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#1 勇者になれなかった男

「アルス! 聞いているの?」


「ああ悪い、リリア。何だっけ?」


転生前の記憶が、何故このタイミングで戻ったのかは良くわからない。

死後の世界で聞いた「リソース」とやらが整ったからだろうか?


「それでね、明日の洗礼で着るお洋服を買ってくれるって。お母様が。」


「それは良かったね。リリアなら何でも似合うと思うよ。」


「えっ、ぇ……、ちょっと、急に柄にもないこと言わないでよ……。」


俺と隣り合わせで世間話をしているのは、幼馴染の少女リリア。

こんな田舎とは似つかないような育ちの良さを醸し出している。


どこか良い所のお嬢様が、大人の都合で疎開しているのではと勘ぐっている。


「正直に、生きたいように生きるって決めたからね。」


「また変なこと言ってる。」


「明日、俺の人生が変わる! 今からでもゴマ擦っといたほうが良いぞ?」


「その自信はどこからくるのよ……。

 そんなに意気込んで、明日落ち込むのが目に見えているわ。

 高貴な血じゃないと良いスキルが貰えないのは知っているでしょう?」


スキルが貰える? ギフトじゃなくて?

というか血筋が重要ってマジ?


「え、そうなの?」

「お父様もお母様もそう言っていたわ。そうね、聞いた話を教えてあげる。」


この世界は16歳で成人となり、もれなく洗礼を受けることになっている。


洗礼を受けるとスキルが貰えて、それを元に天職を決める。

その後、然るべき場所で天職に合った訓練を受け、その後一人前になる。


という感じらしい。


洗礼を経て初期スキルが発現することを「スキルを貰う」というのだろう。

なお、この村での一番人気の天職は「兵士」と「冒険者」とのこと。


皆、村を出たいからだという。


「俺は大丈夫だと思う、多分。

 それよりリリアはどうなんだよ。自信ありそうに見えたけど。」


「えっと……、私は、大丈夫よ。」


根拠ない自信は君も同じか。はたまた貴族の疎開なのか。なんともきな臭い。

あまり首を突っ込むとろくなことにならなそうだ。


「……うん、今しかないわね。

 聞いて、私のこと。貴方に伝えたいの。」


「いいえ結構です。」

「何よ! 聞きなさいよ! 二人の秘密にしなさいよ!」


頬が紅に染まり、潤みつつも強い瞳を向けるリリア。


敏感でも鈍感でもない俺だけど、これまで一緒に過ごしてきたからわかる。

多かれ少なかれ、彼女は俺に好意を持ってくれている。


「また明日、洗礼で!」


恥ずかしさに任せて、いたいけな少女の想いをひらりと回避してしまう。

彼女に対する相応の感情はあるが、今じゃない。


知る必要のない情報は要らない。

これはおそらく知らない方が良い情報も含まれるだろう。


もう少し大人になって、経済力をつけから。

リリアを大人なレストランに誘って、互いの想いに向き合おうと思った。


レストランなんてこの村にないけど。


***


洗礼は領都にある教会で行われる。

この日はどの親も総出で、我が子の洗礼を見守ることが多い。


当然、俺の両親も来ている。


「アルスはすばしこいから戦闘系のスキルが貰えると良いな!」


「だめよ、アルスは手先が器用だから職人系のスキルじゃないと。」


「お兄ちゃん。私は魔法が見たいから、魔法系のスキルをお願い。」


「好き放題言って……。」


三者三様、私利私欲が入り混じった希望を背に、いざゆかん洗礼へ。


「それじゃあ、行ってくるよ。」


「どんなスキルでも落ち込むな。俺たち家族は何でも受け入れる。」


「あなたへの贈り物として、神様が選んで下さったもの。決して無駄じゃないわ。」


「目立たない魔法でも良いよ。頑張ってね、お兄ちゃん。」


妹よ……。


「ほら、行くわよ。」


リリアに袖を掴まれて、一緒に洗礼の列に並ぶ。

今年、ここで洗礼を受ける子供は俺を入れて20人くらいだ。


俺は敢えて最後尾に陣取った。

俺が最後に、盛大に盛り上げてやる!


自重なんかするものか!


