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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

異世界恋愛短編集

マザコン三人息子に夫と離婚してくれと言われた公爵夫人は。

作者: 兎束作哉




「母上、父上と離婚してくれ」

「母さん、父さんと離婚して」

「お母様、お父様と離婚して下さい」

「待って、どうしたの?いきなり」




 昼下がりのハーティム公爵家の一室に彼らはいきなり押しかけてきた。

 長男のアインス、次男のツヴァイ、三男のドライまでもが口をそろえて言うのだ。


「「「離婚して」」」と。さすがにいきなりすぎて、驚きも何も隠せない。いや、もしかするとこうなることを私は予想していたのかも知れない。



 私は慌てて理由を尋ねた。

 すると、息子たちは私を見つめながら声を揃えた。




「俺は母上のことが大好きだから、父上が母上のことを独占するのが許せないんだ。だから離婚して欲しい」

「僕も母さんのことが大好きだから、父さんが独り占めしてそれを僕らに見せつけてくるのが許せないんだ。だから離婚して欲しい」

「私もお母様のことが大大大好きですから、お父様にお母様を取られてしまうのが許せないのです。だから離婚してください」




 3人の告白に私は言葉が出なかった。

 まさか、ここまで……




「待って、よく考えて。彼と離婚したら貴方たちは私に会えなくなるかも知れないのよ?好きって言って貰えるのはそれも勿論嬉しいわ。私も三人のことを愛しているし……けどね、本当によく考えて。離婚したところで私にも貴方たちにもメリットはないはずよ」




 私がそう言い切ると3人はお互いの顔を見合わせていた。そして暫くした後でアインスが口を開いた。




「離婚し、家族でなくなれば俺は母上と結婚できるかも知れない」

「ちょっと、それ本気で言ってるの!?」




 長男のアインスは二十歳をむかえ、この公爵家の跡取りとして公務をこなす日々を送っている。いずれ爵位を父であるスフル・ハーティムから受け継ぐ身……


 冷静沈着、頭脳明晰な彼がこんな馬鹿なことを言うなんて……


 冗談にしても笑えない。と、ちらりとアインスを見るがその表情からは冗談とも嘘とも取れなかった。




「父さんと離婚しても僕は、母さんについていくから」

「ダメよ。私は子爵家出身だし……それに、跡取りがいなくなったらこの家はどうするのよ」




 続いて、二つ下の次男のツヴァイもとんでもないことを言い始める。


 彼は、長男とは違い意見をしっかりと口にして計算高いプライドの高い子である。

 けれど、そんな子でさえ離婚したら私の所に来るだの何だの言い出したのだ。




「お父様との離婚後、私達と新たな事業でも立ち上げたらどうでしょうか。そしたら、子爵家でもある程度のお金は稼げるかと」

「もう、何で離婚後の話をしているのよ。別にお金に困っているわけじゃないの」




 最後にそのまた二つ下の三男のドライもこれまた、ぶっ飛んだことを言い始めた。

 彼は、三人の中で比較的消極的でいつも笑顔が絶えない子なのだが、ここまで熱く自分の思いを語ったのは初めてである。


 けれども、私が離婚した後の話をしているところを見ると彼もまた二人の兄と同じくどうかしている。




「あのね、離婚ってそんなに簡単なことじゃないの。それに私は、彼のことを愛しているの。だから、離婚する理由はないわ」




と、私は彼らに伝え紅茶の入ったカップに口を付ける。


 すると、アインスが私に言った。



 ―――どうして父上を愛しているのか?と。




「フフ……それは、話すと長くなるわね。それに、子供にはちょっと刺激が強いかもね」




 そう、私が冗談交じりに言うとそれを本気と捉えた三人は顔を赤らめてから青白くし、聞きたくないです。と耳を塞いだ。

 こういう反応を見ていると、まだまだ子供だなあと思う。そこが可愛いのだけど、でもやっぱりそろそろ親離れして欲しいなとも思う。


 私はふぅーっと息を吐いて、三人を順番に見た。



 私と同じ蒼い瞳のアインス。私と同じプラチナブロンドの髪色のツヴァイとドライ。三人ともどちらかと言えば夫のスフルに似ているので、正直私の遺伝子は薄かったんじゃないかとすら思う。



