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第五章 感染者3

 クルトが懐からナイフを引き抜いて駆ける。その速度は人間のそれではない。アメリアは聖剣を縦に構えると、横なぎに振られたクルトのナイフを刀身で受け止めた。


 重い衝撃が全身を伝わる。アメリアは足に踏ん張りを利かせてクルトのナイフを押し返そうとした。だがいくら力を込めようとクルトのナイフはピクリとも動かない。どころかこちらの聖剣がクルトのナイフに徐々に押されていく。アメリアは鋭く舌を鳴らすと聖剣を回転させてクルトのナイフをいなした。


 一歩後退して聖剣を構えるアメリア。距離を空けた彼女をクルトが即座に追いすがる。ギラギラと金色の瞳を輝かせるクルトに、アメリアは背筋を凍えさせながらも躊躇なく聖剣を横なぎに振るった。人間には知覚できない攻撃速度。だが――


 聖剣は手ごたえもなく空を切る。


「――な!?」


 眼前からクルトが消えた。アメリアは狼狽しながらも周囲の気配を探る。そして足元に自分ではない不気味な影が落ちていることに気付いた。その意味を頭が理解するよりも早くアメリアは後方に跳ぶ。アメリアの鼻先を掠めて――


 頭上より落下してきたクルトの踵が地面を粉々に砕いた。


(いつの間に頭上に跳躍していた!?)


 呪素を取り込んで強化されたアメリアの反応速度は人間を遥かに上回る。その彼女の意識を追い抜いて頭上に跳躍していたのだとすれば、それはあまりに怪物じみている。


(これが感染者であるクルトさんの能力か!)


 喰らった呪いを力に変える能力。彼がこれまでどれだけの呪いを喰らってきたのか。それは分からないが、その力は大量の呪素を取り込んだ自分に匹敵するようだ。アメリアはそれを理解して緊張感を最大限に高めた。


 地面が砕かれたことで、地面に咲いていた花々の花弁と大量の土埃が周囲に舞う。聖剣を構えて土埃を見据えるアメリア。ここで土埃の中から一本のナイフが投擲された。アメリアは即座に投擲されたナイフを聖剣で叩き落とす。その直後――


 土埃の中からクルトが姿を現した。


 ナイフを叩くために振り抜いた聖剣。それをクルトに向けて再度振るう。だが僅かに遅い。聖剣を振るうアメリアの右腕をクルトがガシリと掴んだ。みしりと鈍い音を鳴らす右腕。骨を砕きそうなクルトの握力にアメリアは表情を歪めながらも左拳を突き――


 ここでアメリアの腹部に衝撃が走る。


「――かは!」


 クルトに鳩尾を蹴られたのだ。腹に穴が空いたのではと思うほどの衝撃。アメリアの膝がガクンと落ちる。だがクルトに右腕を掴まれているため倒れることができない。クルトが右拳を構える。さらに追撃する気だ。アメリアは涎を吐き出しながらも右手首の捻りだけで聖剣を振るった。クルトがアメリアの右腕を離して聖剣を回避する。


 再びクルトとの距離が開く。アメリアは瞬時に呼吸を整えると今度は自らがクルトへと接近した。ナイフを投擲したことで今のクルトは武器を持たない。クルトが再び武器を取り出すより前に決着をつけるべきだろう。


 聖剣を横なぎに振るう。後退して聖剣を回避するクルト。距離を取りながら懐に手を入れようとする彼に、アメリアは大きく足を踏み込んで聖剣を切り上げた。クルトが懐に手を入れるのを止めて聖剣を横跳びで回避する。


 アメリアは息吐く間もなく聖剣を何度も振るった。クルトに武器を取り出す隙など与えない。また不用意に踏み込まれないよう剣も大振りを避ける。驚くべき反応速度で聖剣を回避するクルト。だがアメリアの思惑通り攻撃の契機を掴めずにいるようだ。アメリアはクルトの両手から決して目を離さずに聖剣を素早く振るい――


