
「はぁーい! えっと……こうですか? えいっ☆」
当時の百万分の一ほどに出力を絞り、指先から極小の火種を弾き飛ばす。
放った火球は、木製の的はおろか、背後にあった分厚い石壁を突き破り、はるか後方に建つ旧校舎まで、爆炎と共に消し炭へと変えてしまった。
凄まじい爆風が中庭を吹き荒れ、生徒たちの悲鳴が一斉に上がる。
「な、なんだ、あの威力はッ……!?」
「まさか……最上級魔法……!?」
「……詠唱もしてなかったよね?」
クラスメイトたちが戦慄する中、私も別の意味で戦慄している。
(嘘でしょ? まさか調整ミスした? いやいや、私に限って、素人みたいな失敗なんてありえないわ)
全員が顎を外さんばかりの表情で私を見つめる中、とりあえずこの場を誤魔化すことにした。
「あ、あわわ……な、なんか、杖が勝手に暴発しちゃいましたぁ! こわーい☆」
涙目で両頬を覆い、あざとく首を傾げてみせる。
我ながら完璧な演技だ。
「暴発だと……? メリア君、君はいったい何者なのだ……?」
老教師は虚空を見つめながら膝から崩れ落ちていた。
周囲の生徒たちも、畏怖の目で私を遠巻きに見つめている。
平穏な学園生活の夢は、入学初日にして早くも暗雲が立ち込めてしまったのである。
(とりあえず、校長に菓子折りでも持って行けば大丈夫よね)
◇
重厚な扉を抜けると、銀縁眼鏡をかけた男が座っていた。
王立セレスティア魔法学園の校長、バルトス・アルガイアだ。
三十代半ばにして学園長に抜擢された男と聞いたが、今はひどく引きつらせた顔で紅茶を飲んでいる。
「……それで、メリア君。君の言い分としては配給された杖の魔力回路が経年劣化でショートし、偶発的に大規模な爆発を引き起こした、と?」
「はいっ! もう本当に怖くて! 私みたいなか弱い乙女の指先が吹き飛ばされなくて、ほんっとによかったですぅ」
私はソファに浅く腰掛け、瞳に涙を浮かべて怯える完璧な演技をした。
卒業後はプロの劇団員を目指してもいいかもしれない。
「……う、うむ。旧校舎は取り壊しの予定だったから実質的な被害はない。とはいえ、あれほどの破壊力となれば、君自身の魔力量も無関係ではないはずだが」
「いえいえ! 私なんて、村でも下から数えた方が早い程度の微魔力ですよ! あっ、それとこれ、お詫びと言ってはなんですけど、王都の老舗で買ってきた焼き菓子の詰め合わせですっ☆」
彩り豊かなクッキーとマドレーヌ。
数分前にこっそり王都へ空間転移して調達してきた洋菓子店『エクレール』の箱をテーブルの上に置く。
「……菓子折りか」
校長の切れ長な瞳には、旧校舎を吹き飛ばしておいて菓子折り如きで誤魔化す気かという困惑と、私への警戒が混ざっている。
「校長先生、取り壊しの費用が浮いたということで、ここは一つ穏便にお願いできませんか〜?」
私は女子高生の愛嬌に、ほんのわずかだけ魔女の威圧感を混ぜて微笑む。
場の空気が重く沈み、校長の端正な顔立ちから冷たい汗が伝い落ちた。
「あ、あぁ……そうだな。そもそも古びた杖を配給した学園側にも落ち度はある。今回の件は特別に不問にしよう……」
「わぁ、ありがとうございますぅ! 校長先生、お仕事がんばってくださいねっ♡」
――交渉成立。
退学の危機は免れた。
重い扉を背に息を吐き出すと、廊下の窓から差し込む夕日を見上げる。
「ふっふっふ。ここからが私の真の学園生活の始まりよ。目立たず、騒がず、自由と甘酸っぱい恋愛を謳歌してやるわ……って言っても、何も感じないけれど」
◇
翌朝。
教室の扉を開けると、波打つように生徒たちのざわめきが止んだ。
仕方ない。入学初日に校舎を消し炭にした女に、安易と声をかけられる者などいない。
「みんな、おはよう! 今日もいい天気だねっ☆」
……沈黙。誰一人として目を合わせようとせず、そそくさと教科書に視線を落としていく。
当然、私は寂しさなど微塵も感じない。
気にもせずに自分の席へ向かうと、一人の男子生徒から行く手を遮られた。
