悪夢
深紅の空が広がる――そこに広がるのは、かつて穏やかだった故郷の村の光景。
しかし、今やその静けさは崩れ去り、燃え盛る炎の咆哮が全てを包み込む。
遠くから響くのは人々の悲鳴、武装した兵士たちが村を蹂躙する音。黒い甲冑をまとった彼らは、悪魔のような無情さで家々を焼き払い、村人たちを切り捨てていく。
「レオン、早く――!ここにいちゃだめ!」
聞き覚えのある声。優しかった母の声が泣き叫びながら彼を急かす。
「父さんは――!」
幼いレオンは目を潤ませながら後ろを振り返る。しかし、母が力強く腕を引っ張る。
「父さんは村を守るって……でも、私たちは逃げるの!あなたが生き延びるのが、私たちの願いなの!」
母の必死の訴えにも関わらず、背後から迫る轟音が、父の戦う方向から聞こえる。
「急げ……行け……!」
最後に父が声を張り上げた瞬間、視界が赤い炎で覆い尽くされ、何もかもが音もなく消えていった――。
――――――――
「また……この悪夢か……」
レオンは暗い天井を見つめ、乱れた息を整えようとする。夜明け前の空気が冷たく、額には汗が浮かんでいる。
ベッドの傍らには、オルデナ・フォルティス連邦学園の制服が 整えておかれていた。入学すること自体が一握りの者にしか許されない名門。その門をくぐれるということは、すでに実力を証明されたも同然だった。そんな学校への入学が決まったということはそれなりの実力がすでに保証されているに等しい。しかし、いくら力を蓄えようとも、何度でも夢に現れる悲劇の結末を変えることはできない。
「何度見ても……慣れないな。」
レオンは胸に残る痛みを押し殺すように深く息を吐いた。ベッドから立ち窓を開けると部屋の中へと冷たい風が吹き込み、過去の悲劇を思い出させるようだった。
彼の心には、幼い頃から一度も消えたことのない問いがあった――。
「あの時、俺がもっと強かったら……この手で村を守れたのか?」
今更後悔しても遅いことはわかっているが思わずにはいられない。あの時遊び呆けずにもっと剣の鍛錬をしていたら。魔法の勉強をしていたら、未来は変わっていたのでは無いかと。
もうこんな思いはしたくないと、誰かを守る為にとあの日から鍛錬をかかしたことはない。世界各国から精鋭が集う学園国家、オルデナ・フォルティス連邦学園。ここで得た力がレオンの未来を左右する鍵になると信じていた。この学園に入学し更に力を蓄えて二度と悲しい思いをしないように。周りの人間を守れる人間になれるようにと。亡き両親と故郷に誓った思いを胸に入学することを決めた。伝説的な英雄を数多く輩出してきた、オルデナ・フォルティス連邦学園。その門をくぐる時、何を感じるのか。期待と緊張が胸の奥で交錯する。
「準備をするにはまだ少し早いけど二度寝をするのも微妙な時間だな……」
外はまだ陽の光が出たばかりであろう明るさだった。さて、どうしたものかと一瞬の逡巡の後に起床することを決める。同居人を起こさぬようになるべく物音立てず外に出る。暖かな陽の光を受け深呼吸をすると先程まであった嫌な気持ちも幾分かマシになる。そのまま軽い運動をこなした後に剣の鍛錬を行うことに決めた。
剣を振り下ろす度に冷たい風を切る音が響く。重心を低く構え、一撃一撃に全力を込めた。身体が悲鳴をあげても彼は止まることなく剣を振り続ける。一振り、また一振りと。そうすることであの悪夢忘れ去ろうとするかのように。そうして集中していくと、まだ少し残っていた気持ちはいつのまにかどこかに消えていた。
「おはよう、レオン。朝から稽古とは感心だな。」
そんな中背後からよく聞き知った声が聞こえてきた。振り返るとそこには育ての親でもあるミレーナが立っていた。彼女の金色の髪が朝日に照らされ、柔らかく輝いている。
「おはよう。ミレーナも朝が早いな。」
彼女の名はミレーナ・エル・レイナ。かつて命かながら逃げ延び意識を失ってしまったレオンを保護してくれた女性だ。行く宛の無いレオンを拾い、ここまで育て上げてくれた恩がある。ミレーナが拾った当時、レオンは衰弱しきっており、希望の欠片も持てない少年だった。しかし、彼女の厳しくも暖かな指導が、彼の命に再び火を灯した。そんな彼女を彼は母親のように思うと同時に剣の師匠として尊敬もしている。
「ばかいえ、私はいつもこのくらいの時間には起きている。」
そう言って笑う彼女の瞳には、どこか誇らしげな温かさがあった。その言葉を聞き懐疑的な視線を彼女に送る。
「ところでこんな時間にどうした?もしかしてまたあの夢を見たのか?」
「まあ、そんなところかな……」
その言葉を聞いたミレーナはゆっくりとレオンに近づくと微笑みながら手を伸ばし、レオンの頭にそっと触れた。
「お前はあの日から毎日頑張っているよ。大丈夫だ自分を信じなさい。それにお前の師匠はこの私だ。」
その声には揺るぎない自信と暖かさが宿っていた。安心感と幸福感が押し寄せる一方で気恥ずかしくなってくる。
「もう大丈夫だから!それをやめろ!」
照れ隠しから手を振り解きミレーナに背を向け、また剣を構える。
「いくつになってもそういうところは変わらないね」
ミレーナは微笑みながらも、ふと真剣な眼差しを向けた。
「……そうだ、レオン。ひさしぶりに実戦稽古でもしないか?」
「実戦?」
「今日からは寮に入るんだろう? 私と手合わせできるのも、しばらくお預けだ。」
「つまり、今のうちに叩き込んでおこうってことか」
「察しがいいな。」
ミレーナの唇が楽しげに歪む。その一瞬、空気が張りつめた。
朝の光が、二人の影を長く伸ばしていく。
「――行くぞ、レオン。」
それが、彼の運命を動かす最初の戦いになることを、このとき誰も知らなかった。




