他力本願な男は狂人のヒモになりたい
初の短編作品です。
温かい目で読んでいただけると幸いです
日本のとある高校。
その一室が光に包まれ三十人の生徒が消えた。
そして、消えた生徒達は目を開けると大きな純白の城の庭にいた。
生徒達の周りには城の兵士と思われる人間と、王女思われる豪華なドレスを身に纏った美しい女性が立っていた。
王女は手を広げると生徒たちに告げる。
「異世界の勇者様、この世界に来て頂いてありがとうございます! どうかこの世界を魔王からお救いください!」
王女の声が城の庭に響く。
そう、言わなくてもわかるだろう。
生徒達は勇者として異世界に召喚されたのだ。
……勇者召喚が行われた数日後、暗い森の中に高校の制服を着た少女が血塗れで倒れていた。
戦いがあったのだろうか? 少女の周りには異世界でいうゴブリンやオークなど魔物の死体が散乱している。
ザッザッザ……
森の中を一つの人影が歩く音が響く。
その音の主は倒れている少女に近づくと、その手を伸ばした……
「う、うーん……あれ?」
倒れていた少女が目を覚ます。
彼女の名は赤月真衣
赤いショートの髪をした小柄の少女で、先日異世界に紹介された勇者の一人である。
クラスでは明るくフレンドリーな性格から女子、男子問わず好かれている人気者だった。
「やっと起きたか」
真衣が目を覚ますと、黒髪で高校の制服を着た男が真衣を見下ろしていた。
男にしては少し髪が長いらしく、左側に髪を三つ編みにして纏めている。
「……貴方は?」
「俺は司馬那谷だ。お前は?」
「私は赤月真衣。えっと……」
真衣は、自分が勇者として異世界に召喚され、ある事情で森に入った事は覚えていたのだが、どうして自分が倒れていたのか、そしてこの那谷という人物が誰か分からなかった。
少なくとも、同じ高校の制服を着ていることから一緒に召喚された一人という事はわかるのだが。
「那谷君だっけ? なんで私は森で倒れていたの? それに……キャァ!?」
真衣が辺りを見回すと狼やゴブリンなどの死体が散乱していて、自分が血塗れな事に気づく。
だが痛みはなく、真衣は自分の身体を確認するが怪我もないようだった。
「な、なんなのこれ……もしかして、あなたが助けてくれたの?」
「まあそんな所だな。それより話し合うのは後にしねぇか? 血の匂いで他の魔物が来るかもしれねぇし、いつまでもこんな所にいるのは得策じゃないだろ?」
「そうだね、ここから離れないと……」
真衣は歩くため立ち上がる。
「じゃあ行こっか那谷君」
「ああ、その前に真衣」
「え?」
那谷はいきなり真衣の両肩に手を乗せ真剣な顔で真衣を見つめる。
「え、な、那谷君?」
那谷に迫られドキドキと真衣の鼓動が高まる。
「頼む、俺の……になってくれ」
「……え?」
……数十分後、真衣は森の中を“1人”で歩いていた。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
彼女は疲れているようで、息を切らしながら歩いている。
しかし、疲れの原因は、歩いている事ではなかった。
「おい、スピードが落ちてるぞ? もっと頑張って歩けよ」
「無茶言わないでよ!? 重いもの背負ってるんだから!」
彼女の疲れの原因はそう、那谷を背負っているからであった。
「俺の“乗り物”になってくれって何なの!? 無駄にドキドキしちゃったじゃん!」
「何だ? あれくらいでドキドキしたのか? うぶなやつだな」
「あんな真剣な顔で見つめられたら普通はするよ!」
「分かったわかった。まあそれよりちゃんと歩いてくれ。早く森を出ようぜ」
「……」
何で女子が男子を背負って運ばなきゃ行けないの? 普通逆でしょ!?
と思いつつも、真衣は那谷をしっかり背負って歩く。
(きっと私を助ける為に戦って力を使い果たしちゃったんだよね……だったら責任をとって私が那谷君を運ばないと……)
真衣は先程倒れていた状況からそう結論づけた為、黙って那谷を背負っていた。
「そういや真衣、一つ聞いていいか?」
「なに?」
「お前クラスの連中と一緒に召喚されたんだろ? 何で一人森の中にいたんだ?」
「……」」
那谷の当たり前の疑問に、真衣は少し考えた後答える。
「それはね、私が城から逃げたからだよ」
「ほう、何で逃げたんだ?」
「ちょっと色々あってね……。城から逃げて森の中にいたの」
「そうか、まあ逃げて良かったんじゃねぇか?」
「え? どうして?」
「勇者召喚って結局は拉致して強制徴兵するようなもんじゃねぇか。そんなやつの言いなりになりたくないってのもわかる」
「うん、言いたいことはわかるけど全然夢がないよ!?」
「何だ? お前異世界召喚でチートしたい系女子だったのか?」
「違うよ!? 最近そう言うアニメ多いけど!?」
「なら悪役令嬢か聖女で逆ハーレムでも狙ってたのか? ま、これが現実だ。元気出せ」
「勝手に決めつけて勝手に慰めるなー!! ハァ、ハァ……」
真衣は心の底からツッコミを入れた。
おかげで余計にどっと疲れ何の話をしてたか分からなくなる。
どうにか思い出した真衣は逆に那谷へ質問をする。
「そう言う那谷君も召喚されてこの世界に来たんだよね? 何で森にいたの?」
「俺か? 俺は城じゃなくて最初からこの森にいたんだよ」
「え? それってお城に召喚されたんじゃなくてこの森に召喚されたって事?」
「そう言う事だな」
そんな事あるんだろうか?
真衣はそう思ったがそもそも召喚に関して何の知識もない為、事故で位置がズレる事もあるかもしれないと真衣は思った。
「ふーん……そうなんだ……でも那谷君が強い”勇者スキル“を持ってそうで良かったよ」
「勇者スキル? 何だそれ?」
「この世界に呼ばれた時王女様が説明してくれたんだけど……」
勇者スキル。
それは異世界に召喚された勇者が目覚める固有スキルである。
強力なものが多く、過去世界を救った者もいると真衣は王女から聞いていた。
「スキルに目覚めると頭の中に名前と効果が浮かぶから、目覚めていれば那谷君も分かるはずだよ」
「そうだな、俺のスキルは……『他力本願』だな」
「え? 他力本願?」
予想もしなかったスキル名に真衣はつい聞き返してしまう。
「知らないのか? 他力本願ってのはな……」
「いや、意味はわかるよ? でもなんでそんな名前なの? 回復魔法や魔物を倒す力を持っているのに?」
「何言ってんだ? 俺にそんな力はねぇよ」
「え? だって私血塗れだったのに怪我一つ無かったんだよ? それって那谷君が治してくれたんじゃないの?」
「ちげぇーな。後、魔物を倒したのも俺じゃねぇし」
「え?」
真衣の頭に悪い予感が走る。
「え? じゃあ那谷君は何をしたの?」
「お前が倒れていたから声をかけて起こした」
「……一応聞くけど那谷君はもうヘトヘトなんだよね? 歩くのも辛いんだよね?」
「いや、歩くのが面倒だったから、お前に運んでもらおうと思っただけだ。」
「……」
真衣は歩みを止め立ち尽くす。
「おい、何で止まるんだ? 早く歩けよ」
「……自分で歩きなさいこのバカーー!」
「ぐぉ!!」
ブチ切れた真衣は那谷の両足を持ち思いっきり目の前の地面に叩きつけた。
「助けてないじゃん! ただ起こしただけじゃん! この嘘つき! おまけに女の子に歩くのが面倒だからって背負わせるとか信じられない!」
地面に叩きつけられた那谷は、顔を手で押さえながらゆっくりと立ち上がる。
「いってぇな……お前が良いって言ったんだろうが」
「私を助けてくれたと思ったからだよ!」
「いや、俺はちゃんとお前を助けたぞ?」
「じゃあ何をしたの?」
「お前の心を助けた」
「何言ってんのチョーップ!!」
「ぐぉ!!」
真衣、怒りのチョップが那谷の顔面に炸裂し那谷は再び倒れる。
「ハァ、ハァ……もう知らない!」
「おい、置いてくなよ」
真衣は那谷を置いてさっさと歩き出すが、那谷は真衣を追いかける。
「ついて来ないでよ」
「いいじゃねぇか、俺も森を出たいんだからな。それに一人より二人の方がいいだろ?」
「はぁ……しょうがないから良いけど、もう絶対背負わないからね」
「ダメなのか?」
「ダメに決まってるでしょう!! はぁ……」
那谷が自分を助けてくれた王子様だと思ったら、ただのめんどくさがりのクズ男だった事に落胆する真衣だったが、流石に本当に一人置いていく程真衣は薄情者では無く、那谷の言う通り一人より二人の方が良いかもしれないと思った真衣は那谷と共に行く事にした。
……しばらく歩いてだいぶ森が開けて来た頃。
「そういや真衣、一つ聞いて良いか?」
「どうしたの?」
「お前俺より小さいくせに俺を背負ったり、ぶん投げたり随分パワーがあるよな。それは勇者スキルってやつのお陰か?」
