第九章 メヒコ・ザ・グレート・スーパー・スター①
鷲が舞い降りたかのうような見事な三点着地を決めたフェニックス・へメロ。
その姿が月明かりに浮かび上がる。
リングで観衆の目線を一身に集めているかのように、フェニックス・へメロが立ち上がる。
その神々しい姿に息を呑むのはパウロだけではなかった。
カルテルの手下たちもフェニックス・へメロに銃を向けながら唖然として見惚れていた。
「続け!パウロ・ガウェイン!!!」
雷鳴のような声が響き、パウロは我に返る。
バイクを急発進させ、崩れた門扉を踏み台に、夜空へ舞い上がるように敷地へと飛び込んだ。
カルテルの手下たちも我に返り銃爪を引く。
銃声が響き、弾丸がヒュッとパウロの耳を掠めた。
パウロはバイクの後輪をスライドさせ正面を敵に向ける。
ヘッドライトに浮かび上がる敵の一団。
向けてくる銃口から火が爆ぜるのが見えた。
パウロはアクセルを全開にして、バイクを飛び降りる。
無人のバイクが敵に向かって、すっ飛んでいく。
パウロは彫像の影に身を隠し、フェニックス・へメロを目で追った。
パウロは信じられないものを目にする。
へメロがバク転で銃弾を躱しながら、敵へと襲いかかったのだ。
月を背に、フェニックス・へメロが舞い上がる。
クアウトリ・ピリ――鳥神の化身。
次の瞬間、敵のど真ん中へボディープレス。
ズゥンッ! 轟音とともに数人が押し潰された。
相撃ちを恐れ、発砲できないカルテルの一団。
「距離を取れ!」リーダーらしき男が叫ぶ。
へメロがすかさず、叫んだ男の肩にサッと飛び乗る。
両膝で男の頭を挟むと、勢いよく身を仰け反らせて地面に叩きつけた。
敵の一団に動揺が走る。
へメロが更に襲いかかろうと身構えた時――
バァン!
銃声が響いた。
屋敷のバルコニーから放たれた一弾がへメロの頭を撃ち抜いた。
へメロの頭から鮮血が弾け飛ぶ。
パウロはバルコニーでヤッたとばかり手を挙げている狙撃手を撃った。
撃たれた男が仰向けに倒れる。
「へメロ!!!」
パウロは銃爪を引き絞り、叫びながら駆け出した。
ーーーーーーー
リカルド・バレラのグラスに年代物のワインが注がれる。
それを口に含む。
「気に入らねぇ・・・」
バレラの呟きに、給仕の顔が緊張する。
その時だった――
ドガーンと屋敷が震えるほどの轟音が響き渡った。
「……何事だッ!?」
思わず身を竦めたバレラは、眉をひそめ窓際へと歩みかける。
「エル・カルニ!」
血相を変えたフリオが駆け込んでくる。
「襲撃です! 奥へお下がりを!」
「誰の仕業だ!」
「へメロとパウロが二人して乗り込んで来ました!」
「なんだそりゃ!どうなってやがる!」
ーーーーーーー
「おい、月のマントを取り戻したってのは、本当なんだろうな?」
屋敷に向かう群衆の中、男がカロリーナに問いかける。
「ええ、パウロ神父がそう言っていたわ」
男は泣き笑いの表情を浮かべて「やっとだ・・・やっとだ」と呟いた。
「何の話し?」
「リカルド・バレラが月のマントの加護を失ったってことさ・・・
奴にも終わりが来たんだ」
「意味がわかりません」
「その時が来たってことさ」
これ以上、聞いても無駄だと思ったカロリーナは、合流してからずっと疑問に思っていた事を口にした。
「ねぇ・・・あなたたちは何者なの?」
男が満面の笑みで答える。
「我らは、クアウトリ・ピリの遺志を継ぐもの
われらはフェニックス・へメロであり
わたしはフェニックス・へメロである」
カロリーナはうんざりした、男たちは合流してからずっと、そのセリフを叫び続けている。
頭がどうにかなりそうだ。
ああ〜とため息をついて顔を上げた時、前の男の背にぶつかった。
「なに⁉」
カロリーナは、急に立ち止まった男を非難するように声をあげる。
男の手にはルチャ・リブレのマスクが握られている。
カロリーナにも見覚えがある、フェニックス・へメロのマスクだ。
男がカロリーナを見つめてくる。
「なに⁉」カロリーナが再度声を上げる。
「その時が来たってことさ」男はそう言うと、マクスを被った。
カロリーナが見ている前で、男の体が発光した。眩しくて目を閉じる。
再び目を開けた時、目の前にフェニックス・へメロがいた。
両の拳を腰にあて、胸を反らしてポージングしている。
「なに!?」もう訳が分からない。
「我に続け!!!」
そう叫ぶと、フェニックス・へメロは飛び上がり、矢のように屋敷の方へと飛んでいった。
ーーーーーーー
「へメロ!!」
パウロは敵の一団を掃射しながら倒れたへメロに駆け寄る。
へメロを抱きかかえ、エントランス前の噴水の影に身を伏せた。
そこに銃弾が襲いかかる。
応戦するパウロ。
「へメロ!!」
パウロは運んできたへメロに向き直る。
「誰だ?」
フェニックス・へメロを運んできたはずが、似ても似つかない痩せた男が横たわっている。
ハダケた胸元から、自分と同じ、あの烙印が見えた。
「なんだ?何が起こっている?」思考が追いつかない。
「パウロ・ガウェイン、ここは我に任せて、先へ行け!」
パウロは声がする方を振り仰ぐ。
噴水の彫像のてっぺん、小便小僧の頭の上にフェニックス・へメロが立っている。
両腕を胸の前で組み、体全体で覗き込むように傾げてパウロを見下ろしている。
すぐに敵からの銃撃が噴水に集中する。
その銃撃を宙に舞ってかわすへメロ。
へメロを追って銃撃が噴水から逸れていく。
その隙に、パウロはエントランスへと突入した。