 けれど、大切な息子達と言うことには変わりはない。




「ですが、母上……最近父上は母上の事をほったらかしにして何処かに出かけています。浮気かも知れない」

「彼に限ってそんなことはないわ。それに、彼は昔から忙しい人だもの」

「母さん、父さんのことを信じすぎだよ。父さんは口数が多い方じゃないし、後から使用人に聞いて何をやっているか分かるぐらいだし……」

「そうね、でも大体は把握しているから、不便はしていないわ」

「けれど、お母様……時々しか帰ってこないのに、お父様がお母様を一日……三日と独り占めするのは許せないです」

「……仕方がないのよ、って、もういい?他に用事がないなら帰って頂戴」




 私はこれ以上話を続けられても、私の意見は変わらないと、彼らを帰らせようとした。だが、彼らは引き下がらなかった。

 普段はあれだけ大人しくて、頭がいいのに……と私は頭を抱えたくなった。

 しかし、彼らの頑固さを知っているからこそ、どうにか言いくるめてここを出て行って貰わなければならない。何故なら、明日から狩猟大会が始まるから、その準備をしなければならないかである。




「ああ、もう分かったわ。離婚する」




 私がそう告げると三人の顔色が変わった。

 勿論、本気で離婚など考えていないしする気も一切ない。だから、私は条件を出すことにしたのだ。




「明日から始まる狩猟大会で、一位を一人でも取ったら離婚するわ。ただし、一位を取れなかった場合は私は離婚しないし、貴方たちは私に離婚して何て絶対に聞かない。それでいい?」




 私がそう伝えると三人は顔を見合わせてから、大きくうなずいた。

 それから部屋をばたばたと慌ただしく出て行ってしまった。きっと明日に備えて準備をするのだろう。



 私は一人になって、ソファーに大きく倒れ込むと乾いた笑い声が漏れた。


 狩猟大会の一位とはそう簡単に取れるものじゃない。確かに、三人の剣術や魔法は凄まじい才能を感じさせ、同年齢では右に出るものはいないだろう。


 ただし、この狩猟大会……何年も連続で一位を保持しているものがいるのだ。




「……狩猟大会と聞くと、毎年思い出すのよね」




 そう、狩猟大会の絶対的王者は私の夫――――スフル・ハーティムなのだから。




***




 次の日の朝。狩猟大会の会場にて、三人息子は気合いの入った服装で会場に現われた。三人の武器はそれぞれ異なり、アインスは細剣を腰に差している。ツヴァイは弓を背負い、ドライは杖を手にしている。


 三人が姿を現したことで、周りにいた人々はざわつき始める。




「きゃー!アインス様ッ素敵です!」

「ツヴァイ様も素敵です!」

「ドライ様も!格好いいです!」




と、一瞬のうちに貴族のご令嬢達が三人を取り囲んだ。


 そう、彼らはモテるのだ。


 公爵家の令息ということで権力も財力もあり、まれに見る美貌の持ち主達である。整った顔立ちと、女性受けしそうな優しい瞳とすらりと高い足で高身長、貴族の中の貴族と言った振る舞いも完璧を通り越しており、素晴らしいスペックを兼ね備えていた。


 キャーキャーと、令嬢達に囲まれながら黄色い歓声を浴びる息子達を見て、自慢の息子だと改めて思った。



 それでもまあ、息子達がモテるのは彼らの父親であるスフルの遺伝子をかなり引き継いでいるからだろう。


 ひいきするわけではないし、勿論息子達は息子達で大切なのだがやはり夫であるスフルは別格である。彼と出会った当初から、いやである前から彼の噂は絶えなかった。

社交界に出れば皇太子の話そっちのけで公爵家の令息であったスフルの話が上がるほど、女性にはそれはもう人気であった。


 そんな彼の妻になれたことを今でも夢のようだと思っている。



 私は、令嬢達に囲まれている息子三人を遠くの方で眺めていたのだが、三人とも私に気づき声をかけてきた。すると、一斉にして令嬢達や周りにいた貴族達の目が私に集まる。




「ここにいたのか母上、探しました」

「え、ええ……せっかくの狩猟大会だし、婚約相手でも探してきたら……?」




 私は苦笑しながら言うと、アインスが眉間にシワを寄せて首を横に振った。

 他の二人も似たような表情をして、私を見ている。


 何かまずかっただろうか? 私が戸惑っているとアインスはため息混じりに言った。




「母上より美しい女性などいないです。それに、母上が生きている以上俺は誰かと結婚することなんて」

「……それじゃ、家が途絶えるわ」



 私の言葉に三人の息子は黙り込んでしまった。どうやら、家を継ぐということがどういうことなのか理解はしているらしい。そのため、何も言い返してこない。



 私は、三人の頭を撫でてあげたくなったがぐっと堪えて、微笑みかけるだけにした。


 そして、息子たちに向き直ると私は口を開いた。



 狩猟大会は三日にわけて行われる。獲物の大きさや珍しさによって点数が付けられ、その合計点で勝敗を決める非常にシンプルなものである。どの獲物もしっかりとした動物であり、魔物など混ざっていない。


