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第一章


裏側うらがわ

   裏社会でしか生きられない男達の物語


 この世の中は表の世界と裏の世界が混じり合うことで成り立っている。物事には、表と裏が必ずある。


 右があれば左があり、上があれば、下がある。北があれば南だし、善があれば、悪がある。昼があれば夜があるという様に、すべてがそうである。表があれば、その反対は裏なのである。


 どちらが表でどちらが裏かは分からない。いま当たり前にある日常生活、道徳、法律が表の世界なら、それに反するもの、嘘、非日常、犯罪はすべて裏いうことになる。



(1)

  

  1999年 7月 夏


「あぁ金がほしい~、どっか良い話ないかのぉ。 なぁ淳、どっか良い話ないかぁ?」


 次郎は弟分の淳に聴いた。


「はぁ、兄貴、金もええですが、ノストラダムスの大予言、あれホンマですかねぇ。ホンマなら今年やないですか、世界の終わりが来るのは・・・」


「おお、それやそれ、ホンマに世界の終わりが来るなら、そこら歩きよるええ女全部犯しまくっちゃる」


「あー、良いですね。 なら自分、アユ行ってやりますわ。 中に出したりますわ」


「バカやのぉお前は、あれクラスのアーティストになったら、ごっついSPがついとるわい。 お前なんか赤子の手を捻るようにして殺られるわ。間違いなく瞬殺よ」


「ははは、その前に後ろから、こうバーンですわ。世界の終わりですよ、殺したって良いでしょ」


 淳は幸せな男だ。


「おぉ、良い、良い。でもアユはそのSPに先に犯られて居るわ」


「なんすか?兄貴 人の夢 壊さんで下さいよぉ」


「なんやお前?夢って、こまいのう。てか、ノストラのそれに絡めて、リアルな感じをかもし出しやがって、想像力豊かかぁ!お前は・・・」


 兄貴などと呼ばれているが、次郎はヤクザではない。


 若い頃に一度は席を置いて居たことはあるが、結局は長続きせずに辞めた。


 辞めたと言っても、会社やバイトみたいに 辞めます、はいそうですか、なんてことにはならない。


 そんな風にして辞めさせてくれる組織など皆無といって良いだろう。


 若いヤクザの辞め方と言えば、逃げるくらいしかないのだ。


 いや、逃げないと辞められない。


 だから例にならって次郎も、その逃げたくちだ。辞めたいなどと言おうものなら、百パー説得されるからだ。


 兄貴分やら何やらが出て来て、親父にこんなに世話になっときながら・・・とか何とか言われ、丸めこまれるのがオチだ。そして、結局は辞められないのだ。


 それでも、辞めると言える剛の者もいるだろう。 しかし、そうなると今度は、暴力で訴えてくる。暴力団なのである。それは得意分野だ。


 だから逃げるしかない。しかし逃げると大抵の者は破門にされる。うちを逃げた奴だから拾わないようにと、他組織に対しての伝達が回る。もちろん地元には居られなくなるだろう。もし居るところを見つかれば、酷い目にあわされる。


 大抵の場合一人では来ない、必ず多い人数で来るのだ。それがセオリーである。


 係わると、とても面倒臭いのがヤクザだ。


 ヤクザは負ける喧嘩はしない。その時勝てたとしても、必ずこっちが負けるまで来るのがヤクザだ。ヤクザが堅気に負けたら、商売が出来ない。飯が食えなくなる。


 例にもれず、次郎も地元を離れざるを得なくなり、今は九州にある地方都市で生活をしているのだが、大したお金も持たず、着の身着のままに飛び出したのである。


 まともな職に就けるはずもなく、またその気もない、とどのつまり、結局はその地区で知り合ったヤクザ者に取り入り、そのシノギを手伝いながら、なんとか生計をたて暮らしているのである。いわゆる準構成員と言うやつだ。もっと分かりやすく言えば、チンピラである。


 金持ちのチンピラなど聞いたことがない。 多分に漏れず、次郎も金が無かった。


 ジャニーズばりの容姿でもあれば、そこいらの女でもコマして、いい暮らしも出来ていたかもしれない。しかし次郎の容姿はそうでもない。 バレンタインのチョコレートは、母親と姉以外からは誰からも貰ったことがない。畑中次郎(29歳)今年の終わりには30歳に成る。


