44.お茶会
ヘレナは落ちくぼんだ目を輝かせて、セシリアを見つめる。
以前よりもさらに痩せたのか、ますます老け込んだようだ。
それでいて、くすんだストロベリーブロンドには可愛らしいピンク色のリボンが飾られ、フリルをふんだんに使ったピンク色のドレスを纏っている。
十代の頃のヘレナであれば似合っていたかもしれないが、今は違和感しかない。
それでも、かつて見た狂気じみた制服姿から比べれば、まだセシリアは落ち着いていられた。
「どこかで見たような気もするけれど……もしかして、学園の新入生かしら?」
ヘレナはセシリアを見て首を傾げながら、問いかけてくる。
己の娘であると判別できず、かといって以前のようにアデラインと間違えるわけでもなく、初対面の相手と思っているようだ。
セシリアは思わず、顔をしかめてしまう。
「まあ、やっぱりそうなのね! 私のほうが先輩だから、色々教えてあげるわね!」
弾んだ声を上げるヘレナだが、その声には張りがない。
セシリアが新入生であるのは確かで、ヘレナが先輩というのもそのとおりではある。だが、おそらくヘレナの中では自分も学生のままで、せいぜい一つか二つ年上のつもりなのだろう。
「私は王太子殿下の恋人なの。でも、それを良く思わない人たちから命を狙われているから、解決するまで身を隠しているのよ」
ヘレナが身の上を語り出す。
平和的に離宮に押し込めるため、そういう設定になっているらしい。
以前も心が学生時代に戻っていたようだが、そのときから状態はさほど変わらないようだ。
「でも、周りはつまらない侍女ばかりで、飽き飽きしていたの。話し相手になるお友達が欲しいって何回もお願いしていたのだけれど、やっと来てくれたのね」
笑顔を浮かべるヘレナから視線をそらし、セシリアは侍女の様子をうかがう。
すると、侍女も困った顔をしていて、どうするべきか迷っているようだ。
「……お茶の準備をしてもらえるかしら」
セシリアが命じると、侍女は驚いたようだったが、何も言い返すことなく頷いて、準備を始めた。
本当は、ヘレナの顔など見たくもない。セシリアを虐げてきたことを忘れ、天真爛漫に振る舞う様子を見るだけで、心の底から苛立ちがわき上がってくる。
だが、もしかしたら何かの手がかりを引き出すことができるかもしれない。
どこまで会話が可能かわからないが、もしアデラインに関する何かをつかむことができれば、参考になるだろう。
セシリアの気持ちとしては、ヘレナを追い出すか、自分が出て行くかで、一切関わりたくはない。
しかし、今もエルヴィスは国王からの尋問に臨んでいるというのに、セシリアにできることは何もないのだ。
それならば、ヘレナとの会話で情報を得られる可能性があるなら、不快感くらい飲み込む。
「お友達とお茶なんて、久しぶりだわ!」
純粋に楽しそうなヘレナに腹立たしさを覚えながらも、表面上はごく平然としたまま、セシリアは椅子に座る。
まずは準備されたお茶を軽く一口飲み、そっと深呼吸をしてから、セシリアはヘレナに向き合う。
「……誰が命を狙っているか、お伺いしてもよろしいですか?」
「わからないけれど……多分、殿下の婚約者じゃないかしら」
覚悟を決めて口にした疑問だが、ヘレナはあっさりと答えた。
「殿下の婚約者とは、ローズブレイド公爵令嬢アデラインですか?」
「ええ、そうよ。でも、アデラインさまは隣国の王子と恋仲だっていう話も聞いたから、違うかもしれないわね」
とんでもない話に、セシリアは絶句する。
そのような事実はなく、さらに時系列で考えても少々おかしい。どうやら、記憶がごちゃ混ぜになっているようだ。
「私がアデラインさまの婚約者を奪ってしまったことになるので、アデラインさまには隣国の王子と幸せになってほしいわ。でも……それを言ったら、とんでもない形相になってしまったのよね」
「王太子が、ですか?」
「いいえ、あの小さな……誰だったかしら……名前が思い出せないわ……マリッサじゃなくて……アリエッタじゃなくて……」
「マリエッタ?」
「そう、それよ! 彼女、アデラインさまが国外に行くなど、絶対に許せることではないって、恐ろしい顔をしていたわ。国のためなら……って、ぶつぶつ言っていたのよね。怖かったわ」
大きく息を吐き出すと、ヘレナはお茶をあおった。
空になったカップに侍女がお茶を注ぐのを見ながら、セシリアは今の言葉について考えを巡らせる。
ヘレナの言葉をどれだけ信用してよいものかわからないが、もしこの話が本当だとすれば、マリエッタがアデラインの死に関わっている可能性は高い。
国外に行くことが許せない、国のため。これらがアデライン殺害の動機となったと考えることができそうだ。
しかし、もしそうだとしても、まだ不明点がある。何故、国外に行くことが許せないのか、国のためになるのか。それらがわからない。
「アデラインさまと隣国の王子はお似合いなのに、どうしてみんな反対するのかしらね。失恋の痛手を新しい恋で癒すのにちょうどよいのに。でも、私がお二人のことを応援するって言った……次の日には……」
カップを持つヘレナの手が、小刻みに震える。
これまで朗らかに話していたヘレナだが、急激に顔色を失う。
「アデラインさま……まさか、自分から命を絶ってしまうなんて……私は悪くないわ……アデラインさまが勝手にしたことですもの……私は悪くない……悪くないのよぉ!」
ガクガクと震えるヘレナの手からカップが落ち、テーブルの上にこぼれた茶が広がっていく。
そして、ヘレナも甲高い叫びを上げると、その場に崩れ落ちた。










