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【書籍化・コミカライズ】断罪された悪役令嬢は、元凶の二人の娘として生まれ変わったので、両親の罪を暴く  作者: 葵 すみれ
番外編

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【コミックス②発売記念SS】女神の忘れもの~名もなき女王と少年~

作中に出てきた童話「女神の忘れもの」関連の話です。

 今年八歳になるエルヴィスは一人、寝台の上で膝を抱えていた。

 今日は姉アデラインの卒業パーティーだ。彼女が帰ってきたら、本を読んでくれる約束だった。

 しかし、待てども待てども、彼女は帰ってこない。

 すっかり夜も更けてしまい、部屋の中は静寂に包まれていた。


「お姉ちゃま……遅いね」


 エルヴィスは呟きながら、傍らの絵本を手に取った。

 『女神の忘れもの』という題名のその本は、アデラインが好んで読み聞かせてくれるものだ。

 荒廃した地を救い、人々に崇められた聖女だったが、力を失ってしまった彼女は人々から忘れられてしまう。そんな彼女に幼い少年だけが寄り添い、最期に己の名を取り戻すのだ。


 エルヴィスはこの物語が好きではなかった。

 聖女として人々を救ったのに、あっさり手のひらを反す人々にも腹が立ったし、寄り添うことしかできない少年にも苛立ちを覚える。

 慈愛に満ちた聖女のことは好きだったが、彼女に対しても何故か胸が締め付けられるようだった。


「それに……」


 この物語が書かれたのは、中興の祖と称えられる賢王アーネストの時代だという。

 しかし、エルヴィスは何故だかわからないが、アーネストのことが好きになれなかった。

 彼は優れた為政者で、数々の功績を残した偉大な人物だと聞いている。だが、どうしても彼に対して良い感情を抱くことができない。


「……どれだけが本当にお前の功績だ?」


 ふとした瞬間に、ぽつりと漏れた言葉に自分で驚いた。


「僕は、何を……」


 自分の口から出た言葉の意味がわからず、混乱する。

 どうしてこのようなことを思ったのか、さっぱりわからない。

 エルヴィスは頭を振って考えを振り払った。


「……もう寝よう」


 きっと、目を覚ませば姉が帰ってきているはずだ。

 そうすれば、いつもどおりの日常に戻るはずなのだから。

 エルヴィスはそっと目を閉じる。

 そしてそのまま眠りについた。



*



 ──エルヴィスやアデラインの生きる時代よりも遥か昔。

 オルティス王国はかつてないほどの災害に見舞われた。

 老いた国王は王位にしがみつき、退位を迫られるもそれを拒否。もう一度自分が秘法を行使し、災害を鎮めようとした。

 ところが、その行為は女神の怒りを買い、さらなる災害を引き起こすこととなったのだ。


「僕が秘法を行い、王となろう!」


 王太子がそう宣言し、女神の祭壇に向かった。

 しかし、怒り狂った女神に彼の言葉は届かず、弾き飛ばされて怪我を負う。


「……ぼ、僕はもうだめだ。だから、お前がやれ」


 すっかりおじけづいた王太子は、まだ幼い己の息子に押しつけようとした。


「お待ちください。弟はまだ物心もつかぬ幼子ではありませんか! あまりにも無茶です!」


 王太子の娘は必死で止めたのだが、王太子は自分の言い分ばかりを主張して譲らない。


「私が行います! ですから、どうか……」


 娘は必死になって訴えかけるが、王太子は聞く耳を持たない。


「駄目だ。秘法は王家の男子が行うもの。お前は女ではないか」


「ですが……私には女神の声が聞こえるのです。この身に代えましても必ず成功させてみせます!」


「お前ごときに何ができるというんだ?」


「やってみなければわかりません!」


「ふん、口だけは達者なお前らしいな。まあよい。ではさっさと行ってこい」


「……はい」


 こうして、娘は女神の祭壇に向かった。

