03.罪を暴くと誓う
セシリアは、蘇ってきた前世の記憶と、現在のセシリアとしての人生の記憶を整理しようとする。
蘇ってきた記憶が鮮烈すぎて、現在のセシリアの意識も塗りつぶされたようだ。
これまで、セシリアは常に罪悪感を抱き、自分など消えてしまえばよいと願う、引っ込み思案でおどおどとした少女だった。
それは、自分が世継ぎになれる王子ではなく、王女として生まれてきたためだ。
王子として生まれてこなかった自分を責め、セシリアは全て自分が悪いのだと思っていた。
「……八つ当たりがすぎるわ。何が真実の愛よ。あっさり崩壊したくせに」
だが、前世の記憶が蘇ったことにより、アデラインの人格が強く出ているのか、今までとは違う見方をすることができるようになった。
自分は何も悪くないのだと、今のセシリアならばそう思える。
アデラインが亡くなった後、王太子ローガンと男爵令嬢ヘレナは周囲の反対があったものの、結局は結ばれることとなった。
その際、ローガンは一生彼女だけを愛するという誓いを立てることを条件に、ようやく国王に認められたのだ。
離婚は許さず、たとえ死別しても再婚は許されないとなっている。愛妾も認めない。
当時は燃え上がっていた二人は、何の迷いもなく頷いたという。
そして、やがて第一子である王女セシリアが生まれた。
世継ぎとなれる王子ではなかったことによる軽い失望はあったようだが、次があると楽観視もされていた。そのため、当時はセシリアも普通に可愛がられていたらしい。
ところが、王太子妃となった元男爵令嬢ヘレナは、だんだん心を病んでいってしまったのだ。
もともと自由奔放に育った彼女に、本音を微笑みの仮面に隠す王宮の風は合わなかった。
屈託のない笑顔が魅力だった彼女だが、だんだん笑顔も失われていき、魅力が衰えていったようだ。
すると、ローガンの心も少しずつ離れていき、夫婦の仲は冷めていったという。
そのような中、王太子妃ヘレナは第二子となる王子を産み、これで夫婦の仲も改善されるかと思われた。
ローガンも世継ぎができたと喜んだのもつかの間、数日で王子は亡くなってしまったのだ。
しかも、このときに難産で、ヘレナは再び子を授かることができない体になってしまう。
「……このときのことは、何となく覚えているのよね」
苦笑しながら、セシリアは呟く。
ヘレナは取り乱し、当時三歳だったセシリアに、お前が死ねばよかったのに、何故お前が生きているんだ、などと八つ当たりしてきたのだ。
それが繰り返され、セシリアは自分はいらない子なのだと、己の殻に引きこもっていった。
しかもヘレナの暴言はエスカレートしていき、やがて王子が死んだのはセシリアのせいだとまで言い出した。
ローガンも、見て見ぬふりをしていた。
暴言を浴びせられる幼いセシリアを庇うことも、ヘレナを諫めることもなく、ヘレナの爆発が始まればすぐに逃げ出していたのだ。
自分ではなく、娘という他者に怒りの矛先が向くのだから、これ幸いと思っていたのかもしれない。
セシリアは、弟が死んだのは自分のせいだと本気で思っていた。
前世の記憶が蘇った今日まで、ずっと呪縛に囚われていたのだ。
「本当に、ろくな記憶がないわね……」
セシリアはうんざりとしたため息を吐き出す。
祖父母である国王夫妻は、今も健在だ。父であるローガンは王太子のままとなる。
しかし、祖父母もセシリアには冷たかった。
特に祖母である王妃はヘレナのことを嫌っており、その娘であるセシリアのことも疎ましく思っているようだった。
「前もあまり接点はなかったけれど……今も第二王子とは接点がないわね」
王太子ローガンの弟であり、セシリアにとっては叔父にあたる第二王子と、その一家も、彼女のことは空気のように扱う。
これといった嫌がらせもしてこないが、温かみもない。
前世の記憶と照らし合わせてみれば、第二王子は婚約者だった相手と順当に結ばれたようだ。
当時、アデラインのことをお姉さまと慕ってくれた侯爵令嬢が、今の第二王子妃となる。
確か彼女は王太后と出身家が同じだったはずだが、当時存命だった王太后は、今はもう亡くなっている。
「第二王子には息子がいて……彼が婚約者だったかしら……」
次期国王はローガンだが、その次の王は第二王子の息子だと目されている。
セシリアは彼の妻となり、いずれ王妃になるのだとローガンから言われているが、いとこである彼に対する印象は薄い。おそらく、それは彼も同様だろう。
「これからどうすれば……いえ、ちょっと待って……」
セシリアとしての記憶の中に、前世である公爵令嬢アデラインについての情報もあった。
王太子ローガンの婚約者だった公爵令嬢アデラインは、婚約者を慕うあまり、近づく女子生徒に嫌がらせをしていたという。
だが、その行為は余計にローガンの心を離れさせ、優しく寄り添う男爵令嬢ヘレナにローガンが心を寄せる結果となったのだ。
すると、今度はローガンの気を引くため、隣国の王子に言い寄ったのだという。
そしてどんどん墓穴を掘っていき、懺悔の塔に押し込められたときにようやく己の所業を悔いて、塔から身を投げたのだと言われている。
「……全然、事実と違うじゃない……どうして、こんなことに……」
セシリアは頭を抱えて呻く。
前世の自分がすっかり悪役にされていることに、憤りがわきあがってくる。
ローガンが語った内容や侍女の噂話が元だが、おそらく世間ではそうなっているのだろう。
ヘレナは男爵令嬢であり、由緒正しい貴族ではあるものの、爵位は低い家の出身だ。本来ならば、王太子とは身分が違う。
それを正式に王太子妃につけるため、元婚約者を貶めて引き上げようとするというのは、手法としては間違いではない。
だが、冤罪をかけられた側が納得できるかというと、それはあり得ないだろう。
「許せない……私から全てを奪っておいて、のうのうと……しかも、親としてもクズってどういうことよ……」
セシリアは、心の奥から煮えたぎるようにわきあがってくる怒りで、おかしくなってしまいそうだった。
アデラインを塔から突き落としたのが誰かは、わからなかった。
だが、ローガンとヘレナである可能性が最も高いだろう。直接手は下していなくても、彼らの指示で手下が動いたというのなら、同じことだ。
「いずれ、罪を暴いてやる……」
前世の自分のためにも、これからの自分のためにも、真実を明らかにしようと、セシリアは拳を握り締めながら誓った。