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第四章 巨人族2

 眩しい朝日が昇り、闇に包まれていた森に明るい日差しが差し込む。時刻は午前六時。夜の冷えが若干残されている時間帯。神殿前に設置したレストポイントで一晩を過ごしたアメリアたちは中断していたエルピダ地区の開拓を開始しようとしていた。


「どうぞクルトさん。私の手料理であるサバの水煮をご賞味くださいませ」


「そんなの食べない。クルトはあたしの心を込めた手料理のコンビーフを食べるの」


「……手料理って、お前らそれどっちも俺が持ってきた缶詰じゃねえか」


 もそもそとシーチキンの缶詰を摘まんでいるクルト。その彼に自身の選んだ缶詰を差し出しながら、イザベラとカタリナが互いに睨み合い火花を散らしていた。朝っぱらから何とも元気なことだ。アメリアはそう呆れつつクルトに紙コップを差し出す。


「クルトさん。お茶を入れたんだが良かったら飲まないか?」


「ん? おお、すまねえな。ちょうど喉が渇いていたところだ」


 クルトが紙コップを受け取りながらニカリと笑う。クルトの笑みにアメリアもまた微笑みを返す。そして自身も朝食を取ろうと缶詰を手にした。だがここで彼女は視線を感じて振り返る。クルトの真正面。そこにいたイザベラとカタリナがまるで大切なものをネコババされたような形相でアメリアを見つめていた。


「お茶を紙コップに注いだだけで女子力をこうもアピールするとはなんて狡猾な。恐らく爪とか剥がされても皮膚にネイルとかしちゃう女子力モンスターに違いないですわ」


「心なしか二人の距離が近い気がする……まさかあたしたちが寝ている間に何かあった? まずいわ。このままでは彼女を生き埋めにする穴を掘らなきゃいけなくなる」


 二人して何やら物騒なことを呟いている。アメリアは敢えて二人の視線には気付かないふりをして缶詰を食べ始めた。二人の突き刺さるような視線のせいか味がまるでしない。クルトがシーチキンの缶詰を平らげて「よっこいせ」とその場に立ち上がる。


「腹ごしらえも済んだことだし中断していた開拓をさっさと終わらせちまうか。色々とアクシデントもあったが大まかなやり方は変わらねえ。俺が一人で神殿まで行き聖剣を引っこ抜く。お前たちはここで待機して必要があればポートで逃げろ。いいな」


「承知しましたわ。クルトさんの帰りをここでお待ちしております」


「クルトなら問題ないと思うけど……一応気を付けてね」


 クルトの確認にイザベラとカタリナが頷きながらそう応える。二人の返答に「そんじゃ行ってくるぜ」と踵を返すクルト。そして彼が歩き出そうとしたところで――


「……ちょっと待ってくれ」


 アメリアは意を決して立ち上がった。


 クルトが足を止めてアメリアに振り返る。怪訝に眉をひそめているクルト。アメリアは足元にある剣を拾い上げると、その剣を胸に強く抱きしめて彼に言った。


「頼みがある……どうか私もクルトさんと一緒に神殿に連れていってくれ」


 クルトの軽薄な表情。その表情が音もなく鋭利なものに変わる。彼の変化に同調するように気楽な様子だったカタリナとイザベラもまたその表情を静かに緊張させた。しばしの沈黙。クルトがその場でゆっくりと体を回転させてアメリアの正面に向き直る。


「昨日話したはずだ。神殿にはどんな危険があるか分からない。お前たちを守ってやれる保証もない。ここで大人しく待機していろ」


 クルトの淡々とした指示。だがアメリアは引くことなく強く頭を振った。


「クルトさんに守ってもらう気などない。必要なら私を見捨てても構わない。だからお願いだ。私も神殿に連れていってくれ」


「そう言われて見捨てられるかよ。開拓者とはいえ今のお前は無力なんだ。昨日みたいな羽の生えた怪物が出てくれば、どうしたってお前は足手まといになる」


「半日以上この場で待機していたが神殿には何の異常も見られなかった。それにイザベラさんの話では、あの怪物はマイヤーハイム不動産が派遣した開拓者の一人だ。彼以外の開拓者が全員帰還していることを考えれば、怪物に変貌したのは恐らく彼一人だけだ」