真衣は那谷より頭一つ分ほど小さく、体もどちらかと言うと細い。
とてもじゃないがそんな力を持っているようには見えなかった。
「背負わせたのは那谷君でしょ……。そうだね、私のスキルのおかげだよ」
「へぇ、一体どんなスキルなんだ?」
「うーん……言ってもいいけど多分引くよ?」
「なんでだよ?」
「それは……」
「キャーーー!!」
真衣の言葉を遮り森の中に女性の悲鳴が響く。
「今のは女の悲鳴か?」
「あっちから聞こえたよ! 行こう那谷君!」
「おい……全くめんどくせぇな」
真衣が声がした方向を指差しながら走り出し、その後ろを那谷がダルそうについて行く。
悲鳴がした方向へ行くと、10歳くらいの茶色の髪をした女の子を、三人のガラの悪い男が囲っていた。
「おい、暴れんなよへっへっへ」
「いや、放して!」
いやらしい笑みを浮かべながら男の一人が女の子の腕を掴む。
「助けてーー!!」
「へ、助けを呼んだ所で誰か来るとでも……」
「こらー! あなた達何やってるの!?」
現場を見た真衣が颯爽と飛び出す。
男達は一瞬驚くが相手が少女だと分かり、すぐに表情が戻る。
「おいおい、ツイてるな。まさか獲物が自分から飛び込んで来るとは」
「しかも可愛いぜ、なんか血塗れなのが気になるが」
「怪我でもしてんのか? ほら、診てやるからこっちこいよぐへへへ」
男の一人が真衣に迫ると同時に、遅れて那谷がやってくる。
「やっと追いついたぞ……ってなんだこの状況?」
「那谷君遅いよ! 女の子が悪人に襲われてるみたい! 助けないと!」
「あーマンガやアニメで良くある展開だな。しょうがねぇ……おい、お前ら言いてぇ事がある」
「おー、何だ?」
那谷は前に立ち男達に向かって言い放つ。
「お前ら、さっさとその子供を放して消えろ。嫌だっつうんならこっちの女がお前らを血の海に沈めてやる。じゃあ真衣、後は任せたぞ」
「「「「「は?」」」」」
那谷の言葉にその場にいる全員が困惑する。
そして仕事を終えたとばかりに端に行こうとする那谷の腕を真衣が鷲掴みにする。
「ちょちょちょ、ちょっと待ちなさーい!! なに私任せにして横で見ていようとするの!?」
「いや、俺に期待されても困るんだが? そもそも自分から関わったんだから自分で何とかしろ」
「確かにそうだけど冷たすぎない!? 那谷君はそれでいいの!?」
「いいぞ、俺はめんどくせぇ事は他力本願で乗り切る男だからな」
「思ってたよりもっとクズだったよ!?」
正直最初から期待はしてなかったものの、想像以上のクズっぷりに呆れてしまう真衣。
そのやり取りにしびれを切らした男の一人が真衣を捕まえようと襲いかかる。
「ごちゃごちゃ言ってねぇでこっちに来やがれ!」
男は真衣に向かって手を伸ばす。
それに気づいた真衣は那谷の腕から手を離し男の腕を躱すと懐に素早く入る。
ドスッ
「は?」
男の腹の部分で鈍い音がする。
男が視線を下に向けると、自分の腹を真衣が小さな包丁で突き刺さしている光景が見えた。
「……まあ良いんだけどね、最初から一人でやるつもりだったし」
真衣が口角を上げニヤァ……と笑みを浮かべる。
「せっかくの“獲物”だもん。愉しまなきゃ……ねぇ? 私の勇者スキルは『狂人』だし♪」
真衣は、ただ正義感だけでこの場に来たわけではなかった。
何をしても問題ない悪人がいると思って、自分の欲望を満たすという目的もあったのである。
「ギャ、ギャァァァァ!!!!」
刺された痛みと真衣の突然の豹変に男は叫び声を上げる。
真衣が包丁を引き抜くと男は後ろに倒れ、更に真衣は男を踏みつける。
「ほら、もっと良い悲鳴聞かせてよ♪」
真衣は刺した場所楽しそうに踏みつける。
「ギャァァァァーー!! や、止めてくれーー!! た、助けてくれーー!!」
「痛い? 苦しい? なら大丈夫だよ。すぐに楽にしてあげるから♪」
「ひ、ひぃーーーー!?」
真衣が右手で包丁を振りトドメを刺そうとする。
その時、目の前の光景に唖然としていた男の仲間達はハッとし、剣を取り出すと真衣に襲いかかる。
「こ、このクソアマがぁーー!」
「やりやがったなーー!」
それに気づいた真衣は懐からもう一本包丁を取り出すと、二人の剣を包丁で受け止める。
「な!?」
相手は少女、しかも小さな包丁で剣を真っ向から止められた事に動揺する二人。
その直後真衣の姿が男達の視界から消える。
「おい、どこ行き……グハァ!?」
男の後ろには素早く背後に移動した真衣が包丁を突き刺していた。
「ねぇ、もっといい悲鳴聞かせてよ♪」
「ギ、ギヤァァァァァァァァァァァァ!!」
真衣は刺した場所をエグると男は大きな悲鳴をあげ、包丁を引き抜くとそのまま前のめりに倒れる。
返り血で真衣の姿が満面の笑みを浮かべながら更に血塗れになる。その姿は紛れもない狂人だった。
「次はあなただね♪」
「や……止め……」
「……(ニィッ)」
残った最後の男は既に恐怖で戦意喪失していた。
後ずさる男に真衣はニヤニヤしながら近づく。
「く、来るなーー!!」
男はパニックになり剣をやたらめったらに振り回す。
すると偶然真衣の頬を切り裂いた。
「へ、へへ……ざまぁみやがれ」
男は、一生傷跡が残るであろう傷を負わせた事で一矢報いたと確信する。
「痛いじゃん、まあ意味ないんだけどね」
だが、真衣がそう言うと頬の傷が塞がっていき、傷跡も残らず回復した。
「……は?」
「ごめんね、これが私のスキルなの。他人を傷つけたい、苦しませたいって思うほど私は強くなるんだよね♪」
『狂人』、それは持ち主の精神に異常をきたす代わりに、身体能力、自然回復力が上がると言うスキルであった。つまり、今の真衣は強いだけではなく傷を負っても回復してしまうと言う状態であったのだ。
「ば、化け物……」
「化け物? 違うよ、私は狂人だよ」
絶望で後ろに倒れ込んでしまった男に、真衣は大きく包丁を振りかぶる。
その時、真衣の後ろから声がした。
「おい真衣、その辺にしとけ」
「ちょっと、何で止めるの? もしかして同情でもしちゃった?」
「違う、そろそろあいつがヤバい」
「え? あ……」
良いところで止められて不満を口にする真衣だったが、那谷が指差す方向を見ると、目の前で行われている悲惨な光景に恐怖で震え上がっている子供がいる事に気づき、真衣は包丁を下ろした。
「これ以上刺激が強い光景見せんのは止めとけ、面倒だ」
「……うーんしょうがないね」
今回ばかりは那谷の言う通りだと思い、真衣は素直に包丁をしまった。
「た、助かった……?」
「おい、そこでビビってるやつ」
「な、何だ……?」
「この辺で勘弁してやるからとっととどっか行け。刺された奴らもまだ助かるだろうからそいつら連れて消えろ、これに懲りたら今後は真っ当に生きるんだな」
「は、はいーー!!」
男は慌てて刺された二人を連れて森の中に消えていった。
「まさに小悪党って感じで消えて行ったな。ま、これで何とかなったな」
「何で何もしてない那谷君が追い払ったみたいな感じになってるの? ってそんな事よりも……」
先程の男達に襲われていた子供のところに真衣は歩み寄る。
「危ない所だったね、もう大丈夫……」
「い、イヤーーー!!」
子供は真衣が近づくと脱兎の如く走り出し那谷の後ろに隠れてしまった。
「おい、俺の後ろに隠れんなよ」
「……(フルフル)」
真衣が怖くて那谷の後ろから離れない子供。
それを見た真衣は結構なショックを受けた。
「な、何で……」
「いや、自業自得だろ」
「そうだけど……那谷君なんて世界一役に立たないのに……」
「藁にでも縋りたい気持ちなんだろうな」
「あ、否定はしないんだね」
結局真衣だと子供が怯えてしまうため、面倒くさがりながらも那谷が子供から色々話を聞く事になった。
彼女の名前はリコといい、この近くの小さな村に住んでいると言う。
母親の体が弱く、森の奥に生えている薬草を取りに行こうとしたところ、いきなり三人の男に攫われそうになったとの事である。
近くに村があるとわかった真衣と那谷は、リコに道案内してもらい一緒に村まで行く事にした。
最も、リコは真衣に怯えていたため説得するのに時間がかかったのだが。
その後、リコに先導してもらい三人は村まで歩き始めた。
「はー、これでやっと休めるな」
「那谷君は大して疲れるような事してないでしょう? はぁ……そう言えば那谷君、一つ聞いていい?」
「何だ?」
「さっきの私を見て何か言うことはないの?」
真衣自身リコのような反応が当たり前だとはわかっていた。
それゆえ一切何の反応もしない那谷が不思議でしょうがなかった。
「そうだな……雑な闇堕ちでつまんねぇとは思った」
「は?」
想像の斜め上を行く回答すぎて思考が停止する真衣。