 ここで右足に激痛が走る。


 アメリアは反射的に視線を下した。右足の太腿に一本のナイフが突き刺さっている。困惑するアメリア。だが彼女はすぐ理解した。先程聖剣で叩き落としたナイフ。地面に落ちていたそのナイフを、クルトが回避行動を取りながら蹴りつけ、こちらの右足に突き刺したのだ。クルトの両手に意識を集中していたため隙を突かれる形となった。


 動きを鈍くしたアメリアにクルトが肉薄する。密着するほどの至近距離。剣は不利だ。アメリアは距離を空けようと後退するも、彼女の行動を読んでいたクルトが間を空けず距離をまた詰める。慌てて両腕を交差するアメリア。防御態勢を取った彼女に――


 クルトの容赦ない拳が叩きつけられる。


 アメリアの体が軽々と吹き飛ばされて地面を転がった。クルトの拳を受け止めた両腕がビリビリと痺れる。咄嗟に後方に跳んで衝撃を受け流さなければ腕が折れていたかも知れない。アメリアはそれを認めて胸中で呻く。


(……つ……強い……)


 自分に匹敵など生温い。明らかに相手の方が一枚も二枚も上手だ。身体能力にはさほど差はないかも知れない。だが戦闘経験に雲泥の差がある。アメリアは歯を食いしばると右足に突き刺さったナイフを引き抜いた。そしてフラフラとその場に立ち上がる。


「……はあ……っ……はあ……」


 荒い息を吐きながらクルトを見据える。金色の瞳を凶暴に輝かせてアメリアを睨みつけているクルト。鋭い牙を剥き出しにしたその彼の表情には明確な苛立ちが滲んでいる。


「……私にムカついていると言ったな」


 クルトの視線を睨み返しながらアメリアもまた表情に苛立ちを滲ませた。


「一体何がそんなにも気に入らない。私の一体どこが間違っているというんだ。幻の世界で生きることがそんなにも罪か? 現実の世界で生きることがそんなにも美しいか? ふざけるな。そんな理屈で――私に夢を手放せと言うのか!?」


 アメリアは声を荒げて聖剣を横なぎに振るった。


「この世界には私の大切なものが全てある! 欲しかったものが全てある! 私の居場所も、生きている父さんも、この世界にはあるんだ! ようやく手に入れることができたんだよ! それなのに私の邪魔をするな!」


 アメリアはそう言葉を吐き捨ててクルトを睨みつけた。クルトが金色の瞳を静かに細めていく。風が吹いて花弁が舞い散る。互いを睨んだまま沈黙するアメリアとクルト。風が止んで花弁が地面に落ちる。そして――


「この世界には全てがある? 違うな。この世界には――」


 クルトが閉ざしていた口を開いた。


「テメエの()()()()()がいねえだろ」


 クルトの言葉に――


 息が止まった。


 アメリアは呆然とする。クルトが呟いた言葉。その意味。それを彼女は理解していない。だがどうしようもなく体が震えた。震えて恐怖している。その言葉が自身にとって――


 致命的な何かであることを予感していた。


「死んだ……父さん……だと?」


 先程まであれほど声を荒げていたのに、どうにか絞り出したその声は掠れていた。視界が揺れている。不安定なその視界の中でクルトが彼女を真正面から見据えていた。


「ここには確かにテメエの親父がいる。生きた親父がな。だがそいつはテメエの死んだ親父とは根本的に違う。この世界の親父は死んでねえんだからよ。テメエの親父が死ぬ直前に何を想い、何を願いながら死んだのか。それは死んだ親父にしかねえもんだろうが」


 アメリアの脳裏に浮かぶ記憶。最愛である父の最期。父は帰宅途中の交通事故で亡くなった。そして現場には父の購入した花束が落ちていたという。花束には娘の名前が記載されたカードが入っており、その花束が娘へのプレゼントであることが分かった。


