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第四章 巨人族3

 エルピダ地区の呪い。それを解くために神殿に向かったクルトとアメリア。その二人が神殿に侵入する姿をぼんやりと見送り、カタリナはポツリと独りごちる。


「行っちゃったわ」


 返事を期待しない呟き。だがその彼女の声に同じくポツリとした呟きが返される。


「行ってしまわれましたね」


 呟きを返したのはイザベラだ。上品な碧い瞳を半眼にして神殿を見つめているイザベラ。カタリナもまた澄んだ青い瞳を半眼にして神殿を見つめていた。互いに一切視線を合わさず二人の女性がボソボソと言う。


「どう思う?」


「どう……とは何でしょうか?」


「アメリアさんのことよ」


「彼女が何か?」


「随分と強引に神殿について行ったじゃない」


「そのように見えましたね」


 淡々と言葉を交わしていくカタリナとイザベラ。だがやはり二人のその視線は神殿にのみ注がれていた。ここでカタリナが無表情のまま冷たい気配を覗かせる。


「……あたしが気付いてないとでも思う?」


「……一体何の話でしょうか?」


「貴女があたしたちに同行している理由よ」


「敵情視察……では納得できませんか?」


「そんな甘い女じゃないでしょ、貴女は」


「一応褒められたものと解釈しましょう」


「でもね……今はそんなの正直どうでもいいの。貴女が何を企んでいようとね」


「……奇遇ですね。私もそのようなこと今はどうでもいいと思っておりますわ」


 クルトとアメリアが神殿に侵入してからまだ一分と経過していない。だがカタリナとイザベラにはその短い時間が何十時間にも体感として感じられた。会話しながらも神殿から決して目を離さない二人。森に隠された神殿。人気のない場所。薄暗い部屋の中でクルトとアメリア。若い男女二人きり。カタリナとイザベラは目を血走らせて――


「クルトに手を出したら許さないから」


「クルトさんに手を出すのは許しませんよ」


 誰に言うでもなくそう呟いた。



======================



「なるほど……ここで仕掛けてきたか」


 そう呟きながらクルトが懐からナイフを取り出した。剣を構えたままクルトを見据えるアメリア。明確な敵対姿勢を取るその彼女にクルトが苦笑する。


「予想では呪いを解いた直後か、セラピア地区への帰りの道中だと思ってたんだがな。ちょいと勇み足だったんじゃないか、アメリア」


「……気付いていたんだな、クルトさん」


 アメリアは剣を構えたままそれを告白する。


「クルトさんの予想通りだ。私はマイヤーハイム不動産の()()()としてレームブルック不動産の貴方たちに同行していた。呪いを解いた貴方たちから聖剣を奪うために」


 レームブルック不動産のスパイ活動。その指示を受けたのは、エルピダ地区の呪いにより幼女化して、当時の雇用主であるマイヤーハイム不動産の事業所に帰還した時だ。マイヤーハイム不動産の指示に当初動揺するも、エルピダ地区の土地を一部譲渡してもらうことを条件にして、アメリアは彼らの提案を最終的に受け入れた。


「当時は疑問に感じていた。なぜマイヤーハイム不動産は自ら呪いを解かず、レームブルック不動産に呪いを解かせて、彼らから聖剣を奪うような回りくどい方法を取るのかと。だがこの神殿が高濃度の呪素に覆われていると分かり彼らの意図を理解した」


「普通の人間は高濃度の呪素に触れれば呪いに感染してくたばる。だから呪いに感染しない俺に聖剣を抜き取らせて、隙を見て俺から聖剣を奪い国に報告するつもりだったんだろう。俺たちが神殿にたどり着けるようご丁寧に社外秘の情報をお前に持たせてな」


「その通りだ。あの社外秘の資料はマイヤーハイム不動産の方から渡してきたものだ。もっともマイヤーハイム不動産の社長令嬢が同行することになったのは私も驚いたが」


「恐らく成り行きで同行することに決めたんだろうぜ。スパイであるお前の手助けをするためか、或いは自らが聖剣を奪うチャンスを窺うためか。まあどちらにせよ、まんまと俺たちを騙してくれたもんだな、アメリア」


 皮肉の込められたクルトの言葉に、アメリは表情を陰らせながら言う。


「……済まないとは思う。だが私には誰に恨まれても叶えなければならない夢があった」


「……親父の墓を作るための土地か。だがそれは俺たちに協力しても手に入ったものだ」


「確かにそうだ。だが墓を作るにはその土地だけではなく、荒れた地を整備するなどで多額の資金が必要だ。マイヤーハイム不動産に恩を売ればその目途もつくだろう。それにスパイに失敗したその時は、貴方たちから約束通り土地を受け取ればいい」


