26.女王への道
「私が女王に……?」
呆然としながら、セシリアは呟く。
何の冗談だろうかとエルヴィスを見つめるが、彼の表情は真剣だった。
「でも、私は女子で、王家の秘法を受け継ぐ立場では……」
王家の秘法を受け継ぐのは、王族の男子のみだ。
基本的には成人した王族男子だが、幼くして即位した現国王のように早く伝えられる場合もある。
ただ、それにしたところで、王族男子という条件に変わりはない。
「過去には、女王が即位した例もあります」
「……それは知っています。しかし、後継ぎとなれる男子が幼すぎて、成長するまでの繋ぎだったはずです。今のように王族男子が何人もいるような状況では……」
過去に女王が存在したことは、アデラインの記憶で知っていた。
だが、他に王位につけるような男子がいない中での、暫定的な存在でしかなかったはずだ。
今はローガン、ジェームズ、ギルバートと、三人の健康な王族男子がいる。
この三人全員に何かがない限り、セシリアに順番が回ってくることはない。
「それに……仮に私が女王になったところで、王家の秘法を受け継げないのでは、国王としての役割を果たせません」
そもそも今回、王位交代の可能性が出てきたのは、薄れてきた女神の加護を回復させるためだ。
たとえ何らかの方法で王族男子三人を退けたとしても、セシリアでは役目を果たせない。
女神の加護が正常な状態ならば、暫定的に女王が数年間存在していたところで問題ないかもしれないが、今はそうではないのだ。
「実は、女王が即位した時代というのは、災害が多く、荒廃した時代だったのですよ。それを女王が治め、安定させたと記録に残っています。王家の秘法は本来、男子よりも女子に適性があるのではないか、とも」
「……もしそうだとすれば、何故男子のみに王家の秘法が伝えられるのでしょう。女王の功績も一般には伝わっていません」
かつてアデラインが勉強した歴史でも、女王の功績は記されていなかった。
王家の秘法が女子に伝わったという話も、聞いたことがない。
ローズブレイド家の当主など、ごく一部だけが知っているようだが、何故だろうかとセシリアは訝しむ。
「そもそも王家には女子が生まれにくいですからね。負担を与えないようにしたのかもしれません。女子に適性があるとなれば、女子を望むようになるものの、なかなか授からないということになりますからね」
女神は女性のため、男性が秘法を行うのだと言われている。
また、王家に男子ばかり授かるのも、それと似たような原因ではないかという説もある。しかし、本当のところはわかっていない。
「もっとも、負担を与えないようにというのは私の想像であり、事実かはわかりません。私は先代から王家の秘法に関する知識を受け継ぎましたが、完全ではない可能性もあります。もしかしたら、もっと別の理由があるのかもしれません」
眉根を寄せ、エルヴィスは軽く首を左右に振る。
「ただ、荒廃した時代に女王が即位して安定させたのは事実であり、このことは王家も当然知っているはずです。おそらく、ハワード家も。そして、女王は蜂蜜のような金色の髪と、鮮やかな緑色の瞳の持ち主だったと伝わっています」
そう言ってくるエルヴィスの視線を受け止め、セシリアは固まる。
ややあってから、セシリアはおそるおそる己の髪に触れてみた。
蜂蜜のような金色の髪も、鮮やかな緑色の瞳も、セシリアの持っているものだ。
「あなたと初めてお会いしたとき、その煌めく瞳に目を奪われました。いっとき、己の立場も全て忘れ去ってしまったくらいです。とても懐かしく、愛おしい思い出を呼び覚まされたようで……」
さらに続くエルヴィスの言葉で、セシリアは恥ずかしくなって視線をそらした。
学園で初めてエルヴィスと会ったとき、去り際に目が合い、彼が動揺していたことを思い出す。
だが、同時にアデラインも同じ色彩の持ち主だったことにも気付く。そのときは、おそらくアデラインと重なったのだろう。
そう考えると、少しだけ心が落ち着いてきた。
「ええと……つまり、かつての女王と私を重ねさせ、災害を治めることのできる女王の即位という方向に持って行くのですよね」
放っておけば延々とセシリアに対する賛辞を述べそうなエルヴィスを引き戻すべく、やや強引に話をまとめる。
エルヴィスは少しばかり残念そうな表情を浮かべるが、すぐに頷いた。
「……そうです。この方法ならば、第二王子側と手を組むことも可能でしょう。災害を治める数年間だけあなたが女王となるが、その後は第二王子でもその息子でも、王位を譲ると密約を交わしておけばよいのです」
「確かに、公爵令嬢の件を再調査して罪を暴くのが目的なのですから、数年で十分ですよね」
セシリアは女王の座など欲しいわけではない。
目的を果たせば、喜んで譲る。
「仮に第二王子側が姉を殺害した黒幕であったとしても、あなたが女王になっていれば裁くことが可能です」
女神の加護の問題が解決できるのならば、セシリアが女王となるのは、とても良い方法に思えた。
第二王子側と手を組むのを渋っていたのは、彼らの思惑が不明であり、下手をすれば黒幕という可能性もあるからだ。
だが、セシリアが女王になるために手を組むのであれば、その後は権力を握れるので、どうとでもなるだろう。
「ただ、問題が二つあります。一つは、王太子です。気付かれないよう、根回しを進めていく必要があるでしょう」
指を一本立てたエルヴィスに、セシリアも同意する。
今はエルヴィスに対してとても好意的なローガンだが、それはローズブレイド公爵が自分の後ろ盾になると思っているからだ。
これが、自分を飛ばしてセシリアが女王となるべく動いていると知れば、激怒するであろうことは目に見えている。
もうローガンではどうすることもできない状態になるまで、隠し通すことが理想だ。
「そして、もう一つ。女王になれば、矢面に立つのはあなたになってしまいます。もちろん、私ができる限り支えますし、なるべく事前に防ぎます。しかし、後ろで守られているだけというわけにはいかないでしょう」
二本目の指を立てたエルヴィスは、不安そうな表情を浮かべる。
先ほどの婚約披露パーティーでも、エルヴィスはセシリアのことをかばい、時には言い返して反撃してくれた。
セシリアは頼もしいエルヴィスの後ろで、守られているだけでよかったのだ。
ずっと一人だったセシリアにとって、それはとても安心できる場所で、二度と手放したくないと思えるほどだった。
一度知ってしまった安全な位置から抜け出すのは、勇気が必要だ。
セシリアは俯きがちに、震えそうになる手をぐっと握り締める。
「……あなたが、支えてくれるのでしょう?」
顔を上げ、セシリアは一歩を踏み出した。
もともと、罪を暴くと決めたのはセシリアだ。心地よさに身をゆだねているだけにはいかない。
己の責任を噛みしめ、セシリアはエルヴィスをしっかりと見据える。
「もちろんです」
すると、エルヴィスは微笑んで請け負った。
その笑顔を見ると、セシリアの心に安堵が広がっていく。
矢面に立つとはいっても、一人ではないのだ。険しい道でも、エルヴィスが共に歩んでくれるのだと思えば、もう恐ろしくはなかった。










