63.女王の報復
しばしエルヴィスの腕の中で幸福に包まれていたセシリアだが、外から歓声らしきものが聞こえてきて、引き戻される。
はっとして周囲を見れば、ジェームズとマリエッタも近くにいることに気付く。
名残り惜しかったが、セシリアはエルヴィスの腕の中から抜け出した。
「……無事に終わりました。ただ、これまでどおりというわけではありません。歪な状態が正され、あるべき姿に戻ったのです」
気恥ずかしさをごまかすように、セシリアはジェームズとマリエッタに向けて、淡々とそう言う。
「ええと……よくわからないが……危機は去ったのだな?」
「はい、天変地異はおさまったはずです」
首を傾げるジェームズに対し、セシリアは頷く。
外から聞こえてくる歓声が、セシリアの言葉を裏付けている。ジェームズは少々不思議そうではあったが、それ以上追及してはこなかった。
「そうか……やはり、セシリアが女王の器だったか。正直なところ、ほっとしている。私は事なかれ主義で、王の器ではない。これからは女王陛下を支えていくことにするよ」
安堵の吐息を漏らしながら、ジェームズは憂いのない笑みを見せる。
その気になれば、ジェームズはそれなりに有能だ。しかし、本来の気質として、前に出るのを好まないのだろう。
補助役、二番手といった位置が本人にとっても心地よいようだ。
だが、その気質故にセシリアが苦しんでいるときも、そのまま見て見ぬふりをしていたという事実がある。
「女王陛下ならば、国をお救いくださると信じておりました。もちろん、私が約束を違えることはございません。おっしゃるとおりにいたしますし、いかような罰でもお受けいたします」
今度は、マリエッタが跪きながら口を開く。
「立派な女王陛下のお姿を拝し、もう心残りはございません。これからは女王陛下が国を導いてくださるのですから、私などどうなっても構いません」
満足しているらしきマリエッタを、セシリアは冷ややかに見下ろす。
彼女にとっての第一は、国だ。その国をこれからはセシリアが女王として導くのだから安泰だろうと、安心しているのだろう。
ジェームズやマリエッタが話している間、エルヴィスは無表情だった。感情を抑えているのだろう。
セシリアは、エルヴィスの手をぎゅっと握る。
すると、はっとしたような眼差しを向けてきたので、セシリアは唇の端を吊り上げて、軽く笑った。
それで何かに気付いたのか、エルヴィスも似たような笑みを返してきた。
「では、外に行きましょうか」
セシリアはそう言って、エルヴィスと共に歩き出す。その後ろに、ジェームズとマリエッタがついてくる。
この国のしきたりでは、女神との儀式を以て、国王が即位したと認められる。
つまり、今のセシリアは女王となったのだ。
「女王陛下、万歳!」
「偉大なる女神の代理人、女王陛下!」
「女王陛下に栄光を!」
神殿から出ると、先ほどもいた神官や貴族たちが熱狂して叫んでいた。
さらに人が押し寄せてきていて、兵士たちが必死に宥めているようだ。
暗闇に覆われていた空は晴れ渡り、光が差している。まさに女神の御業というべき、奇跡だろう。
神殿の前だけではなく、王都全体が歓喜の声を上げているようだ。
「女王陛下には国を救う力がおありだ! 今後も安泰だ!」
「我らの光! 良き方向へ、女王陛下が全て導いてくださる!」
「聖女であらせられる女王陛下にお任せすれば、何も問題はない!」
神官や貴族たちから、こういった声もちらほら聞こえてくる。
女神の加護に頼りきり、己の足で歩こうとしない性根がはっきりと映し出されていた。
彼らはこれからも、今までと同じく女神の加護が守ってくれ、何もしなくても女王が全て良いようにしてくれると、信じているのだろう。
セシリアは神殿の入口に立ち、軽く両手を広げた。
すると、熱狂の叫びはぴたりと収まり、静まり返る。
女王の最初の言葉を聞き逃さないよう、じっと聞き耳を立てているようだ。
「女神の怒りは鎮まりました。しかし、これまで無条件に加護が与えられたことにより、堕落を招くことになったのです。これからは、まずは己の力で道を切り開いていきましょう。女神は、あるべきものをあるべきところにと仰せです」
セシリアの声が響くと、周囲に戸惑ったようなざわめきが起こっていく。
これまでのように女神の加護を受けられないと言っているのだ。神官や貴族たちは意味を汲み取っただろう。
「もしや、女神の加護が……しかし女王陛下がいらっしゃる」
「……女王陛下さえいらっしゃれば」
「……女王陛下にお任せすればよいだけだ」
ひそひそと囁く声が聞こえてくる。
並々ならぬ事態が起こっているのは察したようだ。しかし、これからも女王が導いてくれるのだから問題ないだろうと、どこか他人事のようでもある。
誰もが、セシリアが女王として彼らの憂いを取り払ってくれるのだと、疑っていない。
セシリアが己を全て投げ打って、彼らのために尽くしてくれると、無邪気に信じているのだ。
たった十五歳の少女に過ぎないセシリアに背負わせすぎだとは、誰も思わないらしい。
──誰がそのとおりになどしてやるものか。
セシリアは口元に微笑を浮かべ、周囲を見回した。
「女王として、最初の命令をくだします」
そう口にすると、ざわめいていた周囲が静まる。
集まった人々の視線を一身に浴びながら、セシリアはしっかりと前を見据えて口を開いた。
「女神の怒りを鎮めるため、私は王家の力を全て使い果たしました。よって、退位します。次の王は、ジェームズ王子を指名します。彼が立派に国を導いてくれることでしょう」
 