「兄貴、どこ行くのですか?」


「おう、ちょっと事務所にのぅ、お前も付いて来いや」


「は、はい」


 次郎クラスのチンピラが、用も無いのに事務所に顔を出せるはずがない。出せば面倒な用事を言いつけられるのがオチだ。普通であれば近付きはしない。

 

 ヤクザの事務所で、常時人数が詰めている組は、それなりの大きな組である。次郎が世話になっているその組事務所は、5時になると留守番電話になり、当番と言っても事務所の掃除をするだけの掃除当番だ。


 事務所など、外で出来ない話をする時に使うか、何かの集まりの時に使うと言った機能しかはたして居ないのである。


 そして次郎は、事務所に人が居ない時間帯を知っているのだ。時々用も無いのに、その時間帯に自分の舎弟を連れて行って、自分の威厳を高めているのだ。


「ん、なんやぁ、誰もおらんやないやぁ。どうなっとるんかのぅこの組は、おう。まぁ淳よ、どこでも座れや、遠慮するな」


 言いながら次郎は、いつも兄貴分が座る場所にドカッと座った。


「は、はぁ。し、失礼します。」


「おう、淳、コーヒーか何か入れろやぁ」


「え?あの、どうやって?」


「バカお前、そこのキッチン行ってみろ。 なんかあるやろう、ホンマお前は、なんも出来んの」


 いつも自分が兄貴分に言われている様に言い放つ。


「は、はい、すみません」



 ”ピンポーン”



「あ、兄貴、だ、誰か来ました」


「う、うろたえんなバカ、出て見ろや」


 言いながら、いつも自分が座る隅の席に素早く移った。淳が応対にでて何やらしゃべっている。


「あ、兄貴」


「なんや」


「ち、中国人が来ました」


「はあ?」


 淳に言われ応対に出てみると、ドアの前に男が4人立っていた。言われないと中国人だとは分からない。そこら辺を歩いているサラリーマンと変わらない。


「ナカタサン、イマスカ?」


 4人の中の1人がたどたどしい日本語で聞いてきた。


「はあ?中田裕司のことか?」


「ハイ、ナカタユウジサン、イマスカ?」


「今、居らんのやけど、なんか伝えて置こうか?」


 面倒臭いので、さっさと終わらせよう。


「トテモダイジナヨウジネ、スグレンラクネガイマス」


 4人の中国人が一斉に頭を下げる。


 中田裕司と言うのは、次郎と同じ影山組に面倒を見てもらって居るチンピラで、次郎と歳も近いことから、時々飲みに行ったりする関係で、仲は良い方だ。


 そう言えば、最近やたらと羽振りがよく、 中国人がどうのこうのと言って居た様な気がする。


 淳に中国人の応対をまかせて、奥で事務所の電話から連絡を入れてみる。


 先月の携帯電話の通話料など、どこでどう使ったのか、7万も請求が来て、目が飛び出しそうになったばかりである。


「はい、裕司です」


 事務所の電話からかけて正解である、3コール以内に中田が出た。これが自分の携帯から掛けようものなら、10コールは待たされるだろうし、たまに出ない時もある。


「ああ、裕司くん、俺、次郎」


「次郎くん?なに?どした?」


「なんか中国人が事務所に来とるぞ、中田さんお願いしますって」


「ええ!マジで?アイツら・・・事務所まで・・・今、事務所に誰が居るん?」


「俺と淳だけ」


「兄貴らは?」


「居らん」


「そうか、良かった。ちょっと次郎くん悪いんやけど、アイツらにもう中田は連絡取れんって言ぅてくれんね?」


「え?言いけど・・・、でも儲かるのやないの?」


「いや、儲かるけどもういいわ。面倒くさいし。次郎くんが好きにしたらいいよ。あと、 絶対に兄貴に言うたらいかんよ」


「ああ、分かった、兄貴には黙っとく」


「ホンマ頼んどくよ、兄貴には絶対に言うたらいかんよ」


「大丈夫って、言わん、言わん」


「おっけー。じゃあ後はよろしく」


 そう言って次郎に押し付けるようにして裕司は電話を切った。次郎にしても断ろうと思えば断れたはずだが、アイツらは儲かるという。前に裕司が話していたことに、興味があったのだ。


