第一章 開拓者3
マイヤーハイム不動産の人間が玄関からリビングへと通される。ズカズカと足音を立ててリビングに入る三人の男性。その彼らを一目見てアメリアは驚愕した。
リビングに通されたのは、長身の痩せた男と小太りの男、そして熊のような筋骨隆々の男であった。三人の服装はTシャツやレザーパンツなどラフなもので、厳ついベルトや下品なネックレスなど、大手不動産の会社員とは思えない恰好をしている。さらに三人のその視線はただの一般人とは思えないほど鋭利なもので獰猛な猛禽類を彷彿とさせた。
(こいつ等は……)
マイヤーハイム不動産から訪ねてきた三人の男性。その彼らをアメリアは慎重に観察する。彼らはマイヤーハイム不動産の社員ではない。だが無関係な人間という訳でもなかった。彼らはエルピダ地区を開拓するためにマイヤーハイム不動産が雇用した――
(開拓者だ……そして――)
エルピダ地区の開拓におけるアメリアと同じ調査隊のメンバーである。開拓者であるはずの三人がどうしてマイヤーハイム不動産の遣いとしてこの場に現れたのだろうか。
「いやあ……でっかい屋敷っスね。値段も結構するんじゃないっスか? 不動産の社長って聞いてましたが、ちっぽけな会社でもやっぱ経営者って儲かるんっスね」
薄笑いを浮かべながら痩せた男が失礼なことを言う。彼の不躾なその態度にピクリと眉を揺らすアメリア。だが当のカタリナは男の発言を気にした様子もなく、眼鏡を指先で整えながら「さあ……」と淡々と答える。
「どうかしら? この屋敷は先代の社長――父が残したものだからよく分からないわ」
「そいつは羨ましいっスね。俺も親の七光りで楽な生活してみたいっスよ」
「それは残念だったわね。でもマイヤーハイム不動産の社員なら給料も良いでしょ?」
痩せた男の無礼な発言を冷静に返していくカタリナ。彼女の探るような問いに、今度は小太りの男が「ああ、違う違う」と小馬鹿にしたようにカラカラと笑った。
「俺たちはマイヤーハイムの社員じゃなくて、そこで雇われている開拓者だよ。俺たちはここで預けられている女と同じ調査隊のメンバーでね。代理として迎えに来たわけ」
小太りの男に続いて、筋骨隆々の男が「そういうことだ」と会話に参加する。
「マイヤーハイムの連中は忙しいと言うのでな。それであの女……アメリア・エンゲルスはどこにいる? 気を失っていると聞いているが、まだ目覚めていないのか?」
三人の男がおもむろに視線を巡らせる。そしてふとソファに腰掛けているアメリアと三人の視線が重なった。ビクリと肩を揺らすアメリア。だが三人はすぐに彼女から視線を逸らすると何やら苛立たしげに溜息を吐いた。
「あの女は別の部屋にいるんっスか? だったらすぐ案内してくれませんかね」
「まだ仕事の途中なんでね。今後の作戦とか話さなきゃならないんだ」
「案内が面倒なら場所だけ教えてくれ。俺たちだけで迎えに行く」
痩せた男と小太りの男、そして筋骨隆々の男がそれぞれ口早にそう言う。どういう訳か彼らの様子には焦りようなものが見えた。アメリアは怪訝に思いながらも、自身がアメリアであることを伝えようとして――
「――むぐっ?」
唐突に背後から口を手で塞がれる。困惑しながら背後を見やるアメリア。彼女の背後にいつの間にかクルトが立っていた。目を丸くする彼女にクルトがニヤリと笑う。アメリアの口から手を放して、クルトが三人の男に軽い口調で話しかけた。
「マイヤーハイム不動産の代理ね……そいつは奇妙だな。連中からはそんな連絡を一切受けてないんだがね。それに約束していた時間よりも随分と早いようだが?」
「あ、ああ……急きょ俺たちが代理に決まったんっスよ。そんでもって、アンタらも迷惑しているだろうから時間も早めたわけっス。なあ、みんな」
痩せた男が仲間に同意を求める。痩せた男の言葉に小太りの男と筋骨隆々の男が慌てて頷いた。クルトが「ふーん」と黒い瞳を鋭くする。
「なるほどね。まあ折角遠いところから来たんだ。茶ぐらい飲んでいけよ」
「そ、そんなことはいいから、早くアメリアの奴に会わせてくれねえっスか?」
「なに慌ててんだ。アメリアに早く会わなきゃいけない理由でもあんのか。例えば――」
クルトの笑みに獰猛な気配が宿る。
「自分たちの罪を会社に報告されないようアメリアを脅迫する……とか?」
クルトのこの言葉に、三人の男が一斉に表情を強張らせた。笑みを浮かべながらも黒い瞳を鋭利に尖らせるクルト。明らかに変化した場の空気にアメリアは目を丸くした。
(私を……脅迫する?)
