25.あなたがなればよい
ローガンが国王になってしまえば、罪を暴くのは困難になる。
いくら王太子といえども、今は王族の一人に過ぎない。ところが、これが国王という唯一無二の存在になって権力を握ってしまうと、話は変わってくる。
首をすげ替えるのが容易ではなくなり、立ち回りも難しくなってしまう。
「ローズブレイドが後ろ盾となったことが、首を絞めることになってしまいましたね」
眉根を寄せながら、エルヴィスがため息を漏らす。
これまでならば、次期国王にローガンがすんなりつけるかどうかは、怪しかった。
だが、ローズブレイド公爵家が後ろ盾となったことにより、ローガンは王座に近づいてしまったのだ。
「まさか、こんなにすぐ代替わりするかもしれないなんて……」
愕然としながら、セシリアは呟く。
国王夫妻は健在なため、代替わりなどまだ先の話だと思っていたのだ。
本当に女神の加護が薄れてきていて、代替わりによって問題を解決できるのならば、王位交代は間近だろう。
「ただ、まだ女神の加護が薄れたと決まったわけではありません。それと……もし、本当にそうだとしても、国王が王位を簡単に譲ろうとしない可能性もあります」
エルヴィスが述べたのは希望的観測だったが、セシリアもそうであってほしいと願う。
たまたま災害が重なっただけで、女神の加護には問題ないのが理想だ。
「いっそ、第二王子側と手を組むという手も……」
ローガンを王位につけたくないのは、第二王子側も同じはずだ。
第二王子ジェームズ、あるいはその息子ギルバートを擁立することを条件に、協力を仰ぐという手もある。ローガンとヘレナの罪を暴くことができれば、ローガンを王位から遠ざけることができるので、利害は一致しているだろう。
ただ、それは前提条件が間違っていなかった場合だ。
「第二王子側が完全に白だったら、それで良いと思うのですが……第二王子妃の思惑が不明ですからね。賭けになってしまうので、現時点では避けたいところです」
「そうですよね……」
大きく息を吐きながら、セシリアはエルヴィスに同意する。
第二王子妃であるマリエッタが何を考えているかわからない以上、手を組むのは危険だ。
もしかしたら、第二王子夫妻がアデライン殺害の黒幕である可能性だってあり得る。
「それに、私はあなた以外の王族は信用できません。姉の死に直接関わっているかどうかに関わらず、汚名を着せられていくのを見て見ぬふりをしたのは、事実です。その時点で、私にとっては敵ですよ」
エルヴィスはきっぱりとそう言い切る。
「それでも、直接の関わりがなく、それで姉の名誉回復が叶うのであれば、多少のことは飲み込みますが……まだ調べてみないとわかりませんね。問題はやはり時間ですか……」
ある程度は妥協する姿勢を見せるエルヴィスだが、やはり根本的な問題に戻ってしまう。
アデライン殺害をローガンとヘレナの二人だけが行ったとは、セシリアもエルヴィスも思っていない。黒幕がいるはずだと、確信している。
現在はまだ調べているところだが、時間をかければたどり着けると、セシリアは思っていた。
しかし、その時間が限られてしまったかもしれないのだ。
「もし女神の加護に問題がなかったとしても、現国王に何かあれば王位につくのは王太子でしょう。それよりも先に罪を暴く必要があります」
エルヴィスの言葉に、セシリアは頷く。
そう悠長に構えている時間はないのだ。
しかし、そのための手立てがセシリアには思いつかない。
今のまま、少しずつ証拠となり得るものを集めていって、繋ぎ合わせていくこと以外に、一気に状況を進展させられるものはないだろうか。
「……公爵令嬢の事件を再調査することができれば」
思いつきを、セシリアはぼそりと呟く。
かつてアデラインが懺悔の塔で亡くなった際、大した調査は行われなかったらしい。
アデラインの父である先代のローズブレイド公爵が健在であれば、大々的な調査が行われた可能性が高いとは、以前に聞いた話だ。
今からでも再調査を行えば、何かが出てくる可能性は高い。
ただ、すでに事件から十七年もの歳月が過ぎており、今さら再調査を行うには、それ相応の理由が必要だろう。
「でも、難しいですね……」
何らかの根拠があってエルヴィスがローズブレイド公爵として訴えれば、再調査が行われる可能性はあるだろう。
だが、それをさせるだけの理由が思い浮かばず、セシリアはため息をつく。
「……いえ、再調査を行わせる方法はあります」
ところが、ややあってエルヴィスは静かな声でそう言った。
セシリアははっとして、エルヴィスを見つめる。
再調査をさせられるだけの理由が、すでにあるのだろうか。セシリアは期待を込めてエルヴィスの様子をうかがうが、彼は首を横に振った。
「あいにく、いくらローズブレイドの当主といえども、今となってはそう簡単に要求できることではありません。ですが、この国における唯一無二の存在ならば、それが可能となります」
「唯一無二……それってまさか……でも……」
この国における唯一無二の存在といえば、真っ先に思いつくのは国王だ。
ローガンがその座につくのを阻止したいというのが、今回の大本の話でもある。
しかし、国王は過去にろくな調査を行わなかったという経緯がある。それなのに、まともな再調査を行わせる方法があるとでもいうのだろうか。
「あなたが、女王となればよいのです」
ところが、エルヴィスの口から出た言葉は、セシリアの予想だにしないものだった。