「さてと・・・これは、どうしたものかねぇ・・・」


 当時、全国にあるほとんどのヤクザ組織が 不良外国人(中国人も含む)との交際を禁じて居た。


 特に激しかったのは新宿歌舞伎町で、毎日のようにヤクザ組織と不良外国人組織とが小競り合いを起こしていた。ヤクザ組織のシノギと言えば、みかじめ、博打、等なのに対して、不良外国人のそれは、盗み、殺し、薬物売買、等で、一貫性として相反する等の理由から、信仰、交際は御法度等の通達が、全国のほとんどのヤクザ組織に萬栄していた。


 しかし、そんなものは建て前に過ぎない。本音は、誰に断って日本の国で悪さしよるのかと言ったところだろう。


 日本の治安はワシらが守る、警察がナンボのもんや、ワシらは必要悪なのじゃ。などと書かれた記事を読んだことがあるが、賛否両論、色々あることだろう。

 

 やれ中国人だ、イラン人だ、だからと言って、全てが悪いのかと言えばそれも違う。


 真面目に生活をしている、立派な人間の方が断然多いはずだ。


 ヤクザ組織にしても、薬物御法度などと謳い文句にしている組織であっても、営利に関しては暗黙の了解で、使用が発覚して初めて処分される、なんてことはよくあることなのである。


 立派な親分になりたいと心に決め、門をたたき、なにが良くて、なにがダメなのか結局は分からないまま、志半ばで断念した若者は多いだろう。どこの世界でもあることだが、ずる賢い人間、要領が良い人間ほど出世をするものだ。


 かく言う、次郎の属する影山組の上部団体も、不良外国人との信仰、交際は御法度を謳っている。裕司がしきりと影山への発覚を恐れたのもこの為だ。


「おう、中田は連絡とれんわい」


「エ、コマルヨ、ソレ トテモコマルヨ」


「しるかボケ、とれんものは、とれんのじゃい」


「ダメダヨ、コマルヨ。ナカタサン、ヤクソクシタヨ」


「そんなもん知らんわい。帰れ、帰れ」


「ダメダヨ、ヤクソクシタヨ。オカネ、モッタイナイヨ」


「ん、金?」


「ソウヨ、オカネダヨ、モッタイナイヨ」


「金ってなんや? 儲け話しかい」


「ソウ、モウケハナシヨ。タイキンダヨ」


「・・・・」


「ナカタサン、ヤクソクシタヨ。モウケハナシヨ。タイキンヨ」


「・・・・」


「ニホンジンノタスケイルヨ。タイキンヨ、タイキンヨ」


「おい、それってナンボになるんや?」




 1989年に天安門事件が起き、1990年頃から日本への不法集団密航が始まった。


 1993年までの中国人による不法入国のほとんどが、福建省からの密航だったとされる。


 その後1997年に香港返還を迎え、その様式は変わり、上海、北京と言った主要都市からも密入国をして来る中国人も多くなったという。その背景の多くには、蛇頭じゃとうと呼ばれる密航を斡旋する組織の活躍があった。


 1998年頃には日本の漁師と組んで、違法に密入国させるという手口が横行していた。


 日本の漁師側には、ヤクザ組織が絡んでいる。


 しかし2000年に入ってからは、その密航も激減している。


 結局は日本のヤクザ組織が、手を引いた為だ。


 中国人1人が日本に来るのに三百万円のお金が要るらしい。勿論密航だ。


 食うに食えず、貧しい中国人にそんな大金があるはずがない。そのほとんどが、借金である。


 担保は家族である。借金を踏み倒したら、残された家族は、どうなるか分からないぞ!と言う脅しだ。いわゆる人質である。


 貧しい村落から、代表者の娘を一人決め、村人全員を担保にして日本にやって来た娘だが、日本の生活に染まってしまい、日本人男性と駆け落ちをしてしまった。そうしたら村人全員が、皆殺しにされたと言う話もある。 見せしめである。


