46.新たな結婚相手
セシリアが不快感を飲み込んで臨んだお茶会は、ヘレナが錯乱して終了した。
自分は悪くないとぶつぶつ呟き続けるヘレナを、侍女たちが連れていく。
その姿を見て、セシリアは哀れに思う。
ヘレナがセシリアに対して行った仕打ちは、許せるものではない。
やっと生まれた王子が生後数日で亡くなってしまったのはセシリアのせいだなど、とんでもない言いがかりだ。一度も近寄らせてもらえなかったのに、何故セシリアのせいになるのだろうか。
今ならばふざけた八つ当たりだと思えるが、ずっと言い聞かされてきたため、そうだと信じ込んでいたのだ。
もしアデラインの記憶が蘇らず、別の考え方ができるようになっていなければ、セシリアは今も自責の念に苛まれていただろう。
ただ、ヘレナがアデラインに対して行ったことに関しては、報いを受けているといえるのかもしれない。
本人の言葉を信じるならば、ヘレナはアデラインの死に直接関わっているわけではなさそうだ。
しかし、間接的に関わっているとは本人も思っているらしい。自分は悪くないと言い聞かせているのは、罪の意識からだろう。
王太子妃にはなったものの冷遇され、心を病んで幽閉までされた現状は、決して幸福といえるものではない。
さらに、マリエッタがアデラインの死に深く関わっているらしいことがわかった。
苦い思いを噛みしめたお茶会だったが、十分な成果を得られたといえるだろう。
「疲れたわ……エルヴィスはどうなったのかしら……」
気付けば、日が暮れていた。
いつの間にか結構な時間が過ぎていたようだが、離宮は静かだ。
エルヴィスがどうなったのかを知る術もなく、セシリアはただ待つことしかできない。
やがて夕食が運ばれてきて、セシリアは一人で黙々と食べる。
王太子宮で出ていたものよりも豪華といえたが、とても味気ない。
ここのところ、食事はほとんどがエルヴィスと一緒だった。かつては当たり前だった一人での食事が、今はとても寂しく感じられる。
食事を終えると、セシリアはぐったりとして、座っているのもつらくなってしまう。
移動の疲れやエルヴィスと引き離された衝撃、さらにはお茶会と、疲労感が一気にのしかかってくる。
侍女に連れられるようにして、セシリアは寝台に倒れこむ。
「エルヴィス……どうか、無事で……」
明日こそは会えるだろうかと思いながら、セシリアは目を閉じる。
騒がしい音で、セシリアは目を覚ました。
一瞬、どこにいるかわからなかったが、昨日の記憶が蘇ってきて、離宮にいるのだと気付く。
まだ早朝のようだが、離宮の中が騒がしい。
もしやエルヴィスがやってきたのだろうかと期待するセシリアだが、部屋を訪れたのは三人の侍女だった。
「もうお目覚めでございましたか。これから湯浴みをいたしましょう」
有無を言わさぬ様子で侍女の一人が宣言し、セシリアは浴室に連れていかれる。
何が起こっているのかわからないセシリアは、されるがままになるしかない。
まるで何かを調べるかのようにじっくりと体を洗われ、湯上がりには香油を塗られた。ほのかに薔薇の香りが漂う。
それからドレスを着せられたが、かなり古めかしいデザインだ。最近のゆったりしたドレスに慣れてしまい、苦しく感じてしまう。
髪は高く結い上げられ、二十年ほど前の、パーティーに行く貴婦人のような姿だ。
鏡を見たセシリアは、まるで卒業パーティーのときのアデラインのようだと、ふと思う。
「準備ができたか」
そこに、王太子ローガンがやってきた。
どういう状況かわからず、セシリアは身構えてしまう。
「なるほど……似ているな……」
苦い表情を浮かべながら、ローガンはぼそりと呟く。
だが、すぐに思いを振り払うように首を数回振ると、何事もなかったかのような表情に戻る。
「さて、これからお前には結婚相手のところに向かってもらう」
もったいぶって口を開くローガンに、セシリアは首を傾げる。
やっとエルヴィスに会えるようだが、わざわざ結婚相手などという遠回しな物言いをするのは何故だろうか。
手間をかけて時代遅れの格好をする理由もわからない。
「エルヴィス……ローズブレイド公爵はどこにいるのですか?」
セシリアが尋ねると、ローガンは馬鹿にしたように鼻で笑った。
「奴は懺悔の塔だ」
「……え?」
返ってきた言葉が信じられず、セシリアは呆然とする。
懺悔の塔とは、高貴な身分の囚人を収容する場所だ。前世のアデラインが押し込められ、命を落とした場所でもある。
「どうして……」
「奴はお前を利用して、権力を得ようとしていた。叛意があるとして、これから調査する。いずれ、爵位も剥奪となるだろう。当然、お前との婚約も破棄だ」
続く言葉も到底受け入れられないもので、セシリアは愕然として固まる。
爵位剥奪、婚約破棄、それはいったいどういうことだろうか。
衝撃で、全ての音が遠くなっていくようだ。セシリアの耳には己の心臓の鼓動だけがやけに大きく響く。息をするのも苦しくなり、頭の中が真っ白になりつつある。
だが、セシリアはここで己を見失ってはならないと、どうにか意識を引き戻す。
喉元を手で押さえながら、意識してゆっくりと呼吸を繰り返し、冷静になれと己に言い聞かせる。
「随分とほだされたようだな。だが、お前は利用され、薄汚い企みに乗せられただけだ。お前のことを愛しているというのも、所詮は口先だけだろう。これからお前が嫁ぐ相手は違う。心からお前のことを望んでいる」
見下すような笑みを浮かべながら、ローガンはそう言う。
少し心の平静を取り戻してきたセシリアだが、新たな結婚相手とやらのことを思うと、再び心がかき乱される。
その相手に心当たりがあったのだ。セシリアは、吐き気すらこみ上げてくる。
「隣国ローバリーの国王が、お前をたった一人の正妃として迎えようと言っている。お前が望むなら、側妃たちも全員廃するそうだ。さらに、たとえお前が乙女でなくとも構わないという。愛されているではないか」
口元を歪め、ローガンは愉快そうに言い放つ。
セシリアはやはりそうかと、唇を噛みながら俯く。
潔く立ち去ったようでいて、どこまでが本心かわからなかったが、隣国王ケヴィンは諦めていなかったらしい。










