ともだち
レオンはゆっくりと目を開けた。視界に広がるのは、かつて夢で見た懐かしい村の景色ではなかった。代わりに、天蓋に覆われた木々と、焚き火の残り香が漂う簡易な野営地。風は涼しく、どこか現実の匂いがする。
「起きたんだね! 大丈夫?」
傍らでティアが心配そうに顔を覗き込んできた。ティアの声につられてカイルとリリスもレオンの元に集まってきた。
「ここは……?」
「ゴブリンロードを倒したあと、そのまま気を失っちゃってさ。しばらく呼んでも全然目を覚まさないし、ちょっと焦ったよ」
ティアは安堵の息を漏らしながら微笑んだ。その微笑みを見て、レオンはようやく実感した──終わったのだ、と。
「そうか……ありがとう」
胸の奥で安堵がじわりと広がる。
「みんなも怪我は大丈夫か?」
レオンが問いかけるとカイルが顔を上げて答える。
「俺はあいつに見向きもされなかったからな。怪我の一つもしてないよ。」
肩をすくめながらそう答えるカイルにレオンは苦笑を浮かべる。
「それはよかった。ティアは?」
「私も全然大丈夫!……レオンが、みんなが守ってくれたからね!」
そういっていつもの笑顔を浮かべながら両手で指を立てながら無邪気にはしゃいでいる。
「守れてよかったよ。リリスはどうだ?」
「私もほとんど木の陰に隠れてただけだから大丈夫よ。魔力もようやく落ち着いてきたみたい。今回はなんとか制御できたわ。」
仲間の無事が確認でき安堵していると3人がレオンを囲むようにして詰め寄った。
「ど、どうしたんだ……?」
「いや、ちょっと聞きたいことがあってな。」
「そうよ。あれはなに?」
「あれって……?」
「覚えてないの!?レオンの前に急に精霊が現れたんだよ!」
そう言われてレオンは戦闘中のことを思い返す。しばらくの沈黙のあと、ああ、そういえば、と何か思い出したようにみんなの顔を見る。
「俺もあんまり覚えてないんだよな……」
「うちのことを忘れるなんて、いい度胸だね」
その瞬間、レオンのまわりに暖かな風が吹き抜け、緑がかった長い髪がひらりと舞った。
「で、でた!」
「む。精霊相手にオバケみたいな態度とは失礼だな」
少女のような外見のその精霊は、ふくれっ面でレオンの目の前にぴたりと寄ってくる。
「まったく。せっかく力を貸してやったと言うのに忘れるなんて。スフィラ悲しい……およよよ……」
そう言って、スフィラと名乗った精霊は両手で目元をぬぐう真似をしながら、レオンの肩に額を押しつけてくる。
「泣いてないだろ、それ。声に感情がこもってないぞ」
「うぐっ……鋭い……!」
顔を上げたスフィラは、ばれたかと言わんばかりに舌を出して笑う。
「でもさ、ちょっとくらい感謝の気持ちを込めた台詞とかないわけ? 例えば~……そうだな、『スフィラ様、あなたこそ真の女神です!』とか?」
腕を広げてポーズを決めるスフィラに、ティアが吹き出す。
「ぶっ……なにそれ……!」
「……真の女神、ね。今度からそう呼ぼうか?」
レオンが皮肉混じりに呟くと、スフィラは腰に手を当てて誇らしげに頷いた。
「うむ。毎日朝と夜に三回ずつ唱えるように! 信仰心が高まれば奇跡が起こるかもよ?」
「おまえ、本当に精霊なのか……?」
呆れ混じりのレオンの声に、スフィラはくすっと笑いながら、ふわりと浮かび上がる。
「さぁ、どうだろうね? でも確かに、あの時のレオンの“願い”には応えてあげたでしょ。だから……うちの名前くらい、ちゃんと覚えておいてね?」
最後の言葉だけは、不意に真剣な響きを帯びていた。
「スフィラ、だよ。風の精霊――レオンの“ともだち”さ」
そう言い残して、スフィラは木々の間にふわっと消えた。
少しの沈黙のあと――
「な、なんだったんだ……あれは……」
レオンが呟くと、ティアがすぐに答えた。
「なにって、レオンの契約精霊でしょ? それも、かなり上の存在っぽいよね……」
「まさか、精霊とあんな形で契約できるなんて……」
カイルのつぶやきに、リリスがぽつりと言葉を重ねた。
「やっぱり、あなた……普通じゃないわね」
レオンたちが苦笑していたその時――
グォォオオオオオオオオッ!!
森の奥深くから、耳をつんざくような凶悪な咆哮が響き渡った。
「な、何の音……!?」
ティアが肩をすくめて、思わずレオンの背に身を寄せる。
空気が、一瞬で凍りつく。木々のざわめきさえ止まったように感じられた。
「……ただの魔獣じゃない。あの叫び、普通じゃないわ」
リリスが立ち上がり、神経を尖らせながら周囲を見回す。
レオンも剣の柄に手をかけ、静かに呼吸を整えた。
「この森には他の班もいるかもしれないよね……もしかしたら、誰かが襲われてるかもしれない」
ティアが不安げに言うと、カイルが頷く。
「偶然だとしても、無視できないな。」
レオンは決意を込めた声で言った。
「行こう。あの方向に何があるのか、確かめなきゃいけない」
スフィラも再びレオンたちの前に現れ真顔で頷く。
「うちも行くよ。あんな不快な気配が近くにあったんじゃ気持ちよくお昼寝も出来ないからね。」
レオンたちは顔を見合わせると、頷き合い、風を切って森の奥へと駆け出した。