「だとしても、神殿には高濃度の呪素が充満している。普通の人間なら数十秒で呪いに感染してくたばるだろう。それは昨日ぶっ倒れたお前がよく理解しているはずだ」


「だから――()()()()()()()


 クルトの眉がピクリと揺れる。カタリナとイザベラもまた表情を一段と険しいものにした。三人の反応にアメリアは自身の推測が的を射ていたと確信する。ドクドクと早鐘を打つ心臓を慎重に宥めて、アメリアは昨日から考えていた推測を口にした。


「クルトさんに噛まれると一時的だが()()()()()ができる。そう話していたな。その耐性があれば高濃度の呪素に触れても即座に感染するようなことはないのではないか?」


 クルトが小さく舌を鳴らす。余計なことを口走ったと後悔したのかも知れない。彼のその態度により確信を強めて、アメリアは畳み掛けるように言葉を続けた。


「それに噛まれることで私は元の姿に戻ることができる。元に戻ることができれば足手まといにはならない。少なくとも自分の身ぐらいは守れる。お願いだ、クルトさん」


「……どうして神殿にこだわる? ただの好奇心ってわけじゃねえんだろ?」


「……それは」


「お前が眠っている時に聞いた、巨人族の言葉が関係しているんじゃねえのか?」


 アメリアは声を詰まらせる。クルトの指摘が図星だったからだ。彼女の反応にクルトもそれを察したのだろう。クルトが眉間にしわを寄せて嘆息する。


「やっぱりか……昨日も言ったはずだ。連中の言葉は気にするなってよ」


「……それは分かっている……だが――」


「巨人族から何を聞いたのか。俺がそれを敢えて訊かなかったのは、お前はそれを知られたくないだろうと思ったからだ。巨人族の言葉は感染者の心理に大きく影響されている。そんな言葉を他人に教えたくないだろ。だが一つだけ言える。奴らの言葉はデタラメだ。下らない寝言だと無視するのが一番なんだよ」


「……もし連れて行ってくれないのなら」


 アメリアは瞳を鋭くしてはっきり告げる。


「クルトさんが神殿に入った後に――私は一人ででも神殿に入る」


 クルトが沈黙する。口を閉ざした彼を真正面から見据えるアメリア。カタリナとイザベラもまた沈黙して成り行きを静観していた。突如吹き付けた風に樹々がざわめく。そしてそのざわめきが徐々に静まっていき、再び周囲が静寂に満たされたところで――


 クルトが「……はあ」と肩を落とした。


「条件が二つだ。神殿の中では俺から決して離れないこと。そしてお前が何を言おうと俺が危険だと判断した時は、お前に許可なく噛みついて外に放り出す。それでいいな」


「もちろんだ! ありがとう、クルトさん!」


 アメリアは表情を輝かせて頷いた。クルトがまた嘆息して念押しするように言う。


「言っておくが、神殿に行ったからとお前の考えている何かが解消されるとは限らねえぞ。繰り返しになるが、連中の言葉なんぞ意味のない寝言みてえなもんなんだからな」


「分かっている。では早速だが噛んでくれ。時間が惜しい」


 アメリアは鼻息を荒くする。我ながら何とも調子が良い。クルトがやれやれと頭を振りながら歩き出す。そしてアメリアの手前で立ち止まると彼女の肩に手を乗せた。


「んじゃま……行くぜ」


「ああ。ガブッといってくれ。ガブッと――」


 アメリアの脳裏にふと何かが過る。何か大切なことを見落としている気がする。呪いを喰らうクルトの噛みつき。その最大の問題点が何かあったような。不思議と体が急激に熱くなる。アメリアの肩をがっしりと掴んでクルトがニヤリと牙を剥いて笑った。


「今度は()()()()()()()()()なろうと、ちゃんと声を抑えろよな」


「……あ」


 アメリアはここで自身の失態を悟る。クルトの噛みつき。その行為で生じる副作用。抗いようのない強烈な性的快楽。その恐ろしい事実をすっかりと忘れていた。


 カタリナとイザベラがこちらをエグい形相で睨んでいる。クルトに噛まれたいがために言葉巧みに彼を説得したとでも思われたのかも知れない。牙を剥きながら近づいてくるクルト。自身を快楽にいざなうその凶器にアメリアは顔面を蒼白にした。


