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玻璃の静謀  作者: ガリ
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玻璃の静謀4

「やった!”松平氏子息と伊達氏令嬢、婚約発表直前の熱いキス”今夜の発表と並ぶスッパ抜きだぜ」

小林隼人は窓際のカーテンにもたれかかりながら手にした小型カメラをダークスーツの内ポケットにしまいこんだ。年の頃は24、5という所だがどこか愛嬌のあるひょうきんそうな顔付きややくざな風来坊といった感じのその様子はタキシードとトレスの会場にあってそのままでも充分目立ったのだが、明らかに借りものとわかるダークスーツのせいでよりー層違和感を醸し出していた。

さて煙草でも出して一服しようかと隼人が懐に手をやった時、かなり印象的な人物が3人、彼の傍らを通り過ぎて行こうとした。先頭はブルーのドレスの女性。あまりにも勢いよく通り過ぎたので、隼人にはそれが伊達令嬢だということもわからなかった。続いて来たのは純白のタキシードに朱い唇の男装の少女と見紛うばかりの美少年。

『お、松平雪臣ーまいいか、人並みの質問は婚約発表があってからでな』

隼人はそのまま雪臣と後に続く人間も見送るつもりだったのだがー。

「恭四郎…但馬四郎か?」

彼の視線は黒いタキシードを隙なく着こなした恭四郎の上に止まった。無表情に隼人を見返した恭四郎の顔にも徐々に親しげな表情が浮かんでくる。

「恭四郎、俺だよ。小林隼人、まさか忘れちゃねよな。え、ライフル部の看板男?」

「小林ーあの隼人か?」

「おう、大学を卒業して以来一度も会わなかったのに、こりゃまた妙な所で鉢合わせだな。元気にやってるのか?」

日焼けした顔を破顔させて隼人は豪快な笑い声をたてた。

「ああー」

恭四郎の方もそう大した変化は見せなかったが、普段雪臣以外の者が滅多に見ることのない笑みを浮かべて、久しぶりの再会を果した友人に答えようと口を開きかけたが。

「恭四郎ー?」

前方から聞こえた細くよく通る声に友人達の再会はしばし中断された。彼らの前には小首をかしげた雪臣が訝しげな表情で立っていたのである。

「あ、雪臣様申し訳ありません。珍しい所で友人に会ったものですから…こちら、大学時代の友人で小林隼人といいます。隼人、こちらはー」

「知ってるよ。政治界の大物松平桂之介氏の愛息子、松平雪臣君…だろ?こんな別嬪さん1度見たら忘れやしねえって」

別嬪さんという女性容姿のほめ言葉に雪臣はムッときたらしい。細い眉を吊り上げながら不機嫌そうにつぶやいた。

「ふ…ん、友人ーね。恭四郎と同じ政治学部か、俺も有名なんだ。自分の知らない人間に顔知られてるとは」

「そりゃあんた父親が大臣、加えて生い立ちから現在までの複雑な家庭環境、更にそのルックスときちゃあ、モロ売れセンだよ。おまけに今夜婚約発表となれば黙ってるってほうは」

雪臣は吊り上げた層をもう一段階吊り上げて隼人の顔を見つめていたが、やがて恭四郎にそっと目配せをしながらその言葉を遮った。

「へえっ、売れセンって何の?ここんとこ選挙なんてなかったはずだし、俺政治家じゃないんだけど」

「隼人…そういえばまだ、お前の仕事の事を聞いてなかったよな。何してるんだ?ここにいるからには政治か実業界のどちらかに属しているんだろうが…」

肩越しに雪臣の目配せを受け止めてその意味を察した恭四郎は、言葉に詰まった隼人にさりげないポーカーフェィイスで追い打ちをかけた。

「う、うんーそう!俺、政治家の秘書になったの。いやぁなかなか大変でね」

「ああ、本当だな」

恭四郎の口許に苦笑が浮かぶ。それを不吉なものでも見るようにして隼人は途切れ途切れにつぶやいた。

「ー本当にだなって…まさかお前ー?」

「ああ言い忘れてたけどな、俺も秘書になったんだ。松平桂之介先生のな。今はこの雪臣様の保護者代理を仰せつかっているーだが隼人…不思議だな。俺は今夜ここに来ている先生方の秘書とは大部分顔見知りなんだが、これまでにお前と会ったことはただの1度もないー」

