妹になった俺と、男に目覚めた妹――奪われた身体を取り戻すための歪な駆け引き
ある日のこと。俺――楓はリビングへ向かいながら、なんとなく「妹はいいよなぁ」と考えていた。
妹・遥は小柄で可愛らしく、家族の中でもどこか“自由”に見える。
いつでも甘えられるし、両親や周りからは守られる存在。
一方、俺は兄としての責任や期待があり、日々そこから逃れられない。
――妹になれるなら、もっと気楽なんだろうか。
そんなぼんやりした思いを抱えたまま廊下を曲がった瞬間、向こうからやってきた遥と勢いよくぶつかってしまった。
「うわっ、ごめん!」
思わず声を張り上げてしまうと同時に、視界がぐるん、と反転する。
突然のめまいに襲われ、倒れそうになるが、不思議と痛みは感じなかった。ただ、“一瞬”の暗闇の後――
「……え?」
目を開けると、そこに見慣れた自分の身体……ではなく、俺とは違う小柄なシルエットが映っていた。
「なんだ、これ……?」
手を目の前にかざす。細い。肌もやわらかい。声を出そうとすると、予想外に高いトーンが響く。
まさか、入れ替わった――? そう思った瞬間、廊下の向こうで“俺の身体”が立ち上がりながら、驚いたように呟くのが聞こえた。
「お、お兄ちゃん……? ど、どういうこと……?」
こうして、俺と遥の奇妙な入れ替わりが始まったのだ。
入れ替わりの初日は、ただただ混乱したまま過ぎていった。
結局、その夜は説明をする余裕もなく、お互い困惑しつつも翌朝を迎えた。
しかし、何より奇妙だったのは、遥の身体で感じるすべてが、“過剰”と言えるほど敏感に伝わってくることだった。
シャワーを浴びるときや、衣服が肌にこすれるとき――自分が知っているはずの感触が、なぜか何倍にも増して感じられる。
夜、布団に入って目を閉じるときには特にそれが顕著で、身体がゾワリと落ち着かない。
「な、なんだよ、これ……」
あまりにも生々しい感覚に、最初は恐怖すら覚えた。
まるで“この身体”が俺の思考とは別に、自分の欲求を主張しているように感じられて仕方がないのだ。
ある日のこと。シャワーを浴びようと風呂場に行くと、なぜか備え付けてあったはずのお気に入りのシャンプーのボトルがほぼ空っぽになっているのに気づいた。
慌てて飛び出すと、ちょうど「兄の姿」をした遥が風呂場から出てくるところだった。
「ねえ、お兄ちゃん、私のシャンプー勝手に使ったでしょ? 高かったのに……!」
とっさにそう言った瞬間、自分で言葉を発しておきながらハッとする。
――“お兄ちゃん”と呼ぶ感覚が自然になっている。しかも、「私のシャンプー」だなんて。
「あ、ああ……あれ? 普通のと何が違うんだ? 匂いが良かったから、つい……」
男の声で返事をする「遥」を見ながら、思わず顔が熱くなる。
なぜこんなに腹が立つんだろう。昔なら「まぁ仕方ないな」で済んだはずが、この身体だと、どうにも感情が昂りやすい。
――これも“妹の身体”の影響なのか。
まるで、身体そのものに自分が引きずられているようで、怖い。
「(本当に……こんなの変なのに)」
目の前の“兄になった遥”が、どこか楽しげに俺を見やる。
その視線が、なにか“興味”を含んでいるような気がして、背中にゾクリとした感覚が走る。
一方、兄の身体に入れ替わったはずの遥は、最初こそ戸惑っている様子だったが、次第に“男の身体”を扱うことを楽しむようになっていった。
実はこの世界では、“自分の身体に対する性的な興味”が、魂を肉体に強く定着させる一因になるらしい。
男としての強い身体的欲求を覚えはじめた遥は、加速度的に「男」に近づいていったのだ。
入れ替わって数日後。
遥――いや、“兄として暮らす遥”は、驚くほど自然に男の身体に馴染んでいた。
見た目も言動も、以前の妹の頃とはまるで違う。
俺――“妹として暮らす楓”は、夜ごと押し寄せるこの身体の欲求と戦いつつ、どうにか元に戻る方法を探っていた。
そんなある日、遥が俺に不意に声をかけてきた。
「ねえ、“はるか”。実は、入れ替わりについてちょっとわかったことがあるんだ」
“はるか”と呼ばれ、俺はドキッとする。妹としての呼称に慣れてしまいそうな自分が怖かった。
「わかったこと……?」
遥は男の体格で肩をすくめながら、少し得意げに言う。
「どうやら、“同時にお互いの立場を強く望んでいて”、なおかつ“密着”することで入れ替わりが起こるらしい」
「それって……あの日、ぶつかったときに、同時に『妹はいいよな』と『兄はいいよな』って思ってたから?」
言いながら、俺は当日のことを思い出す。
確かに、ぶつかる前、俺は心の中で「妹って楽そうだな」なんて羨んでいた。
遥のほうは「お兄ちゃんでいたら自由そうだな」と思っていたのかもしれない。
遥は軽く笑う。
「そう。だからあのとき入れ替わってしまったんだと思う。単なる偶然かもしれないけど、これは事実みたい」
それを聞いて、俺の中に希望が芽生えた。
――じゃあ、また「元に戻りたい」と同時に思って、身体を密着させれば、戻れるんじゃないか?