「おはよう、メリアさん。昨日の魔法実技はとんだ災難だったね。それに怪我もなくてよかったよ」
朝日を弾くサラサラの銀髪に、理知的なアイスブルーの瞳。着崩しのない制服の胸元には、特待生を示す金のエンブレムが輝いている。
クラス委員長を務める優等生、ユリウス・ヴァン・イグニアだ。
「おはよう、ユリウス君。ほんと昨日はすっごく怖くて一睡もできなかったよぉ……」
嘘である。昨夜はふかふかのベッドでたっぷり十時間は熟睡させてもらった。起きた時に喉がカラカラだったから、おそらく盛大ないびきすらかいていたはずだ。
「無理もないさ。あんな事故が起きれば、誰だって怖いに決まっているよ」
ユリウスはふっと柔らかい微笑みを浮かべる。
端正な顔立ちと優雅な振る舞いは、どこか王侯貴族を彷彿とさせる洗練さもある。
うん、なかなかのイケメンだ。
「学園生活で困ったことがあれば、いつでも僕を頼ってほしい。君のような可憐な花を、これ以上怯えさせるわけにはいかないからね」
「わぁ……ありがとう、ユリウス君っ☆」
「あぁ。ただ一つ、気になっていることがあるんだ」
「気になってること〜?」
ユリウスは私の顔を覗き込むように、スッと距離を詰めてきた。
「あの事故の後、僕は君の杖の破片を回収して調べさせてもらったんだ。おかしなことに、魔力回路がショートした痕跡が見当たらなくてね。いや、それどころか……信じられないほど純度の高い魔力の形跡が残っていた」
(あれ、もしかしてバレた? なかなかやるわね、このボーイ)
内心で舌打ちしつつも、私は完璧な天然少女の仮面を崩さない。千年の修羅場を潜り抜けた私を舐めないでいただきたい。
「何のことか私にはさっぱりだよ〜。きっと幻の超レアな杖だったとか、そういう魔法の神秘じゃないかなぁ〜?」
「神秘か。面白い解釈だね」
ユリウスは小さく笑った。
明らかに疑っている。それも、私の素性や実力をある程度推測した上で、わざとカマをかけてきているのだ。
千年前なら、この手の小賢しい輩は問答無用で物理的に沈黙させていたけれど、今の私は平穏な青春を求めるしがない女学生。
これ以上、無用な波風を立てるわけにはいかない。
「メリアさん、もしよければ今日の放課後、少し時間をもらえないかな? 君と語り合いたいんだ。特に……『暴発』について、ね」
柔らかな言い回しとは裏腹に、有無を言わさぬ圧。
気付けば、周囲の女子生徒たちの鋭い視線が集まっている。
なるほど。学園の王子様的なポジションの男子からの放課後の呼び出し。
私はすぐに察した。
これこそが、古文書で読んだ『ラブコメのフラグ』というやつだと。
千年の倦怠により『ときめき』という感情も死滅しているが、知識としての理解はバッチリなのだ。
せっかくの青春イベント。
ここで無下にするのは野暮というものだろう。
「わぁっ、ユリウス君とおしゃべりできるなんて嬉しいなっ! 放課後、楽しみにしてるねっ♡」
私が完璧な満面の笑みで応じると、ユリウスは満足げに頷いて席へ戻っていった。
◇
放課後。
図書室の奥にある特別閲覧室の扉を開けると、ユリウスが分厚い魔導書を広げて待ち構えていた。
「来てくれて嬉しいよ、メリアさん。ここなら誰の邪魔も入らないからさ」
「もう、ユリウス君ったら意味深なんだからぁ。私、ドキドキしちゃう♡」
頬に両手を当てて身悶えしてみせる。
だが、彼のアイスブルーの瞳は一切の熱を帯びていない。
ただ静かに、私という存在を暴こうとする探求者の目を向けている。
「単刀直入に聞こう。君は何者なんだ?」
室内の空気が張り詰める。
彼の手元に広げられたページには、千年前の魔法術式に関する難解な記述が並んでいる。
魔法が退化した現代において、解読すら困難な代物のはずだ。
「昨日、君が放ったのは暴発なんかじゃない。あれは極限まで圧縮された超高密度の魔力だ。それも……現代の魔法学では再現不可能な神話の領域……」
ユリウスは椅子から立ち上がると、ゆっくりと私に近付いてくる。
