出会い
「……ここは?」
レオンが目を覚ますと、そこには見慣れない天井が広がっていた。
周囲を確認しようと身を起こした瞬間、全身に鋭い痛みが走り、思わず顔をしかめる。
「お、ようやく目を覚ましたか」
声の方を見ると、扉が開けられており、やや背の高い青年が立っていた。
短く整えられたダークブラウンの髪。白いチュニックの上に長袖のローブを羽織っており、その姿は明らかに後衛職向けのものだ。
「君は……? それに、ここは……」
「自己紹介がまだだったね。僕の名前はカイル。カイル・ヴァルドレイク。君と同じクラスで、ルームメイトでもあるよ」
「そうだったのか。ごめん、まだクラスメイトの顔と名前を覚えきれてなくて……」
「それは仕方ないさ」
柔らかく笑うカイルに、レオンの警戒心も少しずつ和らいでいく。
「ここまでは、カイルが運んでくれたのか?」
「いやいや、僕じゃ無理だよ。この腕じゃね」
カイルは自分の腕をひょいと見せて肩をすくめる。
「ダリル先生の魔法でここまで運ばれたんだ。僕はただ、ベッドの準備をしてただけさ」
大げさな身振りを交えながら悲しそうに言うカイルに、レオンは思わず苦笑した。
「そ、そうか。……明日、先生にお礼を言わないとな」
「それがいいね。あ、そうだ。先生から伝言がある。“魔力欠乏症の兆候があるから、今夜はしっかり休め”だって」
「魔力欠乏……?」
「もしかして、今日の模擬戦のこと、覚えてない? ゼフィスとの最後の打ち合いで、魔力を使いすぎたんだよ」
その言葉で、レオンの記憶がよみがえる。
「……そうだ。俺、ゼフィスに負けたんだったな」
「いやいや、負けはしたけど、あれは名勝負だったよ! あのゼフィス相手にあそこまでやり合うなんて、見てて鳥肌が立ったよ!」
興奮した様子でベッドに腰を下ろし、早口で語り続けるカイル。
「最後の魔法の打ち合いもそうだったけど、あの剣戟の応酬もすごかった! どこであんな剣を覚えたんだい? やっぱりミレーナ先生と――」
その勢いに、レオンは押され気味になる。
「す、ストップ! ありがとう! わかったから、もう十分だ!」
「え? そう? まだまだこれからが――」
「もういいって!」
カイルの話を強制的に遮ると、部屋の中に静けさが戻った。
カイルは少し残念そうに肩をすくめる。
「ゼフィスとはね、同郷なんだ。彼のこと、噂だけど少し聞いたことがある。
父親は王国近衛騎士団の一員で、しかも団内でも屈指の実力者。
その才を受け継いだゼフィスは“次期団長候補”なんて呼ばれてる。だけど、その地位に胡坐をかくわけじゃなく、自己研鑽には余念がないって話さ。……ま、そりゃ強いわけだよね」
「なるほどな。あいつの強さは才能だけで片付けられるものじゃない……あいつは、本当に強い」
「でも、君も相当すごいよ。僕、見ててワクワクした。……あんな戦い、滅多に見られないからね」
カイルの純粋な瞳に、レオンは照れくさそうに頭をかいた。
「……ありがとう。けど、今は休まないと。先生にも言われたしな」
「そうだね。明日からは授業も始まる。忙しくなるだろうから」
カイルは軽く笑い、灯りを落としながら扉に手をかけた。
「じゃあ、僕も部屋に戻るね。また明日」
「ああ、今日は助かった。また明日」
カイルは軽く手を振りながら、静かに部屋を後にした。
――扉が閉まる音が響く。
一人になった瞬間、胸の奥に押し殺していた感情が顔を出した。
「……くそっ」
握り締めた拳が震える。
ゼフィスの剣――あの一撃の重さが、まだ腕に残っていた。
屈辱と同時に、胸の奥に芽生えたのは高揚。
「……今のままじゃダメだ。もっと強くならないと。あの時の二の舞だけは、もうごめんだからな」
静寂の中、レオンの心に小さな炎が灯る。
それはまだ弱く、頼りない光だったが――確かに、彼の中で燃え始めていた。