 そして、娘は見事に秘法をやり遂げる。その結果、多くの民の命を救うことができたのだ。

 だが、娘は代償として名前を失った。


「姉さま……姉さまの名前が思い出せないのです……うぅっ……どうしてこんなことに……ぐすっ」


 女王の従弟であるアーネストが泣きながら訴えた。

 アーネストは幼い頃から彼女に懐いていた。そのため、彼女の名を覚えていられないことが悲しくて仕方がないのだ。


「大丈夫よ。私はここにいるわ。だから泣かないで」


 女王となった少女は、優しい笑みを浮かべる。


「姉さまぁ……うわあああん!!」


「よしよし。いい子ね」


 泣きじゃくる従弟を抱きしめると、女王はそっと頭を撫でた。


「ぼ、僕……せめて、姉さまのお役に立てるよう頑張ります!」


「ありがとう。でも無理しないでね。あなたはあなたのできることをしてちょうだい」


「はい!」


 元気よく返事をした従弟に、女王は優しく微笑む。

 誰もが名前を忘れてしまった彼女は、名もなき女王となる。

 蜂蜜色の髪と緑色の瞳を持つ、わずか十代半ばの女王は、災害を鎮めて国を立て直していったのだ。




「ちっ……あいつがまさか、本当に女王となるとは……」


 遠くから己の娘を眺めながら、王太子は舌打ちする。

 自分を差し置いて女王となった娘のことが気に入らないのだ。

 しかし、災害を鎮めた女王は国民から絶大な支持を得ている。おまけに、彼女が女王になってから国は豊かになりつつあるのだ。

 おかげで王太子はますます面白くない。

 とはいえ、女王を排除すればまた新たな問題が生じるだろう。


 今はただ待つしかない――そう自分に言い聞かせていた王太子だったが、その時はさほど遠くないうちに訪れた。

 数年が過ぎた頃、女王が病に倒れたのである。


「姉さま! しっかりしてください!」


 アーネストが呼びかけるが、女王は苦しげな表情のまま目を閉じている。

 そんな彼女を見た王太子は、ニヤリとほくそ笑んだ。


「……これは大変だ! 今すぐ静養させねば! おい、療養地へ連れていけ!」


 王太子の指示を受けた側近たちは、慌てて女王を連れていった。

 何らおかしいところのない行動である。しかし、それこそが罠だった。


「病に倒れた娘の思いを引き継ぎ、僕が王となろう! 」


 女王がいなくなってすぐに、王太子は再び宣言した。

 今度は異を唱える者は誰もいない。すでに災害は収まり、国は安定しているからだ。

 それにもともと彼は王位継承権第一位であり、正統性もある。

 こうして、王太子はあっという間に王座に就いた。




「姉さま……」


 療養地にて、アーネストはベッドの上で眠る女王の手を握り締めながら涙を流す。

 女王の容態は一向に良くならないどころか、日に日に悪化していく一方なのだ。

 しかも、あれほど国のために尽くしてきた彼女は、人々に忘れられつつあった。


「あんなにも素晴らしい功績を残した姉さまが……どうして……」


 アーネストは悔しくてたまらない。

 だが、アーネスト自身も徐々に記憶が薄れつつあるのだ。

 名を失った女王は、存在そのものが消えかけているのかもしれない。


「僕は絶対に忘れたりなんかしない……!」


 それでもアーネストは諦めなかった。

 たとえ人々が女王のことを忘れても、自分だけは彼女を憶えていようと誓ったのである。


「姉さま、今日はいいお天気ですよ」


 ある日、アーネストは窓の外を眺めながら言った。

 彼女の側に残ったのは、アーネストだけになっている。

 もはや見舞いに来る者もいない。それほどまでに、彼女の存在は人々から忘れ去られていた。


「ほら、空も青いです。きっと気持ちのいい一日になりますよ」


 女王は何も答えないが、アーネストは構わず話しかけ続ける。


「もうすぐ姉さまの好きな花が咲き始めますよ。一緒に見に行きましょうね」


