致命の一撃
翌朝。
アルスが一人で冒険者ギルドに顔を出すと、すでに見慣れた二人の姿があった。
「おはよう、アルス!」
ルナが先に気づいて手を挙げる。
朝から変わらず元気そうだ。
「おはようございます」
セレナも穏やかに会釈する。
「もう来てたんですね」
アルスが言うと、
「今日は特別な依頼を受けるからね!
ちょっと早めに、ってやつ?」
ルナが笑う。
軽いやり取りのあと、ルナが受付から受け取った依頼書を差し出した。
「これが今日の仕事よ!」
「護衛依頼……」
「そう、ダスキー男爵領の領都から、エメラルド伯爵領までね」
セレナが頷く。
「結構、距離があるんじゃないか」
「あるわね。丸一日じゃ足りないくらい」
ただし、と前置きしてセレナが続けた。
「ダスキー男爵は、エメラルド伯爵の寄子よ。
交易も盛んで、街道もよく整備されているわ」
ルナが肩をすくめる。
「往来も多いし、治安もいい。
護衛がいらないとは言わないけど……」
「物騒な道、ではないよね」
アルスが言う。
「ええ。
少なくとも、危険を想定して銀級を付ける理由は薄いの」
セレナは頷いた。
依頼書にははっきりと書かれている。
――銀級冒険者パーティ《夜空》を指名。
さらに。
「伯爵家の騎士団も同行、か」
アルスが眉を上げる。
「そうなのよ」
ルナが、依頼書を指で叩いた。
「護衛の護衛、よ。こんなに珍しい依頼は初めて!」
「報酬も見合っていないわね」
セレナが静かに言う。
アルスは金額を見て、思わず声を漏らした。
「……これは凄い。さすがは貴族の指名依頼だ」
距離を考えても、安全な街道を通る護衛としては明らかに高い。
「令嬢の護衛だから、女性主体で実績のあるパーティとして選ばれた」
ルナが言う。
「そこまでは分かるんだけど」
「それでも、準備が過剰すぎる。
過保護と言うには、限度を超えているわ」
セレナが言葉を継ぐ。
「何も起きない前提なら、やりすぎだよな」
アルスが言うと、
「でしょ?
だから、ちょっと引っかかるのよね」
ルナがにやりと笑う。
アルスは、ふと別の見方を口にした。
「でも……この依頼は報酬も実績も大きいから、
うまくこなせば今後につながるんじゃないかな」
「そうなのよ!」
ルナが、ぱっと明るくなる。
「貴族筋に顔が売れる!」
セレナも頷く。
「私たちにとっても、アルス君にとっても。
次の段階に進むための、足がかりになるわ」
安全な街道。
重すぎる備え。
それでも、魅力的な条件。
「この依頼、受けるってことでいいかな」
ルナは即答だった。
「もちろん、指名依頼だもの」
セレナも静かに頷く。
「気は抜かないことね。十分に準備していきましょう」
その一言で、和やかだった空気にほんの少し緊張が混じった。
アルスは、胸の奥で小さく息を整える。
安全なはずの街道。
なのに、銀級指定。
――何も起きなければ、それでいい。
だがもし、この“過剰な準備”に理由があるのなら。
その時、自分は――
今度こそ役に立てるだろうか。
***
日が上がり切る前、護衛の一行は領都を発った。
朝靄がまだ薄く残り、空気には夜の冷たさが名残として漂っている。
馬車の前で、一人の壮年の男が一同に向けて静かに頭を下げた。
「本日は、どうぞよろしくお願いいたします」
整った身なり。
無駄のない所作。
いかにも執事然とした佇まいだ。
「私は、スバスチャンと申します。
この度はご依頼をお引き受けいただき、誠にありがとうございます」
「よろしくお願いします、セバスチャンさん」
アルスがそう言うと、男は一瞬だけ目を細めた。
「――”ス”バスチャンにございます」
訂正は淡々としていたが、そこに不快な色はない。
「あ、すみません」
アルスは苦笑しながら軽く頭を下げる。
「スバスチャンさん、よろしくお願いします」
「お気になさらず」
スバスチャンは穏やかに応じた。
「そう呼んでいただければ十分でございます」
そのやり取りを横で見ていたルナが、くすっと笑う。
「真面目よね、新人なのにちゃんとしてて面白いわ」
