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情鳩  作者: 佐倉治加
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第三話

 しかし、幸せとは難しいものです。

 恋の果ての幸せが、例えば一般的な結婚だとか家庭を持つとか。私と鳩の未来にまず、そういうことがありえない、ということが分かっている場合。私と鳩は、自分達で幸せを定義し直さなければなりません。これは非常に難しいことでした。


 もし、鳩が私に拾われなければ、鳩は今頃毎日、他の鳩のように公園に集まっていたことでしょう。そして同族の鳩と結婚する。同族の鳩と仲睦まじく暮らす、それが本来あるべき姿で、セーラー服を着た私に欲情している場合ではないのです。

 それでは私と鳩における、幸せな関係とはどう言ったものであるのか。そんなことをうんうんと考え込む私の前で、鳩はくるくると回りデーデーポッポーと鳴きます。


 いいこと、鳩。これはとても大事なことなの。私たちの関係は世界においても珍しいものなのだから、しっかりと考えるべきなのよ。私たちの幸せとは何か、について。


 そう鳩にいいましたら、鳩は首を左右に小刻みに捻りながら、もう一度デーデーポッポーと鳴きました。


 私たちの幸せについて考える時、切り離せないものがあります。あのセーラー服です。

 高校を卒業して三年も経ったというのに、実は私はまだセーラー服を頻繁に着ていました。なぜなら、鳩が喜ぶからです。


 私が鳩とお付き合いを始めて、一番困ったのは鳩が鳥類であるということです。哺乳類でも、犬猫だったら困ったかもしれませんが。生理的な欲求を満たすのに、私と鳩の体は適合していません。


 色々調べても人間と鳩が、互いの欲求を満たすための手法は見つかりませんでした。相手が馬や羊であれば先人が経験しているようでしたが、小型の鳥類と添い遂げた前例がなく、私と鳩は手探りで愛し合うしかありませんでした。


 試しに、私は真っ裸になって鳩の前に立ってみました。これには何かしら反応するだろうと考えた末の所業でした。その自信もありました。しかし鳩は何度か、首を時計の歯車のように規則的に動かした後、興味なさげに部屋を歩き、ブルっと羽を震わせました。デーデーポッポーとも鳴いてもらえませんでした。茫然と鳩を見つめる私の目の前を、鳩の足の硬い音が滑っています。この時姿見に映った私は、裸の道化でした。


 急にフローリングから寒さが這い上がってきました。そういえば今は真冬ではありませんか。ごおお、ごおお。とエアコンが私の裸目掛けて温風を吹いてくれていますが、こんなにも寒いのかと腕をだきましたら、指先が氷のように冷えていました。

 鳩に見向きもしてもらえなかった、私を包むスキンは鳥肌が立っていました。


 この瞬間、間違いなく惨めだった私に天啓が下りました。服を着ようとした私は、少しの期待を抱いてセーラー服を着てみました。裸の上から、下着をつけることもせずに。試しだと思ってやってみたのです。そうしましたら、裸には見向きもしなかった鳩が、ぐるぐるの目で私を見つめるではありませんか。


 そうよ、あなたたちは羽毛で覆われているのだから、裸の私をみて欲情するなど有り得ない。

 こんな簡単なことに、なぜ気づかなかったのでしょう。鳩にとっての羽毛はこのセーラー服だったのです。

 生地の透け感から私の体を見るとは、なんと奥ゆかしい鳩であることでしょう。


 セーラー服から透ける肌を見る鳩は、間違いなくこの瞬間は幸せでありました。私たちの幸せの定義はまだできていませんが、少なくともセーラー服が与えてくれる幸せが必要であることは、衆目にも明らかなのです。


 こうなると、生き物とは非常によく深いものでありますので、私は鳩との関係に次のステップを求めはじめました。そう、結婚です。


 現代における結婚は、役所に登録されている戸籍に関係してきます。昨今、夫婦別姓や同姓婚についての議論が盛んになってきましたが、私と鳩の関係について深く考えてくださる方はいないでしょうね、それは私にもわかっています。しかし、私は鳩との関係を諦められません。何とか結婚したいと思いました。


 それで、役所に行ってみたのです。お仕事が休みの日でしたので、鳩と一緒に行きました。鳩は建物内に立ち入れませんので、役所の前で私を待つようです。


 透明な自動ドアが開くと、私は急に緊張し、おなかがシクシクと痛い気がしました。館内と外部との気温差が激しい、2月初旬。寒風がくるぶしを撫ぜて吹き込みます。風除室の扉はコロナの影響で開け放たれていて、シクシクと痛みを訴え始めたお腹をさすり、それからアルコール消毒をして中に入りました。


 入ってすぐの多目的スペースでは、申告関連の相談者たちが、皆不織布のマスクできっちりと口を覆って、用意されたパイプ椅子に規則正しく座っていました。その向かい側にある市民課は空いていました。


 婚姻届をください、と窓口の方にいいましたら紙を二枚くださいました。書き損じた時のための予備だそうです。ここが本籍地でない場合、戸籍謄本が必要になりますので、と窓口の方は柔和な表情で私に言いました。シクシクとしたお腹が、その方の表情で少し訴えを緩めました。それで私はつい、この人のことを信じきってしまったのです。


 あの、もし人間ではない、例えば鳩と結婚する場合はどうなるのでしょう。


 私はそう聞いてしまいました。その瞬間、窓口の方の柔和さは消え失せ、無表情で私にこう告げたのです。法律上、動物は「モノ」ですので結婚はできませんよ、と。

 私のおなかが再度シクシクと痛み始めました。

 いただいた婚姻届けをクリアファイルに挿み、窓口の方に会釈して女子トイレに向かいました。緊張とショックでの腹痛だと思っていたのですが、違いました。

 単なる生理痛だったようです。

 赤く染まったトイレットペーパーが、便器の渦巻きに吸い込まれていき、私はくしゃみを一つ。ポケットに手を入れると、カイロが火傷しそうな温度になっていました。

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