 中国では人の命は余りにも軽い。


 日本人は幼い頃から、命はとても大切だと教育を受けて育つ。


 世の中で一番大切なものは命だと、そこら辺の幼稚園児に聞いても、きっとそう答えるだろう。


 次郎たちのような、裏側で生きる者たちでも、世の中で一番大切なものは命だと答えるだろう。


 しかし中国では違う。人の命がビックリするほど軽いのだ。


 世界人口の6分の1は中国人が占めていると言う。6人に一人は中国人なのだ。


 その人口難から、1夫婦1子制度なる法律があり、一つの夫婦には、子供は一人しか認められないのだ。


 2人目、3人目の子供には戸籍が与えられないと言う、嘘のような話も耳にしたここがある。法律も厳しく、人の物を盗めば腕一本チョン切るとか、殺人未遂は死刑、覚せい剤の大量所持は死刑、と日本とは比べ物にならないほど法律は厳しくアバウトだ。


 人口難の為、そうでもして人を減らさないと国が成り立たないのだろうが、どうだろうかと思ってしまう。


 だから、日本に来てたった3万の金欲しさに、人を殺したり出来るのかもしれない。


 しかし、そんな中でも、お金持ちの家に生まれた子供は幸せだ。華僑の出身で十人兄弟なんてざらにある話だ。


 どこの世界でも、金が物を言うのだ。


 金持に生まれると幸せだ。


 話を少し戻すが、そうまでして、日本に来て、果たして利益になるのか?答えは、「成る」である。


 多くは2~3年で借金を清算してしまうらしい。後はすべて利益である。


 三百万もあれば、一生家族が食うに困らないらしい。


 物価水準は日本とは比べ物に成らない。


 密航できた中国人だが、女性であればいくらでも金にするすべはある。いつの世もそうだが、女性は身体が商品に成るからだ。


 しかし、男性はそうはいかないのだ。肉体労働、いわゆる3kと言われる職に就けたとしても、女性のそれとは比べ物にならない、おまけに辛い。


 しかしそれでも、蛇頭に支払う金額は三百万と変わらないのだ。


 そういった密航男性中国人たちが日本に来て悪事を働きだすのに、それほど時間はかからなかっただろう。




「ワタシタチ7デショ、アナタタチ3ネ」


「おいおい、なに眠たいこと言いよんじゃボケ」 


 中国人グループが7割で、日本人が3割だと言って居るのだ。


「ミンナコレヨ。イママデズットコレヨ」


 中国人が言い張る。


「知るかそんなこと、折半にせんかい、折半に」


「ヨクカク、ヨクナイヨ」


「日本じゃ昔からこんなのは、取り半って相場は決まっとんのや、折半じゃい、折半」


「アナタタチ、ナニモシナイ。オカネトリニイクダケダヨ」


「その取りに行くのが、一番大事やないんかい。そのときに何かあったらどうするんや? 日本人やないといかんのやろ?リスクは大きいやないかぃ。ほんとなら俺らが7でもええくらいやで」


「ソレジャ、ハナシニナラナイヨ」


 中国人は、一々声が大きい。


 他の人間が来たらまずいので、中国人達が宿泊していると言うホテルのラウンジに場所を移した、兄貴が来たら大変だ。

 

 中国人達の持って来た話とはこうである。


 中国人達が用意した、会社名義の銀行貯金通帳を使って、お金を引き出して欲しいと言うのだ。勿論、その貯金通帳は正規の物ではない。盗品だ。


 要領はこうだ。まず銀行が開くと同時にATMに行く。そこで通帳をATMに入れ、通帳記入を選択するのだ。


 盗難届が出ていれば、何らかのアクションがあるので、走って逃げる。


 何らかのアクションとは、ブザーが鳴ったり、通帳が吸い込まれたまま出てこなかったり、警備員が駆け付けたり、と銀行によって違うらしい。なんの問題もなく記帳されて出てきた通帳に関しては、まだ盗難届が出ていないということだ そして、あらかじめ通帳とセットで渡されている、銀行印を捺印済みの取引用紙に金額を記入して、窓口にて通帳と一緒に提出する。そしてお金を引き出すといったものである。