「は、ははっ…秘書ったって大勢いるだろ」

「そうだな、全員の顔を覚えてるはずもないしな」

「う、うんうん」

「じゃ、どうして婚約発表が今夜云々なんて言った?ここににいる人達は綾さんと俺の噂話ぐらいは知ってるだろうが、今夜どうこうなんてことまでは知らないはずなんだけどなぁ」

雪臣は獲物を追いつめた猫のように嬉しげに目を細めた。と、ほぼ同時に恭四郎が隼人の前に進み出てその懐に手を伸ばす。

「あっ!!」

まさにあっという間だった。恭四郎の右手にはさっき、隼人がしまい込んだカメラが握られている。それを取り返そうと隼人は必死になって恭四郎の左手と戦っていた。

「おいっ、恭四郎!返せよ。それを取られちゃ商売上がったりだ!」

「語るに落ちたな」

隼人から恭四郎に視線を移して、雪臣は組んでいた腕をほどいた。

「ー追っかけ雑誌の雑魚記者だ。さて…どうしてやろうか。な、恭四郎?」

「おう、黙って聞いてりゃ言いたい放題だな。俺があんたの写真撮ってたって証拠があるわけでもないのによ」

「証拠はーあるぞ、隼人。ひとつは関係者以外は誰も知らないはずの情報を手に入れていた。それとー」

恭四郎は眉ひとつ動かさずにカメラのフィルムを引き出してシャンデリアにかざした。

「ほら、やっぱり雪臣様が写ってるじゃないか」

「あちゃーっ!恭四郎…お前って奴はほんっと友達がいのない……」

「自分の思い通りにならなかったからって恭四郎のせいにするな!」

「ああ、はいはい……ったくお嬢にはかなわねぇや。しかしなんだ。恭四郎、こんな別嬪さんにかばってもらっちまったら逆らえなくなっちまうってのもわかるような気がするねぇ」

「何だ!その"お嬢”ってのは?」

「ベーつにっ。ただとっても君が可愛らしいのでー」

「バカにすー」

雪臣が怒鳴りかけた時、遠くで彼の名を呼ぶ声がした。雪臣はチラリと振り返ると舌を低く鳴らした。

「綾さんが呼んでるーじゃ恭四郎、後は任せたからな、久しぶりに会った友人同志ゆっくり話でもしてれば?俺は婚約発表したら先に車に戻ってるから。車のキィは俺もあるからいらない」

「しかしー」

「大丈夫だってば。幼稚園のガキじゃあるまいし”お陰様でありがとう”ぐらい1人で言えるぜ、恭四郎はだなーそこの雑魚がどうしてこんな愚挙に出る羽目になったのかじっくり真相を聞いてみてくれ」

雪臣は片目をつぶってみせると白い蝶さながらに極彩色のドレスの花々の合い間を縫って 消え、それ以降消息を断ったのだった。


約1時間後ー。

シャンパンを浴びるように飲み干していく隼人の傍で恭四郎は首をかしげていた。

「おかしいな…もうそろそろ発表があってもいいはずだがー」

「何、お嬢のこと?ああもうどーでもいいさ。婚約発表なんてよそのブンヤだって掴んでる情報だ。別に一番乗りじゃなくたって…畜生っ、お前があの写真ー」

絡むようにしなだれかかってきた隼人を押しのけて恭四郎はその場を離れた。

「何かーあったのかもしれない」

腕を組んだままの姿勢で恭四郎は彫刻のように廊下に立ち尽していたが、やがて丁度そこを通りかかったメイドに声をかけた。メイドの方は恭四郎を本物の彫像が何かと思っていたらしい。彼が動いて口を開くのを目のあたりにした時は驚きのあまり手にしていた盆を危うく落としそうになったが、恭四郎がそれを受け止めて渡してやると喘ぎながらも情報を提供した。

「松平の…雪臣様でしたら先程この廊下の曲がり角でお見かけいたしました。数人の男性の方とご一緒でしたけど、皆様押し黙られて…注車場の方へ消えておしまいになりましたわ」

やっぱりー内心頷いた恭四郎は不思議そうな表情のメイドを前にタキシードの内ポケットから手帳とペンを出してサラサラと何かを書きつけるとそれを引きちぎってメイドの手に滑り込ませ、その耳許にささやいた。

