恐怖と挑戦の狭間で
「お疲れ様。2人とも凄かったよ。本当に剣術初心者なのか?」
レオンは感心したように目を見開き、ティアとリリスに問いかけた。
「そうだよ!」
ティアは胸を張って笑顔を返す。けれども、すぐにその笑顔が曇ってしまう。
「もしかしたら手加減してくれたのかもしれないけどね……」
そう言って少し寂しそうな顔をするティアに、リリスは慌てたように言葉を返した。
「そんなことしないわよ。ティアったら攻撃を避けるのが上手なんだもの。一本取るために私も必死よ。」
控えめに笑みを浮かべながら、リリスはティアに優しい視線を向ける。その言葉にティアの顔には再び笑顔の花が咲いた。
「本当?」
ティアはキラキラと輝く瞳でリリスを見つめる。
「本当よ。」
リリスが頷くと、ティアは満足そうに何度も頷き返す。だが、そのうち何かを思い出したかのようにハッとした表情をし、今度はレオンの顔を見つめた。
「次はレオンとも戦ってみたいな!」
ティアが目を輝かせながら無邪気に提案する。その元気いっぱいの様子に、試合の疲れなど微塵も感じられない。
「俺とか?」
レオンは肩をすくめて苦笑する。
「流石に負ける訳にはいかないからな、俺も手加減はできないぞ?」
自然と笑みを浮かべたレオンの様子に、ティアはさらに上機嫌になる。
「第三試合はレオンが戦うんだよね!楽しみだな!」
跳ねるように近づいてきたティアを見て、リリスは少しあきれたように肩をすくめたが、微笑みながら軽くたしなめた。
「ティア、レオンだって準備があるわ。少し落ち着いたらどう?」
「そうだな。それに今からカイルが戦うんだから、そっちに集中しよう。」
3人は先程までリリスとティアが戦っていた場所へ目を向けた。そこには、心底嫌そうな顔をしているカイルと、不気味な笑みを浮かべるイラゼルの姿があった。
「なんか、すごく嫌そうな顔をしてない?」
「さっき本人から聞いたんだが、この前の模擬戦でボロボロに負けた相手らしい。」
レオンがカイルの方を見ながら説明する。
「えっ、そうだったの?」
ティアが驚いた顔をする一方、リリスは冷静にカイルとイラゼルの様子を見つめた。
「そうみたいね。それにしても……あの不気味な笑い、何か企んでるんじゃない?」
リリスの言葉に、レオンも少し険しい表情を浮かべる。
「まあ、カイルのことだから、何とかなるだろう。今、俺たちに何か出来るわけでもないし。」
レオンの言葉には励ますような響きがあり、それを聞いたティアはカイルに向けて拳を握りしめた。
「カイル、がんばれー!」
ティアの声援に、カイルが遠くからこちらを一瞬睨みつけるような視線を送るが、すぐにイラゼルに注意を戻す。
「さっきラグーザ先生から剣の扱いを受けていたみたいだがこの前よりはマシになったのかな?」
イラゼルは笑みをより不気味なものに変えてカイルを見つめる。カイルはより一層顔を険しくする。
「カイル、君がどこまで成長するか、楽しみで仕方ないよ……」
低く笑いながらイラゼルは呟いた。その声には、挑発とも何ともつかない不穏な響きがあった。
「なんかあの人嫌な感じがするね」
ティアが呟く。二人も同意するようにうなずく。
ラグーザが二人の間に歩み寄り、厳しい目つきで見渡した。
「カイル、イラゼル。ルールのおさらいだ。これは模擬戦ではあるが気を抜けば負傷する可能性がある。全力を尽くせ。ただし、殺傷行為と魔法、精霊の使用は厳禁だ。」
二人が無言で頷くと、ラグーザ先生は場の緊張感を引き締めるように、ゆっくりと手を振り上げる。その一瞬、会場全体が静まり返り、息をする音すら聞こえないような空気が広がった。
「始め!」
その声が響いた瞬間、カイルは剣を構え、低く身を落として間合いを詰める準備をした。一方、イラゼルは不気味な笑みを浮かべたまま、ゆったりと剣を構える。だが、その目には明らかに殺意の籠った鋭い光が宿っていた。
(やれやれ、どうしてまたこいつなんだよ……)
カイルは心の中で毒づく。この前の試合を思い出すたび、体のどこかに残っている鈍い痛みが蘇る。イラゼルは容赦がなく、あの異様な笑みを浮かべながら追い詰められる自分を楽しんでいるようだった。
(けど、今度はそう簡単にはいかないぞ。)
剣を構える手に力を込め、冷静を装うように深く息を吐く。しかし、その息はわずかに震えていた。
(みんなが見てるんだ。ここで情けないところは見せられない。)
背後に感じる視線――ティアの元気な声援、リリスの冷静な眼差し、そしてレオンの期待するような表情――それらがプレッシャーとなり、彼の胸を締め付ける。だが同時に、それが奇妙な責任感となって彼の足を前に進めさせる。
一方で、正面にいるイラゼルの不気味な笑みが、心の奥底に冷たい恐怖を芽生えさせる。
(この笑顔、前の時と同じだ……)
殺意にも似た鋭い眼差しを向けてくるイラゼルの姿が、再び昨日の記憶を呼び起こす。追い詰められ、剣を弾き飛ばされ、地面に這いつくばった自分の姿。それを思い出した瞬間、手のひらにじっとりと汗が滲んだ。
(……怖がるな。これは模擬戦だ。勝てなくてもいい、でも、昨日みたいにはさせない!)
自分自身に言い聞かせるようにもう一度深呼吸する。足をわずかに動かし、視界の隅々までイラゼルの動きを捉えようと集中する。
(考えろ。こいつの戦い方は昨日見ただろ。焦るな、相手の隙を探せ……!)
一方、イラゼルは不気味な笑みを浮かべたまま、ゆったりと剣を構える。その態度がかえってカイルを神経質にさせる。
(こんなに落ち着いてるなんて、何を企んでいる?まさか、この前の続きみたいに僕を……いや、考えすぎだ。冷静になれ。)
胸の中で広がる恐怖を押し殺し、剣を握り直す。次の瞬間、イラゼルの剣先が微かに揺れた。それを見逃さなかったカイルは、恐怖と緊張に縛られる自分に喝を入れるように足を一歩踏み出した。