「なんの脈絡もなく闇堕ちされてもリアクションに困る。そこら辺しっかり考えて闇堕ちしやがれ」
「何で怒られてるの私!?」
「後狂人ならせめてモザイクかかるくらいグチャグチャにするとかサイコロステーキにするくらいやれよ? 刺して痛めつけるってありきたりで今時の狂人キャラとして弱えぞ、もっと頑張れ」
「今度はダメ出し!? ていうか今時の狂人って何!?」
「まあこれからの頑張り次第だが異世界チートでドM限定逆ハーレム狙えんじゃねぇか? 良かったな、まだ望みはあるぞ」
「その決めつけまだ続いてたの!? って言うか碌な事考えてないじゃん!!」
「真面目に考えてもめんどくせぇだけだしな」
「結局それかーい!! はぁ……はぁ……もういいよ」
ツッコミ疲れた真衣は那谷との会話を止め、リコを追いさっさと先に行ってしまう。
「……ま、一番めんどくせぇのはお前の勇者スキルだけどな」
那谷が呟いた言葉を真衣が聞くことはなかった。
その後、リコに案内してもらい、二人はリコが住む村に辿り着いた。
村は人口100人も満たない小さな田舎村で、木や石で出来た家や畑があり、とても落ち着いた雰囲気に満ちていた。
最初は真衣の血塗れの姿に驚かれたものの、事情を説明し無事村に入ることができた二人は、しばらくの間空き家に住まわせてもらう事になった。
……それから一週間後の朝、真衣と那谷が住む家に本を持ったリコが尋ねてきた
コン、コン、コン、とドアをノックすると、中から真衣が出てくる。
真衣は当たり前だが既に返り血はなく、服も血塗れだった制服ではなく、この村でもらった普通の村娘といった感じの服を着ていた。
「あ、リコちゃんおはよう。今日はどうしたの?」
「真衣お姉ちゃんおはようございます。今日は那谷お兄ちゃんに会いに来ました」
礼儀正しくお辞儀をするリコ。
真衣の第一印象こそ最悪だったものの、この一週間の間で打ち解けよく合う仲になっていた。
「わかった、ちょっと待ってて。那谷君、いい加減起きなさーい!」
真衣は大声で那谷を呼ぶが、返事がない。
「リコちゃん、ちょっと待っててね」
ドアが閉まると、中から怒るような声と何かが倒れるような音が聞こえる。
リコはいつもの事だなと思いながら待っていると、何事もなかったかのように再びドアが開き、リコは家の中へ入った。
「リコちゃん、朝ごはんは食べた? まだだったら用意するよ?」
「いえ、大丈夫です。食べましたし那谷お兄ちゃんに会いに来ただけなので」
「そう? じゃあテーブルにに座って待ってて、那谷君もすぐ来るから」
真衣はそういうと、朝食の準備に取り掛かる。
その少し後、家の奥から布の服ををだらしなく着て、眠そうな顔をした那谷がやってきてテーブルに腰掛けた。
「那谷お兄ちゃんおはようございます」
「ようリコどうした? まだみんな寝てる時間だぞ」
「もう朝ですよ」
「やっぱり寝てる時間だな」
「それはお兄ちゃんだけですよね」
リコは一週間のうちに那谷の性格にも順応したようで、的確なツッコミを入れると、持ってきた本を取り出す。
「これ頼まれていた物です」
「おうサンキューな」
那谷は本を受け取ると早速本を開く。
「……何が書いてるかわかんねぇな」
「朝食の用意できたよって、那谷君が本を読んでる!?」
面倒くさがりで不真面目な那谷が本を読んでいるという事実にびっくりして、思わず朝食として用意したパンと野菜のスープを落としてしまいそうになる真衣。
「大変! 明日はきっと包丁が降るよ!」
「真衣お姉ちゃん違うよ、那谷お兄ちゃんは楽をするために本を読んでるんだよ」
「え?」
リコが説明すると、持ってきた本は簡単な魔法が書かれている魔導書であり、魔法が使えれば楽できるんじゃないかと那谷が持ってくるように頼んだという事であった。
この世界には魔法が存在し、魔力を持つ物は魔法を使う事が出来る。
その為那谷も試したくなったのだが……
「……何が書いてあるかさっぱりわかんねぇな」
異世界の言語は何故かこの世界に来てから分かるようになっており、文字自体は分かるのだが、内容が難しく結局那谷は断念した。
「魔法があれば楽できると思ったんだがなぁ」
「はぁ……那谷君は今でも十分楽をしてるじゃない。魔法なんていらないでしょ?」
那谷はこの村に来てから基本家でゴロゴロしているか、気まぐれで散歩に出かけどこかで昼寝などをして過ごしていた。
「真衣、向上心ってもんを忘れたらいけねぇぞ」
「うん、向上心に謝ろうか。ていうかそんなぐうたらな生活してて……私がいなかったら村を追い出されてるよきっと」
一方真衣は異世界の生活にすぐ順応。
毎日炊事洗濯掃除、村で畑仕事の手伝いや村人との交流など全て完璧にこなしていた。
「ま、他力本願が俺のモットーだからな、だからこれからも頑張って働いてくれ」
「リコちゃん、那谷君が近々行方不明になっても気にしないでね」
「え、えっと……」
普通なら子供のリコでも冗談とわかって流すような場面だが、真衣に最初に会った時の姿と、今一瞬包丁を取り出そうとしていた仕草を見て、どう言えばいいかわからなくなってしまったリコであった。
その後リコが帰り、朝食を終えた所で真衣は真面目な顔をして那谷の向かいに座った。
「那谷君、話したい事があるんだけど」
「何だ?」
「これから私達がどうするかって事だよ」
「……」
那谷はめんどそうな表情をするが、流石にこの話はいずれしないといけない事だと思い、話をする体勢に入った。
「那谷君は元の世界に帰りたい?」
「俺としちゃあ面倒ごともなくぐうたら出来れば地球だろうが異世界だろうが別に構わねぇよ。そういうお前はどうなんだ?」
「うーん……私も別に帰らなくていいかな……ほら私狂人だし? こっちの世界の方が生きやすいかなって思って」
「確かにそうだな、因みに元の世界に未練はないのか?
「ないと言えば嘘になるけど……私は城から逃げたわけだし、多分帰るの無理そうだから」
「?」
真衣の言い方に疑問を感じた那谷だったが、おそらく聞いても無駄だろうと思いそれを流す。
「それで、私この村を出て冒険者になろうと思うの」
冒険者、異世界物の定番で危険な魔物の討伐や行商人の護衛、市民の出す様々な依頼をこなす危険だがロマン溢れる職業。
この世界にも存在し、真衣はその冒険者になる気でいた。
「真衣、お前やっぱり異世界チートしたかったんだな」
「いい加減その決めつけやめようか那谷君? この村も好きなんだけどね、ちょっと刺激が足りないんだ。ほら私狂人だし? 人を傷みつけたり刺したりするのが好きだからさ、ここは平和すぎるの。それにせっかくスキルで強くなったわけだし……それを活かしてこの世界で生きていこうかなって」
「と言うと近くの町に引っ越すのか」
「ううん、もっと遠くに行きたいかな。ほら、もしクラスのみんなと会っちゃったら気不味いし……」
「はぁ……めんどくせぇな。まあしょうがねぇか」
「え? 那谷君、もしかして付いてくる気?」
「ああ、そうだが?」
今いる村は静かな雰囲気で面倒事とは無縁に見える。
それなら俺はここで一生静かに暮らすと言うと思っていた真衣は驚きを隠せない。
おまけに自分について来ようとしている。
「何で?」
「そんなの決まってるだろ」
那谷はそういうと、急に席を立ち真衣に迫る。
「え、那谷君?」
「真衣……」
急に迫られ慌てて真衣も立ち上がり後ずさるが、那谷に壁ドンされ逃げ道を失う。
「!!」
「真衣……俺は……」
真衣は男に迫られるというシュチュエーションに顔が赤くなり自然と鼓動が早くなる。
そして……
「……お前のヒモになりたい」
「…………は?」
「お前は家事は完璧、料理も上手いしおまけに強い。それを活かして俺を養って毎日ぐうたら生活を送らせてくれ。その為なら多少の面倒我慢してやるさ」
「……………………」
真衣の体がプルプル震え始め拳に力が入る。
「一ついい? 何で私が那谷君を養ったり面倒見たりしなきゃならないの?」
「決まってるだろ? 俺のモットーは他力本願……」
「それくらい自分でやりなさいアッパー!!」
「ぐぉ!!」
真衣怒りのアッパーが炸裂し吹き飛んだ那谷はそのまま天井に激突して落ちてくる。
「はぁ……二回も無駄にドキドキさせられた私が馬鹿みたい……」
真衣が落胆する中、那谷が起き上がる。
「で、俺をヒモにしてくれるのか?」
「何でこの流れでなってくれると思ってるの? ていうか私ほら、狂人だよ? もし那谷君のことを好きになっちゃったらヤンデレ化して監禁とかしちゃうかも?」
「それは、一生ぐうたらして生活出来るって事か?」
「うん、那谷君は今殺しちゃった方が良い気がしてきた。那谷君も死んだら何もしなくて良いし問題ないよね?」