「あ……タ、タンマ……クルトさん。わ、私……ちょっと心の準備が――」


「もう遅ええええええええええええ!」


 クルトがアメリアの首筋にがぶりと噛みついて――


「ふぅん……ああぁあああああああああああああああん!」


 アメリアの喘ぎ声が森の中にこだました。



======================



 外人種が残した遺跡。その神殿の前に立ち止まりクルトが背後を振り返る。


「おい大丈夫かよ?」


「だい……じょうぶ……」


 クルトの言葉にアメリアは震える声で返答した。剣を杖代わりにしてフラフラと歩くアメリア。膝をガクガクと揺らしている彼女にクルトがニヤリと意地悪い笑みを浮かべる。


「今にも腰が抜けそうじゃねえか。そんなに噛まれたのが気持ち良かったのかよ?」


 アメリアの顔がカアッと赤くなる。クルトによる噛みつき。そのおかげでアメリアは二十歳の姿に戻っていた。だがその代償は大きく、噛みつきによる強烈な快楽が未だ体から抜けきっていない。ゼエゼエと息を荒げるアメリアにクルトが気楽に肩をすくめる。


「高濃度の呪素が溜まっている場所を通るんだ。普段よりも念入りに噛んでやったからな。気持ち良かったのは結構だが、そろそろシャンとしてくれねえか?」


「べ、別に気持ち良くなんかなってない!」


 アメリアは体に残る快楽を無理やり押し込めてぐっと背筋を伸ばした。


「少し驚いただけだ! というか待てと言ったら噛むな! おかげで元の姿に戻る際に服が破れてしまったじゃないか! 咄嗟に毛布で体を隠したからまだいいが、危うくその場で全裸になるところだったぞ!」


「服を引き裂きながらでっかくなるのは中々にエロかったな」


「黙れ! それに子供の服も破れてしまい今度また子供に戻った時に着る服がないぞ!」


「呪いを解けば子供には戻らねえだろ?」


 クルトが軽薄に笑いながらそう答える。それはその通りなのだが何とも腹立たしい。因みに呪いを解いた時を想定して大人の服は事前に用意していた。ゆえに一時的に元の姿に戻っている今はその服――動きやすさ重視のシャツとズボン――を着用している。アメリアは慌てて着込んだ服の襟元を手で整えながら赤い瞳をギロリと尖らせた。


「とにかく私は気持ち良くなどなっていない。人聞きの悪いことはよしてくれ」


「変にこだわる奴だな。まあ何でもいいが、それなら次からは少し手伝ってくれな」


 クルトのぼやきにアメリアはうっと声を詰まらせる。一晩を過ごしたレストポイントから神殿までの道中。クルトはすでに複数体の呪瘍と戦闘して始末している。対してアメリアはろくに身動きもできずクルトの戦闘をただ眺めているだけだった。これでは子供の時と同様、足手まといに過ぎないだろう。


「……体の調子は戻った。次からは私も戦闘に参加すると約束しよう」


 アメリアは剣をかざしてそう誓った。クルトが「ま、期待してるぜ」と笑いながら神殿へと向き直る。そして神殿の正面にある扉に近づいてその扉を躊躇なく開いた。


 開かれた神殿の入口扉。アメリアは赤い瞳を細めて入口から神殿の中を覗き込んだ。神殿内部に満たされた闇色の霧。触れるだけで呪いを感染させる高濃度の呪素。自然と唾を呑み込むアメリア。緊張感を覗かせる彼女にクルトが正面を見据えながら警告する。


「俺に噛まれたことでお前は一時的にだが呪いに耐性ができている。それでもこれだけ高濃度の呪素に触れては長いこと持たねえ。せいぜい三分が限界だろう」


「……たった三分か」


「それより短いかも知れない。さっきも話したが、俺が危険だと感じたら容赦なくお前に噛みついて外に放り出す。駄々をこねるようなら力づくでも大人しくさせる。いいな」


「……分かっている」


「よし……それじゃあ入るぞ」


 クルトが歩き出し闇色の霧に満たされた神殿内部に侵入する。アメリアは反射的に神殿に入ることを躊躇してしまうも、すぐ気を引き締め直してクルトの後に続いた。


 神殿の入口を抜けた先にある部屋。その部屋には手前から奥にかけて複数個の長椅子が等間隔に並べられていた。長椅子の正面には小さな演台と巨大な絵画がある。絵画には二人の美しい女性が描かれており、その女性をよく観察すると、それが入口前にある二体の女神像と同一人物であることが分かった。