「申し訳ないがこれを松平桂之介先生に渡していただきたい。あ、それからこのことは伊達のご当主やお嬢様にはくれぐれも内密に…よろしいですか」

恭四郎の顔をまじまじと見つめていたメイドはやがて頬を赤らめながら頷いて去っていった。それを見送った恭四郎が振り向いて歩き出そうとした時ー彼は危うく何かとぶつかりそうになった。

「フフッ、特ダネの匂い……」

「ー何だ隼人が…びっくりさせるなよ」

さりげない表情で隼人の傍らを通り抜けた恭四郎は足早に廊下を歩き出した。縦にも横にもがっしりとした隼人が見かけによらぬ素早さでピッタリと恭四郎についてくる。

「なぁ恭四郎、ここで会ったのも何かの縁だ。俺にも一枚噛ませろよ。そうすりゃお前も強い相棒ができる、俺は特ダネを独占できる」

「何言ってるんだかー」

「おいっ、誤魔化すなよッ!」

「ーとにかく駐車場に行ってみよう、雪臣様は車で待っていると言ってたし」


2人は薄暗い地下駐車場に降りて行き、恭四郎の乗っていたベンツの前まで来た。月明かりのような電燈が白くボウッと滲む。シンとした辺りには人っ子ひとりいる気配もなく、ただ2人の声と靴音が響くだけだった。

「どうやらここにもいねぇようだぞーあのお嬢は」

「車にも乗った形跡がない…」

「ってぇことはだな…やっぱ何者かに連れ去られたんじゃないか...お嬢がお前と婚約者をまいて”数人のおっさん”としけ込んだんじゃない限りー」

「隼人ッ!!」

「あれっ嫌だね、何赤くなってんだよ、新宿にはお嬢と比べりゃ月とスッポンみたいな奴だってNo1張ってるんだからな、お前もお嬢の保護者だっていうんならそこら辺もうちょっと気をつけてやっても…近頃の世の中物騒だ。敵は一般人にもいるってことさ」

「お前の思考は腐ってる…馬鹿なことを言ってる場合じゃ…」

言いかけた恭四郎はふと口をつぐみ、考え直したように再び口を開いた。

「隼人ーお前、カメラ持ってたよな…?」

「あ?ああ…」

恭四郎の急な変化にとまどい気味の隼人だったが、そこはさすがに臨機応変の記者だけあって体勢の立て直しは早かった。

「持ってるぜ。こだわりの高性能!フィルムは俺の車ん中に入ってるし、それに動画もバッチリだ」

ニヤリと笑いながら隼人は懐から自慢気にスマホを取り出した。それは一眼レフカメラ並の画質や音にもこだわりのあると評判のソニーのエクスペリアだった。

最新機器があるのになぜ雪臣と綾のスクープ写真もスマホで撮らないのだろう?データを拡散されたらさすがに揉み消す事はできなかったのに。恭四郎は密かに隼人の妙なこだわりに感謝していた。が、そんなことはおくびにも出さず。

「よし、上出来だー隼人、どうやらお前の力が必要になったらしい…頼む、協力して欲しい。条件はー日本全国を巻き込む、未曾有の大スキャンダルだ」

「よっしゃっ乗った!」

うなづいた隼人は、ベンツに乗り込もうとしていた恭四郎の肩を突ついて顎をしゃくった。

「恭四郎、このやたら目立つベンツは置いてけよ。俺のランクルの方が誘拐犯のアジトに突っこむには向いてるぜ」

隼人の愛車、黒のランドクルーザーは、伊達邸の前の道路にひっそりと駐車してあった。 さすがの隼人も、外車や3ナンバーの高級車が溢れかえるパーティー会場の駐車場に止めてはすぐバレると思ったからだろう。

素早く乗り込んだ隼人と恭四郎が出発しようとヘッドライトをつけた瞬間、光の輪の中に人影が飛び込んできた。

「あーッ、但馬っ!あんたちょっとどこ行く気!!雪臣ちゃんの行方を知ってんでしょ!」

綾だった。スリムなジーンズに薄手のパーカーの彼女は、雪臣が婚約発表の場にいつまでたっても現れないことにさっそく異変を感じ取って、パーティーを抜け出していたのだ。小娘とはいえ、この行動力と推察力の鋭さに、隼人は思わず感嘆の口笛を吹いた。だが、助手席の恭四郎は一向に感銘を受けた様子もない。