「……ちょっと考えさせてくれ」
「考えるなみぞおちキーック!!」
「ぐぉ!!」
那谷は真衣のツッコミキックが炸裂し窓から大きく吹っ飛んだ。
「はぁ……はぁ……なんで朝からこんなに疲れなきゃいけないの?」
「で、結局ヒモになってくれるのかどっちなんだ?」
「……」
いつの間にか戻って来ていた上にまだ諦めてなかった那谷に真衣は驚きを通り越して呆れる。
……そして折れた。
「……はぁ、しょうがないなぁ。良いよ」
「お、良いのか?」
「那谷君って私がいないとのたれ死んじゃいそうだしね。でもなるべく自分で出来ることはやってよ?」
「まあ気が向いたらな」
「はいはい……じゃあ私そろそろ村の仕事があるから、いつ村を出るとか詳しい話は後でしようか」
「おう」
そういって真衣は家を出たところで大きなため息をつく。
「……はぁ、何でOKしちゃったんだろう私……でも」
真衣は何処からともなく出した包丁を見ながらつぶやく。
「……そんな平穏な生活が送れたら……それはそれでいいかもね……」
……その頃、別の場所にて。
「おい、傷の具合はどうだ?」
「いててっ……まだ痛むぜ……」
「畜生、何で俺たちがこんな目に……」
ここは森の中にある洞窟。
ここには十数人で構成された山賊が住んでおり、森を通る商人や旅人を襲っていた。
そして、その中には以前リコを攫おうとした結果、真衣に殺されかけた三人の男もいた。
「まだ夢に出やがるぜ畜生……」
「だがあんなヤベー女に刺されて死ななかっただけマシだろ」
「まあ……そりゃそうだが……」
真衣から逃げたあと、拠点にあった回復ポーションのおかげもあり何とか生き残っていた。
最も血を流しすぎたせいもあり暫く動けなかったのだが。
「そういや今度、近くにある村を襲うってボスが言ってたぜ」
「おい、それ大丈夫か? もしあの女がいたりしないだろうな?」
「時間も経ったしもう近くにはいねぇだろう。 へへ、鬱憤ばらしに丁度いい、女や金を根こそぎ奪ってやろうぜ」
真衣にやられても全く懲りず悪事を働こうとする三人。
そのせいか、三人に更なる災難が降りかかる。
「ぐわぁぁぁぁ!!」
「お、おい何だ!?」
洞窟の外から悲鳴が聞こえ、外に出る三人。
そこで見たのは、唖然としている仲間と、屈強な男である山賊のボスが、黒い短髪の、ひ弱そうな男に跪かされている光景だった。
「あーっはっはっはっは!! 君、気分はどうだい? こんな弱そうな男に負けた気分はさ!?」
「畜生……お前ら! やっちまえ!」
ボスの命令を聞き、武器を取り出し男に襲い掛かる山賊達。
それを見た男は両手を向かってきた山賊達に向け……。
『ファイヤーボール』
そう唱えると彼の両手から大きな炎の玉が打ち出され、襲ってきた山賊二人に着弾し、一瞬で爆散する。
「「「「「「ひ、ひぃぃぃ!?」」」」」
「あはははは!! 君たちのその怯えた姿最高だね! でももっと見たいなぁ?」
山賊達の怯えた姿に上機嫌になる男は、跪かされた山賊のボスに視線を向ける。
そして……。
「よし、僕の機嫌のために死んでもらおうか」
「や、やめ……」
「消えな、『バーニング』」
「グアァァーーーー!!」
男が唱えると山賊のボスが燃え上がり、数秒後には後も残らず燃え尽きた。
「「「「「あ……あ……」」」」」
「ちっ思ったよりつまらないや。この役立たず」
男は山賊のボスが燃え尽きた跡を踏みつけながら言う。
「まあいいや、本題に入ろうか? 僕は人を探してるんだ。真衣っていう赤い髪をした小柄な女の子を探してるんだけど君たち知らないかい?」
「な、何で山賊の俺たちに聞くんだ!? 町で聞いた方がいいだろう!?」
「普通ならね。でもその子、多分町とか人が多いところは避けると思うんだよね。だから君たち社会のゴミに聞いて回ってるのさ。で、知ってるのか知らないのかどっちだい?」
「「「「「……」」」」」
男は手に炎をちらつかせながら山賊達に問う。
しかし、一瞬で痺れを切らした男は山賊達を焼き払おうとする。
「もういいや、全員死……」
「「「ま、待ってくれ! その女なら知ってるぞ!」」」」
そう言って先程の三人組が男の言葉を遮る。
「へぇ、本当かい? もし嘘だったら……」
「ほ、本当だ! この前その女に会ったんだ!」
「確かに真衣って呼ばれてたぞ!」
「あんたの言う通り赤い髪の小柄な女だった!」
三人は必死に事実を伝える。
それでも男は疑惑の目で三人を見るが、次に出た言葉で彼の疑惑は晴れる。
「そ、そうだ! あんたと似たような服を着てたぞ! それと女の連れが全く同じ服を着ていた!」
それを聞き、三人の言葉が本当の事だと確信する男。
男の名前は田中達郎。
真衣のクラスメートであり、真衣、那谷と同じくこの世界に召喚された男子学生だった。
「……へぇ、確かに僕が探している真衣ちゃんのようだね、連れの男が誰かは知らないけど。彼女はどこに居るんだい?」
三人は困った。
真衣と会ったのは本当だが、彼女がどこに行ったのか分からないことに。
だが、すぐに場所を言わなければ殺される。
そして気付いた。自分達が攫おうとしていた少女の事、その近くにある村のことを。一度は否定したものの、真衣がそこに居る可能性に賭け、三人は真衣がその村に居ると言うことにし、田中に伝えた。
「ふむ、なるほどね……よしお前達、噂くらいは聞いたことあるだろう? 僕はこの世界に召喚された勇者、田中達郎だ。灰になったお前達のボスの代わりに僕がお前達を率いてやろう。手始めにその村まで案内して貰おうか。どうだ、嬉しいだろう?」
「「「「「は、はい!!!」」」」」
田中の言葉に山賊達は声を揃えて返事をした。
逆らえば殺される恐怖と、勇者の部下になった事に多少の期待を持って。
ただ、例の三人組は……。
(((す、隙を見て逃げなければ……!)))
ものすごく嫌な予感がし、もし生き残ったら今度こそ真っ当に生きる事を誓うのであった。
……次の日、真衣は旅立ちの準備の為荷造りをしていた。
「はい、これ那谷君の荷物ね」
真衣は大きな麻袋を那谷に差し出す。
「重いな……そんなに持ってくもんあんのかよ?」
「水とか食料とかこれでもコンパクトにまとめたんだからね」
「て言うか何で真衣が持たねぇんだ?」
「もしもの時那谷君が戦ってくれるならいいよ?」
「ち、しょうがねぇな……」
仕方ないと言った感じで那谷は麻袋を受け取る。
「よし、これで準備は終わったね。明日には出発だから今日のうちにその事を伝えて来ないと」
「ちょっと急すぎやしねぇか?」
「思い立ったが吉日だよ那谷君。それにそこまで準備することもなかったし」
実際大きな荷物はなく、食料や水は村から分けてもらった為、一日で準備が終わってしまったのである。
「じゃあ私、村を回ってくるけど那谷君は……」
「そうだな、村の外れにいい昼寝場所があるからそこで昼寝仕舞いするか」
「昼寝仕舞いって何? まあいいや。じゃあまたあとでね」
そう言って真衣は村の人への挨拶に、那谷は昼寝のために別れた。
その後、真衣はまず始めにリコの家を訪ねると、リコに明日旅立つ事を説明する。
「え、二人とも村を出ちゃうの?」
「うん、リコちゃん、今までありがとう」
「そうなんだ……」
寂しそうな顔をするリコを見て、真衣は一つ提案をする。
「ねえリコちゃん、今日は一緒に過ごさない? 夜もご馳走するからさ」
「うん、行きたい」
真衣はそう言って、リコの両親に許可をもらったあと、手を繋いで一緒に村の人へ挨拶に出かけた。
大体回り終えたあと、疲れを感じた二人は座って休憩をする。
「ねぇリコちゃん、一つ聞いていい?」
「どうしたのお姉ちゃん?」
「初めて会った時、すごい怖がらせちゃってごめんね」
真衣は山賊達を痛ぶり、結果リコをものすごく怯えさせてしまったことを思い出しながら言った。
「お姉ちゃんあの時はすごい怖かった……」
「あはは……今はもう大丈夫なの?」
「うん、お姉ちゃん、本当は凄くいい人だって分かったもん」
リコの言葉に複雑な気持ちになる真衣
「いい人……か……でも私人を包丁で刺して笑う狂人だよ?」
「でも村では一回もそういう事してないよ?」
「村には刺したいって思う人がいないからね。那谷君は百回くらい刺した方がいい気もするけど」
「そういえば那谷お兄ちゃんは今どこにいるの?」
「村の外れで今頃昼寝を堪能してると思うよ。全く……」
「……」
那谷に対しての愚痴を言う真衣は、気づくとリコが自分の顔を不思議そうに見つめている事に気づく。
「リコちゃん? どうしたの?」
「お姉ちゃんって……本当に狂人なの?」
「え……?」
リコの言葉に真衣は動揺が走る。
その時……
ドォォォォン!!