 そして勿論、狩りに使用する武器は剣でも弓でも魔法でも構わない。



 ただし、1つだけ禁止事項がある。


 それは、狩猟大会に参加する参加者同士の殺し合いである。当たり前だと言えば、当たり前なのだが過去に一度だけ獲物を争った際に死者が出てしまっているのだ。そのため、参加者同士の殺し合い及び傷つけ合うことは禁止とされている。




「今年は、お父様は参加されないみたいだから、僕達三人の戦いになりそうだね」




と、ツヴァイが嬉しそうに微笑んだ。


 そういえば、ここ数日夫は仕事だと言って家を空けている。狩猟大会には毎年参加していたし今年も……と思っていたのだが、もしかすると狩猟大会が終わるまでに間に合わないのではないかと思った。




(え、それは、まずい……!)




 夫が狩猟大会に参加できないとなると、ツヴァイの言うとおり息子三人での一位争いになるだろう。

 今年も夫が参加し、優勝するものだと思っていたからこれは不味い、非常にまずいと私は内心焦った。彼らと約束した、一位を取ったら離婚するが確定されてしまいそうだから。


 そんなこんなしているうちに、狩猟大会の開会の笛がなり三人の息子は会場に向かっていった。その背中は数年前の頼りないものではなく、大きく立派になったものだと私は感慨深く思いながら、 私はある場所へと向かった。






***




「あら、一年ぶりかしらね。ハーティム公爵夫人」




 狩猟大会の会場から少し離れた所に作られた、パーティー会場。ここには、狩猟大会には参加しない令嬢や貴族夫人達が集まりお茶会を開いていた。


 私はその侯爵夫人のお茶会に招かれていたのだ。


 目の前にいるのは、セプテム侯爵夫人。その周りには、彼女の取り巻きの夫人達が私を睨み付けていた。


 正直彼女のことは苦手である。


 私は、指定された席に座り出された紅茶を一口飲んだ。すると彼女は私に話しかけてきた。

 いつものように、棘のある口調で。




「よく今年も顔を出せましたね。恥ずかしくないのですか?」

「何を恥ずかしがればいいのでしょうか……セプテム侯爵夫人」




 私は淡々と言うと、彼女がキッと鋭い視線を向けてきた。

 彼女とは犬猿……というよりかは、一方的に嫌われているのである。



 理由は単純だ。


 彼女は、元々私の夫であるスフルのことが好きだった。しかし、スフルは狩猟大会に参加していた時私と出会い互いに惹かれ結婚した。そこまでは良くあること……なのだが、セプテム侯爵夫人は元より侯爵家出身の貴族で、私は中級貴族出身、子爵家出身だったのである。

 そのため、自分より身分の低い女性に思い人を取られたと私が結婚してからと言うもの嫌がらせをするようになったのだ。それまでは、眼中になかった、私の存在など知らなかったのというのに。




「今でも思い出しますわ。貴方が、男性の服を着てクロスボウ片手に森に入っていく姿を。やはり、中級貴族出身の身じゃ貴族のあり方というものが分からなかったんでしょうね」