「構わん。車を出せ、隼人」

「えっ!だ、だって轢いちゃうぜ、あの子ー」

ギョっとした表情で助手席を見た隼人は、相棒の顔に浮かんだ壮絶な薄笑いにふと言葉を失った。

「お嬢さんの遊びにつき合ってやるほど余裕がないんだ。突き抜ければ嫌でも離れるさ」

仕方なしに隼人はエンジンを大きくふかした。ちょっとした脅しだが娘っこには充分だろう。まさか本当に轢いてしまうわけにもいかないしーところが。

「舐めてんじゃないわよッおにーさん!この伊達綾がそんな空ふかしの脅しに乗るとでも思ってんの!!轢けるもんなら轢いてごらん、伊達の一人娘を手にかけたら、あんたみたいな雑魚記者、あっという間にあの世行きだわよっ!」

『うっ怖ええー』

呆然とハンドルにしがみついた隼人の耳に引き続き響く綾の声。

「聞いてるのっ、但馬っ、あんたもよ!!」

「ー隼人、ドアを開けてくれ……こう喚かれたらこっちの計画がおじゃんだー」

恭四郎の深いため息を背中に聞きながら、隼人はランクルのドアを聞いた。


ランドクルーザーは一路、都心を目指して目白通りを走っていた。

「だっから最初っから素直に乗せればいいのよぉ」

足を組んでケラケラと笑う綾を背後に、黙ってても”不機嫌”の三文字が顔に彫り込んである恭四郎を横に、隼人は困惑の体で口を開いた。

「ところで俺達いったいどこに行くんだ恭四郎?とりあえず都心環状目指せって言ったけどど…その後聞いてないぜ?」

「横浜に行ってくれ…大さん橋埠頭ー」

「横浜ぁ~?なんだってまたそんな所に」

「十中八九そこにいるはずなんだ、雪臣様はー」

その時、恭四郎の懐から微かな電子音が響いた。タキシードの内ポケットからスマホで取り出した恭四郎は画面に触れると低い声で話し出した。

「但馬ですー」


数分後、スマホを切った恭四郎は益々渋い顔つきになっていた。

「誰からだ?」

「松平先生からたが……犯人から連絡が入ったらしい」

「犯人から!!」

異口同音に隼人と綾が叫ぶ。これで雪臣の誘拐は確実となったのだ。

「ちょっと、いったい誰なのよ、但馬。あんたさっきから何か知ってるみたいだけど…予想通りだったわけ?」

恭四郎はチラと綾を見たが、口に出したのはそれとはまったく別の言葉だった。

「おまけに…奥様までいなくなられたらしいーまさか、とは思うが偶然過ぎるー」

「だから何なんだって言ってんでしょ!」

「ただの誘拐じゃすまないかもしれない… 雪臣様のお命が危ないー」

「何だって!?」

聞き捨てならない言葉に隼人はギュッとアクセルを踏んだ。これはマジに緊急事態かもしんねぇ。

恭四郎はそれきり、黙り込んだまま、額を組み合わせた両手に乗せた。

車内が重い沈黙に飲み込まれるかに見えたその瞬間ー。

「あんた、よくそんな神経質で政治家の秘書なんてやってられんのね!」

ふいに響いた綾の笑い声に、ピクリと恭四郎の眉が跳ね上がった。

「大丈夫よー雪臣ちゃんはね」

バックミラーに映る綾の瞳がふと真摯な光を帯びた。チラと見た隼人は偶然に、握りしめた彼女の拳が震えているのに気づいた。

「あの子はあんたよりよっぽど度胸があるものーあっ!」

突然手を叩いた綾のせいで、隼人は危うくハンドルから手を離しそうになった。

「決ーめたっと!あんたのその几帳面さを買って、将来あたしと雪臣ちゃんの子供が生まれたらじいやにしてあげるわ、とう?嬉しいでしょ、ホッホッ!」

「とりあえずーお嬢が生きてれば、の話だな……だけど恭四郎、とんなに急いだってまだ横浜までは道のりがある。道すがら事の真相を話しちゃくんないかな?伊達のお嬢さんにもわかるようにさ」

ランドクルーザーはそろそろ環状線を抜けて芝浦に指しかかろうとしていた。

スピードメーターは120kmを指している。

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