契約の風、目醒める刃
「私が……私も戦わないと……。でも、魔法の使えない今の私が出て行っても……」
草むらに隠れているリリスは目の前で繰り広げられている惨劇に自分がどうするべきなのかを見失っていた。
「しま……った……」
リリスがこの戦いでの自分の立ち位置を考えていると、轟音が戦場を支配した。嫌な予感がし、音のした方を見るとそこにはレオンが倒れ伏していた。
リリスを激しい後悔が襲う。
魔力の制御がちゃんとできていれば。
魔法が使えないなりにムチを使った補助をしていれば。
竜人族の身体能力の高さを生かして数発でも盾になっていれば。
3人じゃなくて4人で戦っていれば勝てたかもしれない。
もし勝てなかったとしても逃げるための作戦を思いついたかもしれない。
私がみんなと戦っていれば違ったかもしれない。何とかなっていたかもしれない。
みんなから避けられていた私に声をかけてくれた優しいティアが泣かなかったかもしれない。
なにも言わずに友達になってくれたカイルにレオンがこんなに傷つかなかったかもしれない。
いろんな考えがリリスの中を駆け巡る。もう後悔しても遅いことは理解している。それでも、これ以上手遅れにならないように1歩前へ足を進めることを決める。
魔法は使えないかもしれない。今更出て行っても遅いかもしれない。それでもこれ以上仲間の、友達の傷つく姿を見たくない。一瞬でもいい隙を作ればなんとかなるかもしれない。そんな希望的観測でしかない賭けであったがリリスは友達と一緒に戦うことを決めた。
「そこのでかいだけの愚図!こっちを見なさい!」
ターニャからおすすめされたムチがよく手に馴染む。
ああ、この武器は最高の武器だ。帰ったら先輩に感謝を伝えるんだ。
そのために、みんなで帰るんだ!
リリスの中の闘志に火が付いた。その気持ちに武器が呼応する。リリスの魔力を勝手に吸い上げる。だがそれはリリスの中にあふれて暴走していた分だけを計算したように奪い取っていく。
その瞬間ムチから火柱が起こる。火柱はそのまま敵だけを飲み込んでいく。
「リリス!もう出てきて大丈夫なのか?!」
突如火柱に飲み込まれていくゴブリンロード。戦場にいた大半が目の前の出来事に動けずにいた。それはゴブリンロードすら例外ではなくなすすべなく炎に飲み込まれている。そんな中カイルだけが状況の解析を行い、こんなことができるのはこの場にはリリスしかいないと判断した。
「私自身は全然ダメ!だけどこのムチが支えてくれてる!」
「リリス!ありがとう!大好き!」
遅れて状況を理解したティアが笑顔でリリスに感謝を伝える。そんなこと言ってる場合じゃないんだけどな、と苦笑いするリリスとカイルであったが今はそんなことにとやかく言う暇はない。状況は少しだけ好転したが、いまだ劣勢に違いない。
この一撃で倒れてくれればいいが、ここまで戦ってきた感覚だとまだ一歩足りないとカイルは考えていた。
どうすればいい。頭をフル回転させてみんなで助かる方法を考える。倒れているレオンを助けたうえで、まだ完全回復していないリリスを庇いながら逃げる。
特に有効打を思いつくこともなくゴブリンロードは咆哮と共に身体を覆っていた炎を吹き飛ばした。奴の目は怒りの色で染まっているのがわかる。
(はは……無茶すぎんだろ……)
だがカイルもあきらめなかった。
「この学園に入学したときに諦めるなんて言葉捨ててきたんだよ!残念だったな!4人で帰るぞ!」
「うん!」「もちろんよ!」
こうして3人は全員で帰るためにゴブリンロードと向かっていく。
――――――――――――――――――――――
吹き飛ばされたレオンが地面を転がる。視界がぐるぐると回り、肺にたまった空気が一気に押し出された。痛む身体を無理やり起こすと、ゴブリンロードの一撃がいつの間にか前線に出てきていたリリスへと迫っているのが見えた。
「くそっ……動け……!」
必死に足に力を込め歩みを進めるが、どうあがいてもリリスを守るには間に合わない。喉の奥から、情けなさと悔しさが込み上げる。
──また、救えないのか。
必死に、心の中で叫んだ。
「間に合え! 間に合え、間に合え、間に合え!!」
そのときだった。
静かに、だが確かに、耳元にささやく声が響いた。
