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第2話 逃走

「僕は……どうして立っているんだ?」



 頭を抱え込む。


 そうせずにはいられなかった。


 頭から、首から、口から……


 血が流れ出しているような感覚がしてならなかった。



「そうだよ、僕は、僕は……」



 数秒経つと、健も思い出してきた。


 自分が『死んだ』ということを。美礼の家から飛び出して、そのままトラックに引かれて『死んだ』ということを。


 そして、どういうわけか、生き返っているという事実を……


 健は認めるしかなかった。



「こ、ここは物語の世界か?」



 健はあたりを見渡す。


 何一つ不自然なものはなかった。ここにあるのは、自然そのものだった。


 いつも健が目にしている、現実そのもの。


 《《そう思い込むしかないもの》》。


 ……


 ……


 ……



「あれ、どうして僕はここを飛び出したんだっけ」



 健は記憶をさかのぼる。不思議なことに生き返っても、その『軌跡』はしっかりと同一性を保っている。同じ直線上に記憶は存在している。これが自我同一性ということなのか?


 健はそんなことを考えながら、遡る。


 そして、再び思い出す。


 決して覆らない事実としての記憶。


 事実としての記憶…?



「そうか、僕はいまから美礼の……」



 健はそこまで言って、口を紡ぐ。すでに分かり切った将来の結末。


 《《美礼は寝取られている》》。


 これは変わらない事実だ。


 不思議なことに、生き返った世界においても、それは揺るぎない事実として存在しているように、健には感じる。


 すでに定まった未来。結末。エンド。


 どうしてそう感じるのか……



「だって、僕はまた同じ『いま』を辿っているから」


 

 雷鳴が近づいている。そしてウジウジと考えているうちに、健のすぐ後ろを猛スピードでトラックが走りぬけていった。細い道であるのに、時速にして50km/h は出ていた。



「そりゃあ、死ぬわけだ」



 健は確信のなかで生きている。少なくとも、今までにない強い確信のなかで。この『いま』を絶望のなかで生きている。



「や~めたっ」



 健はそう小さな声で呟き、踵を返す。それは心の深淵から呟かれた言葉。喪失の言葉。揺るぎない言葉。


 健は美礼を捨てた。大好きだった美礼を、捨てることに少しの躊躇いもなかった。それほどまでに、彼女を寝取られたという事実は重たいことであるし、信じたくないものだった。


 だから、健は逃げた。


 逃走した。


 La fuite.



 ……


 ……


 ……



 雨が降り出し始めた。


 もうすぐで、雷がこの街にも落ちるだろう。


 馬の背を分けるように、激しい豪雨が健を襲い始めた。



「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」



 健はすでに、気が狂い始めていた。


 大声をあげても、それは豪雨のなかに果てしなく吸い込まれていってしまう。


 健は走り、飛び、水たまりを踏みつけ、ゲリラ豪雨のなかを縦横無尽に走り回った。


 どこへ向かっているのか、どこへ向かっていくのか、分からない逃避。


 La fuite.


 本質的な逃避がそこにはあった。


 そして……


 ……


 ……


 うっすらと霞む、その豪雨の先。


 男がずぶ濡れになって、とぼとぼと気力なく歩いてくる。片手には鍬をもっている。あの畑を耕すクワを、だらんと携えている。


 《《そいつ》》は、健の前に立ちふさがった。


 逃避先には《《そいつ》》がいたんだ。



「なぁ、おまえ」

「え、ええっ」

「この前のWeb小説でっ……俺のセリフ……盗んだよね?」

「えっ、ええっ……」

「俺の小説のセリフ……勝手に使ったよね? あああああああっ?」

「あ、あのっ、えっと……」

「そうやって俺のこと馬鹿にしやがって! 俺が……俺が、一番最初に思いついたセリフだったんだよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」



 《《そいつ》》は、鍬を振り上げる。


 その姿には、この上ない悲壮感が漂っているように見えた。


 健と同様に、何かに絶望しているかのように見えた。



「お前、お前さあぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」



 《《そいつ》》は、そう言って、全力で健に向かって、鍬を振り下ろした。


 ……


 ……


 ……



「えっ」



 健は豪雨のなか、儚さに消えた。


 儚い声を出して、そしてすでに血まみれになった。


 一瞬にして、とんだ。


 なにかも、とんだ。



「お前さあぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」



 何度も何度も、《《そいつ》》は、振り下ろす。


 それは決してやめられない、周期性を伴っている。


 二度と、そこからは出てこられない……


 そんな、循環。閉じた循環。


 ……


 ……


 ……


 健はすでに死んでいた。


 《《すでに死んでしまっていた》》。




☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


 

 ……


 ……


 ……


 ……


 ……


 ……


 

 田畑健たばたたけるは、《《彼女》》の家の玄関前に立っている。遠くのほうで雷が落ちて、何かが弾ける音がした。天候は徐々に下り坂になろうとしている。

 


「うわああぁああああああああああああああ!!!!!」



 健の悲痛な叫びが、響いた。


 《《そこに健は立っていた》》。


 再び立っていたのだ。


【続く】

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― 新着の感想 ―
彼氏がいるにも関わらず、男自宅連れ込み、それが彼氏バレした直後に自宅前で彼氏が轢殺されると言う一生トラウマものの事件体験した彼女のそれから見てみたかったですね。 しかし、何をしても主人公君死ぬのかな…
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