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勇者になれなかった男

「アルス! 聞いているの?」


「ああ悪い、リリア。何だっけ?」


隣を歩く少女が、むっとした顔でこちらを見上げる。


「それでね、明日の洗礼で着るお洋服を買ってくれるって。お母様が。」


「それは良かったな。リリアなら何でも似合うと思うよ。」


「えっ、ぇ……ちょっと、急に柄にもないこと言わないでよ……。」


頬を赤くして視線を逸らす彼女に、思わず苦笑する。


俺の隣を歩いているのは、幼馴染の少女リリア。

この辺りの村娘とは少し違う、どこか育ちの良さを感じさせる少女だ。


どこかの貴族の娘が、大人の事情で疎開しているのではないか、と勘ぐっている。

真偽は知らないし、詮索するつもりもない。


「正直に、生きたいように生きるって決めたからな」


「また変なこと言ってる」


「明日、俺の人生が変わる!

 今からでもゴマ擦っといたほうが良いぞ?」


「その自信はどこからくるのよ……。

 そんなに意気込んじゃって、明日落ち込むのが目に見えているわ。

 高貴な血じゃないと、良いスキルが貰えないのは知っているでしょう?」


ギフトじゃなくてスキル?

というか血筋が重要ってマジ?


「え、そうなの?」

「お父様もお母様も言っていたわ。洗礼の話、教えてあげる」


この世界は、十六歳になると成人と認められ、必ず洗礼を受ける。


洗礼によってスキルが発現し、それを元に天職を決める。

その後、適性に応じた訓練を受け、一人前になる。


という感じらしい。


だから皆、「スキルを貰う」と言うのだろう。


この村で人気の天職は、兵士か冒険者。

要するに、村を出られる職だ。


「俺は……まあ、大丈夫だと思う、多分な」

「その”多分”が一番信用できないのよ」

「それより、リリアは?

なんだか余裕ありだけど」


「……私は、大丈夫よ」


根拠のない自信。

それとも、俺の知らない何かを知っているのか。


どちらにせよ、深く踏み込むと厄介そうだ。


「……うん、今しかないわね」


リリアが足を止める。


「聞いて。私のこと。あなたに伝えたいの。」

「いいえ結構です」

「何よ! 聞きなさいよ! 二人の秘密にしなさいよ!」


うるんだ瞳で睨みつけられる。


鈍感ではない。

これまで一緒に過ごしてきたから、分かる。


彼女は、俺に好意を持ってくれている。


「……また明日な。洗礼で」


そう言って、話題を切った。


恥ずかしさに任せて、少女の想いをひらりと回避してしまう。

彼女に対する相応の感情はあるが、今じゃない。


知る必要のないことも、きっとある。


もう少し大人になって、経済力をつけから。

リリアを素敵なレストランに誘って、互いの想いに向き合おうと思った。


この村にレストランなんて無いけど。


***


洗礼は、領都にある教会で行われる。


この日は、どの親も総出で我が子を見守る。

俺の両親も来ていた。


「アルスはすばしこいから、戦闘系のスキルが良いな!」

「だめよ、手先が器用なんだから、職人系よ」

「お兄ちゃん。私は魔法が見たい」


「好き放題言って……。」


三者三様の希望を背に、洗礼へ向かう。


「行ってくるよ」


「どんなスキルでも落ち込むな。俺たち家族は何でも受け入れる」

「あなたへの贈り物として、神様が選んで下さったもの。決して無駄じゃないわ」

「目立たない魔法でも良いよ。頑張ってね、お兄ちゃん」


……。


「ほら、行くわよ」


リリアに袖を掴まれ、列に並ぶ。


今年の洗礼対象者は、二十人ほど。

俺は敢えて最後尾を選んだ。


――どうせなら、盛大にいこう。


「では、次の者」

「はい……!」


一人あたり、十数秒。

「【腕力向上】と、【武器修練】。」

「やった! 俺は兵士になれる!」


「やったな息子よ!」

「今夜は赤い穀物ね!」


歓声と祝福が、次々と教会を満たす。


中には、【伐採】【木材加工】と、あまりにも分かりやすい天職を授けられる者もいた。

残酷な仕組みだと思う。

もっとも、前世でサラリーマンだった俺が言うのも可笑しな話だが。


「じゃあ、行ってくるね」

「頑張れよ、リリア」


無難な激励をおくった。

リリアは、どこか覚悟を決めたような顔をしていた。


「【身体強化】……と、【光魔法】……【聖武具修練】!?」


ざわめきが、悲鳴に代わる。


「勇者様だ!」


神官の叫びと、割れんばかりの歓声。


そして――


「今まで、本当に楽しかったよ。

 ……ありがと、アルス。元気でね」


それだけ言い残し、彼女は別室へと連れて行かれた。


***


残ったのは、俺ひとり。


「次の者!」


興奮冷めやらぬ神官は、満面の笑みで俺に言った。


盛り上げるなら、ここぞという場面。

だけど、俺は何もできず、思考回路が麻痺した状態でそれに応えた。


「……? す、スキル……無し。え?」


「え?」


耳が痛くなるような静寂だけが、そこにあった。


***


気付けば、帰りの馬車に揺られていた。


「アルスはアルスだ。スキルなんて気にするな」

「スキルが無くても生きていけるわ」

「スキルがない人なんて聞いたことがないわ。

 お兄ちゃん、逆に珍しいよ!」


家族の言葉は暖かかったが、頭は重いままだった。


――スキル無し。


どういうことだ?

死後の世界のやり取りは、何だった?

神官ですら、首をかしげていた。


「父さん、母さん。スキルがない人って、何の仕事をすればいい?」


「ええと……」

「冒険者で山菜採りなんて素敵じゃないかしら……!」

「そうだ! 山菜取りだ!」

「私はお肉が良い!」


どんな職でも生きていけた前世は、恵まれていたのだと今になって思う。



「そ、そういえば。

 リリア嬢は、このまま領都で勇者の修行をするんだってな!」

「領都で冒険者登録ができるみたいだし、もしかしたらリリアちゃんに会えるかもね!」

「お兄ちゃん、逆玉頑張って!」


***


夜。


虫の声が、やけに耳につく。

彼女の言葉が、何度も蘇る。


『元気でね』


それはまるで、もう二度と会えないことを、最初から知っていたかのような言葉だった。

すでに彼女は、自分がこれから進む道が理解していたのだろう。

彼女と俺の住む世界は、その瞬間はっきりと分かれた。


勇者という天職は、そういうものなのだ。


彼女は他の選ばれし者と共に前線へ向かう。

侵略者である魔王軍と、ひいては魔王と戦うために。


死ぬかもしれない戦いに身を置き、自分の心を殺しながら。


「ん……?」


死後の世界で聞いた声が、脳裏に浮かぶ。


『勇者となる魂を回収するだけの、簡単なお仕事でした。』


——つまり。


「リリアは……」


転生者。


『聞いて、私のこと』

あの時そう言った彼女は、すべてを分かった上で、俺に向き合おうとしていた。


俺は、逃げた。


「……ごめん」


呟きが、夜に溶ける。


幼馴染で、友人で、

——もしかしたら、それ以上にもなれた存在。


「……もう一度、話がしたいよ。リリア」


それが、今の俺の、正直な願いだった。


***


翌朝。


俺は家族に告げた。

領都へ行き、冒険者になる。


底辺でいい。

稼ぎなんて、どうでもいい。


——また、君と同じ世界に立てるなら。


そのためなら、

俺は何にだってなってやる。


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