36.好色王の申し出
「姫とお話がしたいのです。もちろん、そちらの侍女や護衛も一緒で構いません。話している間は控えていてほしいですが、何かあればすぐに対応できる距離で結構ですよ」
ケヴィンの申し出は、そうおかしなものではなかった。
二人で話がしたいということだろうが、侍女や護衛に対しても譲歩する姿勢を示している。
しかも、ケヴィンは一人で供はいない。害はないとアピールしているようだ。
セシリアは少し迷ったが、侍女や護衛もいるのだし、おかしなことにはならないはずだ。
侍女と護衛は、エルヴィスが信用できると保証していた者たちだ。話の内容が外に漏れるかもしれないといったことは、考えなくてよいだろう。
何より、ケヴィンがようやく動いたのだ。どのような目的があるのか、気になる。
「……ええ、ではあちらにまいりましょう」
セシリアは頷き、庭園に作られた休憩所に向かう。
花々に囲まれて小さなあずまやがあるのだが、見晴らしが良く、人が潜めるような隠れ場所はない。
誰かが近づいてくるのもすぐにわかり、密談に向いた場所だった。
「色とりどりの花に囲まれた、美しい場所ですね」
余裕のある態度で、ケヴィンはあずまやの中にある長椅子に腰掛けた。
セシリアも反対側の長椅子に腰を下ろす。
侍女と護衛はあずまやの外で控えていた。もしケヴィンがおかしな動きをすれば、すぐに取り押さえられるだろう。
「私はローズブレイド公爵とは違って、武芸はからっきし駄目でしてね。警戒しなくても大丈夫ですよ」
にこにこと笑いながら、ケヴィンは誰に言うともなく、そう口にした。
だが、その自己申告を鵜呑みにする気にはなれない。仮にそのとおりだとしても、一般的な成人男性の体格を持つケヴィンは、か弱いセシリアなど簡単にひねれるだろう。
「……お話とは、何でしょう?」
「そうですね、あまり時間もないことですし、単刀直入にお話ししましょう。私は姫……いえ、あなたたちの助けになることができます。王太子を排除したいのでしょう?」
あまりにもあけすけな物言いに、セシリアは言葉を失う。
王太子ローガンを王位から排除したいことを、ケヴィンに気付かれている。
しかも、助けになるとは、セシリアだけではなく、エルヴィスのことも含めているようだ。
「最初は、姫が一方的にローズブレイド公爵に利用されているのかとも思いました。でも、姫も王太子に虐げられていたというではありませんか。互いに手を組む要素があったのでしょう」
さらにケヴィンは話を進める。
多少の食い違いがあるにせよ、大筋では間違っていない。目的のためにセシリアとエルヴィスが手を組んだのは、事実だ。
「私は、王太子を吊し上げることのできる材料を持っています。これがあれば、姫とローズブレイド公爵が策を弄さずとも、失脚させることは簡単でしょう。あなたたちに協力して差し上げたいのですよ」
ケヴィンは落ち着いた態度のまま、微笑みを崩さない。
唐突な内容ではあったが、本当にローガンを吊し上げることが可能ならば、そこから過去の罪も言及していけるかもしれない。
とても魅力的な申し出なのだが、だからこそセシリアは怪しむ。
「……陛下は、何をお求めでしょうか?」
協力したいというのは、見返りを求めてのことだろう。
まさか、セシリアが哀れだから助けたいといったような、それだけで隣国の国王が動くはずがない。
探るように問いかけるが、ケヴィンの表情はそのままだ。
「姫とローズブレイド公爵を、しがらみから解放して差し上げたいのですよ。そうすれば、お二人とも自由になれるでしょう」
「それは……」
心の奥底を抉られたようで、セシリアは呻く。
もともと、セシリアとエルヴィスの婚約は目的を果たすための契約だった。
アデラインの死がエルヴィスを復讐に縛り付けてしまい、それをセシリアは解放してあげたいと思っていた。
全て終われば、セシリアはエルヴィスとの婚約を解消して、彼には好きに生きてほしいと願っていたのだ。
だが、それを思うと、セシリアの心には鋭い痛みが走る。
本当に婚約を解消して、エルヴィスがセシリアとは違う誰かと結ばれる。そう考えると、セシリアは嫌だと叫び出したくなってしまう。
これはきっと、アデラインの記憶による、かつての義弟に対する幼稚な独占欲だと、セシリアは思おうとする。
「もちろん、綺麗ごとだけではありません。しがらみから解放されれば、ローズブレイド公爵もこの国に固執する必要はなくなるでしょう」
続くケヴィンの言葉は不穏なものだったが、そのためにかえってセシリアは落ち着くことができた。
今は感情の問題はおいておき、目の前のことに集中する。
やはり、ケヴィンはローズブレイドを引き込みたいのだろう。
だが、それも選択肢の一つかとセシリアは考える。
ローガンとヘレナの罪を暴き、黒幕を突き止めることができれば、この国に固執する必要はないのかもしれない。まして、おそらく黒幕は王族だろう。
目的を果たすため、セシリアは女王となることを目指しているが、その地位が本当に欲しいわけではない。むしろ、ならなくてもよいのならば、なりたくないくらいだ。
もちろん一人で決められるようなことではないが、エルヴィスと相談して、良い落としどころを探ることはできるかもしれない。
「姫も、ローズブレイド公爵と手を組む必要がなくなるのですから、婚約も不要になります。婚約を解消して、私の正妃になってください。我が国における最高の女性の座をご用意します」
ところが、次のケヴィンの言葉で、前向きに検討を始めたセシリアの思考が停止し、脳内を疑問符が埋め尽くす。
いったい何を言っているのだと、セシリアは唖然と固まるだけだった。