「狩りが好きなので」




と、返すとセプテム侯爵夫人は鼻で笑い出した。


 私は何も言わず、ただ黙って彼女を見つめた。




「まあまあ、全く野蛮ですわ。今日は、クロスボウをお持ちでないのですか?さすがに、その年で狩りは出来ないでしょうね」




 そうセプテム侯爵夫人が笑うと取り巻き達もクスクスと笑い始める。 

 別にどうでもいいと聞き流し私は、夫が狩猟大会に間に合わなかったら……とそちらの方が内心冷や冷やしていた。


 すると、そんな私に痺れを切らしたのか彼女は声を荒げた。

 周りの夫人達が、私に非難の目を向ける。




「それにしても、貴方の三人の息子……貴方に気持ちの悪い目を向けていましたわね」

「少し、ドが過ぎると思いますが特にそのような目を向けられたことはありませんが」

「あれは、獣の目でしたわ。まさか、母親である貴方に好意を抱いているわけではないですわよね?」




 私は思わず、笑ってしまった。そんな私にセプテム侯爵夫人は眉間にシワを寄せて怒り出す。

 私は笑いを抑え込み、紅茶を口に含んだ。そして、カップを置き真っ直ぐに彼女を見据えて言った。


 何の迷いもなく。




「まさか、そんなわけないじゃないですか。彼らには、いい婚約相手を見つけて貰い幸せになって欲しいので。それに、私は夫がいますし」

「そうですか?隠しているだけで、本当はハーティム公爵がいない間に息子達とあんなことや、こんなことを……」




と、気味が悪いというように口元を抑えながら言うセプテム侯爵夫人。私は、内心イラつきながらも表情を変えずにいた。


 そんなわけないだろう。と言い返したかったが、彼女の口車に乗ってしまったら後の祭りである。 

 それに、そんな証拠があるわけもないので、私は黙っていることにした。




「近親相姦って重罪なんですわよ。しかも、子供なんて出来た日には……!」

「長男は成人してますが、そういった事はないですし、勿論下の子二人も……私も夫も清廉潔白の身ですよ」




 そう私が言うと、また何か突っ込もうとセプテム侯爵夫人は話題を探す。

 しかし、私とてこんな茶番に付合うつもりはないので、早々に切り上げることにする。私は立ち上がり彼女に背を向けた。




「いつまで私にちょっかいをかけてくるんですか。もう十年以上前のことなんですよ?それに、貴方にも今は夫がいる。いつまでも私のこと嫉んでいないで子供達のことを考えて上げてください」 




 それだけ言い残し、私はその場を後にする。背後から、彼女の悔しそうな悪態が聞こえたが無視をした。

 彼女は十年以上もの間、私が人の男を取った泥棒猫と言い続けているのだ。今では、彼女にだって夫がいるというのに、それも子供も。

 なのに、私にいつまでもちょっかいかけてきて、恥ずかしくないのだろうか。




「貴方のせいよ!貴方さえいなければ、今頃私はハーティム公爵夫人の座を!彼の隣に立っていたというのに!中流貴族のくせに!」




 彼女は私の背中に向かって、叫ぶ。




「地獄に落ちろ!」 




 そう、セプテム侯爵夫人は憎悪たっぷりの言葉を吐き机を思いっきり叩いていたが、私は振り返らず、そのまま会場を出ていった。





***




 狩猟大会は順調に進み、夜を迎えた。


 三人息子は、狩った獲物の情報を交換したり私に狩り場での話をしてくれたりと中々楽しかったのだが、やはり夫のことが気になりすぎてあまり楽しむことが出来なかった。

 夫の姿はまだ見ていない。

 息子達の話を聞く限りだと、かなり高得点の獲物を仕留めているようでこれは確実に一位を狙えてしまうと私は嬉しいような、怖いような複雑な思いだった。


 それから、二日、三日とあっという間に最終日になってしまった。

 やはり、夫の姿はない。




「母上、いよいよ最終日ですね。母上に見合う獲物を仕留めてきます」

「うん、でも家族間での獲物の受け渡しはダメだからね……」

「離婚したら、それもありになるんだよね。そしたら、母さんを狩猟大会のクイーンに出来るのに」

「別に、クイーンは狙ってないわよ。それに、私はもう引退しているし」




と、私が言うと二人は残念がっていた。



 狩猟大会というのは代々、男性が女性に見合う獲物を献上する習わしなのだ。そして、意中の相手に獲物を献上し、その相手を狩猟大会のクイーンに……なんてものがある。

 それはあくまで、違う家の者同士で行うため家族間での獲物の受け渡し献上は禁止されているのである。


 息子達が、私をクイーンにしたいという気持ちは嬉しくないわけではないし、実際獲物を献上して貰いクイーンになったことが一度だけ合った。



 まあしかし、家族間……離婚すれば確かにそれは可能だ。

 だが、私は離婚するつもりなど毛頭ないし、仮に夫と別れるとしても息子たちにそんなことさせるつもりもない。




「それじゃあ、いってきます。お母様」




 そう、息子達は笑顔で言う。私はそれに手を振って答えた。


 さて……どうなることやら……と、彼らを見送っていると突然会場に悲鳴が響き渡った。




「きゃああああ!魔物よ!」

「逃げろ!アレは、ケルベロスだ!」



と、次々に皆が逃げ出していく。私は慌てて、息子達の姿を探したがどこにもいない。


 一体何が起きたのかと、私が混乱していると遠くの方に大きな3つの犬の頭が見えた。まさかと思い、私はそちらへ走り出した。逃げればいいのに、身体は息子達を探す為に走っていた。