「クライアントに失礼があっちゃいけないから」
アルスも、少し照れたように返す。
「どういうことよ」
ルナが小さく首を傾げた。
簡単な確認を終えると、隊列が整えられた。
伯爵家の騎士団が前後を固め、中央に護衛対象の馬車。
その後ろから荷馬車が続く。
《夜空》は護衛対象の馬車と荷馬車の間に並ぶ形だ。
街道は噂に違わずよく整備されていた。
道幅は広く、見通しも良い。
領地を結ぶ交易路だけあって商人の往来も多い。
「いやあ、ほんと平和な道ね!」
ルナが歩きながら伸びをする。
「ダスキー男爵は、エメラルド伯爵の寄子なのよ。
街道の整備も、警備も行き届いているのよ」
セレナが穏やかに言う。
「距離はあるけど、物騒な感じはしないね」
「……やっぱり、依頼内容と待遇が合っていない気がする」
アルスが率直に言う。
「でしょ? 何かがあるのかもしれないわ」
ルナが興味津々な表情で言った。
そんな会話の陰で。
隊列の後方にいた護衛の一人が、誰にも聞こえないよう口の中だけで呟いた。
「……《夜空》がいるなんて、聞いてねえぞ」
言葉は、息に紛れて消える。
周囲の誰も、気づかない。
一方で、アルスはふと思い出したように口を開いた。
「そういえば、スキルの名前どうしようかと思ってて」
その一言で、場の空気がふっと緩んだ。
「出た! やっぱり気にしてるんだ!」
ルナが振り返る。
「そりゃまあ。未定義であっても、どんなスキルかはなんとなく分かってるし……」
アルスも笑う。
「モチベーションに直結するからね」
「キルショット!」
ルナが即答する。
「短くて、強くて、絶対いい! 次使うとき叫んでみて!」
「ださい。あまりにもださいわ」
セレナが、即座に切り捨てる。
「感覚的すぎるのよ。定義名としては不向きだわ」
セレナは淡々と続けた。
「致命撃。その方が処理内容に沿っていると思うけど」
「硬い! 教本に載ってそう!」
ルナが顔をしかめる。
少年心をくすぐる命名が続いたことに、アルスは思わず笑った。
「二人とも、分かってますな」
二人が、同時にこちらを見てニヤリと笑った。
「当然!」
セレナが小さく息を吐いた。
「発動を意識するための名前だから、反射的に頭に浮かぶようなものがいいわ」
「そうそう」
ルナも頷く。
「心の中で使うだけだけど、実用的な名前にしないとね!」
「そうだね。
“そういう力だ”って、改めて認識するための名前だから」
アルスは同意する。
その言葉に、セレナが頷いた。
「理解しているなら、問題ないわ」
ルナが、にっと笑う。
「じゃあ、保留!
実戦でしっくり来た方にしよう!」
そんな他愛ないやり取りを交わしながら、一行は街道を進んでいく。
空は次第に明るさを増し、木々の間から日差しが差し込み始めた。
(……本当に、何も起きそうにない)
アルスは、そう思いながら歩いた。
あまりに穏やかで、あまりに整いすぎた道。
護衛の一人が、誰にも聞こえない声で呟いた。
「……冒険者がいるなんて、聞いてねえぞ」
それだけだった。
***
初日は、何事もなく終わった。
予定通り、宿場町で一泊する。
商人の馬車も多く、《夜空》としても警戒を強める必要はなかった。
「……逆に、何もなさすぎて拍子抜けだな」
翌日、宿を出てからアルスがそんなことを口にする。
「護衛は、平和が一番よ。
退屈なくらいで、ちょうどいいわ!」
ルナが軽く笑った。
セレナも頷く。
「初日は、特に問題なし。予定通りね」
日が完全に昇り切る前、一行は再び街道を進んでいた。
ここから先は、エメラルド伯爵領に入る直前。
街道の整備は相変わらず行き届いているが――
「……人が、減ってきた感じがするな」
アルスが前方を見ながら言う。
前日まで当たり前のようにすれ違っていた商人の馬車が、
いつの間にか、ほとんど見えなくなっている。
「境目だから、ってところかしら」
セレナが静かに答える。
「交易路とはいえ、領境付近は人が減るものよ」
ルナもそう言いはしたが、その視線は周囲を警戒するように流れていた。
そのときだった。
「おい!