 だがどうして父は花束を購入したのか。その日は特別な日ではなかった。何もない平凡な日。なぜ父はそのような日に花束を購入したのか。娘に何と話してそれを渡すつもりだったのか。知れるものなら知りたい。だが確認しようもない。非現実の(生きた)父はそれを知らないのだから。それを唯一知るのは――


 現実の(死んだ)父ただ一人だけだ。


「テメエの親父は死んだ。そいつは不運な事故だったかも知れねえ。だがその不運をひっくるめての親父の人生だろうが。テメエの親父が懸命に生きた記憶だろうが。そいつをテメエはなかったことにするつもりか。こんな都合のいい世界にいる親父を選んで、最後までテメエと一緒にいた親父を見捨てる気か!」


「――……だ……黙れ」


「テメエは何も手に入れちゃねえんだよ! テメエはただ捨てただけだ! テメエの人生にとって重荷となる親父(きおく)を捨てて、気分を良くしている恩知らずのクソガキだ!」


「――黙れ!」


 アメリアは絶叫してクルトに切り掛かった。振り下ろされた聖剣を横跳びで回避するクルト。余裕を湛えるその彼に、アメリアは赤い瞳を尖らせて何度も聖剣を振るった。闇雲に振られる剣を軽々と回避しながらクルトが牙を剥いて嘲笑する


「どうした、オラ! 図星だからって逆上してんのか!? この親不孝もんが!」


「黙れ! 黙れ! 黙れ! 黙れ! 黙れ! 黙れ! 知ったようなことを抜かすな!」


 一向に当たる気配のない剣を振り回しながらアメリアは声を荒げる。


「私の『居場所』はもうここにしかないんだ! この世界だけが私の『居場所』なんだ! 土地のない人間は『居場所』を与えられない! 故郷さえも奪われた! 私はもうこの世界にすがるしかないんだ!」


 力任せに聖剣を振り下ろす。その大振りの隙をついて、クルトが聖剣を半身で回避しながらアメリアに肉薄する。ぎょっと表情を強張らせるアメリア。クルトに足を払われると同時に肩を押されて、彼女は無様にその場に尻もちを付いた。


「……だったらどうしてテメエは、親父と住んでいた土地に一度戻ったんだ」


 クルトがアメリアを見下ろして金色の瞳を鋭利に細めていく。


「親父との記憶を確認したかったんじゃねえのか。親父と過ごした場所に帰ることで」


「……そうだ……だがそこはすでに私の故郷ではなかった! そこにはもう別の家族がいた! 土地のない人間には故郷や思い出を持つ資格さえなかったんだ!」


 クルトの視線に射竦められながらもアメリアはそう声を上げた。父と過ごした大切な場所。それさえも奪われた。否。そもそも自分のモノですらなかった。その土地は顔も知らない誰かのモノであり、自分の『居場所』など初めからどこにもなかったのだ。


「……そうかよ。それならテメエはその場所に帰っても何も感じなかったわけだな」


 アメリアの心臓がドクンと跳ねる。失われた故郷と思い出。その場所を前にして感じたこと。赤い瞳をグラグラと揺らすアメリア。動揺する彼女にクルトが再度尋ねる。


「そうだろ? 故郷でもなければ思い出もない。そんな場所に帰ったところで何も感じないはずだ。そこらにある風景と何も変わらないんだからな。違うか?」


 金縛りのように体が動かない。ただ心臓だけがドクドクと早鐘を打つ。息が苦しい。全身に汗が滲む。クルトの淡々とした言葉に心が抉られる。返答できずクルトをただ見上げるだけのアメリア。クルトが嘆息して苛立たしく牙を剥いた。


「そうじゃなかったんだろ? そこにテメエの家がなかろうと、当時とその景色が変わっていようと、テメエは思い出したはずだ。親父と一緒に過ごしていた記憶を。だからこそ寂しいと思ったんだろ。当時暮らしていた家がなくなっちまってよ」