 そうしてたどり着いたそこには、大きな三つ首の魔物がいた。私は思わず息を飲む。



 それは3つの首を持つ地獄の番犬ケルベロスだった。


 なんでこんなところに!?と私は驚きつつも、周りに息子達がいないかと探す。すると、ケルベロスの後ろに黒い髪とプラチナブロンドの髪を持つ息子三人の姿が見えた。



 ケルベロスは涎をまき散らしながら狂ったように、こちらに向かって走ってくる。

 大きさは五メートルをゆうに超えており、とてもじゃないが普通の人間がかなう相手では無かった。


 それもそのはず。ケルベロスは契約し、地獄から引き上げた魔物で、魔物の中でもトップに君臨するほどの力を持つ。しかし、ケルベロスは契約者がいないと現世に留まることも、操ることも出来ない。ということは、契約者が近くにいるはずと私は思った。


 私は必死に逃げ惑っている人々とは反対方向に走る。きっと、誰かが契約をしているはずだ。

 そう、信じて。そうして走っていると、ドレスに躓き転んでしまう。




『グアァアアアアアア!』




と、顔を上げるとそこにはケルベロスの姿があった。


 いつの間に距離をつめたのだろうと不思議に思ったが、それ以上に不思議なのは先ほどからケルベロスは誰かを探すように暴れていた。

 もしかして、私を狙っているのではないかと思い私は立ち上がって、逃げようとするがこの距離では逃げられない。



 このままでは殺されると思った私は目を瞑り、死を覚悟した。





 ――その時だった。私の前に一つの影が現れ、ケルベロスの攻撃を受け止めたのだ。





「母上、無事か!」

「アインス!」




 目の前に現われた黒髪の青年、長男のアインスは、剣でケルベロスの攻撃をぎりぎりの所で受け止めていた。


 彼はそのまま、攻撃を避け、反撃をする。

 その動きはとても鮮やかだった。まるで、ダンスをしているかのように優雅で、美しい。




「母さん無事!?」




と、ツヴァイの声も聞こえ、それと同時に彼が放った矢がケルベロスの目を3つ潰す。


 それに驚いたのか、ケルベロスが後ろに下がる。


 その間に私はアインスとツヴァイの元に駆け寄った。

 そして、すぐに二人に礼を言う。


 しかし、ケルベロスは目が見えなくても匂いや音などで私たちの位置を把握しているらしく、私達の方に顔を向け、襲い掛かってきた。




「お母様、お兄様離れてください!」




 そう声が響いたと同時に、地面から光の鎖のようなものが現われケルベロスの身体を拘束した。その隙に、二人はケルベロスから離れる。


 そして、その光はどんどん増えていき、ケルベロスを覆っていく。

 あまりの眩しさに私は手で視界を遮る。

 光が収まった頃には、ケルベロスは完全に身動きが取れなくなっていた。




「母上、怪我は?」




と、私の方を見て、心配そうな表情を浮かべる。三人。

 私は、三人の顔をそれぞれ見るとほっと胸をなで下ろした。


 彼らが無事で良かった……と。




「ええ……貴方たちが助けてくれたおかげで……」




 そう私が言うと、アインスが嬉しそうに微笑んだ。それに私は見惚れてしまう。何せ、その笑顔が夫の笑顔と似ていたから。さすがは親子と思っていると、横にいたツヴァイが不機嫌になり、私とアインスの間に入った。


