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第1話 NTR

 田畑健たばたたけるは、《《彼女》》の家の玄関前に立っている。遠くのほうで雷が落ちて、何かが弾ける音がした。天候は徐々に下り坂になろうとしている。


 健は、宮田美礼みやたみれいと付き合い始めて1年半。高校に入学してしばらくしてから出来た同学年の彼女で、とても良好な関係が続いている、と健は思っている。


 手はつないだし、キスもした。そしてついこの間、やっとのことで、そういう繋がりも得た。健としては、まさか高校生のうちにそのような大人の階段を上るなんてこと、思ってもみなかったし、少々早すぎもしないかと少しだけ不安になる気持ちもある。


 ただ今はとにかく美礼と付き合えて幸せだと思っている、健。このままずっとうまく関係が続いていくのかという心配はあれど、いまこの瞬間のときめきを大切にしていきたい。


 健は美礼と真剣に付き合っているし、ずっとずっと、できることなら美礼といたいと考えていた。それこそ、高校を卒業しても。そして大学へいった、そのまた先においても。一緒に寄り添っていきたいと考えていた。



「ふぅ……。もう一年半も経っているというのに。一人から二人になる瞬間というのは、いつまでも身構えてしまうものだな」



 好きであるからこそ、美礼にどう思われているのか、とても気になってしまう。身嗜みは変じゃないか、とか。トークテーマに不足はないか、とか。なるべく『健』という人間を準備してから、万全の状態で好きな人と向かい合いたい。そう思ってしまうのは、健だけなのだろうか…?



「今日は美礼と模試の勉強をするってことだけど。絶対にそういう雰囲気になりそうだよな……。だって今日はご両親いないって言っていたし……」



 健は頭のなかで、自室のなかで念入りに確認した、『あれ』の枚数をもう一度、数え直していた。そういう知識も保健体育の授業でしっかり学んだとはいっても、まだ健は高校生であるので、果たしてこれでいいのかなと、手探りで準備をしているといったところだ。この前の美礼との行為では、しっかりと安全であることも二人で確認したから、大丈夫だろう。大丈夫、大丈夫……。


 健はまだ慣れない、その行為のための準備に細心の注意を払っていた。それは健の人柄がそうさせているのかもしれないし、心から美礼のことを大切に思っているからかもしれない。おそらくは、そのどちらも、理由ではあるのだろうが。



「それにしても、暑いな……。ここ最近はずっと35度超えてるし。どうなってしまうんだ、一体」



 健はそんなことを言ってから、鍵穴に美礼からもらっていた合鍵を刺した。健は合鍵なんていらないと言ったのだが、同棲に憧れがあるとか、そういう理由で、よくわからないままに合鍵を受け取っていた。


 あらかじめ、SNSで美礼に『あと15分くらいで着く』ことは伝えてあったが、直前まで既読は付いていなかった。返信があってから家に入りたかった思いもあるが、合鍵はそういうフリーダムな出入りのためにあるものだし、美礼がくれたからには、その心に甘えることにしようと、健は思っていた。



「おじゃまします……」



 健はそうして、遠雷の鳴るなか彼女の家に入っていった。




☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆




 リビングには美礼の姿はなく、おそらくは自室にいるのだろうと健は判断した。


 玄関には、ちゃんと美礼のローファーも綺麗に並べて置いてあったので、家にいることは間違いない。両親と思われる靴もどこにもなく、そこあるのは、ただ美礼の靴ひとつだった。


 健は安心して(何に安心しているのかよく分からないが…)階段を上り、美礼の部屋の前まで歩いていく。


 他人の家の匂い。いくら彼女の家であったとしても、まだ違和感しかない。健の家よりも、フレグランスの香りが家全体に漂っていて、異世界に来たみたいな心地が今でもする。



「美礼……」



 健はそういって、美礼の部屋のドアをノックしようとした。


 その刹那。



「ぁぁぁんっ」

「おい、ここがいいんだろうっ」

「だ、だめぇ……」

「おらおらおらっ」



 美礼の部屋のなかから、情事の声が聞こえてきた。



「えっ……」



 健は驚きを隠せない。


 どうして、美礼の部屋から、男と女の『そういう声』が聞こえてくる……?


 理解に苦しむ。


 しかも、それはかなり大きなボリュームで、少しも隠すことなく、発せられているように感じられた。



「な、なんで……」



 健は後ずさる。


 異質なものに触れてしまった、


 そんな感覚が健を襲う。


 精神がぐらつくのを感じる。



「どうして、なんで……」


 

 気が付けば健は走り出していた。


 ドタバタと床が軋む音が響く。


 当然、《《美礼たち》》には気が付かれているだろう。


 でも、そんなことはもうどうでもよかった。


 健の心はすでに崩壊していた。


 信じ切っていた美礼に、裏では裏切られていたんだ……


 そのような負の感情が健を飲み込んでいる。



「あ、ああああ、あああああああ!!!!」



 健は玄関で靴を履くことも忘れ、勢いよく外界に飛び出した。


 駆け出した……


 逃走したんだ。


 そして……


 その刹那。



「ぷぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」



 壮絶な悲鳴のようなクラクションが、すぐ間近で響く。健は美礼の家のすぐ前にある道路へ飛び出していた。


 健は、その音を聞いた瞬間。


 

『どんっ!!!!!!!!!!』




 鈍い音が辺りに響き、健は吹き飛ばされる。急ブレーキを踏んだトラックが斜めに道をふさぐように停止する。


 健は宙を舞い、そして頭から直接、アスファルトに落ちる。


 真っ赤な血が、アスファルトに瞬く間に広がっていく。止めどなく流れ出していく。


 ……


 ……


 ……



『ゴロゴロゴロゴロ……』



 雷鳴が近づいてきている。


 そして、健は……


 すでに、死んでいた。


 《《すでに死んでしまっていた》》。




☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆



 ……


 ……


 ……


 

 田畑健たばたたけるは、《《彼女》》の家の玄関前に立っている。遠くのほうで雷が落ちて、何かが弾ける音がした。天候は徐々に下り坂になろうとしている。

 


「あれ?」



 健の間抜けな声が、響いた。


 《《そこに健は立っていた》》。


 立っていたのだ。


【続く】

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