お嬢様が、肉をご所望だそうだ」
護衛の一人が声をかけてくる。
「この先は人通りも減る。
お前ら護衛と俺たちの分、確保しておけ」
一瞬、ルナの表情が露骨に歪んだ。
「……はぁ?」
低く、苛立ちを含んだ声。
「このタイミングで? 護衛中よ、今」
言葉の端に、はっきりとした不快感が滲む。
「お嬢様たっての希望だ。
まさか、聞けないとは言わないだろう?」
ルナは舌打ちした。
「……あーもう。
ほんっと、そういうの嫌い!」
だが、次の瞬間には息を吐き、切り替える。
「分かったわ……すぐ戻るわよ」
機嫌が明らかに悪い。
街道を外れ、森に入る直前でルナが足を止めた。
「愚痴っても仕方ないわ。ここからはいつも通りよ!」
空気が、切り替わる。
「セレナは、後方警戒をお願い。
私は前に出て獲物を探すわ」
「わかった」
セレナが頷く。
ルナが振り返る。
「アルスは、少し距離を取って。合図があったら動いて」
「了解」
森に足を踏み入れてから暫く歩く。
ひんやりとした空気が肌を撫でた。
湿った土の匂い。
落ち葉を踏む音。
そして――重く、荒い呼吸音。
「……いたわ」
次の瞬間、木々の奥に巨大な影が現れた。
墓標のように枝分かれした角。
異様に発達した筋肉。
鹿の形をしていながら、もはや魔物としての威圧感しかない。
ヘラジカより、更に大きい。
「葬角鹿ね」
「……でっか」
アルスが思わず息を漏らす。
「銅級想定の魔物だけど、ほぼ銀級想定の個体ね」
その体躯は――護衛と自分たちの食料として、十分以上だ。
「長引かせない、すぐに終わらせるわよ」
ルナが短剣を構える。
「アルス、このあたりに誘導するから、身を隠して。
うまく接近できたら……」
「昨日の”あれ”、お願いね」
アルスは木の陰に身を潜め、深く息を吸った。
感覚は、もう掴めている。
偶然じゃなく、自分の意思で”あれ”を発動できる気がした。
ルナが動く。
縦横無尽に駆け回り、鹿の注意を引きつける。
まるで行く先が決まっているかのように、自然に誘導される。
アルスと葬角鹿の距離が詰まる。
――今だ。
アルスは、一歩前に出た。
《創生》
無意識だったが、なにかに繋がる感覚があった。
拳を対象に向ける。
意識の奥で、何かが噛み合う。
曖昧だった輪郭が、一つの形として収束していく。
(――致命撃)
葬角鹿の体とアルスの拳が衝突する瞬間。
視界が、白く弾けた。
激しい閃光。
空気を引き裂くような轟音。
衝撃波が森を揺らし、
落ち葉と土が舞い上がる。
次の瞬間、葬角鹿の巨体が、凄まじい勢いで弾き飛ばされた。
地面を抉り、木々をなぎ倒しながら――
一直線に、どこかへ。
「……っ」
アルスは、思わず息を呑む。
(できた?)
力の輪郭が、焼き付くように意識へ刻まれる。
(……これが、俺のスキルだ)
完全に。はっきりと。
「すごいわ! 完璧じゃない!」
ルナが、率直に言った。
「ええ。もう大丈夫みたいね」
セレナも頷く。
胸の奥が熱くなる。
喜びが、込み上げる。
「それにしても、すごい威力ね!
