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第七章

     (7)


  2007年 2月 冬 



 影山に言われた事を考えて居た。


 今まで散々カスリを入れて来たのに、まだ次郎から絞ろうとしているのだ。


 考えれば考えるほどムカつきが止まらなく成って来た。


 今の影山があるのは自分が居たからじゃないか、次郎がせっせと持って行った金があったから、今が有るのだ。


 それに、次郎は懲役に行く事によって、責任は全て取って居る。


 影山は美味しい思いをしただけだ。


 要するに次郎はなめられて居るのだ。


 そう考えると段々と腹が立って来た。


 やってやると思えてきたのだ。


 絶対にやってやる、あの男を見返してやると思った。


 そう思うと居ても立っても居られなくなってきた。次郎は電話をかけ始めた。


 まずしなくてはいけないのは、市場調査からだ。出来るだけ情報を集めるのだ。


 どこのネタが良いのか。値段の比率。今の客層。それと大事なのは、警察がどこを重点的にしているのか。


 今考えうるコトに、全てを費やすのだ。やらなければならないことは山住だ。


 結局影山は次郎をこの状態にしたのだ。次郎の扱い方を良く知っている。


 しかし、次郎はそのことには気づいていなかった。いつも後から気付くのだ。


 そして次郎はシャブのシノギを始めた。




「あ、ちょっと。さっき刑事やと思うんやけどな。兄ちゃんのコト聞いてったわね」


 ビルの管理人が声を掛けて来た。


「えっ。俺のコト?」


「そうや。写真も持っとって、この人間は良く顔を出すのかとか聞かれたわ」


「オッちゃん、それマジで。ホントに俺の写真やったね?」


「間違える訳なかよ。つい、今さっきの話しやけんね」


「マジかぁ・・・それは間違いなく、内定捜査やん・・・」


 シャブのシノギを始めたばかりである。もう内定され始めたのだろうか?


 客で捕られた人間は、誰も居ないはずだ。 毎日連絡して確認しているのだ、間違いはない。


 ちんころ(密告)だろうか?それにしては早すぎる気がするのだが・・・


 実際にシノギがスタートしてまだ1週間と言うところだ、余りにも早すぎる。


 ここは影山組の事務所が入っているマンションビルだ。


 さっきのオッちゃんは管理人だ。


 なにか冗談でも聞いた気分である。実は、管理人室からまたオッちゃんが出てきて、今のは冗談でしたぁ~とおどけて見せるのではないだろうか?


 そう思ってしばらくその場に留まって居たのだが、オッちゃんは出て来なかった。


 次郎は考えた。最近何か変わったことはなかっただろうか?


 自分の神経に触れるもの、何かいつもと違うコトをしただろうか?一つだけある。


 先週次郎が務めていたN刑務所から、知り合いが出所してきたのだ。


 次郎の携帯電話に連絡が入ったのだ。同じ工場で地元も同じということで、次郎は可愛がってやって居た奴だ。


 取りあえず放免祝いの代わりに、居酒屋で飯を食い 何件か飲みに連れて行ってやった。


 そいつは出てきたばかりで金もない、何か仕事は無いですか?何でもしますからと言うので、今まさに売り子(配達員)として使ってやって居るのだ。


 しかし、まさか・・・ 俺を売ってアイツに何か得があるのか?