 1回の上限は三百万円までらしく、丁度この中国人たちが、密航時に蛇頭に支払う金額と同じ金額なので思わず笑ってしまった。


 窓口で取引用紙と通帳を渡された行員は、通帳裏の印と、取引用紙に捺印された印とを目視で確認して、こちらが記入した金額を渡してくれる。


 今考えると、目を疑ってしまうような光景だが、1999年当時の銀行はどこでもこのスタイルで営業していたのである。


 結局中国人達は、折半で折れた。いや、折れざるを得なかったのだろう。


 今から、仕事をする日本人を探す困難を考えたら、折半でもいたしかたなかったのだろう。


 仕事はさっそく明日の朝から始める。


 何人の人間が要るかは、中国人から夜中に連絡があると言うことで決まり、その場を後にした。


「しかし、淳。ホンマに儲かるんかのぅ」


「どうですかねぇ。あんなので大金が入って来るなら、苦労はないのですがねぇ」


 淳が当たり前の事を言った。


「おう、まあの。で、人間をどう集めるかやのぅ?一人はお前として、通帳一通に対して人間一人は集めんとのう」


「え、兄貴はやらんのですか?」


「当たり前やろぅ。俺は采配や、采配」


「えー、ずるくないですか、それ」


「アホ、ずるくない。主犯格が実行に手を染めてどうするのじゃい」


「はぁ、でも、どうやって人間集めるのですか?」


「そうやのぉ、まぁ、そこらのポン中やら何やらに声かけてみぃ、なんぼでも集まるわ」


 ポン中とは、覚せい剤中毒者のことで、覚せい剤を買うお金欲しさに、何でもする輩が多い。


「はぁ」


「報酬は、引き出した金額の一割や。俺も何人か心当たりあたってみるわ、お前もがんばれや」


「はぁ、わかりました」


「なんやお前。頼りない返事やのぉ」


「はぁ」


 その夜、と言っても朝方の午前4時ごろに約束どおり中国人達から連絡があった。


 通帳は3通だ。淳が一人、人間を連れてきたので、あともう一人居る。次郎は、清原と言うバンドマン崩れのポン中をあてることにした。


 清原には何度か薬を段取りしてやったことがある、金の為なら何でもするような奴だ。


「マズ、コレモッテATMイクデショ。キチョウ、スルデショ。デテクルデショ。マドグチイクデショ。コレニキンガク、カクデショ。オカネモラウデショ。タッタコレダケヨ。 カンタンヨ」


