紅蓮の檻、眠れる竜
「レオン! 残りのゴブリンがそっちに行ったよ!」
ティアの鋭い声が森に響く。彼女は木陰から弓を構え、すでに次の矢を番えていた。
「来い……ウィンターエッジ!」
レオンの手元に、白銀の粒子が一気に収束し、氷の剣が形を成す。剣を構えた彼は突進してきたゴブリンへ真っ直ぐ斬りかかった。
「はああっ!」
一閃。ゴブリンの一匹が吹き飛び、続けてもう一匹を斬り伏せる。しかし、数が多い。全てを捌ききれず、数体が脇をすり抜けていく。
「カイル、フォロー頼む!」
「まかせろ!」
声に応えたカイルがすかさず飛び出し、剣で突っ込んできた敵を迎撃。だが、彼の表情には焦りが浮かんでいた。
「多すぎだろ……!」
索敵によって群れにボス個体がいないと判断し、討伐に踏み切ったこの戦い。だが、想定よりもゴブリンたちの動きは素早く、統率が取れている。撃ち漏らした敵が四方から押し寄せ、わずかな隙を突こうとしていた。
「ティア!」
「分かってるよ!任せて!」
レオンとカイルが捌ききれなかったゴブリンたちの足元に矢が刺さる。突然の出来事に驚きゴブリンたちは足を止め、矢の飛んできた方を見る。
「あ、あちゃあ……外しちゃった……」
「外しちゃったってお前なぁ!」
ゴブリンと力比べをしていたカイルがティアに向かって叫んだ。ティアも顔をムッとさせて反論する。
「そもそもカイルがちゃんと倒してくれれば解決してたじゃない!」
「僕だって、頑張ってるよ!それでもこの数はやっぱり厳しいって!!」
ゴブリンを切りつけながらさらに叫んでいる。確かにカイルは頑張っていた。ここ最近は夜の自由時間はレオンと一緒に鍛錬に励んでいた。その甲斐あってゴブリンの攻撃を受けながら反撃が出来ているのであった。それでも、まだまだ初心者に毛が生えた程度のカイルではこの数を相手するには役不足であった。
カイルとティアが不毛な争いをしていると突如足元に冷気が走った。気付いた時にはゴブリンたちの足が凍っていた。
「2人とも、言い争いは今じゃなくてこの戦いが終わってからにしろ!」
レオンの氷魔法であった。彼のはなった魔法がゴブリンの足を凍らせてこれ以上戦線が拡大しないようにしていた。
3人はここぞとばかりにゴブリン達に猛攻を仕掛けていく。だが数が多かった為、この程度の魔法では数分程度しか効果が無かった。
「リリス、まだか?!」
「準備万端よ。少し離れて」
その言葉を待ってましたとばかりに前線で戦っていたレオンとカイルは後ろに下がる。レオン達がその場を離れるとその足元に、淡い紅蓮と鈍い褐色が織り交ぜられた魔法陣が展開されていく。空気が一変し、周囲に重苦しい圧力が満ちる。冷たい風が辺りを駆け抜け、空気が震える。片膝をついて大地に手が触れた次の瞬間、彼女の掌から膨大な魔力が解き放たれ、地脈が呼応するように地面が脈動を始めた。周囲の空気がピリ、と音を立てて震える。
「揺らめく焔よ、焦土の契りを結べ――岩を巻き、塵を鎖とせよ。我が名に応じて束ねよ……熾封の環!」
彼女の詠唱とともに魔法陣が閃光を放ち、地面が呻くような音を立てて隆起し始める。
土が巻き上がり、熱を帯びた岩の環がゴブリンたちを囲うように形成され、その内側から赤熱の火柱が炸裂する。
「ギャアアッ!」「グ、グギャアアア!!」
爆ぜる火花、溶岩のように渦巻く炎、土の檻の内側は瞬く間に灼熱の牢獄と化した。
赤と金が混ざった光が夜の帳を引き裂くかのように燃え広がる。
しかし――
「くっ……まだ……暴れてる……!」
リリスの魔力が制御を振り切るように暴走を始める。炎が想定以上に膨れ、土の環が軋む音を立ててひび割れていく。
「……っ、ちょっと、強く出すぎたかも……!」
リリスが僅かに眉をひそめた。地面が予想以上に大きく揺れ、巻き上がる炎と熱風が彼女の制御を超え始める。
炎の渦の中、耳の奥で何かが囁いた気がした。言葉にはならない、ただ獣の唸りのような、あるいは――竜の咆哮。
次の瞬間、炎の中心に、金と紅に染まった巨大な影が一閃し、すぐに掻き消える。
それは確かに、竜だった。威圧的な存在感に、仲間たちは言葉を失い、その場に立ち尽くすしかなかった。
(……今の、なに?)
