24.次期国王は誰
大きな問題もなく、婚約披露パーティーは無事に終了した。
最後はローガンが酔いつぶれて運ばれていくという醜態をさらしていたが、それくらいだ。
セシリアとエルヴィスは楽な服装に着替えると、一息つく。
「お疲れさまでした。それにしても、国王を始めとした王族の、あなたに対する態度には呆れましたね。この国の将来も危ぶまれるというものです」
うんざりしたようにエルヴィスが口を開く。
役立たずや出来損ないなど、祝いの席で本人を目の前にして平然と言えてしまうあたり、まともな感性とは言い難いだろう。
今まではその仕打ちがセシリアにとって当然のことだった。
それが今回はエルヴィスが立ち向かってくれたのだ。
「その……言い返してくださって、嬉しかったです」
はにかみながらセシリアが感謝すると、エルヴィスは穏やかな笑みを浮かべた。
「当然のことですよ。あのような見る目のない者どもに、あなたのことを好きなように言われるなど、私が我慢なりません」
「ただ……国王相手にあれほど直接的に言ってしまって、大丈夫だったのでしょうか……」
それでもセシリアは心配になり、口に出してしまう。
「まあ、大丈夫でしょう。ローズブレイド家は反国王派筆頭みたいなものでしたからね。それが王家側につくとなったら、その程度のことは気にしないと思いますよ」
エルヴィスの答えを聞きながら、セシリアはローズブレイド家が反国王派だったことに驚く。
だが、納得もできた。
アデライン存命時は王家寄りだったが、婚約破棄の上に汚名を着せられているのだ。たとえ国王夫妻が手を下していなかったとしても、アデラインの名誉回復に動かなかったのは間違いない。
「先代があのとき弱らず健在だったなら、内乱になっていたかもしれませんね。場合によっては、王国から離反して独立もあり得たかもしれません。私に代替わりしてからはそのような余裕もなく、ただ疎遠になっていました。それが王家にすり寄ってきたのですから、多少の無礼は目をつぶるでしょう。そもそも、無礼なのは向こうですし」
内乱や独立の可能性まであったのかと、セシリアは前世の父に思いを馳せる。
その後のエルヴィスも、爵位争いや家の立て直しで、すぐ行動に移すことはできなかった。
ローガンの悪運の強さは相当なものだと、セシリアは苛立ちを覚える。
「……他の貴族たちも、ローズブレイドが王家にすり寄ったと見ているのでしょうか」
「でしょうね。立場が弱い王太子に恩を売って、後に彼が国王になれば権力を握れるからだとでも思っているでしょう。実際、王家の犬に成り下がったなどと囁いているのが聞こえてきましたからね」
不快な見方をされているが、本当の目的を悟られるわけにはいかないのだから仕方がないと、セシリアは己に言い聞かせる。
何より、最も不名誉なそしりを受けているのはエルヴィスなのだ。彼が落ち着いているのに、セシリアが喚くわけにはいかない。
「本当の目的をうまく隠せているということで、むしろ喜ぶべきですよ。こうして油断してもらったほうが都合が良いですからね」
セシリアの憂い顔を見て、エルヴィスが力づけるように声をかけてくる。
穏やかな声には何の気負いも苛立ちもうかがえず、この程度のことではかけらも揺るがないのだと示されているようだ。
同時に、それは彼がこれまで生きてきた道の険しさを表しているようで、セシリアは胸が締め付けられる。
「そう、ですね……目的を果たせば全て解決ですものね」
セシリアは無理やりにでも明るいことに目を向けようと、頷く。エルヴィスが割り切っているのに、ぐだぐだと悩むのは失礼だろう。
笑顔を作ると、エルヴィスも目を細めて頷いた。
「婚約に対する王族の反応は、大体予想通りといえましたね。多少、勘違いや無礼が過ぎるというのはありましたが、方向性は同じでしょう。あえて言うならば、第二王子妃が気になりますが……」
「確かに……マリエッタ叔母さまは、本当に祝福しているように見えたのですよね。本来なら、ジェームズ叔父さまと同じ反応でおかしくないのに……」
第二王子ジェームズは、苛立ちを抑えきれないようだった。進めようとしている物事を邪魔されたのだから、当然だろう。
だが、マリエッタは違うようだった。セシリアにとっては、こちらの反応のほうが予想外で恐ろしい。
「私も第二王子妃は祝福しているように思えました。感情を隠すことに長けているのか、それとも彼女にとって有益なことがあるのか……何にせよ、一番油断ならない人物のような気がしますね」
エルヴィスもマリエッタのことを警戒しているようだ。
彼女の出身であるハワード家についても、気になることが出てきている。
もっと調べていけば、彼女の態度の理由もわかるのかもしれない。
そう考えたところで、セシリアはハワード家に王家の秘法の一部が伝わっているという話を思い出す。
王家の秘法とは、女神の加護に繋がるものだ。最近立て続けに災害が起こっていることにも何か関連があるのかと、疑問が浮かぶ。
「そういえば、立て続けに災害が起こっているという話が聞こえてきました。この国には女神の加護があるはずなのに……」
「女神の加護ですが、国王が即位するときに女神との契約を交わします。それが王家の秘法と呼ばれているものです。ただ、どうやら効力には限りがあるらしいのですよ」
「限りが……?」
これはセシリアにとって初耳だった。アデラインの記憶でも、そのような話は聞いたことがない。
「過去の記録でも、長寿だった国王が齢八十を過ぎたあたりで、効力が弱まってきたという例があります」
「でも、国王はまだそこまでのお年では……」
現国王の年齢は六十に届かないくらいだったはずだ。
契約者が弱れば女神の加護も弱まるといったことは、十分にあり得そうではあるが、国王はまだ健在である。
「年齢はそこまで高齢ではありませんが、現国王は幼い頃に即位しています。即位してからの年数ならば、もうすぐ五十年になるので、かなりのものでしょう」
エルヴィスの言葉を聞いて、セシリアは背筋に冷たいものが走る。
契約者本人の状態ではなく、契約してからの年数によって効力が弱まるのだとすれば、五十年は十分な時間と思えた。
「契約を結びなおすなど、効力を取り戻す方法はないのでしょうか」
「簡単ですよ。国王が代替わりすればよいのです。契約を交わせるのは即位するときに一度きりらしいのですが、即位できる王族の数だけ可能といえます」
「でも、それって……」
嫌な考えにたどりつき、セシリアは顔が引きつっていく。
同じことをエルヴィスも考えているようで、彼の顔にも苦笑が浮かぶ。
「もしも今代替わりするとすれば、王太子が国王になってしまうでしょうね」