あんなに飛ばされちゃうと、収集が……」
次の瞬間、ルナの視線が、はっと鋭くなる。
「……ちょっと、待って」
吹き飛ばした“先”を見て表情が変わる。
「……まずい。あの方向は超まずいわ!」
「え?」
アルスが聞き返す。
「飛んでいった方向は、街道側よ! やばいわ!」
思わず漏れた、素の反応。
自分で言ってしまってから、何が問題なのかを噛みしめるように、歯を食いしばる。
何を意味しているかは全員が理解した。
セレナも、すぐに反応する。
「急ぎましょう」
一気に、空気が張り詰める。
「走るわよ!」
ルナの声に、迷いはなかった。
***
森を抜けかけたところで、ルナがすっと腕を伸ばした。
「待って」
低く、鋭い声。
アルスは足を止め、木々の隙間から街道を覗いた。
荒れた地面。
横倒しになった馬車。
散乱した荷と、倒れた馬。
(……ぶつけちまった!)
一瞬、嫌な想像が頭をよぎる。
(さっきの鹿が、吹き飛ばされて……
そのまま、馬車に……)
だが、すぐに違和感に気づいた。
鹿の姿が、そこにない。
視線を巡らせると、街道から少し外れた位置に巨大な鹿の亡骸が横たわっている。
そして、街道には――人が倒れている。
鎧を着た騎士たちが、あちこちに倒れ伏している。
斬られた痕。
殴り倒された痕。
数名の騎士が、見慣れない男たちに対峙し、必死に抵抗をしている姿が見える。
「……完全にやられたわ。
最初から、私たちを引き離すつもりだったのよ」
セレナが静かに頷いた。
「私たちが森にいるその間に、盗賊を手引して馬車を襲わせた」
ルナは、短く息を吐く。
「……内通者がいたはずよ。しかも一人じゃないわね」
視線を街道に戻す。
「騎士団の配置、襲撃のタイミング。
私たちが森に入る瞬間まで把握されていたはずよ」
拳を握る。
「……相当、段取りを組んでるわね」
その時。
「やめて……! 来ないで……!」
必死な声が、街道から響いた。
使用人らしき少女が、地面に押さえつけられている。
「離して……! お嬢様に、触らないで!」
「うるせえな」
盗賊の一人が嗤う。
「こいつ、必死すぎだろ」
「おい見てみろよ、上玉だぜ!」
別の男が舌なめずりする。
「まとめて売り飛ばしたら、かなりの額になりそうだぜ」
その少し先。
倒れた馬車の前に、一人の少女が立っていた。
乱れたドレス。
それでも、その背筋は崩れていない。
凛とした佇まいで、盗賊たちと正面から向き合っていた。
「……それ以上、近づかないでください」
声に、震えはない。
「最後まで、貴族として立ちます!」
――詠唱。
少女の足元から、凍てついた空気が溢れる。
周囲が、蒼く染まる。
次の瞬間。
「無駄だ」
盗賊の一人が、短く呟いた。
鈍い光が走る。
少女の魔法が、霧散した。
空間に散っていた光が、糸を断たれたように消えていく。
「……っ」
息を呑む音。
「魔封じ……? なぜ盗賊が……っ!」
少女が眉をひそめる。
それでも、後退はしなかった。
「どうした、お嬢様。切り札は終わりか?」
少女は、一度だけ目を閉じた。
深く息を吸い――ゆっくりと、顔を上げる。
「……それでも」
静かな声。
「私は、エメラルド伯爵家の息女ですわ
この行い、必ず――」
「はっ」
盗賊の頭領と思しき、派手な男が吐き捨てる。
「今さら脅しか? 俺達はお前を殺すように言われているんだ。
そのまま売っぱらっちまってもいいが……脅されて怖くなっちまったぜ。
やっぱり殺すしかねぇな!」
取り巻きが汚く笑う。
ルナは、街道の様子を睨んだまま、舌打ちした。
「……最悪だけど、状況は分かったわ」
短く言ってから、アルスの方を見る。
「アルス。これから、対人戦闘になる」
一瞬も、目を逸らさない。
「相手は盗賊。しかも、かなり手慣れている連中よ」
アルスの喉が、無意識に鳴った。
「……ああ」
