64.罪を暴く
在位期間、一日。
それが女王セシリアの打ち出した記録だ。
正確には一時間もないので、歴代最短であり、おそらく今後も破られることがないだろう。
退位を発表したところ、周囲は大混乱となった。
悲痛な絶叫が飛び交う中、セシリアとエルヴィスは唖然とするジェームズを引きずって、神殿の中に戻った。そして、空っぽになった祭壇に祈りを捧げさせたのだ。
これで王位交代終了だとセシリアが微笑むと、エルヴィスも爽やかに笑った。
我に返ったジェームズとマリエッタは抗議してきたが、セシリアが力を失ったのは本当のことだ。
女神の怒りは誰も鎮めることができなかったので、引き換えに力を失ったのは何もおかしなことではない。それは二人とも理解していて、受け入れた。
まさか国王や王太子に王位を渡すわけにはいかない。いずれ王となる予定だったギルバートも、まだ若すぎる。
となればジェームズしかいないという結論には、誰も異議を唱えることができなかった。
「国王、か……」
最高権力者となったはずのジェームズは、かけらも嬉しそうではなかった。
望まぬ地位に押し上げられ、これからは陰に隠れているわけにはいかないだろう。
賓客という名目で捕虜となっていた隣国の好色王ケヴィンは、新王ジェームズとの間に変わらぬ友好を約束すると、急いで自国に戻っていった。
隣国ローバリーでは、内乱が勃発寸前らしい。
ケヴィンが正妃を迎え、側妃を廃するというので、これまで対立していた側妃たちが結託してしまったのだ。
予定よりも長く国を留守にしている間に、側妃たちは同盟を結んで一人の王子を擁立した。
結局は正妃を迎えることはなかったのだが、一度走り出してしまったものがそう簡単に止まることはなく、ケヴィンは火消しに忙しいようだ。
当分の間、ケヴィンは他国に構っている余裕はないだろう。
仮に側妃たちが勝てば、今度は同盟破棄からの王位争いとなるのは目に見えている。王子を産んだ側妃は何人もいるのだ。泥沼の争いとなるだろう。
下手をすれば、ケヴィンは他国の王女に懸想して国を傾けた愚王として、名を残すことになってしまうかもしれない。
国王と王妃は、隠居という名の幽閉となった。
離宮に押し込められ、権力も自由も失ったが、命を守るための温情ともいえる。
特に国王は大災害を招いた張本人であるとして、国民の恨みを買っているのだ。
二人はすっかりやつれてしまい、おとなしく離宮で過ごしていた。
ときおり離宮を誰かが訪れると、恨みを晴らしに来た誰かで、殺されるのではないかと怯えているらしい。
国王派や少ない王太子派だった貴族たちは、失脚した者も多かった。
セシリアによく突っかかってきた同級生二人の家もそうであったらしく、彼女らはいつの間にか学園を退学していたそうだ。
ローズブレイド公爵の地位を狙った叔父も、いわば王太子派といえる。
彼は、ローズブレイド領内で幽閉されることとなった。
爵位争いのときは見逃されて国外に出られたが、今回は一生飼い殺しとなるだろう。
マリエッタは約束どおり、罪を告白した。
かつてローズブレイド公爵令嬢を殺害し、セシリアの命もいっとき狙ったことを、包み隠さず証言した。
ローズブレイド公爵令嬢が世間で言われているような悪女ではなく、次期王妃にふさわしい立派な令嬢であったことも。
処刑すべきとの声もあったが、結局は神殿預かりとなり、残りの生涯を祈りと奉仕に捧げることとなった。
彼女は自分の行いが、たとえ法に背くものであったとしても、ハワード家の者として正しかったと信じている。
処刑したところで、何の悔いもなく死んでいくだけだろう。
「……アデラインお姉さまには、王妃になっていただきたかった……あなたにも、ローズブレイド公爵夫人として幸せになってほしいと言った気持ちには、何の偽りもありませんでした」
あるとき、マリエッタはセシリアにそう漏らした。
寂しそうに見えた表情は、それが本心であると語っているようだ。
国のため、ハワード家の役割を忠実に果たしたマリエッタだが、少しは葛藤があったのだろうか。
セシリアはよくわからず、マリエッタについて考えることはやめた。
王太子ローガンは廃嫡され、王位継承権を剥奪された。
しかしながら、一介の貴族となって閑職に押し込められたものの、それだけだ。
命を奪われることも、王都から追放されることもなく、甘すぎるのではないかという声もあった。
だが、彼にとっての本当の罰は、それからとなる。
「僕は……僕は、違う……やっていない……」
ローガンが自分の妻であるヘレナを殺し、娘であるセシリアも殺めようとしたという噂が流れたのだ。
かつての婚約者であるローズブレイド公爵令嬢アデラインを殺したのも、本当はローガンだったのだと、まことしやかに囁かれる。
悪女とされたアデラインが冤罪であり、ローガンとヘレナの陰謀だったのだと、二人の罪が暴かれた。
しかしながら、すでにヘレナは亡くなっている。それも娘であるセシリアをかばって凄惨な死を遂げたのだという話は、人々の涙を誘った。
そうなると、世間の非難はローガンに集中する。
いつしか全ての元凶はローガンだったと言われるようになってしまったのだ。
もちろんローガンは否定し、公式にもローガンがアデラインに対して行ったのは婚約破棄と名誉棄損のみとなっている。
だが、世間はこれこそが陰謀だと、面白おかしく騒ぎ立てた。
マリエッタが処刑ではなく神殿預かりとなったのも、この件で取引があったからだとすら囁かれる。実は彼女の罪も、本当はローガンのものだったのだ、と。
「違う……僕は本当のことを言っているのに……何故、信じてくれないんだ……」
これが辺境のような場所であれば、そう簡単に噂は届かなかったかもしれない。しかし、王都ではどうしても耳に入ってしまうのだ。
もともと肝の小さかったローガンは世間の声に耐え切れず、どんどんやつれていった。
かつてアデラインに冤罪をかけたローガンは、今度は自分が冤罪に苦しむこととなったのだ。