けれど、その期待は次の瞬間に打ち砕かれることになる。
夜、リビングで向かい合う形で座った俺たちは、話し合いを始めた。
「今すぐやってみよう。お互い『元に戻りたい』と思えば、いけるんじゃないか?」
俺がそう言うと、遥はわざとらしく首を振る。
「悪いけど、“かえで”の身体を返すつもりはないんだ」
「は……? ちょっと待てよ。ふざけるな。お前、俺の身体を……」
「だって、こっちのほうが快適だし、面白いんだ。もう自分が男として生きていくのも悪くないと思ってる」
面白いーその言葉に、ゾクッとする。“俺”の体で、一人で、何をしてるんだ……
「逆に、“はるか”だって、『妹の身体』をそれなりに楽しんでるんじゃないの?」
そんなはずはない。それなのに、はっきり「返したくない」と言われた瞬間、頭が真っ白になる。
つまり、遥は本気なのだ。このまま二度と戻すつもりはない。
絶望が胸を締め付ける。けれど、諦めるわけにはいかない。どうすればいい? ここで取るべき最後の手段とは……?
俺は一計を案じ、わざと遥を挑発することにした。
鍵となるのは、“性的な興味が身体への定着を加速させる”という事実。
俺の元の体、楓の姿でいるあいだ、遥は男としての欲望をどんどん強めてきた。
逆に、そうなってしまえばこそ、“妹の身体”への性的興味を持つ可能性があるのではないか――という逆転の発想だ。
「……お兄ちゃん、“女”の身体って、面白いんだよ」
そう笑いながら言うと、遥の目が一瞬だけ揺れた。俺の“妹の身体”を見つめる視線が、微妙に熱を帯びている。
それを見逃さず、俺はさらに言葉を重ねる。
「いろんなとこが敏感で……ねえ、知りたい?」
男として定着しつつある遥――つまり、今は“兄”の身体を持っている存在――が、それを聞いてゴクリと唾を飲む気配がした。
その一瞬、“性的好奇心”が遥の理性よりも強くなる。まさにそれが狙いだ。
遥は無意識のうちに、俺――“妹”へ向けて身を乗り出してくる。
「――――っ!」
そこに起こる、あの感覚。視界が反転し、身体の奥底がぐるぐると回転していくような――。
またしても、強烈なめまいが起こるのを感じた。
「まさか……」
それは、“二人が同時に強く思った”からに他ならない。
遥が“妹の身体”への興味を抑えきれず“知りたい”と願い、俺は“この身体を元に戻したい”と強く思った。
しかも、俺たちは密着と呼べるほどの至近距離にいる。
結果は言うまでもない――
気がつくと、俺――楓は自室のベッドで目を覚ましていた。
腕を動かすと、以前の自分の腕だ。声を出してみると、低い男の声。
慌てて隣の鏡を見れば、そこには紛れもない“俺”の姿があった。胸を撫でおろす。どうやら、成功したらしい。
一方で、妹の遥はというと、部屋の外で俺の元へ駆け寄ってきた。
妹の姿をした遥が、少し憮然とした表情でぼそりと呟く。
「……最悪。お兄ちゃんの策略にハマった」
どうやら、遥はその瞬間の“好奇心”を引き金に、意図せず入れ替わりを起こしてしまったのだ。
それでも、元に戻った安堵と、今後どうなるかという不安が同時に湧き起こる。
あの体験を通して、自分の中にあった「妹への羨望」は思った以上に強かったし、一方の遥も「兄の身体」でしか得られない快感を覚えてしまった。
そして何より、いつまた“同時に入れ替わりたい”と思ってしまうのか分からない。
生活をしていれば、ふとした瞬間に「兄がいい」「妹がいい」と感じることがあるかもしれないのだ。
――だが、今はとりあえず、日常が戻ってきた。
大きく息を吐いて、俺は考える。もし、また入れ替わりが起こったら……今度こそ完全に“あっち”の身体へと馴染んでしまうのかもしれない。
その恐怖と、ほんのわずかな興味を心の片隅に抱えながら、俺と妹の日常は続いていく。
読んでいただきありがとうございます!
少しホラーな内容ですが、楽しんでいただければ幸いです。
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