一体何のことなのか。まるで思い当たる節がない。だが三人の男の反応を見るにクルトの発言が的外れとも思えない。当事者であるはずのアメリアを置き去りにする形で、クルトがスラスラと話を進めていく。
「マイヤーハイム不動産なんて大手企業が社員の代理に、ゴロツキあがりの開拓者なんぞ寄こさねえよ。おおかたアメリアがここに保護されていることを連中から知らされて、連中がアメリアと接触するより前にアメリアの口を封じようと思ったんだろ」
「テメエ……まさかもうアメリアから事情を聞いてやがったのか?」
痩せた男が歯を食いしばる。事情を聞くもなにもアメリア本人は何の話をしているのかも分からない。だがここで困惑するアメリアを他所にクルトが衝撃の言葉を口にした。
「話は聞いてないが察しはつく。お前らはアメリアが未開拓地で遭難するようアメリアを誘導したんだ。アメリアが呪瘍に襲われてくたばることを見越してな」
「な――なんだって!?」
クルトの発言にアメリアはソファから勢いよく立ち上がった。顔面を蒼白にしてクルトを見やるアメリア。血の気の引いた彼女を見返してクルトが肩をすくめる。
「やっぱ気付いてなかったみてえだな。だが言われてみて思いつくこともあるだろ?」
アメリアは動揺を懸命に押さえつつ「……確かに」と当時の状況を思い返す。
「開拓者による調査はチーム単位での行動が基本だ。だというのにあの時は、半ば強引に単独での調査を彼らに提案された。それに本来調査はレストポイントを起点に行われるものだが、なぜか集合場所もレストポイントから離れた地点を彼らに指定されて……」
「こいつらは集合場所にも姿を現さず、呪瘍が蔓延る未開拓地にお前は一人残されたわけだ。にしても鈍いな。その時点でこいつらの企みに気付きそうなもんだが」
「……呪瘍に私を襲わせるという話か……しかしどうしてそんな真似を?」
「簡単な理由だ。チームの誰かがくたばれば受け取れる報酬が増えるからさ」
クルトが手を振りながら気楽に答える。
「仕事内容に応じて報酬体系は違うが、未開拓地の調査にかんしては提示された報酬額を調査に参加した開拓者、またはチーム単位で均等に割り振るのが一般的だ。つまり参加者が何らかの事情で姿を消せば、残された開拓者の取り分が増えるわけだ」
「まさか……そんな理由で?」
唖然とするアメリアに、クルトが「別に珍しいことじゃない」と軽い口調で言う。
「不動産同士の争いはよく話に聞くだろ。それと同じで、開拓者同士も手柄を横取りしようと目を光らせているってことだ。幾つかの仕事をこなして自信をつけ始めた二年目、三年目の開拓者が特にそういった連中の餌食になっちまうケースが多い」
「……クルトさんは初めからそのことに気付いていたのか?」
「お前を見つけた時に仲間が近くにいないことから推測はしていた。それが事実だろうと確信したのは、お前を迎えに来たこいつらのあからさまな態度を見た時だけどな」
「ちょ……ま、待てよ! こりゃあ一体どういうことだ!?」
クルトとアメリアの会話に痩せた男が割り込む。
「なんだってこのガキが未開拓地でのやり取りを知ってんだ!? 何者だこのガキは!?」
「お、おい! そういやこのガキの髪の色……アメリアの奴と一緒じゃないか!?」
「瞳の色も同じだ……まさかこのガキ!?」
小太りの男と筋骨隆々の男が順番に叫んで、三人の男が同時にハッと目を見開いた。こちらの正体に気付いただろう男たちにアメリアは赤い瞳を尖らせる。
「私がアメリア・エンゲルスだ! お前たち、よくも卑劣な真似をしてくれたな!」
