ダブルブッキング
魔物討伐検定というものがこの世界にはある。
魔物の種類や保有属性、解体方法などを答える筆記試験と戦闘技術を試す実技試験を乗り越えることで取得できる資格だ。
3級、準2級、2級、1級があり、3級で小型魔物、準2級で大型魔物の討伐、2級で賞金稼ぎ行為が許される。
1級は魔物や人間相手の知識と戦闘技術を兼ね備えたことが証明されているプロフェッショナルだ。
少女は僅か14歳で1級に合格した歴代最年少の天才と呼ばれている。
「あ〜、退屈だな。左側、なんか面白い話してくれよ」
「右側。俺たちはこれで金を貰ってるんだ。真面目にやれよ」
「つってもよぉ〜いつまでも突っ立ってるだけだぜ? あ〜あ。不審者来ないかな」
「縁起でも無いこと言うんじゃねぇよ」
夜、騎士団からの追加の依頼を引き受けた少女はある屋敷の近くで息を潜めていた。
この街の統治を国から任されている貴族の屋敷だ。
入り口の前には2人の男が見張りをしている。
こちらから見て右の男は警戒心が強そうだが左にいる方は油断した様子だな……
そう判断した少女は闇に紛れながら移動を始めた。
○
「まあもう少ししたら交代の時間だ。気を張っていこうぜ」
入り口の左側に立つ男が右手を見る。
するとさっきまで会話していたはずの男は姿を消していた。
「? おい、どうした? トイレか?」
返事は無い。
男は気を引き締めて剣を抜くとゆっくりと右側へ向かった。
「おい、ふざけてんのか? それならそれで構わないが……」
緊張を和らげるために言葉を発しながら歩を進める。
すると物陰に右側にいた男が横たわっていた。
「っ! だっ、だれ……むぐっ!?」
人を呼ぼうとしたその時。
背後から何者かに手で口を押さえられ、足を絡ませて首を絞められる。
男は少しもがいていたが、すぐに意識を飛ばした。
○
入り口の見張りを片付けた少女は中庭の茂みに男たちを隠すと改めて屋敷を見る。
玄関は論外。おそらく中にも見張りはいるだろう。
比較的目立たずに侵入するには……
「……窓だね」
屋敷の外壁の凹凸に手足を引っ掛けてすいすいと登る少女。
3階の窓にそっと手をかける。
「まぁ、そりゃそうか」
内側から鍵がかけられている。
とりあえず鍵のかかっていない窓を探す。
強引に開けることも不可能ではないが、無駄にリスクを背負う必要は無い。
「ラッキー」
しばらく探すと鍵のかかっていない窓を見つけた。
慎重に開けて、音を立てないように注意しながら中に入る。
どうやらここは子ども部屋のようだ。
5歳ほどの幼い少年がベッドの上で布団をはだけさせて寝息を立てていた。
「風邪ひくよ……」
呟きと共に布団を直してあげる。
そしてドアをゆっくりと開けて部屋を後にした。
○
「むっ、むぐっ!?」
物陰に隠れては見張りを無力化し、隠しながら屋敷内を進んでいく。
そして一際大きな扉を見つけた。
おそらくここに標的がいる。
扉を少しだけ開けて中に入ると髪の薄い太った男が醜い顔をにやけさせながら書類に目を通していた。
こちらには気がついていないようだ。
姿勢を低くしながらインテリアやテーブルの陰を意識して男に近づく。
「ひっ!?」
男の背後からコダチと呼ばれるダガーを首筋に当てる。
「騒いだら殺します」
鈴を鳴らすような高い声。
しかしその声色には感情がこもっておらず、少女の言葉が本気であることを認識した。
ちらりと少女が書類を見る。
「やはりあなたがマヨネーズの密造を手引きしていたんですね。街を任される貴族が、嘆かわしい」
「かっ、金ならやる。どうか、命だけは……」
「綺麗なお金が貰えるので間に合ってます」
そういうと男の延髄をコダチの柄で思い切り殴り、意識を刈り取る。
後は男を連れて気付かれないように脱出するだけだ。
すると突然、下の階から騒ぎ声が響いた。
気付かれたか……?
少女が直接戦闘に意識を切り替えようとするが、剣や魔法を放つ音が聞こえる。
誰かと戦っている……?
しばらくすると戦闘音は消え、代わりに足音が近づいてくる。
少女の胸に緊張が走る。
勢いよく扉が蹴り開かれ、30代半ばほどの男が入ってくるのと少女が得意な風魔法の刃を投げつけるのは同時だった。
「おっと危ねぇっ!」
わざとらしく言いながら右手に持った剣で刃を弾く。
真正面からの突破、消す気の無い足音。相当な腕だ。
「……ギルドの人間ですか?」
「ああ。そういうお嬢ちゃんも?」
一触即発の空気が流れる中、言葉を交わす。
「この依頼は僕が引き受けました。他にいるなんて聞いていません」
「それはおかしな話だな。俺も他にいるなんて聞かなかった」
しばしの沈黙。
「多分、ギルドの発注ミスですね。とりあえず安全な場所で相談を……」
「うわぁぁぁっ!」
会話を切り裂くように剣を携えて部屋に駆け込む見張りの1人。
少女はすぐさま風の刃を足に投げつけて転倒、そのまま延髄への打撃で気絶させる。
「ひゅ〜。かっこいいねぇ。それシュリケンってやつだろ? その格好といい、西の国でニンジャか」
茶化すように感嘆の声を上げる賞金稼ぎの男。
「そういうのいいです。とりあえず脱出しましょう」
気絶した貴族を担ごうとする少女。
だがびくともしない。
「……すみません。お願いできます?」
「おいおい……俺がいなかったらどうする気だったんだよ……」
呆れながら貴族の男を背負う賞金稼ぎに少女は顔を赤くした。
○
「ん? 何してんだ? ニンジャのお嬢ちゃん」
「東の国の弔い方ですよ」
「お優しいねぇ。俺が殺っちまった連中もかわいい子に悼まれてさぞ嬉しいだろうよ」
賞金稼ぎが斬り捨てた人間も何人か死んでいるだろう。
少女は屋敷の前で手を合わせる。
「殺しには責任が伴うんですよ。僕も多少の経験はありますが、気分の良いものじゃない」
「東の国は礼儀を重んじるんだったか? そりゃ悪かったな」
そして少女は賞金稼ぎの男とついでに伸びている貴族の男と一緒に闇に包まれた夜の街へ飛び出した。
彼は追い詰められても自爆したりしません。