「なるほど……なかなか強かだが二股ってのは下手したら周りから嫌われちまうぜ」


 クルトが冗談めかしてそう話し、アメリアへと一歩にじり寄る。


「何にせよ……お前は失敗した。さっきも話したが、仕掛けるなら俺が聖剣を引き抜いたその直後か、油断している帰りの道中であるべきだ。この状況ならまだ、お前が聖剣を引き抜くよりも前に、お前を拘束することだってできる。残念だったな」


「確かにクルトさんの実力なら、私など簡単に無力化することができるだろう。だがクルトさんは一つ勘違いしている。今の私はマイヤーハイム不動産の指示で動いているわけではない。さらに言えば父の墓を作るという夢さえもはや大した意味を持たない」


 アメリアは瞳を鋭く尖らせて――


 ギラギラとした眼光を輝かせた。


「今の私が望んでいるものは――もっと非現実的な夢なんだ」


 ここで突如、クルトの体がふらりと揺れて力なく膝をついた。表情を狼狽させるクルト。すぐに再度立ち上がろうとする彼だが、またバランスを崩してその場に膝をつく。獲物を射貫くようなクルトの鋭い瞳。それが強制的に細められていく。自身の異変に困惑しているだろうその彼に、アメリアは胸をなでおろしつつ語る。


「ようやく効いてきたか。薬の量を間違えたかとヒヤヒヤしたよ」


「く……薬……だと?」


「クルトさんに渡したお茶に睡眠薬を混ぜておいた。聖剣を奪うためにマイヤーハイム不動産から渡されていたものだ。昨夜服を脱がされたと聞いた時は、服に仕込んでいた薬を見つけられたのではとヒヤヒヤしたよ」


 クルトが苦々しく舌を鳴らす。彼もマイヤーハイム不動産の計画には勘づいていた。警戒もしていただろう。だが彼が言うように、本来なら呪いを解いた後に聖剣を奪うのが常套手段だ。この段階ではまだ仕掛けてこないとクルトも油断していたのだろう。


「とにかくこれでクルトさんは私の邪魔ができない。だが安心してくれ。これから何が起こるのか私にも分からないが、クルトさんを巻き込むようなことはしない」


「お……お前……何を……考えている?」


「……声が聞こえるんだ」


 アメリアは構えていた剣をその場に捨てて静かに語り始める。


「この神殿に入ってからずっと……声が聞こえているんだ。私を手招きして誘っている」


「お前……巨人族の……声……を」


 クルトが眠気を振り払うように強く頭を振りながら掠れた声で言う。


「その声には……従うな……そいつは……お前を呪いに取り込む……つもりだ」


「……分かっている。いや、ようやく理解できた。呪いの力は拠り所を探している。大地から溢れた力――巨人族の肉体から離れた力が新たな器を探しているんだ。だから人間を取り込もうとする。人間を器とするために」


「だ……だったら……」


「だが同時に別のことも理解した。呪いは危険な力だ。しかしそれは悪意のある力では決してない。ただ強大であるがゆえに人間の器に収まり切れないだけだ。もしそれだけの力を利用することができたのなら――」


 アメリアの心臓がドクンと跳ねる。


「非現実的な夢さえも叶えることができる」


 ざわりを空間が騒めくのを感じた。神殿に満たされた高濃度の呪素。巨人族から溢れ出した力。その力が一斉にアメリアへと襲い掛かる。クルトに噛まれたことで生じていた呪いへの耐性。その効果が切れたのだろう。


 高濃度の呪素がアメリアの全身に牙となり突き刺さる。そして彼女の魂を食い破りながらその内側へと潜り込んでいく。悍ましいまでの恐怖。侵略者に対する拒絶反応。自身が犯されていく喪失感。それら本能的に湧き上がる感情を懸命に抑え込み――