「え!?」「キャァ!!」
突然大きな爆発音が鳴り響き、真衣は怯えるリコを抱き寄せる。
「一体何!?」
真衣は音が鳴った方を見ると、大きな炎が燃え上がっているのが見えた。
更に人の悲鳴が聞こえてくる。
「リコちゃん、村の外に逃げて!」
「待って、お姉ちゃんは!?」
「私は何が起こったのか確認してくるから。いい? 約束だよ!」
真衣はそう言って炎と声がする方向へと向かう。
そして、その中心地では、山賊とそれを従えた田中達郎がいた。
「あははは! 燃えろ燃えろ! お前達、村の奴ら全員皆殺しにしろ!」
「しかしボス、それだと探してる女も殺しちまうんじゃ?」
「大丈夫さ。腐っても彼女は勇者だし、最悪首だけでも持って帰ればいいからな。さっさと全員殺って来いよ、殺すぞ?」
「は、はい!!」
山賊達は命令に従い村人を襲い始め、村人の一人が山賊に捕まる。
「た、助けてくれ!」
「悪いな、ボスの命令だ。死……」
ドスッ
山賊が村人を剣で斬ろうとした瞬間、真衣が背後から山賊を包丁で刺す。
「……え?」
「あなた、鈍いね」
「ギャァァァ!!」
山賊はそこで自分が刺されたことを認識し悲鳴を上げる。
その後真衣が包丁を引き抜くと山賊はそのまま倒れた。
「そこの人、早く逃げて」
「あ、ありがとう!」
村人が逃げるのを確認したあと、真衣は山賊達の方に笑顔で振り向く。
「あなた達、何で村を襲ったの? まあいいか、それよりも……」
真衣は両手に包丁を持ち、先程刺した山賊から受けた返り血を受けた姿でニヤァ……と口角を上げる。
「最近平和で溜まってたんだ。みんな、私を愉しませてくれるよね?」
「「「「「ひ、ひぃぃぃ!?」」」」
まるでご馳走を前にした野獣のような真衣の姿に怯える山賊達。
しかし、真衣が襲いかかろうとした瞬間……
『ファイヤーボール』
「え?」
大きな炎の玉が出現し、真衣に襲いかかる。
「ギャァァァーーー!!」
真衣はその場から飛び何とか回避するが、先程真衣に刺され倒れた山賊に着弾し、断末魔をあげ灰となった。
「あははは! 流石真衣ちゃん、うまく避けたねぇ?」
「誰? 邪魔するのは?」
真衣は声がした方向を見るとそこには気味の悪い笑顔をした田中がいた。
「あなたは……えっと……誰?」
真衣はふざけてはいない。
制服を着ていることや、自分の名前を知っていることからクラスメートだと言うのは分かったが、それが本当に誰かわからなかったのである。
「おいおい僕だよ、田中達郎だよ。僕は君が制服を着てなくても分かったって言うのに酷いなぁ?」
「え、達郎君?」
真衣は驚いた。
だが無理もなかった。真衣の記憶では、田中達郎という人物はとても大人しく、物静かな性格だった筈だからである。
「全然雰囲気違うけど……」
「君も大概だと思うけどねぇ? まあいいや。僕がここに来た理由……言わなくてもわかるよねぇ? なんせそれが原因で君は城から逃げたんだもんねぇ?」
田中の言葉に真衣は静かに俯く。
「……魔王討伐の方を優先してくれればもしかしてって思ってたけど……やっぱ上手くはいかないよね……よりによってクラスメートが来ちゃうなんて」
「ああ、それは僕が志願したんだよ。真衣ちゃん、君を徹底的に痛ぶって殺すためにねぇ」
「そうなんだ……でも私、達郎君にそんな恨まれることした覚えないんだけど?」
「そりゃそうだろうねぇ。自分で言うのも何だけど完全な私怨だからねぇ。」
そう言うと、彼は自分のことを語り出した。
田中達郎、彼はひ弱で成績もあまり良くない。他人に対して話しかけることもできず、常に劣等感に苛まれながら生活を送ってきた。
そんな自分に比べ、明るくクラスの人気者の真衣。
最初は憧れを抱いていた。いつか自分も彼女みたいになりたいと。
しかし、その気持ちはいつしか変わっていた。
自分がこんな思いをしているのに、何故あいつはあんなに楽しそうにと、彼女を妬むようになった。
そんな中、異世界に召喚され、彼は強力な勇者スキルを授かった。
一方、彼女は精神に異常をきたすハズレの勇者スキルを授かってしまった。
その時、彼は思ったのだ。本当の自分は優秀な人間だったのだと。
そして、真衣は落ちこぼれだったのだと。
だが、それをわからせてやる前に真衣は自分の前から居なくなってしまった。
だから田中は真衣を探した。自分の考えを現実とするために。
己の為に、真衣を叩き潰すために。
「はぁ…………」
話を聞いた真衣は、あまりに自分勝手な理由に大きなため息をついた。
「達郎君の気持ちはよく分かったよ。でもそれなら何で村を襲うの? 用があるのは私だけでしょ?」
「あははは、そんなの邪魔だったからに決まってるだろう? わざわざ探すよりも焼き払った方が手っ取り早いじゃないか。僕の時間はそこらの人間の命よりも貴重なんだ、そんなこともわからないのかい?」
「はぁ……これじゃあどっちが狂人のスキルを持ってるかわからないね。悪いけど、私まだ死にたくないんだ。だから……」
そう言うと、真衣は田中を見て再びニヤつく。
「私の為に死んでくれる?」
「あはは! やれるもんならやってみ……」
田中の言葉が終わる前に真衣は包丁を手に襲い掛かる。
「おっと、『フレイムウォール」』
「きゃ!?」
一瞬で距離詰めた真衣だったが、田中の周りに炎の壁が現れ真衣は一旦距離を取る。
「危なかった、もう少しで火だるまになっちゃう所だったよ」
「残念だったねぇ? 僕が調子に乗って油断するとでも思ったかい? 次はこっちから行くよ。『インフェルノ』」
田中が魔法を発動すると、地面から炎が吹き出し、真衣に向かって襲い掛かる。
真衣はそれを避けるが、周りの地面から次々と炎が吹き出し徐々に逃げ場が無くなっていく。
「えーい!」
真衣は近くにあった木のクワを持ち、田中に向かって投げつける。
「無駄だよ、『フレイムウォール』」
クワは田中の炎で防がれる。
「やっぱ無理だよね、でもおかげでいいことが分かったよ。田中君の炎魔法、同時に展開は出来ないみたいだね」
田中が防御に回った瞬間、、真衣に迫っていた炎が止まった事を確認した真衣はそう確信する。
「あはは、バレちゃったかぁ。流石に同時に操るのは僕も無理なんだよねぇ。
でも、分かったからと言って僕に攻撃が届くかなぁ?『メテオレイン』」
田中は小さい無数の炎を作り出し、雨のように降り注がせる。
「そうだね、私の攻撃が届くのが先か、達郎君が私を倒すのが先か勝負だよ!」
真衣はそう言って、炎の雨の中に突っ込んでいった。
……その頃、村の外れにて。
ドォン! ドォン! ドォン!
「ああもううるせぇな」
真衣と別れて昼寝をしていた那谷だったが、田中が起こした騒ぎによって目を覚ましていた。
「村の方で何かが燃えてやがる……。一体何だって……ん?」
その時那谷の方に走ってくる人影が見える。
それは、真衣に逃げるよう言われたリコだった。
「那谷お兄ちゃん!」
「リコか、何が起こってやがるんだ?」
リコは山賊が村を襲ってきた事、真衣が自分を逃して村に残った事を説明する。
「そうか、まあ真衣が残ったなら大丈夫じゃねぇか? むしろ山賊の心配をするべきだろ」
「でも……」
ドォォォォン!!
村から響く爆発音が途絶えない。
子供のリコでも相手が普通じゃないことくらいわかった。
「……真衣が心配なのか?」
「うん……グスッ」
リコから涙が落ちる。
それを見た那谷はやれやれと言う感じで立ち上がった。
「はぁ……面倒くせぇが仕方ねぇか」
「真衣お姉ちゃんを助けてくれるの?」
「リコ、俺が真衣を助けられるほど強いとでも思うのか?」
「えっと……それは……」
リコが答えづらそうにしてるのを見て那谷は満足そうにうなづく。
「そう言うわけだ。俺に期待するな。じゃあお前は先に逃げろ」
「え、那谷お兄ちゃんは?」
「そんなの決まってるだろ」
那谷は村に向かいながらリコに言った。
「他力本願しに行くんだよ」
……一方、真衣と田中の戦いはまだ続いていた。
田中は苛烈な炎魔法で真衣を攻めるが、掠った程度では真衣の自然回復力上昇によりすぐ回復され。
一方、真衣はその隙をついて攻撃しようとするが惜しい所で田中の防御魔法に阻まれ、お互い攻めきれずにいた。
だが、徐々に田中が押し始めていた。
その要因は……。
「ボスを援護しろー!」
「あの女を撃ち殺せー!」
田中の背後から山賊達が弓を撃ち援護していたのである。
そのせいで攻撃のチャンスがさらに失われていたのである。
「ああもう、邪魔だよ君たち!」
山賊を攻撃しようとすればそこを田中に狙われる可能性があり排除することもできない。
どうしようかと思っていた真衣だったが、そこで視界に大きいスコップが目に入る。
(いいこと思いついた!)