その様子を見て、セレナが一歩近づく。
「怖いわよね」
問いは、静かだった。
否定も、叱責も含まない。
「そうだね。正直、怖いと思ってる」
セレナは、微かに頷いた。
「それでいいわ。対人戦闘は、誰だって怖いもの」
一拍。
「でも、これは現実よ。
ここで何もしなければ、目の前で人が傷つくの」
視線が、地面に押さえつけられたシエラへ向く。
「あなたは、やれるわ。力も、判断力も持ってる」
アルスの胸が、きゅっと締まる。
その横で、ルナが短剣を回しながら言った。
「あのでかいの、見えるでしょ」
視線の先。
重装備の大男が、腕を組んで立っている。
自らの身長と同じ高さの、分厚い大盾を携えている。
「剛腕と呼ばれた元騎士で、色々な戦場で名を馳せた男ね。
今はならずもの。札付きの極悪人で有名よ。
盗賊の用心棒にでもなったのかしら。」
ルナは、肩をすくめた。
「正直、情状酌量の余地ゼロね。
殺してもバチは当たらないわ」
そして、にっと笑う。
「それにね、
私たちは、あれを正面から相手してる余裕ないの」
視線を、アルスに戻す。
「だから、あなたに任せるわ!」
セレナが、静かに頷く。
「信じてるわ。できるって」
次の瞬間。
「行くわよ」
ルナとセレナはアルスをその場に残し、迷いなく街道へ躍り出た。
「――《夜空》だ!」
盗賊の一人が、森の方を見て叫ぶ。
「銀級が戻ってきやがった!」
「囲め!」
「数で押せ!」
ルナが、一歩前に出た。
「遅いわ!」
次の瞬間、短剣が閃く。
盗賊の一人が悲鳴を上げ、腕を押さえて転がった。
「たった二人だぞ! 何をやっている!」
剛腕が怒鳴る。
「囲めと言っただろうが!」
盗賊頭も焦りを滲ませた怒号を飛ばしている。
ルナは軽い足運びで、盗賊たちの間を縫う。
翻弄され、隊列が崩れる。
その背後から、セレナの詠唱《聖鎖》が走る。
足元が絡め取られ、数人の動きが止まった。
剛腕が舌打ちする。
「面倒な……!」
盾を構え、一歩前に出る。
「構わん、俺が前に出る! 一気に潰すぞ!」
アルスは、まだ動けていなかった。
木陰に身を潜め、ただ状況を見ている。
人だ。魔物じゃない。
(……殺すことになる)
拳を握る手が、わずかに震えた。
視線が、少女に向く。
必死に、主を守ろうとする姿。
視線が、令嬢に移る。
恐怖の中でも、凛と立つ背中。
そして――《夜空》の二人。
命を賭けて、前線で戦っている。
俺を信じて。
(応えたい)
理由は、それだけだった。
剛腕が前に出る。
その背中が――完全に、こちらを向いている。
距離は十分。
アルスは、音を立てずに動いた。
一歩。
また一歩。
――背後を取る。
その時。
「……?」
剛腕が、違和感に気づく。
振り返りざまに、盾を構える。
「――後ろか!」
完全な、防御体勢。
アルスは拳を突き出した。
心の中ではっきりと宣言する。
(――《致命撃》)
閃光。轟音。
眼の前が白に染められた。
盾が砕け散り、剛腕の巨体が吹き飛ぶ。
大木に叩きつけられ、そのまま、動かなくなった。
巻き込まれるように、すぐ後ろの盗賊の頭領も弾き飛ばされる。
静寂。
「……は?」
盗賊たちが、凍りつく。
「な、なんだよ今の……」
「……こんな怪物、聞いてねえ!」
「と、頭領までやられちまった! ずらかるぞ!」
恐怖が、連鎖する。
盗賊たちは、我先にと森へ逃げていった。
アルスは、その場に立ち尽くしていた。
拳を下ろしても、感覚がまだ残っている。
(……殺した)
胸の奥が、ざわつく。
だが。
「アルス!」
ルナの声が、現実に引き戻す。
「大丈夫だよ。ちゃんとできてた。あの子たちも、助けられたからね。」
セレナも静かに頷いた。
アルスはゆっくりと顔を上げる。
令嬢がこちらを見る。
恐怖よりも、強い困惑を宿した瞳で。
「……今のは、何ですの」