 女王はやはり何も言わなかったが、アーネストは満足そうな笑みを浮かべた。


「約束しましたからね。楽しみにしていてください」


 アーネストの言葉に応えるように、女王の指先がピクリと動いた気がした。


「えっ!?」


 驚いてアーネストが女王の顔を見ると、彼女はゆっくりと目を開く。


「姉さま……?」


 信じられない出来事に、アーネストは声を震わせる。


「アー……ネ……?」


「姉さま!」


 女王が自分の名前を口にしたことに、アーネストは歓喜の声を上げた。


「姉さま……よかった……!」


 アーネストは女王の手を握ると、ポロポロと涙を流し始める。

 女王はしばらくぼんやりとしていたが、やがて意識を取り戻したのか、しっかりと彼の顔を見つめる。

 そして、嬉しそうに頬を緩ませた。


「ありがとう、アーネスト……あなたがずっと話しかけてくれたから、私は最期に少しだけ戻ってこられたみたい……」


「姉さま……うぅっ……ぐすっ」


 アーネストは嗚咽を漏らしながら、女王にしがみつく。

 女王は優しくアーネストの背中をさすった。


「ねえ、アーネスト……私のこと、覚えていてくれる……? 私は……ちゃんとここにいる……?」


 不安そうに見つめてくる女王に対し、アーネストは力強く頷く。


「もちろんです……! 姉さまは僕の大切な姉さまで……大好きな人だから……うぅっ……僕、何もできずに……ごめんなさい……ぐすっ」


「謝らないで……あなたが側にいてくれて本当に良かったわ」


 女王は優しく微笑むと、アーネストの頭を撫でる。

 すると、アーネストの目からさらに涙があふれ出した。


「泣かないで……あなたが寄り添ってくれて、私は救われたのよ……」


「姉さま……姉さまぁ……!!」


「ありがとう……アーネスト……大好きよ……あなたのおかげで、思い出すことができたわ……私の名前は──」


 女王は穏やかな笑みを浮かべると、静かに息を引き取った。


「姉さま……そんな……! 姉さまぁっ……!!」


 アーネストは女王にすがりついて泣き続けた。

 しかし、どれだけ泣いても彼女が再び目を開けることはない。


「……姉さま。僕……いや、私があなたの志を継ぎます。どうか見守っていてください……」


 アーネストは涙を拭い、女王の亡骸に向かって誓いを立てる。

 少年の域を抜けきっていなかったアーネストは、この日を境に立派な青年へと成長したのだった。




 それから十年後――。


「陛下、本日のご予定ですが……」


「ああ、ありがとう。そこに置いておいてくれ」


 アーネストは書類に目を通しながら、側近に指示を出す。


「失礼いたします」


「…………」


 退室する側近を見送った後、アーネストは椅子に深く腰掛け直して大きくため息をつく。


「はあ……疲れたな」


 アーネストは気を紛らわすために窓の外を見る。

 そこには美しい庭園が広がっていた。かつて女王が好きだったという花が咲いている。


「姉さま……」


 アーネストは懐かしさに目を細めると、そっと目を閉じた。


「姉さま。私は王として頑張っていますよ。姉さまが守ったこの国を、今度は私が守ります。安心してください」


 女王への誓いを果たすべく、アーネストは日々努力を重ねてきた。

 もともとは王になるつもりなどなかったのだが、やむなく即位することになったのだ。


 女王の退位後、国王となった彼女の父は、あろうことか名もなき女王の功績を我が物にしようとしたのだ。

 しかも、皆は女王のことを忘れつつあり、それが本当のことだと思われ始めていた。

 このままではいけない――そう考えたアーネストは、王位を奪い取ったのだ。

 予想以上に上手く事が進んだため、拍子抜けしてしまったほどである。

 国王は無能で、退位を望まれていた人物だった。その時点でのアーネストの王位継承権は第二位であり、第一位だった女王の弟はまだ若い。よって、簡単に王位を奪うことができてしまったのである。