「では、次の者。こちらへ。」

「はい……!」


1人あたり10秒~20秒くらいで洗礼が終わる。

スキルが発現すると、神官風の立会人がスキルを読み上げ、成人となった者たちはその結果に一喜一憂して去っていく。


「【腕力向上】と、【武器修練】。」


「やった! 父ちゃん! 俺は兵士になれる!」


「やったな息子よ!」


「今夜は赤い穀物ね!」


と、こんな具合だ。


中には【伐採】【木材加工】と、見るからに木工関係の職場を神から斡旋されているような人材もいた。ある意味、天職という概念は残酷だと思う。

生涯サラリーマンを貫く予定だった俺が言うのも滑稽な話ではあるが。


「じゃあ、行ってくるね。」


「頑張れよ、リリア。」


特に何か頑張る要素があるわけでもないが、無難な激励をおくった。

緊張をするでも、期待をするでもない。

リリアは、何かを悟っているような、どこか悲しげな表情をしていた。


「【身体強化】……と、【光魔法】……【聖武具修練】?!」


「……っ!」


「勇者様だ!」


歓喜のあまり叫ぶ神官。

呼応して歓声を送る子供、大人。

そして。


「今まで本当に楽しかったよ。

 ……ありがと、アルス。元気でね。」


「……ぇ。」


何も応えられない青年。

その後すぐ、リリアは別室に招かれた。


***


外野の喧騒も、三々五々。

残った子供は、俺ひとり。


「次の者! こちらへ!」


興奮冷めやらぬ神官は、満面の笑みで俺に言った。


盛り上げるなら、ここぞという場面。

だけど、俺は何もできず、思考回路が麻痺した状態でそれに応えた。


今は、自分のことよりも、大事なことが。


「……? す、スキル……無し。え?」


「え?」


耳が痛くなるような静寂だけが、そこにあった。


***


気が付いたら、村への馬車の中で家族に慰められていた。


「アルスはアルスだ。父さんの大事な息子。スキルなんて気にするな。」


「そうよ。スキルが無くても生きていけるわ。」


「スキルがない人なんて聞いたことがないわ。

 お兄ちゃん、逆に珍しいよ!」


鉛が詰まったような重い頭で、ぼんやりと家族の温かい言葉を聞いている。


洗礼の結果、スキル無しと判定された。


どういうことだ?

死後の世界のやり取りは何だった?

神官ですら首をかしげていた気がする。


「父さん、母さん。スキルがない人はどんな職に就けばいい?」


「ええと……、それはな……。」


「冒険者になって山菜採りなんて素敵じゃないかしら……!」


「そうだな! 冒険者、冒険者が良いぞ! 採取の依頼専門の!」


「私はお肉が良いなあ。」


どんな職業でも最低限生きていけた前世の社会人は、幸せだったんだなあ……。


「そ、そういえば。

 リリア嬢は、このまま領都で勇者の修行をするんだってな!」


「冒険者の登録は領都でもできるみたいだし、もしかしたらリリアちゃんに会えるかもね!」


「お兄ちゃん、逆玉頑張って!」




家に着いたのは、もう日が沈み切った頃だった。

虫の声が、いつも以上に煩くて眠れなかった。


なんとなく、彼女が、リリアが最後に発した言葉を反芻する。


『今まで楽しかったよ』『元気でね』


それはまるで、もう会えないと理解していたような。

すでに、自分がこれから進む道がわかっているような。

彼女と俺の、住む世界が一瞬で隔絶された瞬間だった。


勇者という天職は、そういうものである。


これから数年後、彼女は他の選ばれし者たちと旅をする。

侵略者である魔王軍、ひいては魔王と戦うために。

死ぬかもしれない戦いに身を置いて。

自分の心を殺しながら。


「ん……?」


違和感は、確かにあった。

それが何なのか気付かない、否、気付きたくない。


気付いてしまえば、それは絶対に、とても切ない。


知らなければならないことだった。


ふいに、死後の世界で聞いた言葉が蘇る。


『本来であれば対象の1名、勇者の魂を得るだけの簡単なお仕事でしたので』


——つまり。


「リリアは……」


転生者?


もし彼女が俺と同じ立場なら、

自分が勇者になることは、洗礼を受ける前から分かっていたはずだ。


思い返せば、あの時の彼女は——

どこか、覚悟を決めたような口ぶりだった。


『聞いて、私のこと。』


——ああ、そうか。


分かってしまった。


彼女は、俺に伝えようとしていたのだ。

自分の宿命を。

そして、もう会えなくなるという事実を。


「……なんだよ」


呟きが、喉の奥で掠れた。


彼女は知っていた。

自分の運命を。


知ったうえで、今までと何も変わらない顔で、俺と笑っていた。


「リリア……」


君は、辛かっただろう。


俺は、話を聞いてやれなかった。

君のことを、知ろうともしなかった。


拠り所になれたはずなのに、それを自分から遠ざけた。


幼馴染で、友人で、

——もしかしたら、恋人にだってなれたはずの俺が。


「……もう一度、君と話がしたいよ。リリア」


それが、今の俺の正直な願いだった。


***


翌朝、俺は家族に告げた。

領都へ行き、冒険者になると。


底辺でいい。

稼ぎなんて、どうでもいい。


——また、君に会えるなら。


そのためなら、

俺は何にだってなってやる。


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