アメリアは小さな拳を握りしめて怒りに体を震わせた。彼女の変わり果てたその幼女姿に痩せた男がたじろぎながら声を上げる。
「お、お前がアメリアだと!? どうなってやがるんだ!? どうしてそんな姿に――」
「呪瘍に攻撃されて呪いが感染したんだ。お前たちのおかげでな」
驚愕に慄いている三人の男を順番に見やりアメリアは吐き捨てるように言う。
「お前たちのしたことは雇用主であるマイヤーハイム不動産にはもちろん、国にも報告させてもらう。場合によっては開拓者のライセンス剥奪もあり得るだろうから覚悟しろ」
「じょ、冗談じゃない! ライセンス剥奪なんてされてたまるか!」
声を荒げる小太りの男に、筋骨隆々の男もまた頷いてその表情を険しくした。
「報酬のために他人を蹴落とすなんて当然のことだ。簡単に騙されたお前が悪いんだよ」
「よくもそんな勝手なことを――」
「ていうかよ、何もビビることねえだろ!?」
冷静さを取り戻したのか痩せた男がニヤリと笑みを浮かべる。
「もともとこいつが勝手なこと言わないよう教育するつもりだったんだ。やることに変わりなんてねえ。しかも今のこいつはどういうわけか――ガキになっちまってんだぜ」
「そうか……そいつはその通りだ」
小太りの男もまたニヤリと笑い、眼光をギラギラと輝かせた。
「むしろ好都合だ。以前ならいざ知らず、ガキ相手なら抵抗される心配もねえしな」
「お、お前たち……この期に及んでまだ罪を重ねるつもりか?」
彼らの態度の変化に、アメリアは狼狽しながらも非難の声を上げた。危険を感じてジリジリと後退するアメリア。その彼女との距離を詰めるように彼らもまた前進する。
「俺たちも後戻りはできない。反抗するようならば力づくで言うことを聞かせるまでだ」
「だな。全身をひん剥いてやれば生意気な口も利かなくなるだろうぜ」
「殺さないだけありがたく思えよ。というわけで――やっちまえ!」
男たちの暴力的な気配が一気に膨れ上がったその瞬間――
「ふぁあああああ!」
アメリアは慌てて踵を返して、すぐそばに立っていたクルトの背後に身を隠した。
「テメエ! そこを退きやがれ!」
痩せた男が声を荒げる。クルトを険しい表情で睨みつける三人の男。突き刺すような彼らの視線を受けながらも、クルトは軽薄な笑みを浮かべるだけでその場から動かない。
「……放っておけばいいのに……どうして余計なことを言ってしまうのかしら?」
カタリナがポツリと呟く。無表情のまま呆れているその彼女に、クルトが「まあそう愚痴るなよ」と宥めるように言う。
「折角助けてやったのに、ここで見捨てるのも可哀想だろ? それにやむを得ないとはいえ一度唾つけちまったからな。責任もって多少の面倒は見てやらねえと」
「……クルトは人が良すぎる」
「それが俺のいいところだしな。つうわけで――アメリア」
クルトがちらりと背後を振り返り、背中に隠れているアメリアに話し掛ける。
「お前にある選択肢は三つだ。一つ目の選択肢は、このまま素直に奴らの言う教育とやらを受けるか。二つ目の選択肢は、奴らをこの場で叩きのめして自力で助かるか。そして三つ目の選択肢は、幼女の愛らしさを生かして奴らを極度のロリコンにするか」
「三つ目の選択肢はないだろ!? ていうか一つ目の選択肢だって御免だ!」
「そんじゃあ二つ目の選択肢だな。とはいえその姿で三人の大人を相手にするのは難しいだろう。だがもしも――元の姿に戻れるとすれば奴らに勝つ自信はあるか?」
クルトの奇妙な確認にアメリアは「え?」とポカンと目を丸くした。元の姿に戻れば勝つことができるのか。それをわざわざ確認するということは――
元に戻る方法があるということか?