 自分と父が暮らしていた思い出の地。自分と父が共有する大切な故郷。十年が経ちそこには見知らぬ他人が暮らしていた。自分の知らない景色があった。ここはもう自分の故郷ではなくなった。そう考えて寂しさを覚えた。


 だがそのようなこと初めから分かっていたことだ。わざわざ帰らずとも容易に知れることだ。それでもなぜその場所に戻ったのか。戻りたいと感じたのか。自分の家などないのに。自分の土地ですらないのに。自分はその場所に何を求めていたのか。


 その場所は自分にとって何だったのか。


「誰の土地かなんぞ関係ねえ。紙ぺら一枚で決まるような契約に何の意味がある? テメエが親父と過ごした記憶は()()()()()()()()()()()ものだ。それがテメエの土地でなかろうと、テメエの記憶が失われることにはならねえだろうが。今のテメエがどうか知らねえが、少なくとも当時のお前にとってその場所は――確かな『居場所』だったはずだ」


「……私は」


「その場所さえも捨てるんだな」


 クルトの口調がまた鋭利に尖る。


「死んだ親父を捨てて、その親父と過ごした場所さえも捨てる。そんでこの世界で楽しく暮らしていくわけだ。幻かどうかなんぞ関係ねえ。俺が気に入らねえのはそこだ。テメエから大切なもんを放り投げておいて、ようやく夢が叶った? ざけんなよコラ!」


 ギラリと金色の瞳を見開いて――


 クルトが牙を剥いて吠える。


「こんなもんがテメエの夢か!? 全てを放り捨てても叶えたかった夢なのかよ!?」


「――ッ……あ……ああああああああああああああああああああああ!」


 アメリアは立ち上がりざまに聖剣を振るった。武器のないクルトに聖剣を受け止めることなどできない。しかしあろうことかクルトが聖剣の刀身を素手で掴んだ。聖剣の刃でクルトの手がズタズタに裂ける。だが痛みを感じる素振りもなくクルトが叫ぶ。


「テメエの夢は何だ! 開拓者なんて危険な仕事を選んでまで叶えたかったテメエの夢は何なんだ! 巨人にそそのかされた夢じゃねえ! テメエの本当の夢を言ってみろ!」


「――わ……たし……は……」


「答えろ! アメリア・エンゲルス!」


 アメリアの全身がカタカタと震える。


 思考が濁流のようにグルグルと渦を巻く。どうして開拓者の道を歩んだのか。なぜ命の危険がある仕事をわざわざ選んだのか。一体何を追い求めていたのか。一体何を叶えようとしたのか。自分の人生を懸ける。そう覚悟してまで望んでいたそれは――


 それほど大切なものだったのか。


「わた……私は――」


 アメリアは懸命に声を絞り出し――


「私はただ……父さんのお墓を……作ってあげたかった……だけなんだ……」


 赤い瞳からポロポロと涙をこぼした。


「死んでしまった父さんが……安心して帰ってこられるように……お墓を作ってあげたかった……死んだ父さんの『居場所』を……作ってあげたかった……私の夢は……たったそれだけの……ちっぽけなものなんだ」


 全身から力が抜ける。右手に握られた聖剣が手を離れて地面に落ちた。涙が止まらない。際限なく溢れ出てくる。そして涙がこぼれるたびに心が軽くなるのを感じた。凝り固まった理屈や常識。それら不純物が流れ落ちて心がまっさらとなる。開拓者になることを決意した当時。幼い子供の自分が抱いた小さな夢。だがその小さな夢は――