 私はそんな彼に苦笑する。本当に嫉妬深い子だ。




「お母様、本当に大丈夫ですか?足……怪我していますが」

「あっ……平気よ、これぐらい」




 ドライが、私の足首を見て心配そうに声を上げた。

 気づかぬうちに靴擦れを起こしていたのだと知り、ひりひりとした痛みが足首を伝う。 

 それを見たアインスは、私の手を取って安全な場所へと避難するよう誘導する。しかし、その時鎖で繋がれていた筈のケルベロスが再び暴れ始めたのだ。




「くっ!」




と、アインスは私を守るように抱きかかえると、地面に伏す。

 すると、さっきまで私たちがいた場所にケルベロスの爪が振り下ろされた。

 それを、アインスの肩越しに見た私は恐怖で震えた。




「ツヴァイ、ドライッ!母上を連れてここから逃げろ!」

「ですが、兄さん一人では……!」




 そうドライが言いかけた時、ケルベロスが前足を振り下ろし、間一髪の所で私を抱えたツヴァイがドライに向かって叫んだ。




「ドライ!母さんを連れて逃げるんだ!僕は、兄さんのサポートをする」




 そう言って、ツヴァイは弓を構える。


 しかし、ケルベロスはツヴァイの攻撃を簡単に避けてしまった。

 そうして、今度はケルベロスがツヴァイを襲う。だが、その攻撃もアインスが剣で受け止め、なんとかツヴァイを守った。


 誰もいなくなった会場に緊張が走る。


 ドライは必死になって戦う二人の兄の背中を見て、爪が食い込むぐらい強く拳を握っていた。

 二人と比べ、まだ彼は幼く力もない。魔法以外はからきしダメなのだ。

 だから、ここに残っても兄らの足を引っ張ってしまうと。




「ドライ、今は逃げましょう。そして、応援を呼ぶの」

「お母様……」




 私は、ドライの手を引いて走り出す。

 後ろからは激しい戦闘音が聞こえてくるが、振り返らずに私たちは走った。

 私だって、息子二人を置いて逃げたくない。でも、私が残ると言っても彼らは引き下がらないだろう。それに、今は応援を呼ぶことが第1だと。




「ごめんなさいね……」

「いえ……何もできなくて……不甲斐ないです」

「いいえ、貴方はまだ子供なんだもの。これからよ」




 私は、泣きそうな顔を浮かべるドライの頭を撫でると、早く応援を呼ぼうと通信石を取り出す。しかし、その通信石はうんともすんとも反応しない。

 まさか、会場全体に通信を遮断する魔法がかけてあるのだろうかと。思えば、幾らはしっても会場の出口にたどり着かった。出口まではそこまで距離はなかったはずなのに。




「これは罠……?狙いは、アインス……それとも、ツヴァイ?ドライ?」




 一体誰がこんなことをしているのか分からないが、今はこの場を切り抜けるしかない。

 私は、不安げな表情をしているドライの手を握りしめ、来た道を戻ろうとする。

 しかし、その時だった。




『グアアァアァアッ!』

「母上ッ!」

「母さんッ!」




 突然、悲鳴のような雄叫び声が響き渡る。


 顔を上げるとそこには、先ほどまでアインスとツヴァイが戦っていたはずのケルベロスが目の前にいたのだ。口の端からは、涎ではなく血を流し、黒い毛皮で覆われた大きな身体の至る所からも血が流れていた。しかし、ケルベロスはそんなこと気にせず、こちらに襲いかかってくる。

 ドライが杖を構え詠唱を唱え、再び鎖でケルベロスを拘束するがケルベロスは激しく暴れその鎖を意図もたやすく破壊した。


 私は、咄嵯にドライを抱きかかえると、そのまま地面へと伏せる。

 すると、ケルベロスの鋭い爪が私の頭上を通り過ぎた。冷や汗が額から流れ落ちる。

 そして、その隙を狙ってアインスが攻撃を仕掛けるが、ケルベロスが暴れたためにその狙いはずれてしまう。


 三人が上手く連携を取り、束になったところでこの魔物には勝てないと思った。そして、ケルベロスの狙いが私であること……


 そう焦りながら考えていると、拘束を破ったケルベロスが長く鋭い爪を私に振りかざしてきた。

 そのことに気づかず、私はただ呆然と見つめることしか出来なかった。



 身体は動かず、遠くから三人の息子の叫び声が聞こえた気がしたが、全てがスローモーションに見え、これは死んだな……と目を閉じた。





 しかし、次の瞬間来るであろう痛みは、一向に訪れることはなかった。

 私が、恐る恐る目を開けると、ケルベロスの腕を何者かが剣で受け止めていたのだ。


 それは、私が愛してやまない夫の姿であった。




「スフルッ!」

「父上!」

「父さん!」

「お父様!」




 私だけではなく、アインス、ツヴァイ、ドライの三人が同時に叫んだ。




「遅くなってすまなかったな」




と夫は振りかえり、安心させるように微笑むとすぐに真剣な眼差しになり、剣を握る手に力を込める。そうして、ケルベロスの腕は夫の剣によって切断され地面にドサッと音をたたてて落ちた。