真衣はスコップを拾うと、屋根の上に飛ぶ。
「これでも喰らえーー!!」
真衣は思いっきり振りかぶりスコップを田中に向け投げつけた。
ものすごい勢いで飛んでいくスコップだが、それでも田中の魔法の方が早い。
「ふ、いくらやっても無駄だよ? 僕の炎は何でも一瞬で灰に……」
「燃えないものならどうかな?」
「え?」
真衣が狙ったのは田中本体ではなかった。
正確には田中の手前にある地面。
そこに猛スピードでスコップが直撃する。
すると、その衝撃で土が巻き起こり、田中の炎の壁を突き抜け田中に直撃する。
「ギャャァァーーー!! アッチィーーーー!!!」
土は燃えずとも炎で高温となり、田中に大きなダメージと隙を作り出す。
その隙を見逃さず真衣は高速で田中に近づき、懐に入る事に成功する。
「しまっ……」
「残念だったね達郎君」
真衣はそのまま包丁を振りかぶり田中の眉間に目掛け突き刺そうとする。
しかし、その攻撃が届くことはなかった。
「え?」
真衣は一瞬何が起こったかわからなかった。
振りかぶった腕が動かない。
視線を向けると、田中の腕が真衣の腕をがっしりと掴んでいた。
「なぁーんちゃって」
「!?」
真衣は掴まれた腕を振り解こうとするが、スキルで強化された真衣の力でもびくともしない。
「何でって顔してるねぇ? いつから僕の勇者スキルが炎魔法だけだと錯覚していたんだい? あはは、これ言ってみたかったんだよねぇ!」
「キャャァァ!!」
田中は掴んだマイの腕を握り潰すと、もう片方の手に魔法を込める。
「僕の勇者スキルはねぇ、『魔法拳士』っていう強力な魔法と身体能力を得られるスキルなんだよ。『ブラストナックル』」
田中が握りつぶした腕を離すと同時に魔法を込めた腕で真衣の体を天に向かって殴り飛ばすと同時に爆発が起きる。
大きく空に吹き飛ばされた真衣は、包丁を手放し、そのまま地面に勢いよく激突し、倒れたまま動かなくなった。
「クックック……あーっはっはっは!!!! 最初からこの終わり方を狙ってたのさ!! どうだい!? 勝てると確信した瞬間絶望に落とされた気持ちは!? まあでも君はよくやったよ! まさか僕に傷をつけるとはねぇ!! まあ意味ないんだけどね!」
田中は小さなボトルを取り出し、中身をごくごくと飲み始めた。
これは勇者に渡されていた効果な回復ポーション。
その効果により、砂で負った火傷はあっさりと回復した。
「しかし殺さないよう手加減したつもりだったんだけどなぁ? まだ力の加減がわからないや……お?」
「う……う……」
田中は倒れた真衣が微かに動いている事に気付く。
「あはは! 良かった、まさか生きてるとはねぇ! どうだい、今の気持ちは!? ほら、教えてよ真衣ちゃん!?」
田中が問いかけるが、真衣には声を出す余裕がなかった。
腕の骨を砕かれたうえ、先ほどの一撃で真衣の体は骨も内臓もボロボロ。
狂人スキルで自然回復力が上がっているとはいえ、とても治るような傷ではなかった。
(私……ここで死ぬんだ……)
真衣は自分がもう助からない事を自覚していた。
(何でこんな事になっちゃったんだろう……私はただ幸せに生きたいだけだったのに……異世界に呼ばれて……狂人になっちゃって……クラスメートに恨まれて殺されるなんて……)
真衣の瞳から涙が流れ落ちる。
(……でもしょうがないのかな……私生きてたら人をいっぱい殺しちゃいそうだし……死んで良かったのかも……でも……もう少し……生きたかった……な……)
真衣はゆっくり目を閉じた。
消えゆく意識の中誰かの声が聞こえる。
田中か山賊が真衣を殺そうとしているのかもしれない。
でももう自分には関係ない。そのまま意識を手放そうとした瞬間……
「う!?」
何かの衝撃を受け真衣の意識が覚醒する。
目を開けると、そこには、呆れた顔をした那谷の姿があった。
「やっと目を覚ましたか。おい、お前何やってんだよ?」
「那谷……君?」
「早く起きろ、さもないとまた蹴るぞ」
「え……?」
さっきの衝撃は那谷が真衣を蹴った事によるものだった。
その事がわかり、真衣は困惑する。
「何でこんなところにいるの……? 早く逃げて……」
「おい、誰なんだお前は? もしかして山賊から聞いた真衣ちゃんの連れかい?」
「そういうお前こそ誰だよ? 仕方ねぇ、名乗ってやるか」
田中の問いにナタは堂々と答える。
「俺は司馬那谷、スキルは『他力本願』。この女真衣のヒモになってこいつに養ってもらい毎日ぐうたら生活をする男だ」
「……君は何を言ってるんだい?」
那谷の自己紹介に困惑する田中。
「いや、言った通りだが?」
「ぶはははは!!! どんなクズ男宣言だよ!! おまけにスキルが他力本願とか! そんな男のヒモになる女なんているわけ無いだろう!?」
「いや、真衣からOK貰ってるぞ」
「……え?」
田中はおかしなものを見る目で真衣を見る。
そして真衣は……。
(いやーーーやめて!! そんな目で見ないで!! 一時の気の迷いでOKするんじゃなかったーーー!!)
恥ずかしさのあまり別の意味で死にそうになっていた。
「おい、めんどくせぇのに名乗ってやったんだからお前も早く名乗れよ」
「そうだねぇ、僕の名前は田中達郎……」
「田中太郎って、捻りがねぇ名前だな」
「達郎だ! 貴様、僕が昔散々弄られたネタを使いやがって!!」
田中の地雷を踏んだらしい那谷だったが、そんなことは気にせず話を続ける。
「まあんな事よりお前も見た感じ勇者なんだろう? 勇者は魔王討伐の使命があるんだろ、何でこんな田舎村にいやがるんだ? まさか戦力外通知でも出されて追放されたのか?」
「ふん、そんなわけ無いだろう? 僕の勇者スキル『魔法拳士』は同じ勇者の中でもトップクラスの力で……」
「『魔法剣士』? ああ、拳の方か。なんかパチモンみてぇな名前だな 」
「貴様ーー!! 僕が気にしてる事を!!」
「もう無茶苦茶だよ……」
那谷の登場で一気にカオスになり、あのまま死なせてくれれば良かったのにと思ってしまう真衣。
「いいだろう、君も殺してやるよ! どうやら同じ勇者みたいだけど、僕に勝てると思うなよ!」
「おい、何勘違いしてるんだ? 俺はお前と戦う気なんてないぞ」
「何? お前真衣ちゃんを助けに来たんじゃ無いのか?」
「ちげぇ、俺は真衣に他力本願しに来たんだ」
「はぁ?」
何を言っているのかわからないという田中を再び放って那谷は真衣に話しかける。
「おい真衣、いつまでも寝てねぇで、起きて戦え」
「いや……那谷君、私死にかけてるんだけど……?」
「知るか、俺はお前のヒモだぞ? 身体中の骨が折れようが、四肢が吹き飛ぼうがさっさとあいつを倒して俺に楽させるために働け」
「どんなブラック環境なの?」
那谷のあんまりとも言える言葉に心底呆れる真衣。
そして、それを聞いていた田中は高笑いを始めた。
「あははは! 君さ、真衣ちゃんが君を養えるなんて本気で思っているのかい?」
「どういう意味だ?」
「例えこの場で僕が見逃してもさ、真衣ちゃんの人生は終わってるってことだよ」
そう言うと田中は一つの紙を取り出す。
それには真衣の手配書であった。
「真衣ちゃんはねぇ、王女の殺人未遂で追われてる身なのさ」
「なに?」
それを聞き、那谷は真衣の方を向く。
「真衣、お前が城から逃げた理由ってのはこれか?」
「……うん、そうだよ、全部私の『狂人』スキルのせいなの」
真衣の勇者スキル『狂人』。
真衣は召喚され、そのスキルに目覚めた時から真衣の精神を蝕んでいた。
誰でもいいから苦しめたい、殺したいと思うようになった。
しかし、そんな自分になりたくないと、真衣は必死にそれを拒んだ。
それゆえ、真衣は王女に頼んだ。
自分のスキルをどうにかして欲しい、元の世界に返して欲しい、自分はただ幸せになりたいだけなんだと王女に懇願した。
しかし王女はその願いを聞き届けることはなかった……否、王女は真衣の願いを叶える力を持っていなかったのである。
王女がそれを伝えた時、真衣の心は一瞬怒りに支配された。
そして、気がついたら真衣は王女の胸を刺していた。
周りが騒然となり、真衣を捕える為城の兵士が真衣を捕まえようとする。
だが、正気に戻った真衣は捕まったら殺されると本能的に察し、城から逃げた。追っ手がきにくいよう深い森を体力の続く限り走り続けた。逃げ切ったら助かるかもしれない。まだ幸せに生きる道があるかもしれない、その小さな希望を抱きながら……。
「那谷君と会った後はね、上手く狂人スキルと付き合おうと思って、狂人を演じてたんだけど……結構大変だったんだよ? 気を抜いたら誰かを殺しちゃいそうだったし、山賊と戦った時も本当はなるべく死なないようにしてたんだ」
「よく俺を殺さなかったな?」
「うん……本当はね、すごいクズ男だなって今でも思ってるけど、那谷君にはすごい感謝してるんだ。狂人だって分かってもそばに居てくれたし……村を出るって言った時も一人で生きていくつもりだったからさ、那谷君がついてくるって言ってくれた時……本当はすごい嬉しかったの。だから殺す気が起きなかったんだ。……でも、もう私のヒモになりたいだなんて思えないよね。指名手配されてるって事は、私と一緒に来ても待ってるのは逃亡生活だから……那谷君を養うなんて私には出来ないから……ごめんね……」
「何勝手に決めてやがるんだ?」
「え……?」
罵倒や文句を言われると思っていた真衣はキョトンとし、那谷は呆れ顔で真衣に話す。
「俺はお前のヒモを辞めたいだなんて思っちゃいねぇぞ」
「え……でも……」
「と言うか狂人に支配されたくせにやったのはただの殺人未遂かよ、しょぼいな」
「しょ、しょぼい……」
那谷の言葉で真衣の心にダメージ入る。
「後、狂人演じてたとか言ってたが、全然演じきれてなかったぞ? 狂人ってのは自己中心的で他人を厭わないやつのことを言うんだよ。狂人名乗るならしっかり狂人の意味知ってからやりやがれ。見てて滑稽だったぞ」
「こ、滑稽……」
必死に演じてたのに滑稽だと思われていたことにまた真衣の心にダメージが入る。
「挙句こんなところであんな調子に乗ったバカにやられるとか惨めだな」
「も、もう止めて……」
「誰がバカだ!? まあいい、そろそろ別れの時間は済んだだろう? もう面倒だから全部消しちゃおうか、『メテオ』」
田中が空に向かって手を挙げると、激しい熱風が巻き起こりながら
頭上に巨大な炎の玉が作り出される。
「おい、そんなでかいやつ作ってどうする気だ?」
「決まってるだろう? 村ごとここら一帯消し飛ばすのさ」
「おいおい、そんなことしたらお前とそこの山賊も巻き込まれるぞ?」
「僕は魔法で防御できるから大丈夫さ、山賊達も元々殺して村を襲った犯人に仕立て上げるつもりだったんだけどねぇ、もう面倒だからいいや。全部吹き飛んじゃえば証拠なんて残らないからね」
「「「「ボ、ボス!?」」」」
山賊達は裏切られたことにショックを受けその場に立ち尽くす。
「ふう、やれやれ」
那谷は、観念した感じで真衣の隣に座りこむ。
「何やってるの那谷君……早く逃げて……」
「めんどくせぇ、どうせ逃げても無駄だろあれは」
「……那谷君はこんな所で死んじゃっていいの?」
「……お前こそ、本当にここで終わっていいのか?」
「え……?」
「こんなところで死んで満足なのかよ?」
那谷の問いに、真衣は首を振る。
「満足なわけないじゃん……でも、もうどうしようも……」
「お前が真の狂人になればワンチャンスあるんじゃないか?」
「え……?」
思わず聞き返したが、真衣には那谷の言葉の意味がわかった。
狂人の勇者スキルは持ち主の精神に異常をきたす代わりに強くなる効果を持つ。
だが、真衣は今まで正気を保とうとしていたため、勇者スキルの力を完全に引き出せていない状態だったのである。
だが、それでも真衣は首を縦に振れなかった。
「嫌だよ、私はただ幸せに生きたいだけなのに……本当の狂人になったら……」
真衣の脳裏に、死体の山を作った自分が逃亡生活の上、処刑される未来が浮かぶ。
生き残ったとしても、そんな人生しか送れないならここで死ぬと真衣は言おうとするが……。
「狂人が幸せになったらいけないのか?」
「え?」
那谷の発言にその考えは霧散する。
「幸せな生活を送りたいんだろう? だったら狂人として幸せを掴めばいいだけじゃねぇか」
那谷の問いに真衣は困惑する。
狂人として幸せを掴む? そんな事許されるのだろうか?