「そして、君のその髪も見事なまでの光学迷彩魔法がかけられているね。だけど魔力波形までは隠し切れない。君の本当の髪色は、深淵のように暗い漆黒ではないのか?」
「あら」
思わず、感嘆の声が漏れる。
魔法のレベルが地に落ちた現代において、ここまで鋭い洞察力を持つ若者がいるとは予想外だった。
それに、この獲物を追い詰めるような執念深い探究心、どこかで覚えがある。
「ねえ、ユリウス君。一つ聞いてもいい?」
私はイケイケの可愛すぎるキュートボイスをやめて、本来の落ち着いたトーンで問いかける。
「君の家系……『イグニア』という名。千年前の宮廷魔導師、レオン・イグニアの系譜かしら?」
「なぜ、それを……!?」
余裕に満ちていたユリウスの美貌が、明らかな驚愕に染まる。ただの勘で言っただけだったが、図星だったようだ。
昔から私の勘は当たるのだ。
「僕の家系……イグニアの真の歴史は、王家の最深部にある書庫にすら残っていない極秘事項だ。なぜ、それを君が知っている……?」
「理屈っぽくて、相手の神経を逆撫でするようなねちっこい視線。昔の友人にそっくりだったからよ」
「昔の友人……?」
「ええ」
私は軽く指を鳴らし、光学迷彩魔法を解除する。
明るいピンク色だった髪が、艶やかな漆黒へと染まり、腰まで流れ落ちる。同時に、私が内包する膨大な魔力に周囲の空間が歪み始める。
「この魔力は……い、息がッ…………」
目に見えない魔力の重圧に押し潰され、ユリウスがたまらず床に片膝をついた。
私は苦しげな彼を見下ろし、優雅に微笑む。
「私が何者かって言ったわね? 優秀なあなたには特別に教えてあげるわ。そうね……簡単に言えば、千年越しに離婚したバツイチの不良魔女、というところかしら」
早くも本当のことをバラしてしまったけれど、まあ気にしないでおこう。
当然、彼は怯えて逃げ出すか、「何を馬鹿なことを」と正義感から立ち向かってくるかの二択だと思っていた。
けれど、床に伏したまま私を見上げるユリウスの瞳は、得体の知れない熱を帯びていた。
「美しい……」
「……はい?」
ユリウスは荒い息を吐きながらも、私の周囲で渦巻く魔力の奔流に釘付けになっている。
その瞳に映るのは恐怖ではなく、圧倒的な魔力への陶酔。
膨大な魔力の重圧に骨を軋ませながら、ユリウスはふらつきながらも立ち上がる。そして熱に浮かされた瞳で、私を射抜いた。
「これほどまでに純度が高く、強大な魔力……。君は、まさに魔法の神秘そのものだ! メリア、どうか僕の恋人になってほしい!」
「……えっ? あの、私がバツイチだっていう話、ちゃんと聞いてた?」
「バツイチだなんて嘘をついてまで僕を遠ざけるつもりだろうけど、そうはいかないよ。メリア、僕と付き合ってほしい! 君に惚れたんだ!」
あまりの斜め上の展開に呆気にとられ、思わず展開していた魔力が霧散していく。
だが、冷静になって考えてみれば、これはまたとない好機ではないだろうか。
少しばかりおかしなところはあるが、私がこの学園に潜入したのは、そもそも枯れ果てた感情を『甘酸っぱい青春と恋愛』で取り戻すためだ。
学園の王子様的ポジションからの情熱的な告白は、まさに思い描いていたルート。
懸念すべきは、相手が私ではなく、私の魔力に発情している気もするが、そんなことは些細な問題だろう。
「いいわよ」
私は即決した。ここ数百年の倦怠を打ち破るには、これくらい狂った展開の方が丁度いい。
呆れ半分、期待半分の息を吐き出し、私は元の明るいベリーキュートな女学生の笑みを浮かべた。
「ユリウス君、今日からよろしくねっ♡」
私のあまりに軽い即答に、ユリウスの端正な顔が歓喜の色に染まる。
こうして、少しばかり歪な学園恋愛生活が幕を開けた……と、思っていた矢先のことだ。
凄まじい衝撃波と轟音と共に、図書室の窓ガラスが粉々に砕け散る。
突然の暴風が室内を掻き回す中、重々しい足音を立てて一人の男が降り立った。
「見つけたぞ、エメリアァァァァッ!!」
血走った目で私を捉える元夫、英雄アルト・ノクティスだった。
