09 オルバートさん
別荘にやってきて、1ヵ月半が過ぎた。
私の仕事内容は、雑役女中のソレと変わらない。使用人が一人しかいないため、朝早く起きて料理の仕込みをし、ジルクス様の朝食を作る。ジルクス様が書斎に籠り始める頃に寝室に出向き、部屋の掃除をしてからシーツの洗濯を始める。
ジルクス様が魔物調査のために外に出かけられた後には、定期便で野菜や日用品などを売ってくれる商人の対応をする。
「ジルクス様にこのようなお美しい使用人がいらっしゃったとは」
もう何年もルヴォンヒルテ公爵家と付き合いがあるという初老の商人は、顎髭を撫でながらそう言う。私が謙遜して首を横に振ると、彼は「ははっ」と声に出して笑った。
「初めてあなたを見た時は、ついにジルクス様にも奥様が出来たのかと思ったくらいですよ」
「奥様には見えないと思いますが……」
「いえいえご謙遜を。その立ち姿、気品あふれる上品な話し方、次期公爵のジルクス様の隣に並んでもまったく遜色ありません」
「お上手ですね」
ルヴォンヒルテ公爵家と深い付き合いがあるらしい商人の男性は、ジルクス様のことをよく知っているようだった。
「いやぁねえ、ジルクス様はとっても男前で良いお人なのに、人を拒絶する雰囲気がありますからね。使用人の一人もつけやしないから、孤立化して……先が心配でした」
ジルクス様は、あまり社交界の場に出てこられない。
表向きは、領地で魔物討伐に精を出しているから、という理由。けれどジルクス様が銀髪で、人並み外れた美貌の持ち主であったことから、やっかんだ人々が「女性よりも魔物が好きなのではないか」と噂を流し始めたという。
血塗れ公爵、冷血公爵──
社交界に出てこない事をいいことに、ジルクス様につけられた異名。気持ちのいい物ではなくて、他の人からジルクス様の話題が出た時は、私はその場を離れることが多かった。
ジルクス様に婚約者がいないのも、そういう噂が関係しているのだろう。
「別荘からあなたが出てこられた時は、ついに……と思ったのですがね」
「私はただの侍女ですから。ジルクス様の隣を歩んでいくことなど、考えることも恐れ多い事です」
「さようですか……」
彼の目元のしわが、きゅっと集まる。
残念そうに頭を下げる彼に、私も礼を返した。
「あなたもお辛い目に遭われたでしょうに。このオルバート、ささやかながらもあなたのお力になりとうございます。どうぞ、これからもご贔屓に」
(オルバートさん……やっぱり私の事を知っていたのね)
初めて出会った時、私は何か言われるのではないかと身構えてしまった。貴族ではないにしろ、商人ならば貴族の噂も耳にするだろう。当然、私が魔女として断罪されたことも。
けれどオルバートさんは、私の特徴的な髪を見ても何も言わなかった。恐怖するわけでも、驚くわけでもなく、ただ一人の人として普通に接してくれた。
国中の人間から嫌われているわけではないのだと、そう思わせてくれた。
オルバートさんの姿が見えなくなるまで、私は彼を見送った。