 自分にとって何よりも大切な夢だったはずだ。


「……ちっぽけなもんかよ」


 クルトが軽薄な笑みを浮かべて――


 アメリアの体を優しく抱きしめる。


「もっと胸を張れ。お前のその夢はこの非現実的な夢に負けない――でっかい夢だぜ?」


「う……うう……あああ……あああああああああああああ……」


 クルトの首に腕を回してアメリアは声を上げて泣いた。泣きついたアメリアをさらに強く抱きしめるクルト。彼の息が首筋にかかる。クルトが小さく笑い――


「一緒に叶えようぜ――その夢を」


 アメリアの首筋に噛みついた。



======================



 神殿の周囲に溢れていた呪瘍。その呪瘍がビクンと痙攣するように震える。呪瘍を始末しながら神殿へと進んでいたカタリナとイザベラが呪瘍の異変にピタリとその足を止めた。まだ十体近く残されている呪瘍。その闇色の怪物たちが――


 突如白色化してボロボロと崩れ落ちていく。


「……これは一体何事でしょうか?」


 イザベラが首を傾げる。怪訝な表情をするイザベラを一瞥しつつ、カタリナは無表情に呪瘍の異変を観察した。呪瘍は呪いが解けると消滅する。だが目の前の現象は呪いが解けたものとは異なる。白色化して死に絶える。これはすなわち――


「クルトが呪いを喰ってるんだわ」


「クルトさんが? しかし……」


 イザベラが表情を困惑させる。彼女の疑問を先読みしてカタリナは淡々と答えた。


「確かなことは言えないけど……この呪瘍たちと力の繋がりがあった()()をクルトが喰っているのよ。力の源が喰われたことでこの呪瘍たちも力を失っているのね」


「……なるほど。この呪瘍は何者かの意思により生まれていたということですね。道理で呪瘍にしては奇妙な行動をしているわけです。そしてそれはつまり――」


「ええ……そうね」


 カタリナが神殿を見据えて――


 無感情にぽつりと呟いた。


「決着は近いわ」



======================



「ん……うんん……」


 アメリアの膝から力が抜ける。呪いを喰らう噛みつき行為。その副作用である強烈な性的快楽が彼女の全身を駆け巡っているのだろう。クルトは彼女の肩と腰を抱きながら慎重に膝を畳んでその場に屈み込んだ。そしてさらに彼女の首筋に牙を深く突き入れる。


 アメリアの喘ぎ声が大きくなる。クルトの首に回された彼女の両腕がその締め付けを強くして、さらに強張った彼女の手がクルトの背中に爪を立てた。呼吸を荒くするアメリア。だがクルトは彼女から牙を離さない。アメリアは膨大な呪素を取り込んでいる。いつもよりも念入りに呪いを喰らう必要があった。


 草原と花畑の美しい世界。その世界がひび割れていく。この世界はアメリアが呪いの力で生み出したものだ。アメリアの呪いが喰われてその形を保てなくなったのだろう。


 アメリアの世界が崩壊して薄暗い部屋がそこに現れる。部屋の中心には床に突き立てられた聖剣。アメリアが使用していた幻とは異なる本物の聖剣だ。あの聖剣を引き抜くことでエルピダ地区の呪いを解くことができる。


『どうして――邪魔をするの?』


 突如聞こえてきた声。クルトはアメリアから牙を離さずに視線だけを巡らせる。地面に突き立てられた聖剣。そこから右に約五メートル。誰もいないはずのその空間に――


 女性らしき白い影が浮かんでいた。


『私は彼女の願いを叶えてあげようとしただけなのに』


 女性は何者か。当然抱くだろう疑問。だがクルトはすでにその答えを予想していた。アメリアを噛みながらニヤリと笑い、クルトはその白い影の女性に胸中で返答する。


(悪いが余計なお世話だ。こいつの夢はこいつ自身が叶える)


『でも彼女は幸せだったはずよ』


(そんな単純じゃねえのさ。俺たち()()はな)