 ケルベロスは悲鳴に似た声で鳴き叫ぶ。


 それを合図に、アインスがケルベロスの腹部に向かって剣を突き刺すと、ツヴァイが矢を放ちその動きを止め、ドライは魔法の詠唱を始めた。

 私は、その様子をただじっと見ていることしか出来ない。



 夫の指示で、三人の息子達はケルベロスの周りを囲むようにして攻撃を続ける。そして、ついにケルベロスの動きを止めることに成功した。


 そうして、最後に夫が剣を振り下ろすと、断末魔の叫びと共にケルベロスは息絶えた。






* * * 




 その後、私たちは、応援を呼んだ。


 アインスやツヴァイは怪我をしていたため、治療をと医者達に連れて行かれ、私と夫、ドライは会場に残ることに。そうこうしているうちに、王都にいる騎士たちが駆けつけてくれたため、私たちは事情を話した。

 それから程なくして、応援の騎士たち、会場の状況を確認するために数人見回りに行く。


 そこは、先ほどの戦闘が嘘のように静まり返っている。

 そして、地面には無数の血痕があり、ケルベロスの死体もそのまま残っていた。倒れているところを見てもかなり大きいのに、戦闘時はさらに大きくなる特徴を持っていたから驚きだ。



 そんなケルベロスに息子三人は立ち向かった。




「アルトゥ、大丈夫か」

「ええ、貴方が来てくれたからね。それにしても、彼ら強くなったわよ」




 事情徴収をおえた、私と夫は二人並んでドライの事情徴収が終わるのを待った。

 夫が言うには、夫の方にも刺客が来ており遅れたのだと。狩猟大会には間に合うように片付けてきたが、刺客の一人がこちらに紛れ込みケルベロスを召喚したのだと。



 夫曰く、今回の騒動の主犯格はセプテム侯爵なのだとか。

 それに、彼の妻も関わっていたらしくセプテム侯爵家がハーティム公爵家の者の暗殺を企てていたらしい。元から、この両家は仲が悪く領地やその他色々な事情が重なり犬猿の仲だった。

 そして今回、狩猟大会が開かれたとき私と夫を引きはがし、セプテム侯爵は夫を殺すつもりだったらしい。また、共犯のセプテム侯爵夫人は私を。


 彼女がセプテム侯爵家に嫁いだのは私への復讐のためで、セプテム侯爵も夫とハーティム公爵を潰すためにと利害の一致により結婚したのだとか。まあ、それは数十年前のことなのだけど。