リリスの中で、微かに何かが軋んだ。力が、血が、目覚めかけている――そんな感覚。
そしてその時、どこか遠くから、風に溶けるような小さな声が届いた。
『面白い……だが、契るには早いが――』
その声はすぐにかき消えた。だがリリスの瞳には一瞬、深く澄んだ光が宿る。
「リリス、これ……!」
「まだ近寄らないで!巻き込まないように抑える……!」
彼女の瞳が淡く輝き、額の小さな角が光を帯びる。限界ぎりぎりの制御で、暴れ回る魔力を押さえ込もうと必死だった。
火と土の奔流が渦を巻き、数体のゴブリンを呑み込んで消し去った。土の環に巻き込まれていなかった残りの敵も恐怖で動きを止める。もはや戦意を完全に失っていた。
「……はぁ、はぁ……。ちょっと、派手にやりすぎたかも」
魔法が収束すると同時に、リリスは肩で息をついて立ち上がった。掌にはうっすらと火傷のような痕が浮かんでいる。
「お、おいリリス!無理すんなって!」
カイルが慌てて駆け寄るが、リリスは微笑を浮かべて手を振った。
「大丈夫。ただ……もう少し、上手く制御できればいいんだけど」
だがその時だった――。
リリスの体から、抑え込まれていた魔力が溢れ出す。彼女の瞳が一瞬、深く輝き、額の角が強く脈打つように光を放つ。
「……っ、あと一押し……っ!」
彼女が地面に片膝をつき、震える手を再び地に当てると、残っていた魔法陣が閃光を帯びて再起動した。
次の瞬間、大地が炸裂した。
「熾封の環」の中心から、爆発的な火柱が立ち上がり、土の環に巻き込まれず逃げ出そうとしていたゴブリンたちを一気に呑み込んでいく。灼熱の風と、岩を砕く衝撃波が森を駆け抜ける。
「ギギ……ギャアアアアッ!!」
断末魔が闇に溶け、続いて響くのは地面を焦がす音。視界が赤く染まり、夜空の一部が燃え上がるようだった。
ようやく全てが静まったときには、辺りにゴブリンの気配は完全に消えていた。
「……やっぱり、ちょっとだけ、力を使いすぎちゃったかも」
リリスはわずかに苦笑し、揺らぐ膝をなんとか支えて立ち上がる。魔力の余波により、草木は焦げ、周囲の空気さえも揺らいでいた。
レオンが剣を納めながら周囲を見渡す。
「……とりあえず、一段落ってところか」
「でも、念のため索敵してくるね。あれだけ派手にやったんだもん。魔物が近くにいたら、こっちに来ちゃうかもしれないし。」
ティアが軽く手を振り、矢筒の中身を確認すると、軽やかに森の中へと駆け出していった。枝をしなやかに避けながら、彼女の姿はすぐに木々の間へと消えていく。
残された三人は、息を整えながら木陰に腰を下ろす。それぞれが、今しがたの戦いの余韻と、リリスの魔力の異常な膨張について、言葉にはせずとも思いを巡らせていた。
そして――数分後。
「みんな、まずい。さっきの戦いで逃げた個体がいたみたい。そいつが仲間と合流してたの。しかもそれだけじゃない――たぶん、群れの本当の“親玉”が戻ってきてる。大きい影が、森の西側にいた」
ティアが険しい表情で戻ってきた瞬間、再び場に緊張が走る。
「親玉……? まさかゴブリンロード……!」
戦いは終わってなどいなかった。
むしろ――本番はここからだった。