「ちょ――クルト!」
カタリナがなぜか慌てたようにソファから立ち上がる。彼女の狼狽にクルトがニヤリと唇を曲げる。何かを面白がるようなクルトの笑み。その彼の口元から――
鋭い牙がちらりと覗いた。
「悪いなカタリナ。明日も一緒に風呂に入ってやるから勘弁しろよ――と」
クルトが素早く背後に振り返り――
アメリアの首筋に?みつく。
「――へ?」
アメリアは唖然とする。幼女化した小柄な体。その矮躯を包み込むように腕を回したクルト。首筋に触れている彼の唇。そこに感じる違和感。チクリとした痛み。アメリアの脳裏にグルグルと巡る疑問。それが徐々に一つの形に結ばれていく。そして直後――
「ふぅん……はぁあん――」
アメリアの唇から喘ぎ声がこぼれ落ちる。
全身を満たす甘い痺れ。思考をとろけさせる熱を帯びた情動。アメリアの瞳がトロンと虚ろになる。崩れ落ちそうな体を懸命に支えながら、アメリアは押し寄せる快楽に理性で抗おうとした。だがその抵抗を嘲笑うように快楽の波は彼女の理性を侵食していく。
「ああ……あぅん――」
全身が燃えるように熱い。魂さえもその熱で焦がしてしまいそうだ。全てを焦がして造り変えてしまいそうだ。熱せられた空気が膨張するように意識が拡張する。否。意識だけではない。物理的な肉体さえも膨れていく。膨れて変化する。それはまるで――
幼い子供が大人へと成長していくように。
「――はっ!?」
ここで意識の手綱が手元に引き寄せられる。アメリアは咄嗟にその手綱を握りしめると押し寄せる快楽に懸命に抵抗した。潮が引くように全身を満たしていた快楽が消えていく。いつの間にか閉じていた瞼を開いて――
アメリアは驚愕した。
「――これは!?」
快楽の余韻に頬を紅潮させつつも、アメリアは自身の姿に目を見開いた。呪瘍の攻撃を受けて感染した呪い。その影響により変化した肉体。幼女の姿。その姿が――
年齢相応の大人に戻っていた。
「お前に感染していた呪いを喰ったのさ」
クルトが軽い口調で言う。自身の変化に唖然とするアメリア。彼女の体から腕を離してクルトが自身の牙を見せつけながら笑う。
「それが俺の特技でね。完全に呪いを解くことはできねえが、一時的になら元の姿に戻してやることができる。因みに未開拓地で死にかけていたお前を助けたのもこの方法だ」
「呪いを……喰うだって?」
「ただちょっとした副作用があってな……俺に噛まれた奴は強い性的快楽を覚えるんだ」
アメリアはぎくりと心臓を鳴らした。引きかけていた顔の赤らみが再び紅潮する。アメリアの動揺を目ざとく気付いたのか、クルトが意地の悪い笑みを浮かべた。
「随分と気持ち良かったみてえだな」
「き、気持ち良くなんかない!」
咄嗟に否定するアメリア。だが彼女の返答などどうでもいいのか――或いは見抜かれているだけか――、クルトが軽く肩をすくめつつ背後を親指で示す。
「何にせよ、これで自分の身ぐらい自分で守れるだろ。後はお前で何とかしろよな」
確かにこれでまともに戦うことができる。三人の開拓者が相手であろうと万全の状態ならば負ける気などしない。アメリアは羞恥心を無理やり抑え込むと、気を取り直して三人の男を睨みつけた。
三人の男が唖然としている。子供が突然大人の姿に変わったのだから当然だろう。アメリアとてクルトの不思議な能力に困惑している。だがいま優先すべきことはクルトを質問攻めにすることではなく、この状況を打破することだと割り切っていた。
(動揺している今のうちに――)
一歩踏み込もうとするアメリア。だがここで彼女はふと気付く。唖然としている三人の男。その視線がどこか奇妙だ。非現実的な光景に動揺している。そう考えていた。だが彼らの視線にそのような迷いなどなく、アメリアの全身をしっかりと見据えていたのだ。