 兎に角、全て丸く収まった為、私たち夫婦はほっとした。

 そして、ドライの事情聴取が終わったようでこちらに歩いてくる姿が見える。

 私は、すぐに駆け寄り、抱きしめると彼は少し照れくさそうにした。


 すると、後ろの方から声がかかる。そこには、アインスとツヴァイの姿があった。




「もう、怪我の方は大丈夫なの?」

「ああ、大丈夫だ。あんなのかすり傷だからな」

「僕は、母さんの方が心配だよ……」 




 私の問いかけに二人は答えてくれるが、ツヴァイが不安そうな顔で私を見つめる。

 それを見たアインスが、私に抱き着いているドライを無理やり引きはがすと、今度は自分がと言わんばかりに抱きついてきた。




「ちょっと、アインス!?」




 私は、驚いていると、ツヴァイがニヤリと笑いながら 僕のことも忘れないでよね!と言って抱きついてきた。


 今年で何歳になるんだと言いたかったが、息子達の可愛さに何も言えなかった。

 しかし、そんな様子を気にくわないと見つめている人がいた。




「おい、離れろ」




と、アインスとツヴァイを引きはがし私と息子達の間に割って入ってきた夫は、私を抱き寄せて三人の息子を睨みつけた。それを見ていた息子たちは、夫に文句を言う。


 それに対して夫は、 俺の妻にひっつくな。と反論していた。


 それを聞いていた私は、思わず笑ってしまった。

 だって、こんな状況なのにまるで昔に戻ったような感覚になるから。




「何を笑っているんだ、アルトゥ」

「……フフ、何だかその台詞、昔を思い出しちゃって」




 私がそう答えると、夫も懐かしいと思ったのか優しく微笑むと頭を撫でてくれた。

 その表情は本当に優しかった。そして、愛おしそうに見つめてくるものだから、私も見つめ返したら急に恥ずかしくなった。でも、嬉しい気持ちもあって。



 夫と出会い、結婚するきっかけとなったのはこの狩猟大会だった。

 私は、中級貴族出身で、貴族の集まりとかも苦手だったため、普通女性なら参加しない狩猟大会に参加した。腕には自信があったのだが、周りからはやはり可笑しいと馬鹿にされ、挙げ句弦が切れてピンチに陥った。そんなとき、夫が現われ助けてくれた。


 夫も初めは、女性が狩りなど可笑しいと言ってきたが、性別も家柄も関係無いと私が反論すると、確かにな。と頷いてくれた。


 そして、そんなこんなで進んでいった狩猟大会の最終日、彼は私に獲物を譲渡し私は見事狩猟大会のクイーンとなり、彼に告白されたのだ。




「あの時は驚いたわね……でも、こうして今貴方と一緒にいれて私は幸せよ」




 私がそう言うと、夫は嬉しそうに笑うと私を引き寄せた。そして、そのまま唇を重ねる。私は、目を閉じて夫の口づけを受け入れる。


 長いキスを終え、ゆっくりと目を開けると夫は私を見つめていた。

 私と目が合うと夫は、私を離して息子達に向き直り、私に向けていた目とは打って変わって酷く怒ったように睨み付ける。 




「俺のいない間に随分色々とやらかしてくれたようだな。自分たちの母親を守ることも出来ないなど」

「スフル、でも彼らは立派に……」




 夫の言葉を聞いて慌ててフォローしようとするが、途中で遮られてしまう。

 そして、夫の怒りは収まらないようで お前たちには失望した。と冷たく言い放つ。

 アインスもツヴァイもドライも、負けじと夫に口を開くが、夫の次の言葉でピタリと黙り込んでしまう。




「俺の妻に、俺と離婚しろとせがんだようだな」




 どうして知っているのだろう……と、夫を見上げると、夫は使用人達から聞いた。とフッと笑う。多分きっと、夫が無理矢理聞き出したのだろうと私は悟りため息をつく。


 三人は顔を青ざめさせていて、夫から視線を逸らすと下を向いてしまった。

 しかし、アインスがその沈黙を破るように声を上げた。




「父上が悪いんだ!俺だって、母上の事が大好きなのに!」

「そうだ!父さんが、母さんを独り占めするから!」

「お母様は皆のものです!」




 それに便乗するように、ツヴァイもドライも声を上げる。そんな息子たちを見て、夫は呆れたような表情をする。




「彼女は俺の妻だ。俺が一番愛しているに決まってるだろ」




と、当たり前のように言った夫に三人とも抗議の声を上げる。


 周りの目も気にせず言い合う四人を見て、子供が四人いるように思えてしまい私は何だか笑えてきてしまった。

 いつまで経っても親離れしない三人の息子と、あの日から変わらぬ愛を注いでくれる夫。勿論、私だって四人とも誰一人として比べられないほど、愛している。



 私は、そんなことを思いながら、夫と子供たちの様子を眺めていた。


 そんな風に眺めていると、ようやく言い争いが収まったのか四人は私の方を向いて言った。




「アルトゥ帰るぞ」

「母上、帰ろう」

「お母さん、帰ろっ」

「お母様、帰りましょう」




 私は、そんな彼らに応えるように笑顔で言う。




「ええ」




 私は、今幸せだ。


 愛する夫と、三人の息子がいて。四人とも、ちょっと愛が重いけど、それでも私はそれに応えられるだけの愛を彼らに注ごう。






 後日――――、



 狩猟大会の閉会式にて三人の息子がトップ4入り、そして一位が夫と表彰されたのはまた別のお話。






ここまで読んでいただきありがとうございます。


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他にも、2作連載作品、短編小説が結構あるので是非。



こそこそ話になりますが、今回の登場人物の名前は単純に数字でつけております。

夫のスフルは0、公爵夫人(主人公)のアルトゥは息子達の数字をたした6となっています。



GWなので、頑張って書き溜めと更新を……!

それでは、次回作でお会いしましょう!



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