 まだ朝の5時だが、ミーティングを兼ねて一度集まることにした。


 中国人達の中の1人、自称パルコがいとも簡単そうに説明している。だが実際はそう簡単ではないだろう。


 次郎は実行犯の3人に、スーツ着用を義務付けた。企業用の通帳なので背広の方が自然だからだ。


 無い者には洋服の「よこやま」で一番安いセール品を用意してやることにした。多少の出費だが仕方がない。


 それともう一つ、中国人達に注文を付けていた。


 金額100万以下の通帳に関しては、実行をしないと言う点である。


 もし実行犯が逮捕された際、100万以上でも以下でも、罪はそう変わらないと考えたからだ。被害弁償などは初めから、さらさら考えてない。


 リスクが高い分、それに見合った報酬でないと人は集まらない。


 これには中国人達が難色を示したが、最後は伝家の宝刀「じゃあ、他をあたれ!」の一言で解決した。


 この言葉は便利だ。


「いいか、マジックで顔に黒子書くとか眼鏡かけるとか 何らかの変装もして来いや」


「え、何で、です?」


「バカやのお前ら? カメラがあるやろが。 なるべくカメラに映らんように、死角を通るように心がけや。それと出来るだけ行員の印象に残らんように、自然に振る舞えよ」


「はい」


「あと、これや。行く前は、これでバッチリ手を洗って行けや」


「なんすか、それ?」


「除光液や」


「除光液って、あのマニキュア落とすやつですよね?」


「そや、指紋が付かんらしいわ。軍手して行ったら可笑しいやろぅ?ホンマはシンナーが良いらしいけど、すぐ手に入らんやろぅ。まぁ、代用品ちゅうことや」


「へー、すごっ。でもそれ誰から聞いたのですか?」


「そこに居る中国人や。中国三千年の歴史の知恵らしいわ」


「ははは、でも何か本格的ですね」


「アホ、本格的やなくて、ホンマにやるんやで、ホンマに。よっしゃ、一度解散や、各自取りあえず仮眠でもとっとけ」


 仮眠を取るために一度解散したが、数時間ほどで、またすぐ集まった。


 10時に銀行が開店するので、朝の8時には集合した。


 取りあえず車で、隣の市まで移動する。


 ホントは、県をまたいだ方が良かったのだが、近場で済ませることにした。本当に大金が手に乗るかどうか、半信半疑だからだ。


 わざわざ遠くまで移動して、1円にもならないなんてことにでもなれば、目も当てられない。車は次郎が所有する、型おくれのパジェロと、清原が所有する年代物のジープに分散することにした。淳が所有する、シビックもあったが、これは置いていく。


「いよいよっすね、兄貴」


「おお、頼むぞ、淳」


 通帳は3通。F銀行、十一銀行の地方銀行2通と、都市銀行のみずき銀行が1通。それぞれ捺印済みの取引用紙と、通帳を実行犯の3人に渡して、近くの100円パーキングに車を停めた。


 F銀行と十一銀行が隣合わせで、みずき銀行はその100メートルほど先にある。その中間に100円パーキングが位置する。


 思わず笑ってしまう様な立地条件に、この計画が上手く行くような気がして来た。


「ハタナカサン、ダメヨ、チュウシャジョウ トメタラ」


 犯行を待つ車内でパルコが言ってきた。


「なんでや」


「ニゲル、ジカンカカルデショ」


 たしかに、パルコの言うとおりである。


 もし何かあった場合、悠長に駐車場に車を停めていたのじゃ話にならない。


 おまけに駐車場には大抵カメラも備えてある。軽率な行動に思わず自分を恥じた。


「ホンマや、ま、初めてなので勘弁してくれや」


 パルコに言われ、駐車場から車を出している時、淳が帰ってきた。


「おう、えらい早いやないか。ダメやったんか?」


「いや、はいコレ」


 淳が 無造作に胸の内ポケットから封筒を取り出した。


「おお、成功か。ナンボいったんや」


「130です」


「マジか?やったのう、お前」


「楽勝っす」


 この時ばかりは淳が いつもより大きく見えた。


 車内で淳とはしゃいで居ると、もう一人、淳が連れてきた奴が帰ってきた。


 次郎と淳が同時に振り返る。


 手には封筒を持っている。金額は200万だと言う。


 そして、もうしばらくすると清原が410万円の大金を持って帰ってきた。


 一度に引き出せる金額は300万円までなので、2回に分けて引き出したことになる。


 一分一秒でも早く出て来たいはずなのに、2回に分けて同銀行で引き出してくるという離れ業をやってのけた清原は、なかなかの剛のものである。


 こいつは使えると次郎は思った。


「合計でナンボや?」


「740です」


「マ、マジか、マジでこんなので金になるのかよ」


「ナルヨ、ワタシタチ、イッタデショ。ウソ イワナイヨ。タイキンヨ」


 帰りの車内では、皆が饒舌になる。まるで遠足にでも行くバスの中みたいである。この金額をまず中国人達と折半して、実行犯の3人には一割、それを差っ引いても296万円の金額が、次郎の手元に転がり込んで来る計算になる。


 淳と清原に20万ずつの特別ボーナスを支払うことに決めた。次も良い仕事をしてもらいたいと思ったからだ。


 諸経費をざっと引いたとしても250万の儲けだ。それも今日一日だけの儲けだ。


 次郎にしたら、ちょっと車を運転して、車内でドキドキしながら、短時間待機していたに過ぎない。時給計算したら、いったい幾らの計算になるのだろうか。


 運が向いてきたのだ。今までのクソのような人生が音を立てて崩れ去り、代わりに素晴らしい世界が、福音と共に目の前に現れたのだ。


 隣に座る淳を見つめ、初めて可愛いと思った。 


 まるで、足元にじゃれ付いて来る、小さな子犬のようだ。


 笑い合う中国人達を見つめ、もしかして妖精たちではないかと疑った。


 さっきからしきりに話しかけて来るパルコを見つめ、本当は天使なのだと思った。


 人の姿を借りて、自分の前に現れたのだ。


 次郎は、深く長い眠りから、やっと目が覚めたのだ。


 思い出した、この世界は楽園で、自分はこの国を治める王だったのだ。

 