アメリアは困惑しながら改めて自身の姿を確認する。だがやはり特におかしなところなどない。二十歳を迎えたアメリア・エンゲルスの姿だ。ワイシャツの袖から覗いた手も、裾から伸びた長い脚も、胸元で膨らんだ大きな胸も、特に変わりなく――
アメリアはここでようやく自身がワイシャツ一枚しか着ていないことを自覚した。
「ひ――にゃあああああああああ!」
アメリアは悲鳴を上げると同時、股下ギリギリの裾を懸命に手で伸ばした。胸や脚に突き刺さる三人の男たちの視線。彼らの無遠慮な視線に晒されてアメリアの顔が沸騰する。
「お……おい、見えたか?」
「いや……だがそうだよな?」
「恐らく……奴はノーパンだ」
男たちの視線がさらに熱を帯びる。前屈みになりどうにか股を隠そうとするアメリア。顔を赤くしたまま硬直したその彼女にクルトが不可思議そうに眉をひそめる。
「何やってんだお前? ヘンな遊びなんぞしてねえでさっさと奴らを倒せよな」
「できるかぁあああああああああ!」
クルトの無茶ぶりにアメリアはあらん限りの力で絶叫した。
「こんな格好で戦えるか! 少しでも動いたらもろもろ見えてしまうだろうが! 下着もつけてないんだぞ! もしアレが見えてしまえば――私はもうおしまいだ!」
「なんだお前……そんなこと気にしてたのかよ。この非常時に何馬鹿なことを……お前も開拓者なら敵に素っ裸でも立ち向かう気概ぐらい見せろよな」
本当に呆れたように嘆息するクルトに、アメリアは半ば反射的に反論する。
「開拓者の前にゴリゴリの乙女だ! そんな破廉恥な真似など死んでもできるか!」
「んなこと気にすんなって。もし仮に見えちまった時はちゃんと興奮してやるからよ」
「なんのフォローだ、それは!?」
「……やれやれ、手間のかかる」
クルトが愚痴りながら歩き出す。未だにアメリアから視線を外そうとしない三人の男。無造作に足を進めていたクルトが、他所に気を取られている痩せた男に接近して――
「――ほいっと」
痩せた男の鳩尾に右拳を突き刺した。
痩せた男の目がぐるんと白目をむいて、その場に崩れ落ちる。クルトの早業にポカンと目を丸くするアメリア。仲間が呆気なく倒されたことで、男たちもさすがにアメリアからクルトに意識を移動させた。だが時すでに遅し。クルトが僅かに体を揺らして――
次の瞬間には小太りの男を沈めていた。
「ほらよ」
クルトがテーブルに置いてあった剣をアメリアに投げてよこす。ワイシャツの裾を左手で押さえながら、右手で投げられた剣をキャッチするアメリア。困惑する彼女にクルトがポリポリと髪を掻きながら言う。
「得物があればどうにでもなるだろ。最後の仕上げぐらい自分でやれよな」
「し……しかし――」
「これはお前の問題だ。少しぐらい手は貸してやるがケジメはお前がつけろ」
アメリアの声を遮りクルトが鋭くそう言い放つ。つい先程まで軽薄な笑みを浮かべていたクルト。その彼が不意に見せたその真剣な面持ちにアメリアは声を呑み込んだ。
クルトから渡された剣。アメリアはその柄を強く握り込む。クルトの言うようにこの騒動は自分の問題だ。これからも開拓者として生きるのなら同様の問題に見舞われることもあるだろう。誰かに頼りきりでは――
開拓者として生き抜くことなどできない。
アメリアは意識を引き締めると、ワイシャツの裾を左手で押さえながら、筋骨隆々の男へと近づいていった。二人の仲間が倒されたこの状況で男の油断など期待できない。鞘に納められた剣を構えたまま男との距離を慎重に詰めていくアメリア。そして二人の距離が二メートルにまで近づいたその時――
男が右拳を振り上げると同時に彼女は大きく踏み込んで剣を振るった。
「――ぐはっ」
アメリアの剣が男の首に打ち込まれる。筋肉の鎧をまとっている男。だが鍛えるにも限界のある首を容赦なく打たれて巨漢の男が前のめりに倒れた。止めていた呼吸をゆっくりと吐き出していくアメリア。そしてその直後――
「おお、見えたぞ」
クルトの軽薄な言葉が聞こえて――
彼女はカアッと顔を赤くした。