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生き残れ

あれから数日が経ち、俺はこの村を出ることになった。

馴染みの行商人に引率される形での出立だ。


別れは、不思議と悲しくなかった。

かといって、希望に満ちているわけでもない。


リリアは勇者候補として村に戻ることなく、そのまま領都から旅立った。

その話を、彼女の両親だった大人たちから聞かされた。


やはりというべきか。

彼女は、いわゆる”いいとこのお嬢様”だったらしい。


余計なことを聞かないように、踏み込みすぎないように。

虎の尾を踏むようなことはしまいと、距離を測って接してきた。

——今になって、それが少しだけ悔やまれた。


「世界は広いようで狭い!」


護衛についてくれている冒険者が、朗らかな声を上げる。


「ボウズの想い人にも、いずれ会えるさ!」


冒険者パーティ《火狐フレイムフォックス》の戦士はハルバードを担いだまま、俺の背中を軽く叩いた。


「依頼次第じゃ、戦場に行くこともある。

 冒険者として勇者と同行したって話も、何度か聞いたことがあるぜ」


斥候が歩きながら肩をすくめる。


「頑張れよ。運と縁は、案外その辺に転がってる」


このパーティは温かいなあ……。


「ありがとうございます。

 ……スキルを持たない俺でも、冒険者稼業は成り立ちますかね?」


「あぁ。スキルなんて、あくまで手段のひとつにすぎねえ」


ハルバードを担いだ大男は、あっさりと言い切った。


「必要なのは根性だ。

 折れずに鍛錬を積めば、その身の上でも十分にやっていけるさ」


「まあ、スキル無しなんて話は聞いたことがねえがな!

 ガハハ!」


豪快な笑い声が響く。


——やはり、この世界では珍しいのだろう。

スキルを持たない、というのは。


俺は隣を歩く大男の話を聞き流しながら、

死後の世界で交わした、あのやりとりを思い出していた。


創生コンストラクト》は、この世界の理から外れたギフト。

つまり——この世の誰にも、認知されない。


(仕様は、ちゃんと聞いておくべきだったな)


小さく息を吐き、試しに口にする。


「ステータス・オープン」

「なんだ、ボウズ。疲れたか?」


(やっぱり何も起きない!)


***


目の前には巨大な壁がそびえていた。

圧倒されるのは、人生で二度目だ。


領都アシュリート。

朝露に濡れた土の香りがまだ残る中、行商一行は門をくぐり抜けた。


行商人とはその場で別れ、俺は《火狐フレイムフォックス》に同行する形で冒険者ギルドへと向かう。


「登録試験じゃ、無茶をする必要はねえ」


歩きながら、大男が言った。


「試験官が見てるのは、”生き残ろうとする意思”だ。

 結局のところ、冒険者は生き残ってナンボだからな」


その言葉に、俺は小さく頷く。


やがて、目的の建物に辿り着いた。


扉をくぐった瞬間、鼻腔をくすぐる匂いに、思わず足が止まる。

どこか懐かしい、少年時代の体育館を思い出させる匂いだった。


冒険者ギルドは、この街の酒場をそのまま居抜いて使っているような造りだった。

扉の正面には長いカウンターがあり、受付の女性が忙しなく手を動かしている。

壁一面の掲示板には、依頼内容の書かれた紙が、所狭しと乱雑に貼り付けられていた。


石畳の床を進み、俺は受付に声をかける。


「お世話になっております。

 冒険者登録をお願いしたいのですが」


「お世話した覚えはありませんが……」


受付の女性は一瞬だけ言葉を選び、すぐに微笑んだ。


 「ようこそ、冒険者ギルドへ」


そのやり取りを見届けると、大男が肩を叩いてくる。


「じゃあな、ボウズ。

 俺らは依頼の報告をしてくる」


「無事に冒険者になれたら、一緒に仕事をしようぜ」


「お世話になりました。

 このお礼はいずれ、精神的に!」


「物理的に頼むぜ。 ガハハ!」


豪快な笑い声が、ギルド内に響いた。

男たちの熱いやりとりに水を差すことなく、受付嬢は微笑みを崩さず待ってくれていた。


「では、こちらの用紙に、お名前、所持スキル、現在お泊まりの宿をご記入ください。

 宿が無い場合は登録後に紹介しますので、空欄で構いません」


手渡された紙に目を落とす。


冒険者登録申請

名前:アルス=アークス

スキル:なし

宿:なし


……驚くほど、簡素だ。


前世で書いた職務経歴書とは比べ物にならない。

一体この申請書は何を目的に作られたものなのだろうか。

これらの項目から類推することは困難だった。


記入を終えて提出すると、受付嬢は手際よく目を通した。


「この後、水晶で裏取りをするんですよね」

「よくご存じですね。

 この水晶に手をかざしてください。」


言われるまま、水晶に手を伸ばす。

次の瞬間、水晶が強く輝き、虹色の光が周囲を照らした。


(……いや、ちょっと待て)


