27.不吉な足音
表面上は、ごく普通の日々が戻ってきた。
セシリアは学園に通い、週末にエルヴィスとの逢瀬を楽しむ。
王太子ローガンは機嫌の良い状態が続き、第二王子たちにもこれといった変化は見当たらない。
しかし、国王夫妻は各地の視察に忙しく、徐々に不安の声も上がってきた。
王太子妃ヘレナは相変わらず病気療養のため、離宮にこもっている。セシリアが彼女を見たのは、婚約を結んだ日に制服姿で現れた姿が最後だ。
穏やかそうでありながら、そっと不吉な足音が忍び寄ってきているようだった。
「そろそろ夕月果の美味しい時期ですのに、全然デザートに出ませんのよ。コックの怠慢かとも思いましたけれど、不作だというではありませんの。私、とても好きで毎年楽しみにしていますのに……」
「私はお茶会用にドレスを一着仕立てたいとお願いしたのですけれど、生地が値上がりしているから今は我慢しろと言われてしまいましたわ。先月は妹が作ったので来月だと我慢させられたのに、また我慢なんて……」
同級生たちからも、景気の悪い話が聞こえてくるようになった。
王都では災害こそ起こっていないが、各地方では不作や土砂崩れ、川の氾濫などが発生して、その影響が押し寄せている。
今はまだちょっとした不満程度だが、いずれもっと大きな問題になっていくかもしれない。セシリアは同級生たちの会話に耳を傾けながら、不安を覚える。
「これほど良くないことが重なるなんて、生まれて初めてのことですわ。もしかしたら、女神さまがお怒りになっているのかもしれませんわよ」
「きっと、女神さまの加護を受けるのにふさわしくない人物が、国を守るべき一族の中にいるからですわ」
いかにも心配そうに、シンシアとイザベラがセシリアを見ながら口を開く。
大げさに見開いた目と、歪んだ口元がわざとらしい。
「まあ……何ということかしら……国王陛下が女神の加護を受けるのにふさわしくないですって……? これは国王陛下に対する侮辱……いえ、反逆罪かもしれないわ。早く捕らえて、懺悔の塔に送らないといけないわね。衛兵を呼ばないと……」
セシリアは愕然としたように口元を両手で押さえ、大げさなほどに驚いてみせる。
すると、薄笑いを浮かべていた二人の顔が焦りに変化していく。
「ちっ……違いますわ! 国王陛下のことを侮辱などしておりません!」
「私たちは忠実な臣下ですわ! 反逆など……!」
慌てて、二人は言い訳を叫ぶ。
「では、国を守るべき一族の中にいる、加護を受けるのにふさわしくない人物とは誰のことかしら?」
二人が言いたかったのは、当然ながらセシリアのことだろう。
だが、セシリアは素知らぬふりをして問いかける。
「そ……それは、貴族たちの中にも一部、不心得者がいるのではないかと……」
「す……少しばかり、憶測で物事を申してしまったようですわ……」
しどろもどろになりながらも、二人はどうにかそれらしいことを述べる。
こうなることが予想できなかったのだろうかと、セシリアはため息をつきたい気分だ。
この二人は、今でも事あるごとにセシリアを貶めようとしてくるが、成功したためしがない。
それでも諦めようとしないあたり、根性があるのかもしれないが、無謀だ。
「そうね、不心得者はいるでしょうね。すぐ近くに」
「あ……急用を思い出しましたわ」
「し、失礼しますわ」
微笑みながらセシリアが言うと、二人は逃げ出していった。
本気で衛兵を呼ぶつもりはなかったので、セシリアは二人を放置する。
今はまだセシリアが見逃しているため、大ごとにはなっていない。だが、一度くらい少し痛い目に遭ったほうが、むしろ彼女らのためだろうか。
王家の腫れ物だったセシリアも、最近では少しずつ扱いが変わってきている。
あの二人はセシリアのことをなめているようだが、いつまでも安全なままでいられると思っているのだろうか。
もっとも、彼女らが苦し紛れに言った、貴族たちの中に不心得者がいるというのは、実は間違っていない。
各地で災害が起こっているが、最も直接的な被害を受けるのは、一般の民だ。
領主は彼らを助けるべきなのに、それどころか税を上げて苦しめようとする、信じがたい行為をする者もいると、セシリアは聞いていた。
「いくら不作とはいっても、まったく収穫できていないなんてあり得ませんわ。我が家の力を使ってでも、かき集めてこいと命じるしかありませんわね。わざわざ言わなくても、それくらい察するべきですのに、使用人の怠慢ですわ」
「やはり、もう一度ドレスをお願いしてみることにしますわ。あれほど我慢したのに、また我慢なんてひどすぎますわ。たかが一着のドレスすら仕立ててもらえないなんて、私はなんてかわいそうなのかしら……」
同級生たちの嘆きを聞きながら、セシリアはさらに不心得者という言葉が重く心にのしかかってくるようだった。
自分のことしか考えていない彼女らは、高位貴族の娘たちなのだ。
まだ若く、学生の身ではあるが、それにしても他者のことを一切考えない姿に、セシリアはぞっとする。
女神の加護が薄れてきたのは、経過年数によるものだろうとエルヴィスは言っていた。だが、女神が怒っているのだと言われても、頷けてしまうくらいだ。
セシリアは、女王の座を目指すことにした。
いくら罪を暴くという目的を果たすために欲している王座でも、その座につく以上は責任を果たしたい。
しかし、本当にこの国に未来はあるのだろうか。セシリアは、暗澹たる気持ちがわき上がってくるのを抑えられなかった。