夕日に照らされた図書室に、悠然と現れたアルトは、迷うことなく私へ歩み寄る。
「エメリア、離婚なんてただの冗談だろう? さあ、一緒に帰ろう。晩餐には君の好きなドラゴンステーキを用意してあげたよ」
「何を言っているの? 冗談で離婚なんて言わないわ。すでに離婚届だって受理されているわよ」
「受理されただって? 君は勘違いをしているようだね。君が役所に出したあの紙切れなら、僕が消し炭にしておいたよ。だから、僕たちは今も変わらず夫婦のままだ」
まさか受理されたはずの離婚届を燃やしていたとは、恐怖も感じないけれど恐るべしだ。
どうやら彼の中では、私の一時的な気の迷いとして処理したようだ。
そもそも彼の狂気的なまでの自己肯定感と盲信こそが、彼を見限った最大の理由だというのに。
ふと、私へ伸ばしかけたアルトの手がピタリと止まる。
彼の視線が、私の背後で片膝をついているユリウスへと向いた。
「ところでエメリア、君の背後にいるその男は誰なのかな?」
アルトが冷徹な視線をユリウスへ向けると同時に、魔王すら絶望させた英雄の殺気が場を凍てつかせる。
並の魔導師なら息ができずに気絶するほどの重圧。
しかし私の新恋人も、やはりネジが飛んでいたようだ。
「くっ……! なんて凄まじい魔力なんだ!? これが伝説の英雄の魔力なのか! なんて、素晴らしい力だッ!」
ユリウスは全身の骨を軋ませながらも、恐怖より探求心を勝たせ、瞳に狂おしいほどの熱を宿してアルトを睨み返した。
「……この男は何を言っているんだ? 虫けら如きが、僕のエメリアに馴れ馴れしく近付くな……」
アルトが背中の聖剣に手をかけようとしたのを見て、私はユリウスの前に立ち塞がる。
「アルト、いい加減にして。私の恋人に手をあげるなら、ただではおかないわよ」
「……恋人だと?」
アルトの動きが止まる。
「そうか。君も随分と悪い冗談を覚えたんだね。いいよ、君がそこまで言うのなら、今は引こう」
あっさりと引き下がったアルトの態度に、私が微かな違和感を覚えた直後だ。
騒ぎを聞きつけたバルトス学園長が、血相を変えて図書室へと飛び込んでくる。
「ノ、ノクティス様! いきなり窓を割るなど、いかにお立場があろうとも……!」
「ああ、学園長か。ちょうどいい。先ほどの話、正式に引き受けようではないか」
アルトは私から視線を外さないまま、学園長に向けて淡々と告げた。
「明日から僕が、この学園の『特別実技教官』だ」
「え……?」
思わぬ言葉に、私は呆然と声を漏らす。
「君の新しい遊び相手が、どれほど君の隣に相応しいか……僕が教官として、直々に『教育』してあげるよ。楽しみにしていてくれ、エメリア」
「待ちなさい、アルト……」
私が制止するよりも早く、アルトは背を向けて空へと飛び去っていった。
残されたのは崩壊した窓枠と、呆然とする学園長。そして、なぜか恍惚とした表情を浮かべているユリウス。
「凄い……あれが伝説の英雄か! 深淵の魔女の恋人に、伝説の英雄……素晴らしい! この学園は、なんて最高なんだ……!」
死の淵を覗いたはずなのに、魔法への執着で瞳を爛々と輝かせている新しい彼氏。
自由に甘酸っぱい恋愛をして、失われた感情を取り戻す。
そんな私のささやかな青春計画は、愛が重すぎる元夫と、どこか狂った新恋人によって、最悪の形へ舵を切ろうとしていた。
けれど、ただ虚無を貪っていた頃に比べれば、この状況の方がよっぽど幸せな気がする。
「ふふっ……まあ想定外の波乱も、この枯れた心には悪くないスパイスになりそうね」
私は崩壊した窓から吹き込む風に髪を揺らしながら、数百年ぶりに自然な笑みを零した。
お読みいただき、ありがとうございました!
エメリアにとっては、これがハッピーエンドかなと思います。
他作での書籍化作業中に、ふと思いついて気晴らしに書き殴った物語ですが、なかなか良きかなと。
最後に↓の【⭐︎】から評価していただければ、とても嬉しいです。
それでは、また(//∇//)