一瞬、妙な期待が頭をよぎる。


「俺、何かやっ——」

「はい。鑑定が完了すると、このように光る仕組みです」


受付嬢は淡々と告げ、水晶を確認する。


「確認できました。

 ……スキル無し、ですね。本当に珍しい」


どうやら、これも仕様らしい。

思わず俯き、顔が熱くなるのを感じていると、

受付嬢は特に気にする様子もなく、次の説明に移った。


「この後、登録試験を行います。

 時間になりましたらお呼びしますので、それまでは隣の食堂でお待ちください」


案内された食堂と呼ばれるスペースには、大小さまざまなテーブルが並んでいた。


朝食を取る者。

仲間と談笑する者。

荷物を広げ、次の依頼の相談をしている者。


中には、日の高いうちから酒を飲んでいる者もいる。

この世界では、珍しい光景ではないのだろう。


入口付近の小さな椅子に腰を下ろし、俺は深く息を吐いた。

胸の奥に溜まっていたものが、少しずつ抜けていく。

生前の記憶を取り戻してから、いつの間にか身についた癖だった。

——あの頃も、こうして何度も、ため息をついていた。


「おう、辛気臭えツラしてやがんな。」


声をかけてきたのは、酒臭い男だった。

年の頃は四十前後。筋骨隆々というわけではないが、場数を踏んだ雰囲気がある。


「ここはな、ケツの青いガキが来ていい場所じゃねえんだよ。……あぁ?」


——来たか。

前世の記憶が、嫌な形で疼く。


「……俺に関わると、怪我するぜ。オッサン」


——よし。

心の中で、静かに頷いた。


「ハッ」


だが男は、むしろ愉快そうに鼻を鳴らした。


「威勢のいいガキは嫌いじゃねえ。

 ……タグがねえってことは、これから登録か?」


胸元に視線を落とす。

男の首から下がっているのは、銅色の金属製のタグだった。

鈍い光を放ち、使い込まれた傷がいくつも刻まれている。


「何か聞きてえことはねえか?」


この世界は、前世の常識を容赦なく裏切ってくる。


「あぁ? これか?」


男はタグをつまみ上げる。


「これは冒険者の証だ。

 功績によって色が違ってな」


酔った口調のわりに、説明は妙に手慣れていた。


曰く。

黒鉄級アイアン

 駆け出し冒険者。

 採取や弱い魔物の討伐依頼が受託できる。

銅級ブロンズ

 一人前だが、パーティ主体。

 小規模討伐依頼が受託できる。

銀級シルバー

 熟練者で、単独行動も可能。

 戦場に駆り出されることもある。

金級ゴールド

 国家公認クラスであり、王国騎士団と同格。

 都市防衛や強敵の討伐依頼が受託できる。

白金級プラチナ

 英雄であり、国に数名しかいない。

 ドラゴン等、災厄級の魔物討伐実績が必要。


そこまで聞いたところで、場内に声が響いた。

「登録試験を開始する!

 志願者は、修練場へ移動しろ!」


男はひらりと手を振る。


「運が良けりゃ、また会うかもな。生き残れよ、ボウズ」


案内に従い、俺たちは壁の外にある“修練場”と呼ばれる広場へと向かった。

そこには、俺を含め十名足らずの志願者が集められていた。

緊張、不安、焦り。

それぞれが、違う表情で説明を待っている。


「これから貴様らには、魔物と戦ってもらう」

 試験官の声は、感情が抜け落ちていた。


「檻の中にいるのは、デザートウルフだ。

 黒鉄級でも難儀する魔物だが——」


一拍置く。


「死ななければ、晴れて冒険者だ」


ざわり、と空気が揺れた。


「受験者が死ぬと判断した場合、

 立会人の銀級シルバーが介入する。

 だから、安心して試験に臨め」


——随分と、軽い命の扱いだ。


説明が終わると、数名の立会人が広場を囲むように配置された。


試験は、一人ずつ行われた。


勇敢に立ち向かい、返り討ちに遭う者。

ひたすら逃げ回り、生き延びることだけに徹する者。

懐柔を試み、噛み殺されかける者。


それぞれの戦い方に、一喜一憂が生まれる。


——生き残る。

それだけが、評価基準だった。


「次。——スキル空白ブランクのアルス」


妙な肩書をつけて呼ばれた。

その瞬間、広場の空気がわずかに揺れる。


視線が集まる。

驚き、好奇心、そして少しの憐れみ。

(その肩書、すごく嫌なんだけど……)


