57.王都へ
抜け殻のようになってしまったケヴィンに、かける言葉は見つからなかった。
アデラインとケヴィンの接点など、ほとんどない。それなのに、これほどの月日を隔てても忘れられないほどの想いがあったのかと、セシリアは不可解な気分だ。
もしかしたら、ケヴィンは自分の不用意な発言でアデラインを追い込んでしまったと、後悔しているのだろうか。あのとき、何も言わなければ、アデラインが命を失うことはなかったのかもしれない、と。
それがアデラインに対する偏執となって、凝り固まってしまったのかもしれない。
「セシリア……そっとしておきましょう」
エルヴィスがそっとセシリアに囁く。
頷き、セシリアはエルヴィスと共にそっとその場を離れる。
ケヴィンのようにエルヴィスも、セシリアとアデラインを同一視しているのではないかという疑念は、先ほどの言葉で払拭された。
セシリアとアデラインが別人だと、言い切ったのだ。
思い返せば、エルヴィスはアデラインを重ねているようでありながら、セシリアを尊重してくれていたと気付く。
ケヴィンはアデラインの時代のドレスを着せ、アデラインを再現しようとした。
それに対して、エルヴィスはアデラインの好んだものを用意しても、押し付けはしなかった。
ドレスにしても、用意した数種類の生地がアデラインの好みの色だっただけだ。
それも、違う色がよければそれにしようと、強要はされなかった。どれが好みかわからないから、まずは用意してみたといった程度だ。
実際はセシリアの好みだったので、違う色まで見ることなく、結果的にアデラインが好んだような色になった。
もちろんデザインは今風のもので、時代遅れのドレスを着せてアデラインを作ろうともしなかった。
エルヴィスは、セシリアの中にアデラインの存在を感じ取っているかもしれない。
しかし、もしそうだとしても今のセシリアのことを愛してくれているのだと、実感できる。
温かな気分に包まれていると、ぽつぽつと雨が降り出してきた。
「泣いている……」
意識せず、セシリアの口からその言葉が漏れた。
言った後ではっとして空を見上げると、空は暗雲に覆われつつあった。王都の方角は、幾重にも重なった真っ黒い雲が立ち込めている。
これから向かうはずだった方向を見ると、おそらく国境と思われるあたりから先は、雲など見当たらない。まるで仕切りでもあるかのように、区切られていた。
女神が嘆いているのだと、セシリアには感じられる。
「これは……」
エルヴィスも空を見上げて、眉根を寄せる。
空が不自然であることに気付いたようだ。
「王都で何かあったのかもしれませんね……急ぎましょう」
そう言ってエルヴィスは騎士たちに指示を出していった。
セシリアとエルヴィスはローズブレイド騎士団と共に、これから王都に急ぐ。
一部の騎士たちは盗賊たちの処理で残ったり、ケヴィンたちを連行するための護衛として別行動したりすることになった。
話は移動しながらということで、セシリアはエルヴィスと一緒に馬車に乗る。
国境に連れて行かれそうになったときほどではないが、馬車は急いで走り出した。
「離宮に連れられて行った後、翌朝には馬車に押し込められて……」
まずはセシリアから、引き離された後のことを話す。
宿にケヴィンが迎えに来たのだと言ったときは、エルヴィスの眉がぴくりと動いた。表情からは読み取りづらいが、苛立ったようだ。
「それで、ローズブレイドの図書室で王家の秘法に関する記録を読んだ際、不自然に空いていた場所にはやはり本があったようです。叔父さまが持ち出し、隣国に亡命する手土産としたそうです」
ケヴィンに迫られたことは黙っておくことにして、セシリアは説明する。
「その本によると、この髪と目の色から、私は全素質の持ち主になるそうです。限定素質は契約を維持するのみで、全素質は契約の変更や解除も可能だとか。そのため、私を隣国に連れていき、女神の加護を隣国に与えようとしていたようです」
「……なるほど。姉が殺されたのも、あなたが命を狙われたのも、そのためということですね。隣国に渡すくらいなら、始末してしまえ、と。全素質は全てを行使できるため危険、というのはそういうことだったのですね」
エルヴィスも頷く。
王家の秘法に関する記録を読んだとき、全素質は危険だというのは、全ての力を行使すれば命を縮めてしまうからだと思っていた。
だが、実際は他国に奪われる可能性があるということだったのだろう。
限定素質ならば契約の維持のみなので、素質の持ち主を他国に奪われたところで、女神の加護を移すことはできない。
そのため、秘法の継承は全素質になり得ない男子にされてきたのだろう。
全素質の持ち主は必ず女子だそうだが、王家に女子が少ないのも、もしかしたら関連があるのかもしれない。
「王太子は隣国王だけではなく、叔父さまを新しいローズブレイド公爵として後ろ盾としようとしていたようです。隣国王はひとまずよいとして、叔父さまは何を企んでいるか……」
「ああ、叔父でしたらすでに捕獲済みですよ。ご心配なく」
懸念を呟くセシリアだが、エルヴィスはそれをあっさりと潰した。
セシリアはあっけにとられ、エルヴィスを見つめる。
「ローズブレイド領の屋敷に現れ、自分が新しい当主だと宣言したそうです。騎士たちを率いて王都に赴き、力を誇示しようとしたようですが、騎士たちは叔父を連れて私の元にやって来ました。そのごたごたで少し遅くなってしまったのですが……」
騎士たちとエルヴィスの間には、信頼関係がうかがえた。
それを覆すほどのものは、叔父にはなかったらしい。
「王都では、第二王子が先頭となって国王と王太子を糾弾し、民衆もそれに同調しています。私が出立したときは、第二王子が押し気味でした。しかし……あの状態を見ると、いったい何が起こっているのか……」
王都の方向に立ち込める暗雲は、異常だった。
馬車が王都に近付くにつれて、女神の嘆きをより強く感じるようだ。
セシリアは王都に行かねばならないと、心がざわめいた。










