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最強の学園で、最凶の運命に挑む ―それでも、俺たちは運命に抗う―  作者: sakura
入学式と討伐訓練

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誇り

 なんとか気力を振り絞って立ち上がったカイル。全身が痛みに悲鳴を上げ、呼吸も荒く乱れている。それでも、彼の目だけは決して揺らぐことはなかった。


「そんなズタボロの身体で、何を見せてくれるんだい?」


 イラゼルの冷たい声が響く。その言葉には挑発と共に、わずかな期待すら感じられる。観客席からもざわめきが広がるが、カイルは聞こえないふりをして震える手で木剣を構え直した。イラゼルに勝つことは不可能だろうと本能で理解している。ここで負けを認めて逃げ出したい気持ちももちろんある。だが、彼はそうしなかった。


(逃げれば楽になれる……でも、それじゃ何も変わらない。逃げた先でまた逃げて、いったいどこに行こうって言うんだ……)


 カイルの脳裏に浮かんだのは、家族の冷たい目や、見下してきた兄弟たちの嘲笑。そして、自分自身を蔑むような、無力感に苛まれた過去の記憶だった。それを振り払うように、彼は震える手で木剣を握り直す。


「僕は……ここで逃げるわけにはいかない!」


 絞り出すような声だったが、その言葉に込められた意志は確かなものだった。観客席から失笑が漏れる。それでもカイルの視線はまっすぐイラゼルを捉えている。


「いい目だね。覚悟ができたのかな?」


 イラゼルは木剣を軽く回し、ゆっくりと構えを取った。その動きには余裕がありながらも、わずかに真剣さが混じり始めている。


「だが、覚悟だけで勝てるほど甘くはないんだよ。」


 次の瞬間、イラゼルが踏み込んだ。彼の動きは速く、無駄がない。木剣が風を切る音とともに、カイルに向かって鋭く振り下ろされる。


(くる――!)


 カイルは本能的に木剣を上げ、必死にその一撃を受け止める。しかし、衝撃の重さに足がふらつき、その場に膝をつきそうになる。それでも倒れない。


「確かに覚悟だけで勝てるほど甘くない。」

 

 全身に響く痛みに歯を食いしばりながら、カイルは叫ぶように力を振り絞った。


「だけど!覚悟すら出来ない奴に、何が出来るのさ!」


 覚悟を決めることすら出来ずに、逃げることしかできなかった自分自身への言葉だった。


「僕はもう逃げない!逃げてたまるもんか!」


 カイルの木剣が震えながらも押し返す。その瞬間、観客席にいた誰もが息を飲んだ。彼の中で何かが変わり始めている――そう感じさせる熱気が漂い始めたからだ。


(諦めない……絶対に!)


 内側から湧き上がる力に、カイル自身も気づき始めていた。それは、これまで抑え込んでいた感情や意志が解き放たれたような感覚。彼の目がさらに鋭く光る。


「ほう……面白い。」


 イラゼルの口元に、初めて小さな笑みが浮かんだ。その笑みには、期待とも試練とも取れるような複雑な感情が滲んでいた。


「なら、その意地……見せてみろ!」


 次の一撃が再び振り下ろされる。カイルは全身を使い、その剣を迎え撃つ。受け止めるだけで精一杯なその身体で何度も何度もイラゼルの攻撃を捌く。このまま防御していてもジリ貧になる事はわかっている。何か、何か方法は無いのかとその頭をフル回転させていく。


(もっと……もっと集中するんだ!)


 その瞬間カイルの視界が変わる。時間が止まったような感覚が彼の身体を支配する。イラゼルとその剣以外の情報が全て視界からなくなっているのがわかる。その結果イラゼルの剣の軌道が手に取るようにわかった。


(この角度なら防げる!)


 通常なら避けきれない速度の攻撃も、この状態ではまるでスローモーションのようだ。攻撃の隙を見極める中で、カイルの頭にある戦略が浮かぶ。防御しているだけじゃこいつには勝てない――ならば、この一瞬にすべてを懸ける。

 カイルは木剣を握り直し、呼吸を整える。全身に襲いかかる痛みを無視し、頭をフル回転させる。イラゼルに勝つなど、現状では到底あり得ない。だが、勝つことが目的ではない――彼の狙いはただ一本取ること。それが自分の力を示し、次へと繋がる道になるはずだと信じていた。


(イラゼルの間合いと動きのパターンは、さっきのやり取りで見えてきた。彼は早い。僕なんかとは比較にならないくらいに。)