 外人種の遺跡であるこの神殿は放置されてから少なくとも百年以上が経過している。ゆえにその内装には至るところに経年劣化が見られた。さらに部屋に充満した闇色の霧で視界も悪いためか、どこかおどろおどろしい雰囲気が感じられる。


「ここは礼拝堂のようだな。絵画に描かれているのは、外人種が崇拝していた過去と未来の女神――ウルズとスクルドだ。奴らの遺跡には彼女たちの姿がよく残されている」


「外人種が崇拝していた女神については私も話で聞いたことがある。最近では私たち人間たちの間でも、その女神への信仰が広まり始めているらしいが」


 クルトの説明にアメリアは頷きながらそう返事した。クルトが部屋の中に視線を巡らせながら「そうみてえだな」と苦笑する。


「外人種自体を神々の末裔だとか信じている連中もいるぐらいだ。そいつらが崇めていた存在ともなれば箔もつくだろう」


「……この部屋に聖剣があるのか?」


「いや……ここには見当たらねえな。聖剣は地区により形が異なるが共通して地面に突き立てられている。部屋の奥に扉が見える。扉の先の部屋も調べてみようぜ」


 クルトがそう話しながら歩き始める。アメリアもまた彼の後をついて歩いた。部屋に並べられた長椅子。その間を足早に進んでいく。アメリアは部屋を何となく見回しながら、前を歩いているクルトにふと疑問を投げる。


「昨日私たちに襲い掛かってきた翼を生やした男。彼はマイヤーハイム不動産が派遣した開拓者だったと聞いている。彼はこの神殿にある呪素で呪いに感染したのだろうか?」


「恐らくな。俺に呪いを喰われてくたばるのは呪いの感染者――その末期の奴だけだ」


「どうして彼はこのような高濃度の呪素が充満した神殿に入ろうと思ったのだろう」


「さあな……高濃度の呪素に対する認識が甘かったのか。それとも手柄を立てようと先走ったのか。死んだ本人に直接聞いてみないことには分からねえよ」


「……呪いに感染して彼は死んだ。だが彼は不幸だったのだろうか?」


「どういう意味だ?」


「……彼は翼を生やして神殿から上空へと飛び出した。その時、私には彼が――」


 どこか幸せそうに見えた。


 最後の言葉を喉にしまいアメリアは沈黙した。部屋の奥にある扉の前にクルトが立ち止まる。扉を無造作に開いて部屋の奥に入るクルト。アメリアもまた足を止めることなく彼に続いて部屋の奥へと入った。


 奥には伽藍洞とした小部屋があった。礼拝堂とは異なり家具の一切が置かれていない。その部屋にあるモノはただひとつ。部屋の中心にある小さな台座に突き刺さる――


 一振りの剣だけだった。


「あれが聖剣のようだな。あれを引き抜けばエルピダ地区の呪いは解ける」


 警戒していたトラブルもなく聖剣をすんなりと見つけたためか、クルトが安堵したように息を吐いた。部屋の中心に突き立てられた聖剣へと近づいていくクルト。アメリアはその彼の背中を見据えながら――


 剣を鞘から引き抜いた。


「――!」


 剣を構えてクルトに切り掛かる。アメリアの敵意に反応してクルトが横に素早く跳ねた。クルトの黒コートを僅かに掠めてアメリアの剣が振り抜かれる。


 クルトがさらに一歩飛び退いて即座に体勢を整える。聖剣から距離を開けたクルト。その彼を見据えてアメリアは剣を体の中心に構えた。アメリアの不意打ちにクルトが軽く舌を鳴らす。苛立ちを覗かせたクルトに――


 アメリアはきっぱりと告げた。


「聖剣には近づけさせない」


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