31.秘法の素質
お茶の時間を終えると、今日のセシリアの勉強は終わりにして、図書室に行くこととなった。
エルヴィスに案内され、二人で図書室に入る。
かつてアデラインが幼い頃、入ったことがあったはずだが、記憶にはうっすらとしか残っていない。子ども向けの本は入り口近くにあり、その周辺くらいしか行かなかったためだろう。
今は子ども向けの本に用はない。奥に進んでいき、静まり返った図書室に足音だけが響く。
「ところで、どのような本をお探しですか?」
「領地の産業に関するものと……もし、王家の秘法に関連する記録があるのならば拝見したいのですが」
エルヴィスからの問いに対し、最後はやや声をひそめつつ、セシリアは答える。
「領地の産業は、あちらの棚です。王家の秘法に関するものは……さらに奥にあります。こちらは別の鍵が必要となりますので、読むのは私と一緒のときにお願いします。他はいつでも、お好きにご覧ください」
一瞬だけ何かを考えたようではあったが、エルヴィスは王家の秘法に関連する記録もセシリアに読ませてくれるようだ。
おそらくは、当主のみ、あるいは当主の許可を得た者だけが閲覧可能なのだろう。
「では、王家の秘法に関連する記録から見ていきましょうか。実は私も先代から話は聞いたものの、じっくり読む機会がありませんでした。今回、読んでみようと思っていたので、ちょうどよかったです」
エルヴィスは図書室のさらに奥にある小部屋の鍵を開け、中に入っていく。
やや緊張しながら、セシリアも後を追う。
小部屋の中も図書室と同じように、いくつもの棚が並んでいる。かなり古そうな本や、書類を束ねたものもあった。
「ええと……こちらの棚ですね」
部屋の中を見回すと、エルヴィスは一つの棚にセシリアを導く。
本が綺麗に並んでいるが、途中で二冊分ほどのスペースが不自然に空いているのが気にかかった。
だが、番号が振られているわけでもないので、本当にそこに本があるべきだったのかはわからない。単に、以前読んだ誰かがずぼらで、中途半端に寄せてしまった可能性もある。
エルヴィスもわずかに首を傾げたようではあったが、何も言うことなく本を取り出した。
ぱらぱらとめくっては次の本へ移り、ざっと一列の本に目を通す。
「続き物というわけではないようですね。手分けして読んでみますか」
そう言ってエルヴィスは一通りの本を抱えると、テーブルに移動する。
セシリアも一緒にテーブルについて、二人で本を読み始めた。
しばらく、二人とも無言のまま、時間が流れていく。
「……ローズブレイド家は王家のスペアでしたのね」
衝撃的といえばそうなのかもしれないが、納得できるような内容も書かれていた。
王家の秘法を扱うのは素質が必要だが、ローズブレイド家もその素質を引き継いでいるらしい。
不慮の事態が王家に発生した場合、代わりとなるのがローズブレイド家のようだ。
ただ、もともとローズブレイド家は王家の分家なので、さほど驚くことでもないだろう。
「秘法を扱う素質にも、全素質と限定素質の二種類があるようですね。全素質は滅多に現れないようです。そして、必ず女子であると」
「国を平穏に保つためには、限定素質の持ち主が契約を結ぶべき、とありましたわ。全素質は全てを行使できるため、危険だと。……何が危険なのかしら」
ときどき、互いに情報交換をしながら、二人はさらに読み進める。
「綻びていた契約を結び直した、名もなき女王の記録がありました。それによれば、彼女は全素質の持ち主だったようです。そして荒廃した国を立て直し、五年で力を失い、命を縮めた、と……」
「それが、過去に即位した女王……全素質というのは、負担も大きいということなのかしら……」
眉根を寄せながらエルヴィスが呟いた言葉に、セシリアは危険とはそういうことなのかと納得する。
全素質というのは大きな力であり、その分負担がかかるのだろう。
「これは……困りましたね。たとえあなたが女王となったとしても、命を縮めてしまうのでは意味がありません。一瞬だけ即位して、目的をすぐに果たして退位するか……いえ、安全を考えたら別の方法を考えたほうが……」
腕を組んで、エルヴィスは唸る。
「やはり、あなたの安全が最も重要です。違う方法を探すことにしましょう。第二王子にはまだ話を匂わせた程度で、密約を結ぶには至っていません。そうか……乗り気だったのは、こういうことか……」
「ちょ……ちょっと待ってください、もう第二王子にも話をしているのですか? しかも、乗り気なのですか?」
忌々しそうに呟くエルヴィスを遮るように、セシリアは問いかける。
すでにエルヴィスは、セシリアが女王となるための根回しを始めていたということだろうか。
「……そうです。ですが、まだ探り合い程度なので、なかったことにするのは簡単です。ご心配なさらず」
「いえ、乗り気だというのなら、そのまま進めてしまいましょう」
取り消す気でいるエルヴィスだが、セシリアは首を横に振る。
第二王子たちの協力を得られるのなら、王座は近づく。
おそらく、女王として即位したところで、在位期間は短いと踏んでいるのだろう。しかも、災害を治めて綺麗にした後で消えてくれれば、次の王にとっては良い地ならしとなるわけだ。
「ですが、あなたが……」
「私が全素質の持ち主と決まったわけではありません。それに、もしそうだとしても、女王に即位したらすぐに事件の再調査を行い、罪を明らかにした後は、すみやかに退位してしまえばよいのです」
心配そうなエルヴィスに対し、きっぱりとセシリアは言い切る。
記録にある女王の時代は、本当に荒廃しきっていたらしい。だが、今は災害が起こっているものの、他国では当たり前にある程度だという。
それならば、そこまで力を消耗しないのではないかという楽観的な見方の他に、セシリアが考えていることがある。
いっそ、女神の加護に頼り切るよりも、ローズブレイド公爵領のように災害対策を行えばよいのではないだろうか。
他国では当たり前に行っていることが、できないはずがない。
この国は女神の加護に頼りすぎて、自分たちの足で歩むことを止めているのではないかとは、最近セシリアが抱いている疑念だった。