 カイルは目の前の敵を観察しながら、心の中で自分に言い聞かせた。そして、次に自分が取るべき手を冷静に計算し始める。相手の攻撃ペースに動きの癖、今日だけじゃなくこの前戦った時のことも頭をフル回転させながら思い出していく。一つ一つ丁寧に奴から一本を取るためのピースをはめていく。


「どうした? 来ないのか?」

 

 イラゼルが木剣を軽く回しながら挑発する。観客席からも先ほどの高らかな宣言とは裏腹な防戦一方に笑い声が漏れ始める。だがカイルは動じない。むしろ観客のざわめきを利用するように、緩やかに動きを見せながら、自分のペースを整えていった。


 そして、ほんの一瞬、イラゼルがその剣先を僅かに下げた。


(今だ――!)


 カイルは全力で踏み込み、正面へと剣を繰り出した。だがこれは囮。狙いはイラゼルの左側――反応が一瞬遅れると見込んだ地点だった。


 イラゼルは予想通り、その初撃を軽々と弾き飛ばす。しかし、カイルはそれを想定しており、即座に体の向きを変え、足元へとすくうような低い突きを繰り出した。


「へぇ」


 イラゼルはわずかに眉を動かしたが、冷静にその突きを跳躍でかわす。しかし、その瞬間、観客たちの目が驚きに見開かれる。カイルはイラゼルの飛び上がる動きを予測し、さらに追撃の斬撃を繰り出していたのだ。


「これなら――!」


 カイルの剣先がイラゼルの肩近くをかすめる。刹那の接触であったが、観客席から驚きの声が上がる。


「まさかここまで読んでいたのかい?」

 

 イラゼルが心底楽しそうに笑いながら、木剣を肩に担いだ。その表情には驚きと共にカイルへの興味が見て取れる。


「一本取られるなんて、まさに不覚だったよ。君、本当に面白い奴だね。」


 観客席から驚きの声が広がる中、イラゼルはラグーザに向き直り、勝利を告げた。

 

「ラグーザ先生、俺はもう満足してしまった。これ以上続けて、この素晴らしい試合を汚したくない。この試合は終わりです。俺の負けでいい。」


 ラグーザが一瞬眉をひそめたが、すぐに頷き、場内に宣言した。

 

「勝者、カイル!」


 その瞬間、観客席から歓声と困惑の入り混じった反応が巻き起こった。


 カイルは息を整えながら、自分の胸にそっと手を当てた。

 逃げなかった。折れなかった。

 それだけで今は十分だ。

 それが、確かに自分の中にある“誇り”だった。


 しかし、そんな内面とは裏腹にその顔色は明らかに悪く、身体が震えているのは隠しようがなかった。


 ラグーザは試合場に降り、カイルに近づく。

 

「よく頑張ったが、今すぐ医務室に行くべきだ。このままだと倒れるぞ。」


 カイルはふらつきながらも首を振り、ラグーザの申し出を断った。

 

「ありがとうございます、先生。でも大丈夫です……次の試合、レオンの戦いをどうしても見ておきたいんです。」


 その固い決意にラグーザは一瞬考え込むような仕草をしたが、カイルの目を見ながら苦笑を浮かべた。

 

「全く、しぶとい奴だな。好きにしろ。ただし、倒れる前に自分で何とかしろよ。」


 観客席の片隅でそのやり取りを見ていたティアは小さくため息をつき、足早にカイルの元へ駆け寄った。

 

「もう、本当に無茶するんだから!」


 彼女は膝をついてカイルに向かい合い、軽く手を彼の腕に置いた。優しい光がその手から溢れ、カイルの傷ついた身体を包み込む。温かく心地よい感覚が広がり、痛みが少しずつ和らいでいくのが分かった。


「ティア……ありがとう。模擬戦の後で疲れてるだろうにごめん。」


「何言ってるの。誰かさんが無茶するから私がやるしかないんでしょ。」

 

 ティアは軽く頬を膨らませながら言ったが、その瞳には明らかな安堵が浮かんでいた。


「本当に……助かったよ。」

 

 カイルが素直に礼を言うと、ティアは微笑んだ。

 

「いいのよ。でも、無理だけはしないでよね。」


 そう言いながら笑顔を浮かべるティアの言葉に頷き、カイルはゆっくりと腰を下ろした。周囲のざわめきをよそに、彼の視線は次の試合が始まる試合場へと向けられていた。レオンの戦いを見逃したくない。彼の戦いを見て自分の向かうべき道を見たけたい。――それがカイルの次の決意だった。


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