 その後、アーネストは即位すると同時に、女王の功績が彼女自身のものであると大々的に発表した。

 しかし、人々は誰も信じようとしなかった。

 それどころか、アーネストの功績にされてしまったのだ。いくら否定しても、謙虚だと言われるだけで聞き入れてもらえない。

 女王は人々から忘れられつつある。その事実が、アーネストには悔しくてならなかった。

 だから、せめて違う形で彼女の存在を後世に伝えようと決意したのである。


「……姉さまのことは、物語として残そうと思うのです。人々の記憶から消えてしまうのなら、本にして広めればいいのですよ。きっと多くの人に読んでもらえるはずです」


 アーネストは亡き女王に語りかけるように呟くと、机の上に置かれた一冊の本を眺める。

 それは、アーネストが女王のために書いた童話であった。


「姉さまが遺してくれた全てが……私の宝物です」


 アーネストは絵本を手に取ると、愛おしそうに表紙を撫でた。


「姉さまの志は私が継いでいますよ。姉さまの思いは、ちゃんと私の中に生き続けていますからね」


 そう言って、アーネストは嬉しそうに笑う。

 そして、再び本の表紙を見つめる。


「姉さま……私は幸せですよ。こうして姉さまが生きた証を残すことができるのですから」


 アーネストは女王に報告するように言うと、絵本をそっと机に戻した。

 絵本には『女神の忘れもの』というタイトルが記されている。

 これは、名もなき女王が残した功績を綴った物語なのだ。

 彼女はこれからも語り継がれてゆき、多くの人々の記憶に刻まれることだろう。



*



 騒がしい物音で、エルヴィスは目を覚ました。

 不思議な夢を見ていたような気がする。

 内容はよく憶えていないが、寂しくて悲しくて、それでいて幸せでもあった。


「……」


 ぼんやりとした頭のまま余韻に浸っていたエルヴィスだが、聞こえてきた声によって現実に引き戻される。


「お嬢さまが! お嬢さまがお亡くなりに……!」


 それはいっそ夢であってほしい知らせだった。

 姉アデラインが国家反逆罪の疑いをかけられ、懺悔の塔に閉じ込められたのだという。しかも、彼女は塔から身を投げて、自ら命を絶ってしまったらしい。


「どうして……」


 あまりの出来事に、エルヴィスは呆然とすることしかできなかった。


「嘘だ……こんなことって……」


 目の前が真っ暗になったかのような錯覚に陥る。


「……っ」


 愕然とするエルヴィスの瞳から、不意に涙がこぼれ落ちる。


「うっ……うぅっ……」


 エルヴィスは嗚咽を漏らしながら、静かに泣き続けた。


「またか……また、何もできなかった……」


 ふと口から出てきた言葉に疑問を感じる余裕すらなく、エルヴィスはただ涙を流し続けるのだった。




 時は流れ、エルヴィスはローズブレイド公爵家当主となっていた。

 そしてあるとき、姉の仇の娘セシリアから復讐を持ちかけられたのだ。

 必死に訴えかけてくるセシリアを見て、エルヴィスは不思議な感覚を覚える。

 彼女の緑色の瞳を見たとき、懐かしく愛おしい思い出を呼び覚まされたようだった。

 それは、とても古くて大切な思い出――。


 ――そうだ、今回は初めて彼女を守れる立場にあるのだ。今度こそは守り切ってみせる。


 ふと己にわき上がってきた思いに、エルヴィスは戸惑う。

 どうしてこのようなことを思うのか、さっぱりわからない。

 しかし、彼女の手を取るべきだと心が訴えかけてくるのだ。


「……よいでしょう。互いに同じ相手に恨みを持つ者同士、協力することにしましょう」


 エルヴィスが承諾すると、セシリアはほっと胸を撫で下ろしたようだ。

 そして、そのための手段として婚約を持ちかけると、彼女は真っ赤になってしまった。

 そんな彼女の様子に、自然と笑みが浮かぶ。


「私ではお気に召しませんか?」


 ついからかってしまうと、さらに慌てる様子が可愛らしくて、もっと困らせたくなる。

 しかし、あまりいじめると嫌われてしまいそうなので、このくらいにしておいたほうがいいかもしれない。

 何にせよ、これほど心が躍るのはいつ以来だろうか。

 きっと彼女と新しい未来を切り開いていけるはずだ。


 今度こそは、必ず──。

2023/9/8頃に双葉社モンスターコミックスf様より、コミックス『毒親に復讐したい悪役令嬢は、契約婚約した氷の貴公子に溺愛される』2巻が発売されます。

早ければ今日から並んでいる書店さんもあるようです。


1巻よりもさらに謎解き要素が深まりながら、恋愛要素も高まっていきます。

BEKO先生によって、領地でのドキドキ展開が原作よりずっと丁寧に描かれていて読み応えがあります!

ぜひお手にとっていただけると嬉しいです。

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