 その日を境に、生活は一変した。毎日数百万の金が転がり込んで来たのだ。


 まず、淳の名義でウィークリーマンションを借りさせた。アジトである。


 中国人達には、ホテルからそこに移ってもらう事にした。そして、これもまた淳の名義で車を一台用意した。シルバーのホンダオデッセイ、勿論中古車だ。


 淳には実行犯、いわゆる(出し子)の仕事はさせないことにした。その代わり、中国人達の仕事の手伝い、主に運転手やら雑用やらをさせることにした。


 夕方くらいに中国人達を車で仕事先へ連れていく。そして、朝方戻ってくるのだ。


 仕事先とは県外のビジネス街である。仕事と言っても普通の仕事であるはずはなく、無論、犯罪である。


 淳はその犯罪には加担しない。車の中で待機である。


 当時、ピッキング犯罪と言うものが流行していた。金属の棒状で、先がフックみたいになっている物や、尖っている物、そういったピッキングという専用の道具を使って鍵を開け、家に忍び入り金目の物を盗むのだ。


 ピッキング犯罪のそのほとんどが、中国系不良外国人の犯行であった。そのピッキング犯罪も手を変え、品を変えて進化を繰り返して、一般家庭に入るのでは旨味がなく、会社に侵入し、金庫から貯金通帳のみを摂取し、侵入した形跡を残さないようにして、出てくるのだ。そして翌日、その預金を引き出すという手口が横行していた。


 形跡を残さないようにして出てくるのは、発覚を遅らすためである。


 当時中国系不良外国人といっても、上海系中国人グループと、福建省系中国人グループとがあり、同じ中国人でありながら、その二つのグループは非常に仲が悪く、事あるごとに小競り合いを繰り返して居た。


 上海系達は、福建省系のことを、田舎者の野蛮人だとさげすむ。ホントか嘘かは確かめていないが、福建省の田舎とは、猪や熊と言った獣の毛皮を着て生活をして居る。隣の家と言えば、隣の山まで行かないといけないらしい。


 勿論、電気も無いのだろう。本当なら野蛮人と言うより、まるで原始人だ。


 その福建省系中国人達は、上海系中国人のことを、イモ引きの腰抜けだと言う。


 互いに言いたい放題だ。


 犯罪にしても、同じピッキングを使った犯罪でも、その内容は全然違う。上海系のそれは、貯金通帳のみを摂取して、後は形跡を残さないのに対して、福建系のそれは、金目の物を片っ端からさらい、酷い時には最後に火を付けて出て来ると言う大胆なものが多く、同じ中国人だとは思えない犯行である。


 次郎達に声をかけてきた中国人達は、上海系である。パルコなど、事あるごとに福建省系の悪口を言いバカにして居た。


 しかし、通帳だけを持ってきてもお金は引き出せない。 銀行印が無いからだ。


 はじめに、あらかじめ、全部の銀行から取引用紙を持って来る、犯行時にその場で捺印して元に戻して出て来るのだと思っていたのだが、実はそうではなかった。


 貯金通帳とその銀行印が同じ場所に保管しているとは限らない。


 当然、用心深い人間なら別々の場所に保管するであろう。


 中国人達と仲良くなって後から聞いた話だが、実は(プリントごっこ)を使うらしい。 お正月の年賀はがきをプリントするアレである。通帳裏の銀行印部分をコピーして、あらかじめ用意していた取引用紙の印の部分にプリントごっこを使って印刷するのである。


 プリントごっこのインクリボン部分からインクだけを空にして、その中に朱肉を入れるのだ、そしてそれをインク替わりにして印刷するのだ。すると本当に捺印したようになるのである。


 パルコ曰く、これも中国3000年の歴史だそうだ。


 犯罪とは言え、何とも賢くて思わず関心をしてしまう。言葉の通じない異国の地で、我々日本人が同じことをしろと言われても、どうであろうか。


 中国人達のそのバイタリティーには、脱帽させられる。




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