06.自称友達の二人
一瞬、何を言われているのかセシリアは理解できなかった。
友達契約をしたら、それ以外の同級生と仲良く会話をすることは許されないという、学校内の暗黙の了解でもあるのだろうか。
訝しく思うセシリアだが、周囲の女子生徒たちの様子を見ても戸惑っているようなので、どうやらそういった暗黙の了解はないようだ。
「セシリアさまは、お友達である私たちとだけ仲良くしていればよろしいのよ。これは、セシリアさまのためでもありますのよ」
「セシリアさまは少々劣った血が混ざっているとはいえ、いちおうは王族なのですもの。私たちのような、由緒正しい家柄の令嬢を間近で見習い、淑女としての振る舞いを身に付けてほしいと願う、私たちの真心ですわ」
自称友達の二人が、淑女の微笑みというには浅ましさが際立った、小馬鹿にするような笑みを浮かべながら、言い放つ。
あからさまに見下した物言いに、セシリアはあっけにとられる。
いくら王家の腫れ物扱いとはいっても、セシリアは王太子と王太子妃の間に生まれた、正式な王女なのだ。貴族令嬢ごときに、このような扱いを受けるいわれはない。
「まあ……ご自身が淑女の振る舞いを完璧に身に付けていると、錯覚しておいでなのね」
セシリアは唇をやわらかくほころばせ、優しく目を細める。
表情はあくまでもしとやかに微笑みを浮かべ、それでいて背筋はしっかりと伸ばして凜と立つ。驚いたようにわずかに手を持ち上げる指先の動きに至るまで、優雅さを忘れない。
これらは、アデラインだった頃に身に付けたものだ。かつて公爵令嬢として生まれ、未来の王妃として学んだ礼儀作法は、そこいらの貴族令嬢が太刀打ちできるものではない。
その場に立っているだけだというのに、今のセシリアからはあふれんばかりの気品が漂う。
教室にいた女子生徒たちが息をのみ、自称友達の二人ですら呆然とした表情を浮かべて、言葉を失っているようだ。
「私に、そのような品のない微笑みを身に付けろと言っているのかしら? 扇で口元を隠したほうがよろしいわよ」
優美な微笑みを崩さず、セシリアは自称友達の二人に対して、優しく語りかける。
すると、二人の顔が赤くなり、怒りに歪んだ。しかし、何も言い返すことなく、苛立たしげに背を向け、離れていく。
「くっ……お母さまがどうせ品のない女の娘だし、ろくなものじゃないだろうって言っていたのに……それに、あんなにおどおどしていたくせに、別人みたいな……」
その際、ぼそぼそとした呟きが聞こえた。
どういうことかと思ったものの、声をかける気にもなれず、どことなく漂う気まずい雰囲気から逃れるように、セシリアも自分の席につく。
つい余計なことまで言ってしまったと、セシリアは内心ため息を漏らす。
アデラインだった頃ならば、あれほど直情的に言い返すことはなかっただろう。
育ち方のせいでおどおどと引っ込み思案になってしまったセシリアだが、本来は意外と気が強く、感情的になりやすい性質の持ち主なのかもしれない。
自覚して、気を付けるようにしようと、セシリアは一人頷く。
そして、先ほどの自称友達の二人について記憶を引っ張り出そうと頑張る。
確か、シンシアとイザベラという名で、友達になってあげると言って近づいてきて、高圧的に振る舞ってきたのだ。
そのときのセシリアは人見知りで自分の意見などろくに言えない状態だったので、流されるままだった。
しかし、いくらセシリアが愚鈍な相手だったとしても、王女だとわかっていながら、あからさまに見下した傲慢な態度だった。
本来身分が上の相手を下に置くことにより優越感を得るのだとしても、入学直後のろくに相手を知らない状態にしては、少々行きすぎているのではないかと、セシリアは疑問を抱く。
「あっ……」
そこでふと思い当たることがあり、セシリアは小さく呻く。
前世の記憶によれば、彼女らの家名は王太子ローガンの側近だった者たちと同じものだったはずだ。
ローガンの側近だった男子生徒たちも、当時はヘレナに入れあげていて、婚約者の令嬢たちが嘆いていた。
その後、彼らがどうなったのかはわからないが、ヘレナはローガンと結婚したのだし、側近たちはおそらく順当に婚約者と結婚したのだろう。
もしかして、自称友達の母親は、かつて己の婚約者をたぶらかしたヘレナに対して恨みがあるのではないだろうか。
その娘が自分の娘の同級生になるので、代理復讐でもしようとしたのだろうか。
実際に復讐しようとしたかどうかはともかく、おそらくヘレナの悪口は吹き込まれているだろう。その娘なのだから、見くびってもよい相手なのだとすり込まれたのかもしれない。
もしそうだとすれば、とても迷惑な話だ。
本人には何も関係のないセシリアにとっても、王女に対して高圧的な態度に出ることになってしまった二人にとっても。
何よりセシリアは、ヘレナによって最もひどい目に遭ったアデラインの生まれ変わりなのだ。
本来ならば、最も復讐を叫んでもよいはずなのに、ヘレナの娘に生まれてしまったせいで、復讐される側になってしまうなど、理不尽すぎる。