『力が欲しいか?』
風が渦巻き、空気がざわめく。目の前に立つはずのない影が、緑色に揺らめきながら現れる。
『我が力を貸す代償に──其方は何を捧げられる?』
声は異様に荘厳で、堅苦しく、どこか古めかしい。
何を捧げるかという、その問いにレオンは、迷わなかった。
「仲間を助けられるなら──俺のすべてをくれてやる!!」
その瞬間、影がびくりと震えた。
そして──。
『──っぷ! く、くふっ、あっはははははっ!!』
堅苦しかった声が一転、抑えきれないほどの笑い声に変わる。緑色の風がぎゅるぎゅると渦を巻き、その中心から、一人の少女が姿を現した。
長い緑がかった髪を風に靡かせ、若々しい顔立ちと、意地悪そうに笑った翠玉の瞳。緩くウェーブのかかった髪と、ふわりとした軽装の衣が、風そのもののようにたゆたう。
「おっかしー! 何その返事! あーもう、堅苦しいのやーめた!」
少女は、涙目になりながらも笑いながらレオンに指を突きつける。
「いいよ! アンタみたいなバカ、嫌いじゃない! うちの力、貸してやるっ!」
レオンの周囲に突風が吹き上がる。身体を包む風は熱く、しかし心地よい。力が、駆け巡る。少女がにかっと笑うと、レオンの背中に力が満ちた。少女がいたずらっぽく笑いながら、右手をレオンの胸に当てる。
「我が名はスフィア。汝との間に契約は成された──さあ、レオン! アンタの思うがままに風の力を使うがいい!」
その瞬間、レオンの内側で何かが弾けた。
身体中に満ちる力──それはまるで、自分が風そのものになったかのような、圧倒的な万能感だった。
「……っ!」
レオンは、おもむろに右手を上げる。
標的は、リリスを狙うゴブリンロード。
「──ぶっ飛べ!!」
叫びと同時に、レオンの掌から放たれた衝撃波が、風を巻き起こして一直線に走る。
凄まじい音とともにゴブリンロードを直撃し、巨体が空中に弾き飛ばされた!
「ギャアアッ!!」
ゴブリンロードの悲鳴が森に響き渡る。
「な、なにが起きたの……?」
そう息を呑むティアに、カイルの鋭い声が飛んだ。
「ボケっとするな!ティア、追撃だ!!」
ハッと我に返ったティアはすぐさま弓を引き絞る。
矢尻に、静かに心を重ねた──。
(……力を貸して)
ティアの呼びかけに応えるように、矢尻には炎が宿る。
精霊たちが彼女の願いに力を注いだのだ。
「──これで、終わってっ!」
燃える矢が放たれ、一直線に空を裂く。
ゴブリンロードが立ち上がろうとしたその胸元を、矢は正確に撃ち抜いた。
「グオオオオォォッ!!」
ティアの矢がゴブリンロードの胸に刺さり炎がその巨大に燃え移る。
酷く苦しそうな声を上げる。だが、それでも、一人でも多くを道連れにしようと立ち上がる。
「グオォォォォ!!」
怒りと絶望を帯びた咆哮を上げ、ゴブリンロードが猛然とティアへ向かってくる。あの一撃でも倒せない、しぶとさと底力。
その光景を見たレオンは身体が止まってしまう。
頭によぎったのは、幼いころ。
何もできず、すべてを失ったあの日の記憶。
(あの時の無力だった俺には、もう戻りたくない!)
だか、今のレオンはあの時は違った。レオンは再び拳を握りしめた。
(あの日、誰も守れなかった。でも今の俺なら、違うはずだ!)
「そうだ、レオン。その強い思いがうちを引き寄せたんだ。さあ!うちの力を使いこなしてみなよ!」
風が呼応するように、レオンの周囲を駆け巡る。
迷いを断ち切るように、一気に地面を蹴った!
疾風のごとき速さで、ゴブリンロードとの距離を詰める。
剣にすべての風の魔力をまとわせ、力を込める。
「絶対に――!」
剣を振り上げた。
「過去の俺を、超えてみせる!!」
風が咆哮し、剣と一体となる。
「風牙斬ッ!!」
轟音とともに、ゴブリンロードに叩き込まれた一撃。
炎は風の力を借り、激しさを増していく。巨体が揺れ、そして――崩れ落ちた。
レオンは肩で息をしながら、震える剣を見つめた。
(……これが、今の俺だ。)
足から力が抜けていくのがわかる。その場に倒れ込むとカイル達がレオンの周りに駆けつけた。
「おい、レオン!大丈夫か!?」
カイル達の心配する声を聞きながらレオンは少しの間意識を手放す。




