08 「君は、優しすぎるな」
(み、見られた…………っ!?)
ジルクス様は愉快そうに口角をあげている。
「いえ、気になさらないでください」
「バカを言え。こんな夜遅い時間に、魔導護符に向かってフライパンを振り下ろす侍女がどこにいる。気にならないほうが無理があるぞ」
「う……っ」
(待って。いまの私、とっても変な女だと思われてない?)
魔導護符の効果を試したいから衝撃を与えたかった。強力な打撃を与えられそうなものが、台所にあったフライパンだっただけ。
とても真面目な理由でフライパンを使っただけなのに、間が悪い。悪すぎる。夜な夜なフライパンでストレス発散をする狂気の侍女と思われても仕方ない状況だ。
「ジルクス様、弁解の余地はございますか?」
「むしろ弁解してくれないと困る」
「ありがとうございます」
ストレスが溜まってフライパンを持っていたわけではないことを念押ししてから、魔導護符を見せる。ジルクス様は興味深げな表情で、手のひらサイズの魔導護符を見つめていた。
「これ、……本当に君の手作りか? いや、疑っているわけではないんだ。ただ純粋に驚いている」
「驚く、と言いますと?」
「これがどれだけすごいことか、分かっていないのか?」
分からない。
お母様はもっと精緻で美しいものを作っていて、私なんてまだまだだと痛感する。それに、手作りのお守りは、お母様と元婚約者であるジャークス様にしか渡したことがない。
私が人生で初めて作ったお守りをお母様にプレゼントしたのは、7歳の時だった。初めての作った時は、魔糸が上手く編めず、毛玉みたいになったのをよく覚えている。「上手く作れない!」とお母様に泣きつくと、「繰り返し練習するのよ」と優しく頭を撫でてくれた。
「魔物を討伐する家系だからな、魔物対策としてお守り、あるいは魔導護符を所有している。俺がいま使っているのは、12歳のときに老舗魔導具店から仕入れたものだが、少なくとも魔水晶の大きさは同等以上だ」
「でも、効果がなければ見た目だけが良い装飾品となりましょう? 私は魔導護符を作ったのはこれが初めてですし、フライパンの攻撃を防げただけで、老舗魔導具店と並んで賛辞を受けるのは、おこがましいと言いますか……」
「正直、効果は使ってみないと分からないが、──見てみろ、魔水晶には高純度の魔力が込められている。これほどの純度の高い魔水晶は、老舗魔導具店でも簡単に手に入るものじゃない。値段をつけるとすれば、宝石付きのドレスが十着以上は買えるだろうな」
ジルクス様は世辞を言わない方。
きっとこれも、本心から褒めているのだろう。
褒められすぎて、私がびっくりしているくらいだ。
「これだけ褒めているのに、あまり嬉しそうではないのだな」
「驚いているだけです。……あんまりにも、ジルクス様がお褒めになられるので」
「いい品を作れば褒める。当たり前だろう」
「ジャークス様にさしあげたときは、お褒めいただいたことがなかったので」
言い終わってから、後悔した。
ジャークス様に渡したお守りは、私がまだ作り慣れていなかった時のもの。質の高いものとは言いがたく、誰の目に見ても素人品だと分かる。魔獣除け効果と彼の幸せを願って、丹精込めて作ったものだったけれど、ジャークス様は良い顔をなされなかった。
『ありがとう』
そう言う彼の顔は、心にも思っていない様子だった。
(ジルクス様には何の関係もない話なのに、私ったら……)
思考を払いのけるように、首を横に振る。
眉をひそめ、不機嫌そうな雰囲気を出すジルクス様を見つめた。
「ジルクス様にさしあげます」
「俺にか?」
「はい。魔物という災厄からあなたの身が守られるよう、祈りを込めて作りました」
「…………」
灰簾石の瞳が、少し揺れた。
耐え切れないとばかりに、ジルクス様が顔を手で覆っている。
「君は、優しすぎるな」
「?」
「レティシア、ありがとう。大切に使わせてもらう」
(ジルクス様、いま私の名前を…………?)
初めて名前を呼んでくれたジルクス様は、冷血な人、というイメージからは程遠い、優しげな微笑を浮かべていた。