 当座の寝床もないということで、取り敢えず影山組の事務所で寝泊まりをさせて居る。


 今日もそいつを迎えに来てやったのだ。


 そいつの名は、川久保健一と言う。次郎より五つ年下で可愛がってやって居たのだ。


「あ、次郎さん、お疲れ様です」


「おう健一、迎えに来てやったぞ」


「どうもありがとうございます」


「そんな事より、刑事が俺の写真持って内定捜査しよるけど。何でか?」


「えっ・・・し、知りません」


 一瞬、健一の動きが止まるのを見た。カマをかけたりするのは苦手である。


「俺を売って、お前に何の得がある?返答は慎重にしろよ、それでお前の処遇が決るんやからな」


「あ、あ、あの~、その・・・た、頼まれたのです」


「はぁっ、誰に?」


「よ、四課の本山刑事にです」


「その四課の本山が、何でお前に頼むんや、と言うより、お前は俺を売ったんか?」


 しばらく震えて、声も出せない様子だった健一だが、次郎の舌打ちを合図に、関を切ったように話し始めた。


 四課の本山とは元々の知り合いだったらしい。小学生だった頃、剣道教室に通って居てその頃からの知り合いだと言うから、かなり長い付き合いなのだろう。


 四課とは、暴力団捜査四課のことで通称マル暴などと呼ばれている。


 その本山は健一のコトを何かと目にかけていて、捕られたりすると心配して面会に来たりしてくれるそうだ。俺からしたらそんな事はどうでもいい。


 そして今回出所して挨拶に行った時に、頼まれたのだそうだ。


 暴力団もしくは、それに準ずる者の身柄が欲しいのだと。


 話を聞くと、本山に挨拶に行った時にはすでに売り子の仕事をしていたはずだ。


 普通で考えれば、俺を売れば必然的に自分も捕まることになるのだが、そうはならないように話しは出来ているのだろう。怒りに目がくらみそうになる。コイツは外道だ。


 この先生きていても、どうせ同じような事を繰り返すだけだろう。


 殺してしまうか・・・一瞬殺意が芽生えたが、今はダメだ。



 

「健一、俺はお前を可愛がって来たつもりだが、お前は俺を売ったんやな?」


「はい、売りました・・・すいません・・・すいません」


「今までにもこうして、警察に売った奴は居るんか?」


「は、はい・・・居ます」


「お前は 外道やのぉ」


「すいません、すいません、すいません・・・」


「いや、すいませんじゃ、済まんの。お前はこの先、生きていてはならん人間や」


 健一は土下座して泣きじゃくって居たのだが、次郎の言葉に一瞬ギョッとして、顔を上げた。


「お前は俺を売ったんや。この俺をなぁ・・・分かっとんのか、ゴラァ~ッ!」


 最後の怒鳴り声は、コラ~ッとゴルァ~ッの中間の声で発音した。


 その瞬間ビックリしたのだろう、健一は、ピョコンと立ち上がった。


「誰が立って良いって言ったんか?」


 その瞬間また健一は急いで土下座の体制に身体を戻した。まるで、立ったり座ったりする子供のおもちゃみたいだ。


 取りあえず少し落ち着いてきた次郎は、いま自分の置かれた状況をどうするか考えた。


 どうするべきなのか、しばらく考えてみたが、答えは出ない。


 実際、他の人なら、次郎の立場と同じ状態にあれば、いったいどうするだろうか?一人一人どうするのか、正解を聞いて回りたい衝動にかられる。どうするべきか・・・


「おい健一、電話かせや!」


 ゆっくりと泣きはらした顔を上げ、健一がいやいやをした。


 この期に及んで、断る積もりだろうか?