「で、でも……」
「うるせぇ、と言うかこのままだと俺も殺されちまうじゃねぇか。とっとと狂人に堕ちて俺を助けやがれ」
「もう、少しは自分でどうにかしようっていう考えはないの? はぁ……那谷君はいつでもブレないなぁ」
「最初に言っただろ、俺はお前に他力本願しに来たってな」
「あはは、そうだったね。ねぇ、那谷君?」
「なんだ?」
「……だったら私も那谷君に他力本願する権利はあるよね?」
「おいおい、俺になにをしろって言うんだ?」
「私を幸せにする事、だよ」
真衣の言葉に、那谷はやれやれと言った感じで答える。
「なんだ、そんな事かよ」
「結構ハードルが高い事言ってると思うんだけど?」
「お前、自分が幸せになれねぇ状況で俺を養えるとでも思ってるのか? そのための面倒だったらやってやるよ。ま、最悪他力本願で乗り切るから安心しろ」
「うん、全然安心できないけど……約束、だからね」
「ああ、約束だ」
那谷と真衣は互いに握手を交わすと同時に、田中が作り出した『メテオ』の魔法が完成し、二人めがけて落ちてくる。
その中、真衣はゆっくり目を閉じた……。
真衣の心の世界。
真衣は光と闇の狭間に立っていた。
「……」
狂気が渦巻く闇の方から白い手が伸び、真衣絡んでくる。
真衣は抵抗せず、むしろ自分から歩み寄る。
その時、光の方から白い鎖が伸び、真衣を縛り引き寄せようとする。
これは深層意識による最後の抵抗。
良心、理性といった真衣の光の部分。
その抵抗は強く、真衣は必死に鎖をどうにかしようとするが、びくともしない。
その時……。
「邪魔か、鎖?」
那谷が隣に出現し、真衣に問う。
「うん、邪魔」
「そっか、じゃあその邪魔な鎖俺が斬ってやるよ『倶利伽羅剣』」
そう言うと、那谷の右手に剣が出現する。
刀身に竜が巻き付いたその独特な剣を、那谷は真衣を縛る鎖に向かって振る。
ガシャァンと音がし、真衣を縛る鎖はその瞬間完全に断ち切られた。
……一方、現実では真衣の体を那谷がその独特な剣で突き刺していた。
「おい、お前何やって……」
ドクン!!
田中が疑問を抱く暇はすぐになくなる。
真衣の鼓動が力強く鳴ると共に、真衣からドス黒い気配が放たれる。
そして、那谷は剣を引き抜くと、死ぬ寸前だった真衣の体がムクっと起き上がった。
「…………」
真衣は迫り来る『メテオ』の魔法を見ると、隠しておいた予備の包丁を取り出す。
そして、包丁を思いっきりぶん投げた。
ドォォォォン!!!
真衣の投げた包丁は『メテオ』の魔法を貫き、そして空中で爆発霧散した。
「……は?」
田中は理解が追いつかなかった。あれは田中の最強魔法であり、それがただの包丁で破られたことに。
だが、田中が思考を放棄する時間はなかった、メテオの魔法が消えたのを確認した真衣は、先程とは比べ物にならない速度で田中に襲いかかってきたのだ。
『フ、フレイムウォール』!!
田中は死の危険を感じ咄嗟に防御魔法を使った。
しかし、ほっとする時間は一切なかった。
なんと真衣はそのまま炎の壁に突っ込んできたのである。
「は!?」
炎の壁はマイの全身を焼く。服はもちろん真衣の全てを焼いていく。
しかし……。
「ぐは!?」
田中は何かの衝撃が走り倒れた。
そして気づくと、一矢纏わぬ真衣に馬乗りにされていた。
普通なら真衣の裸体に視線が入っていたかもしれない、だが、田中の視線は真衣の顔から目が離せなかった。
真衣の顔は炎により肉もただれ、骨すら見えていたが、それが瞬時に治っていくのが見えたのだ。
自然回復力の増加。勇者スキル『狂人』の能力である。
それは、真衣のボロボロの体も一瞬で治し、田中の強力な魔法のダメージすら上回っていたのだ。
そして、真衣は田中に向け腕を伸ばした。
「う、うわーーー!!! 『ブラストナックル』!!!」
田中は恐怖を感じ全力の『ブラストナックル』を放った。
それは真衣が伸ばした腕を消滅させた……しかし、それは無駄な抵抗だった。
真衣が吹き飛ばされた腕は、瞬時に再生したのである。
「嘘……だろ……た、たす……」
その言葉が最後まで出る事はなかった。
真衣はニヤァと笑い、そして田中を蹂躙し始めた。
「ギャァァァァァァァァァァァァァ!!!!!」
真衣の包丁はすでにない。
だから、真衣は手刀で田中を刺した、いや、掘ったと言う方が正しいかもしれない。
田中の骨、内臓を手で掘り中身を飛び散らせた。
田中の息が止まってもそれは続いた。
そして、田中が完全に人としての原型が無くなった所で真衣はようやく止まった。
「…………」
真衣はその場に立ち尽くした。
だが、正気を取り戻しショックを受けていたわけではなかった。
(楽しい……タノシイタノシイタノシイタノシイタノシイタノシイタノシイタノシイタノシイタノシイタノシイタノシイタノシイタノシイタノシイタノシイタノシイタノシイタノシイタノシイタノシイタノシイタノシイタノシイ)
「アハハハハハハハハハハハ!!!!」
真衣は全身が血で染まった姿で大きく高笑いをした。
その姿は狂人……いや、化け物だった。
そして、彼女の視線は次に山賊達へ向く。
「に、逃げろぉぉぉぉ!!!! ギャァァァ!!!」
逃げろと言った山賊が瞬時に真衣に殺される。
その後、真衣の殺戮が始まった。
あるものは四肢を引きちぎられ、あるものは心臓を握りつぶされ、あるものは全身の骨を砕かれた。
その光景を見ていた那谷は、満足そうな顔をする。
「おーおーやってるな。ま、心底楽しそうでなによりだ。ん?」
那谷は何かが光っていることに気づく。
その光が無くなると、そこには死んだはずの田中がいた。
これは回帰のアミュレットという、王族から勇者に渡された貴重な蘇生効果のあるマジックアイテムだった。
「はぁ、はぁ、はぁ」
田中は息を荒げていた。
真衣への恐怖、一度死んだというショック、そして、勇者スキルにより得た自信が崩れ去った事により。
「驚いたな、死んでも生き返るとかまるでファンタジーじゃねぇか。ってここは異世界だったな」
「ひぃ!?」
那谷が声をかけると、田中は後ろに倒れ怯え始める。
「お、お願いします、許してください! 僕は……そう、魔が差しただけなんだ!だからお願いじまずぅ!!」
田中は涙を流しながら頭を下げ、必死に赦しを乞う。もうそこには強者としての威厳も何もなかった。
「本当か? お前、躊躇なく皆殺しにしようとした感じかなり慣れてるだろ?」
「そ、それは……そうだ、俺は勇者だ! この罪は魔王討伐に尽力する事で償うから! だから命だけはぁー!!」
田中の命乞いに、那谷はやれやれと言った感じで答える。
「はぁ……しょうがねぇな。いきなり力を手に入れて酔っちまったてのもあるしな。わかった、今後は魔王討伐だろうがなんだろうが、その力をいい事に使え。それを誓うのなら許してやる」
「は、はい、誓います!!」
「わかった、なら真衣に気づかれる前にとっとと消えろ」
那谷はそう言って田中とは違う方向を向く。
田中は助かったと思いすぐに走り出すが、途中で冷静になりその足を止める。
田中は気付いたのだ。那谷はなんの力も持ってない。
いや、力はあるが、それが『他力本願』という、恐らく仲間を強化する勇者スキルである事に。
それなら急な真衣のパワーアップにも説明がつく。
という事は、自分が負けたのはこいつのせいで、自分が真衣に負けたわけではない。つまりこいつさえ倒してしまえば……。
ニヤリ……
田中は腕に魔法を込め、そして那谷に殴りかかった。
「死ねぇ!!」
「羂索」
那谷は左手から縄を田中に向かって投げた。青、赤、黄、白、黒の五色からなる縄を。
「え?」
縄はまるで意思があるかのように田中を縛り付ける。
田中は必死に振り解こうとするが、力が抜けなんの抵抗も出来ず地面に倒れた。
「おいおい、動けなくなるとかお前、もう相当腐ってんな」
「な……なんだよこれ……。まさか勇者スキルか!?お前、『他力本願』の筈じゃあ……」
「お前、俺の力をまさか他人を強化する事とか思ってねぇだろうな?」
「ち、違うっていうのか……!? じゃあ一体……」
「はぁ……お前日本人だろ。『他力本願』のもう一つの意味くらい知っとけ、ネットで調べれば一発で出るぞ」
「も、もう一つの意味……?」
他力本願、それは他人の力を当てにして自分の目的を達することを言う。