内心でぼやきながら、俺は広場の中央へ歩み出た。

目の前には、腰ほどの高さの檻が置かれている。


中で、獣が低く唸っていた。


「貴様は、一般人よりも弱い」


試験官の声は、容赦がない。


「戦おうなどと考えるな。

 とにかく——死なないように行動しろ」


それが忠告なのか、切り捨てなのかは分からない。

だが、少なくとも期待はされていないようだった。


差し出された木製の盾と木剣を受け取り、構える。


次の瞬間、檻が開いた。

解き放たれたのは、デザートウルフ。


まるで熊のような体格をした魔物で、獰猛な表情の奥から、鋭い牙が覗いている。


すぐには襲いかかってこない。

距離を取り、こちらを値踏みするように回り込む。


数秒。

重たい沈黙。


やがて、魔物は大きく口を開いた。

遠吠え。


その瞬間、空気が震えた。


目に見えない圧が、同心円状に広がり、

周囲にいた人間たちを容赦なく吹き飛ばす。


悲鳴。

土煙。


「——暴走だ!」


試験官の叫び声が飛ぶ。

次の瞬間、異変ははっきりと形を持った。

遠吠えが途切れると同時に、魔物の身体から黒褐色の魔力が噴き出す。

砂が舞い上がり、地面が軋む。


「……嘘だろ」


誰かが呟いた。


デザートウルフの身体が、さらに膨れ上がっていく。

筋肉が隆起し、骨格が歪み、皮膚の下で何かが蠢くのが分かった。


前脚の爪が伸び、地面をえぐる。

背中の毛並みは逆立ち、まるで鎧のように硬質な光を帯びる。


「戦闘態勢! 早く!」

「引け! 銀級シルバー以外は全員引け!」


試験官の声は、完全に焦りを含んでいた。


これは試験用じゃない。

素人が相手をする想定ではない魔物に変異したのだった。


魔物の視線が、こちらに向いた。

獲物を見定める、冷たい目。


次の瞬間、地面が爆ぜる音とともに、魔物が跳んだ。

——速い。

巨体とは思えない速度で、俺の視界を覆う影。


逃げる、という選択肢が頭に浮かぶよりも早く、

それは既に俺の目の前に迫っていた。


木製の盾を構える。

正直、役に立つとは思えない。


歯列が見える。

涎が額に当たる。


——殺される。


そう理解した瞬間、記憶の中にいる勇者の背中が見えた。


理由は分からない。

今、思い出すべき場面でもないはずなのに。

ただ、はっきりと思った。

——このままでは、終われない。


逃げるとか、受け止めるとか、そんな選択肢は頭に浮かばなかった。


だから。

殺される前に、殺す。

それだけを願って、盾を突き出した。


次の瞬間——


何かが、浮かびかけた気がした。


言葉だったのか、名前だったのか、

あるいは、ただの錯覚だったのか。


俺がそれを認識するより先に、

大きな衝撃が修練場を震わせた。


耳鳴り。


砂埃。


視界が白く染まる。


気が付くと、

目の前にあったはずの魔物の姿は消えていた。


倒れていたわけでもなく、

最初から、存在しなかったかのように。


その代わり、修練場の外壁には、まるで抉り取られたような大穴が開いていた。

穴の向こうには、裏手に広がる森林がそのまま見えている。

視線を辿ると、木々は途中から無惨に折れ、一直線に獣道のような痕跡が刻まれていた。


木製の盾を構えていたはずの左腕が、妙に軽かった。

視線を落とすと、盾は無残に砕け散り、金具だけが腕に残っている。

防いだ感触はない。

ただ、そこにあったものが耐えきれなかっただけだ。


——今のは、何だ?


答えは出ない。

分からないままだ。


ただ一つ、はっきりしていることがある。

もう一度やれと言われても、出来る気がしなかった。


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