「お前、2回も同じこと言わせるなよ」


「は、はい、すみません。ど、どうぞ」


「本山の番号はどれか?」


「その本部長と出ている番号がそうです」


 どうやら本山は警察組織内では本部長の役職を持っているようだ。ただの平刑事ではないと言うことだ。しかし本部長とは・・・


二代目足立組での影山の役職と同じではないか。一瞬笑いそうになった。健一から携帯電話を取り上げ、本部長とある部分にアイコンを合わせ、発信ボタンを押した。 


「畑中やけど。あんたら俺を捕るつもりかな?」


「そのつもりで動きよったんやけど、こうして電話して来るくらいやけ、今捕りに行っても何も出らんやろ?内定は中止ばい」


「へ~、そりゃ良かった。それにしてもあんたら、汚い捜査しよんなぁ」


「捜査にキレイも汚いも無いばい。それよりも健一はそこに居るんね」


「ドブネズミなら、ここに一匹居る」


「どうするつもりなん?」


「あんたら四課なら分かるやろ?こうなったドブネズミの末路くらい・・・」


「手は出したらつまらんばい」


「こんなして巻き込んだのは、そっちやろ?何かあったら責任とらなよ」


「じぶん分かっとるんね?今話しよる相手は警察官ばい」


「しかしこのガキは俺を売ったけね、あってはならん事やね」


「許してやりぃよ。じぶん、捕られてないやない」


「今後も捕られんって保証がない」


「今後のコトは約束出来んけど、今回のコトでは絶対に捕らんから。約束するけ、許してやりぃよ」


「・・・」


「手を出したらじぶんが損をするだけばい、俺らは見過ごす事が、出来んなるばい」


「俺だけじゃないやろ、コイツに売られて捕られたのは。そこら辺を詳しく全部聞こうかと思っとる」


「ちっ、それ健一から聞いたん?健一がしゃべったとね」


「人数と名前を聞くだけやわ。後は俺がきっちりと、その人間に伝えるだけや」


「健一は県外に出すばい。それで許してやってもらえんかな?警察敵に回しても良い事なんか、何もないばい。今回は俺らに恩を売っときぃよ」


「そうやね、今回はそうしようかな。その代わりこのドブネズミだけは、2度と俺の目に触れんようなとこまで連れていってくれや。じゃないと俺、ホントに殺すかもよ」


「自分もう一回言っとくばい。今話しよる相手やけど、警察官ばい」


 その後、本山とは健一をどこで引き渡すのかを決めて、電話を切った。


 健一は下を向いて、震えている。


 本山には、健一に一切手を出さないと言う約束をさせられた。


 今回の件では捕られないだろう。


 しかし他所の警察署が来る可能性はあるかも知れない。


 実は警察官どうしで裏取引が成立していたとしても、こちらでは調べようがない。


 俺たち裏側の人間にとって、警察とはどこまでも平行線だろう。


 おとなしいので健一の方を見ると、スヤスヤと眠っていた。本山と約束していたのだが一発だけ、思いっきりゲンコツを頭に放り込んでやった。


 これくらい良いだろう。我慢できない。




「ホント、捕らんのやろうね?」


「それはもう無いばい。約束は守る」


 校外のファミリーレストランで本山と合うコトにして居た。誰に見られるか分からないからだ。


 相手は刑事である、もし誰かに見られて要らぬ疑いでも持たれたら、コノ商売はやっていけない。 


「そんないい加減で良いのかな?アンタらは国のシノギやろうに・・・」


「内定見付かっとるしね、まぁこっちにも色々あるんばい」


「ドブネズミは車の中で、ちゃんとお行儀良くしとるから」


「さっき店の中に入るとき、確認したから分かっとる」 


「で、なんかあるんやろ?」


「ん、なんかとは?」


「こんなところまで来て、会うんやからね。ネズミ1匹迎えに来れば良いだけの話しじゃ無さそうやね」


「畑中って名前は良く聞いとったけね。これを機会にどんな人間か、話しでもしてみたかった、じゃあダメかな」


「ははは、まぁいいや。Sにはならんぞ」


 本山がニヤリとした。


 Sとは、警察が抱えるスパイのことだ。捜査する上での情報源になる。そう言った人間をいくつか抱えた方が、闇雲に捜査するよりは良いのだ。


「始めはそうしようと思ったけどね。どうせ そう言うとは思っとったよ」


「ほぉ、正直やね。じゃあどうして?」


「さっきも言ったが話をしてみたかったんばい。個人的な興味もあってね」


「興味?四課のアンタがやくざでもない俺に?そりゃおかしいわ」


「そんな事はない。今のK会で影山ほど金持っとる若手はおらんばい。その影山にせっせと上納しよったのはアンタやろうに、情報はちゃんと入っとるばい。そんなアンタは立派な捜査対象になっとるんばい。前回もN県警に持って行かれたけど、ホントはうちがやらないかんかった話しやしね」


「ふ~ん。そんなもんかね」


 次郎は昔を思い返した。


「その畑中がまたシノギ始めたって聞いたらね、興味出て来るばい」


「今回は捕らんのやろ?でも安心しとったころに、他署からバクッて来るんやないの」


「それは俺を信用してもらうしかないけど、こっちからは今回の情報は他署に流すことは絶対に無いけ心配はせんとき」


「分かった、アンタ刑事やけど信用出来そうや」


「アンタも健一の件は約束守ったけね」


「ははは、でも本山さん、実はゲンコツ一発入れとんのやけどな」


「あはははは、畑中さん、それは許容範囲ってやつばい」


 笑うとなかなか可愛い顔をする。警察とは何所までも平行線かと思っていたが、本山とは仲良くなれそうな気がする。


こんな刑事も中には居るのか、と次郎は思った。



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