しかし、この言葉には真の意味がある。
他力、それは本来他人の事ではなく“仏”を指す言葉。
つまり、『他力本願』というのは仏様の力の事なのである
それを聞いた田中は激しく動揺する。
「ほ、仏のちからぁ!? そんな勇者スキル城で聞いた事が……」
「そりゃそうだろ。俺は城に行ってねぇし、そもそも俺は勇者じゃねぇぞ?」
「は!? だがお前も勇者スキルを……」
「わかりやすくスキルとは言ったが、“勇者スキル“だなんて俺は一言も言ってねぇぞ」
「ゆ、勇者じゃないだと……じゃあ、お前は一体……」
「いや、ここまで来たら分かれよ。じゃあこうすればわかるか?」
那谷があぐらをつくと、那谷の背中から炎が現れる。
そして右手に竜が巻かれた剣、左手に五色の縄。
最後に長い髪を左に三つ編みにした髪型。
ここまで来ると田中でも正体がわかった。
「ふ……”不動明王“!?」
不動明王、それは五大明王の中心である
右手の倶利伽羅剣は人の穢れを祓い、左手の羂索は穢れを捕縛する。そして背中の曼荼羅炎は穢れを焼き尽くす。
その力を持って人を正しい方向へ導く仏様である。
「はぁ……ここまでやんなきゃわかんねぇのかよ。面倒くせぇ」
「な、なんで異世界に……」
「色々事情があんだよ。さて、お前の疑問も晴れたしもう言い残す事はないな?」
そう言うと那谷は倶利伽羅剣に曼荼羅炎を纏わせる。
「ひぃ!?」
「悪いが、お前はもう救いようがねぇ。その腐った性根、焼き尽くしてやるよ」
那谷が倶利伽羅剣を振りかぶると、再び田中は命乞いを始める。
「ご、ごめんなさぁい!! お願いします! 許してください!!」
「それはもう聞いた」
「そ、そうだ! 仏様って三回まで許してくれるんですよね!! だったらまだ二回目です! まだ一回残ってます!」
「…………はぁ」
那谷は大きなため息をつくと、田中を縛り上げていた羂索を戻し、曼荼羅炎と倶利伽羅剣を消す。
「わかった、命乞いしてる奴を斬る趣味もないしな」
「あ、ありがとうございます!!」
田中は仏に許された事で心の底から安心した。
しかし。
「ま、もう時間切れだけどな」
田中は忘れていた。
一番の脅威を。
「タツロウクン、イキテタノ?」
「あ……」
声が聞こえ、田中が振り返った先には山賊を皆殺しにし終えた真衣の姿があった。
「あ……あ……」
「ヨカッタ♪ モウイチドコロセルネ♪」
「お前が選んだ道だ。精々来世は真っ当に生きな」
「ギャァァァァァァァァァ!!!」
田中の断末魔が響き渡る。
そして彼の命は今度こそ潰えるのだった。
……それから数日後、村は田中と山賊に荒らされたものの、村人の多くが働きに出てる時間帯だったこともあり、奇跡的に死亡者はいなかった。
ただ、建物に多くの被害が出たので、村は復興作業に追われていた。
そして、その一角には見知った3人組もおり……。
「畜生、真っ当に生きたいとは思ったがまさか強制労働させられるとは……」
「仕方ねぇだろ、襲ったのは事実なんだからな」
「まあ命があるだけマシだな」
以前真衣にやられたこの三人は、田中と真衣が戦い始めたその隙に逃げだし奇跡的に生還していた。
ただ、避難した村人たちと鉢合わせしてしまい、その場で捕縛。
その後、村を元に戻す手伝いをさせられる事になったのである。
そしてその近くにもう一人見知った顔がいた。
「えい、えい、えーい!」
そういいながら剣の修行をしているのはリコ。
彼女は村が襲われた時、何も出来なかった事悔やみ、強くなろうと決意したのである。
そんな彼女の目標は。
「いつか真衣お姉ちゃんみたいに強くなるんだから!」
「「「あの女を目標にするのはやめろーーー!!!」」」
リコが包丁を振り回す想像をして、恐怖した三人であった。
その頃、とある森の中。
「助けてくれーーー!!」
「ば、バケモノだーー!!」
森に響く山賊の声。
彼らは森に潜む魔物……ではなく襲いかかった少女に逆に襲われていた。
「つ・か・ま・え・た♪」
「ギャァァァーー!!!」
山賊達は次々と真衣によって惨殺されていく。
後には山賊達の死体と血塗れの真衣が残っていた。
「あー楽しかった♪」
「余韻に浸ってるところ悪いが、供養するから死体を一箇所に集めてくれ
「はいはい、面倒くさがりなのにそこはしっかりするんだね」
「ま、一応仏だからな」
そうして倒した山賊達を火葬し、しっかりと供養すると二人はまた歩き出す。
二人は田中と山賊を倒した後、真衣が標的だった事と、真衣によって惨殺された山賊達を見てすぐに村を追い出された。
ただ、事前に村を出る準備をしていたので二人はそのまま予定通り人気のないところを進み国を出ようとしていた。
「それにしても……もっと理性を失った獣って感じになると思ってたのに……人を刺したり殺す事に全く躊躇なくなっただけなんだよね」
「そりゃそうだろ。お前は支配されたんじゃなくて受け入れたんだからな。むしろ迷いがなくなって気分がスッキリしただろ?」
「うん。……ねぇ、いくつか聞きたいことがあるんだけど良いかな?」
「なんだ?」
「那谷君の剣って迷いを断ち切ってくれるんだよね」
真衣は、自分が狂人を受け入れた時のことを思い出しながら言う。
「ああ、煩悩とも言うな」
「もしかしてなんだけど……私と最初に会った時も使った?」
「ああ、使ったぞ」
「やっぱり」
真衣は、狂人に堕ちた時、城を出た後のことを思い出していた。
その時真衣は、森で魔物の群れに襲われ死にかけたのである。
そして絶望し、狂気に支配されたのだ。
その後、森で魔物相手に殺戮を繰り返した後、体力が尽き気を失ったのである。
「気を失ってる間に、私の狂気の部分を祓ったんでしょ。 だから私起きた時正気に戻ってたんだよね。でも、なんでその時狂気を全部祓わなかったの?」
真衣の疑問に、那谷は小さくため息をつきながら答える。
「単純な理由だ、祓えなかったんだよ」
「え?」
「お前の勇者スキルのせいだ」
「あ……」
「祓っても祓ってもそいつがお前の狂気を生み出し続けてやがったんだよ。元の世界にない力だからな、俺にはどうしようもなかった。全くこんな事は初めてだ、本当にめんどくせぇ……」
「そうだったんだ……」
苦虫を噛み潰したかのような顔をしながら言う那谷を見て、本当にどうにもならなかったんだと真衣は理解した。
「ま、だから発想を逆転していっそ堕とした方がいいと思ったわけだ。」
「でも、悪人を生み出すのって仏としてそれはいいの?」
「狂人=悪人ってわけじゃねぇぞ。少なくとも、お前はまだ悪人しか殺してねぇし悪人ってわけじゃねぇだろ」
「王女の殺人未遂については?」
「異世界召喚犯を懲らしめたって事にしとけ」
「そんな言葉初めて聞いたよ」
那谷とのやりとりで、真衣はほほ笑みを浮かべながら空を見る。
「ねぇ那谷君、私幸せになれるかなぁ?」
「手伝ってやるが結局はお前次第だな。俺はお前のヒモになって毎日ぐうたら生活送れるならいいぞ」
「那谷君前から思ってたけど、それ私じゃなきゃダメなの?」
「ダメだな、手伝うって約束しただろ」
「……?」
那谷の言葉に違和感を覚える真衣。
「那谷君……もしかして、何かと理由をつけて私と一緒にいようとしてる?」
「……」
「それって、私を助ける為?」
「……」
数秒那谷は沈黙し、そして観念したかのように口を開いた。
「仏が苦しんでる奴を見過ごすなんて出来るわけねぇだろうが」
「ぶ、あははははは!!!!」
真衣は久しぶりに大笑いした。
狂気の笑いではなく心からの笑い。
「なんだよ」
「だって!! まさか那谷君がツンデレだったなんて!! 可笑しすぎて……あははははは!!」
「あーくそ、めんどくせぇ……」
バツが悪い顔をする那谷。
そして、真衣はしばらく笑った後那谷に向かって笑顔で言った。
「これからもよろしくね♪ しっかり私を幸せにしてよね♪」
「ま、他力本願でどうにかしてやるさ」
そして、幸せを求める狂人の殺人鬼と、他力本願な男の旅は続く。
二人がどこへ行くのか? 魔王と勇者の戦いはどうなるのか? 二人はそれに関わることになるのだろうか?
それはまだ誰も知らない。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
仏や狂人の説明は正直にわか知識で書いたのであくまでこの話限定での設定と思って下さい。