 クルトは胸中で会話しながら右手を固く握りしめた。喰らった呪いを力とする。人間を超越する感染者の能力。クルトは闇色の文様が浮かび上がった右手を振り上げて――


 金色の瞳をギラギラと輝かせた。


(人間のために何かしてくれるってなら今度は寝ぼけた状態じゃなく、きっちり起きた時にしてくれな。つうわけで、特大の目覚ましをくれてやるよ――巨人族のエルピダ)


 白い影の女性を見据えながら――


 クルトは右拳を床に突き立てた。



======================



 大きな衝撃が地面を揺らした直後、神殿に無数の亀裂が刻まれて建物全体が崩落を始める。まさにこれから神殿に侵入しようとしていたカタリナとイザベラは、突如崩落を始めた神殿にぎょっとしながらも、崩落に巻き込まれないよう神殿から距離を取った。


 大きな土埃を立てて神殿が崩壊する。もうもうと立ち込める土埃に唖然とするカタリナとイザベラ。土埃が収まるとそこには積み重なった神殿の瓦礫だけが残された。


「……何が起こったのでしょうか?」


 ケホケホと咳き込んでいるイザベラにカタリナがちょこんと首を傾げながら答える。


「よく分からないけど……建物が崩れる前に何かの衝撃で地面が揺れたわ。神殿内部で爆弾でも爆発したんじゃないかしら?」


「爆弾ですか……しかしクルトさんたちは爆弾を所持していましたか?」


「知らない。それよりクルトを探さないと。瓦礫でペシャンコになってるかも」


「そうですね。もっとも私はクルトさんがペシャンコでも愛せる自信がありますわ」


「だから何? あたしなんてクルトが平打ち麺にされても愛せる自信があるわ」


 なぞの張り合いをしながらカタリナとイザベラが神殿の瓦礫へと近づいていく。するとここで積み上がっていた瓦礫の一つが動いてその下から誰かが這い出してきた。ピタリと足を止めるカタリナとイザベラ。瓦礫の下から這い出してきたのは、一見して影法師を彷彿とさせる黒ずくめの男――


 クルト・ホーエンローエであった。


「いつつ……くそ……まさか神殿ごとぶっ壊れるとは思わなかったぜ」


 クルトが愚痴りながらもカタリナとイザベラの姿を見つけて「おう」と手を上げた。


「驚かせちまったか? ちと手が塞がってたもんで、床をぶち壊して聖剣を抜こうと思ったんだけど、建物ごと壊れちまったみてえだな。まあ神殿全体が老朽化してたし鳥男が天井ぶち抜いてたしで、よく考えれば簡単に崩れてもおかしくなかったんだけどよ」


 クルトがあっけらかんと言う。建物の崩落に巻き込まれたというのに何とも軽い。目を丸くしてクルトを眺めるカタリナとイザベラ。二人からの反応がないままクルトが「何にせよ――」と足元からあるモノを取り出した。そのあるモノとは――


 刀身の折れた一振りの剣であった。


「聖剣はこの通り引っこ抜いた。これでエルピダ地区の呪いも解けて開拓成功ってわけだな。いやあ今回は苦労したぜ。さすがにヘトヘト――って、お前らどうした?」


 クルトが表情を困惑させる。カタリナとイザベラがいつまでも無反応なことに疑問を感じたのだ。目を見開いたまま沈黙するカタリナとイザベラ。微動だにしない二人の視線。それは瓦礫から這い出してきたクルトと、そのクルトに()()()()()()()()()――


 赤髪の女性に注がれていた。


 クルトと一緒に神殿に侵入した開拓者。彼女の両腕はクルトの首に回されておりクルトもまた彼女の腰に左腕を回していた。明らかに親密な関係。まるで恋人同士だ。カタリナとイザベラの全身が細かく震える。クルトに大きな胸を押しつけている赤髪の女性。アメリア・エンゲルス。カタリナとイザベラは手を戦慄かせると――


「いやああああああああああああああああああああああああああああああ!」


 喉を裂かんばかりに絶叫した。



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