 アメリアはその身に呪いを受け入れる。


「止めろ……アメリア……」


 クルトが床に両手をつく。限界が近いのだろう。今にも崩れ落ちてしまいそうなクルトに、アメリアは膨大な呪素をその身に取り込みながら穏やかに言う。


「巨人族は約束してくれた。私の願いを叶えてくれると。現実的な妥協ではなく、非現実的な理想を叶えてくれると。この身がどうなろうと私はその夢が叶うならそれでいい」


「……ざ……けん……な……」


「……すまない……クルトさん」


 アメリアは小さく微笑んで――


 その赤い瞳をゆっくりと閉じた。


「これが私の選んだ結末なんだ」



======================



 閉じていた瞳を再び開いた時――


 少女の前には広大な花畑が広がっていた。


「……ここは?」


 少女はきょろきょろと辺りを見回す。頭上に広がる青い空。見渡す限りの草原。その草原の一画にある花畑の前に少女はいた。少女は困惑した。その場所に見覚えがないからだ。否。見覚えがないどころの話ではない。


 土地不足が深刻化している昨今。これほど広大な草原や花畑があるなど考えられない。


「――やはりここにいたんだね、アメリア」


 少女の心臓がドキンと跳ねる。背後から聞こえてきた声。その懐かしくも温かな声に少女の全身が震えた。自然と涙がこぼれ落ちそうになる。少女は気持ちを落ち着かせると赤い瞳を震わせながら背後に振り返った。


 少女の背後に――最愛の父が立っていた。


「……パパ」


「ここに一人で来ては駄目だろ。迷子にでもなったらどうするんだい?」


 父が優しい微笑みを浮かべる。少年のような屈託のない微笑み。いつもの父の微笑みだ。昨日過ごした日常が今日もまた繰り返されるように当たり前の笑顔だけがそこにある。


「しかしアメリアは本当にこの花畑が大好きなんだね」


 父が少女の隣に並んで目の前にある花畑を見やる。色とりどりの花が植えられた美しい花畑。それを一つ一つ眺めるように視線を巡らせて父がニッコリと微笑む。


「でもそれも当然か。この花畑はアメリアがまだ四歳の頃――二年前からパパと一緒に育ててきた自慢の場所だからね。何時間見ても飽きない気持ちはパパにもよく分かるよ」


「この花畑を……あたしとパパが?」


「そうだろ? アメリアは花が大好きだからね。一生懸命育てていたじゃないか」


 父にそう言われて少女は花畑にまた視線を戻した。改めて息を呑むほどに美しい花畑だ。少女は心からそう思う。だがそれと同時に少女は心に大きな違和感を覚えていた。


 父が言うように少女は花が大好きだ。だが少女は本物の花をあまり見たことがない。花壇を作るような広大な土地がないため本物の花は滅多に流通しないのだ。花屋で売られるのは造花ばかり。道端に咲く花もすぐ誰かに盗まれてしまう。


 それだけに少女は目の前の花畑に疑問を感じていた。まるで夢の中にでもいるようだ。自身が育てたという花畑をぼんやりと眺めながら少女はおもむろに父に尋ねる。


「これがあたしたちのお花畑ってことは、この土地はあたしたちのモノなの? パパはどうしてこんな大きな土地を持ってるの?」


「土地を持っている? 何を言っているんだい、アメリア」


 困惑したように首を傾げて――


 父が驚くべき言葉を口にした。


「土地に持ち主なんているわけないだろ。土地はみんなのモノなんだからさ」


「土地に……持ち主がいない?」


 唖然とする少女。だが父はその少女の反応にこそ驚いたようで目をパチパチと瞬く。


「何を驚いているんだい? この世界はパパやアメリアを含めて、人間たちよりもずっと昔からあったモノなんだよ。そんなモノに持ち主が決まっているわけないじゃないか。この花畑も、見渡す限りの草原も、誰もが自由にしていい。みんなのモノなんだよ」


 父の話を聞いて少女はようやく理解する。


 最愛の父を亡くした。父の墓すら作ることができなかった。世界中の土地は誰かのモノであり、自分たちのような一般人は生まれながらに『居場所』がない。そんな歪んだ現実を少女はこれまで生きてきた。だがこの世界はそのような歪んだ現実ではない。


 この世界は正常な()()()なのだ。


 世界の土地に所有者などおらず――


 誰もが当たり前に――


 自分の『居場所』を与えられている


「いつまでもここに居たいけど、暗くなってしまっては帰るのが大変だ。アメリア、そろそろお家に帰ろうか。お家に帰って一緒に夕ご飯を食べよう」


 父が少女に手を差し出す。六歳の少女から見て父の手はとても大きい。そして何よりも温かくて力強い。もう二度とこの父の手は少女の手を離すことはないだろう。この正常で非現実的な世界にいる限り。少女は赤い瞳に滲んだ涙を拭い取り――


「うん――お家に帰ろう、パパ」


 笑顔を輝かせて父の手を握った。



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