第九章 メヒコ・ザ・グレート・スーパー・スター④
「でかしたぞ、クラウディア・・・さすが我が妻」
フェニックス・へメロを背後から襲い、自分を救った妻をバレラはねぎらった。
クラウディアは、はにかむように笑った。
二人は階段を駆け降り、生体認証で開かれた部屋に入る。壁一面に裏帳簿や闇取引のファイルが並ぶ。
バレラは床を踏み鳴らす。
コン、と響く音に混じり、ひときわ鈍い反響が返る。
彼はにやりと笑い、タイルを持ち上げた。
現れたのは地下への縦穴。裸電球が遠くまで続き、脱出口が光っている。
バレラは先に降り、異常がないことを確かめて妻を呼んだ。
「ごめんなさい……あなた……」
穴の縁でクラウディアが顔を覆っている。妊娠した身体には、穴が狭すぎた。
ため息をつき、バレラは戻って妻を抱き寄せる。
「いいんだ」
「愛しているわ」
「俺もだ」
銃声が部屋に弾けた。
クラウディアの胸に血が広がる。
「なぜ……」と目だけで問いかける妻を、バレラは見下ろす。銃口から細い煙が立ちのぼる。
彼は支えもしなかった。崩れ落ちた妻と、腹の子を置き去りにして、冷たく蓋を閉じる。
ーーーーーーー
「パウロ……大丈夫よね?」
祈るようなエスペランサの声が、暗いダスト・シューターに響いた。
青い光はすでに消えている。
フェニックス・へメロのマスクをかぶったパウロは、肩を回し、首を鳴らし、深く息を吸った。
それはまるでゴングを待つレスラーの姿だった。
両頬をパンッと叩く。肩、太ももを続けざまに打ち、「シャッ!」と短く叫ぶと、壁へ飛びかかった。
ドンッ! 足裏が壁を蹴る。
ターンッ! 反対側へ跳び移る。
タンッ! さらに上へ。
ジグザグとシューターを駆け上がり、落とし口から顔を出すエスペランサの横を、風のように駆け抜ける。彼女の髪が大きく揺れた。
そしてフェニックス・へメロとなったパウロは、さらに――上へ!
ーーーーーーー
フリオは先程までフェニックス・へメロであったはずの遺体を脇に投げ捨てる。
「どうなってんだ、ちくしょうっ」
床にしゃがんだまま、辺りを見渡すと手下たちが床に転がっている。
動けるやつ、生きているやつはいないかと、声をかけるが返事はなかった。
フリオは息を整え腰を上げる。
バレラの後を追おうと決め、部屋の出口へと向かった。
あと数歩で廊下に出るところで、フリオは背後に殺気を感じて振り返る。
落とし穴から飛び出してくる影が目に飛び込んできた。
「なッ⁉」
フリオは驚きの声を飲み込んで、横っ飛びに銃を放つ。
マントを翻して、影が着地する。
その姿を目の当たりにして、フリオはゴクリと喉をならした。
「テメェは・・・へメロ⁉いや、坊主なのか⁉」
双頭の鷲のマスクを被った男は、月のマントの下から僧服を覗かせている。
しかも、その僧服には自分が放った銃弾によって穿たれた穴が数多ある。
へメロのマスクを着けたパウロ?が、その胸元の弾痕を見せつけるようなポーズを取る。
「なんなんだ、テメェはよォ!!!」
フリオは叫びながら銃爪を引いた。
へメロが月のマントを翻す。
銃弾がハラリと振り払われ、バレラが座っていた椅子の背が弾け飛ぶ。
「クソが!クソが!」フリオは叫びながらへメロに銃弾を浴びせたが、無駄だった。
マントにはじかれ銃弾はあらぬ方へと着弾した。
カチッ、カチッ・・・フリオの銃が弾切れを起こす。
フリオは銃をへメロめがけて投げつけた。
ゴツっ!銃がもろにへメロの頭部を直撃する。
へメロが手を震わせて頭部を庇いながら、痛みに呻く。
――いける!
フリオは前屈みになったへメロの顔を蹴り上げる。
「ぐふッ」と声を上げ、へメロが仰け反る。
フリオは、蹴り上げた確かな感触に、勝利を確信する。
だが、へメロは倒れない。
フリオに両手を向け、もうやめてくれとでも言うように手のひらを振っている。
「ふざけんてんじゃねぇぞ!」
へメロの顔面を殴りつける。
フリオのパンチはへメロの顔面を完璧に捉えた。
へメロは壁まで吹っ飛んだ。
だが、へメロは膝をカクカクさせながらもまだ立っている。
「クソがぁああああ!!!」
フリオは叫びながらへメロの腹めがけて蹴りを放った。
ガツン!
衝撃が走ったのは、フリオの足だった。へメロの腹を蹴り抜いているはずが、固い壁を蹴っている。
「うぐぅ!!!」
足を抱え、飛び跳ねるフリオ。
そのフリオの周りを、へメロが軽やかなステップを踏みながらくるくると旋回している。
敵の攻撃を避けず、躱さず、すべてを受けてこそルチャ・リブレ――
そう言わんばかりに、へメロが得意げにフリオを見据え、軽やかなステップを踏んでいる。
フリオは、へメロが攻撃の隙を窺っているのではないことに気付いた。
彼は自分が体勢を立て直すのを待っているのだ。
「クソッがぁあああ!!!」
フリオは渾身の力を込めて右腕を大きく振り抜く。
へメロがふわりと躱し、背後に回る。
「フンッ!」
フリオは振り向きながら、もう一方の腕を大きく振った。
その攻撃を、サッと躱したへメロが、再度背後へ回り込んだ、次の瞬間――
へメロの左腕がフリオの頭に巻き付いた。へメロが反転しながらフリオの脇に身体をねじ込んできた。
その勢いに巻き上げられるようにフリオの体が宙に浮いた。
――ゴフッ!!
自身の体重をすべて脳天で受け止めるかたちでフリオの体が固い床に突き刺さる。
フリオの頭は割れて、脳漿が辺りに飛び散った。
今回で最後と言っておきながら、終われませんでした・・・すいません!
必ず書き終えますので、今しばらくお付き合いください!!!




