23.頼もしい婚約者
盛大な勘違いを得意顔で披露したギルバートの隣では、モラレス侯爵令嬢がすまし顔で立っている。その表情には、優越感がにじんでいるようだ。
一気に疲労感が襲い掛かってきたセシリアは、どう答えるべきか悩む。
「私の婚約者へのお心遣い、痛み入ります。しかし、セシリアの心には殿下のことなど、ひとかけらもございませんので、心配はご無用ですよ」
しかし、セシリアが何か言うよりも早く、エルヴィスが余裕のある笑みを浮かべながら口を開いた。
さりげなくセシリアをかばうように、やや前に出ている。
「そ……それはよかった……」
顔を引きつらせながら、ギルバートは呟く。
エルヴィスとギルバートが対峙する形となるが、身長を始めとした見た目の存在感も、落ち着きぶりも、全てエルヴィスが圧倒している。二十五歳と十四歳を比べるのも、酷だろう。
セシリアがそっとエルヴィスに寄り添うと、ギルバートもモラレス侯爵令嬢も悔しそうな表情を浮かべた。
「そ……それでは失礼する……くっ……僕だって十年後には……」
「……いずれ、この国第一の女性になるのは私ですもの……今だけよ……」
逃げるように、二人は去っていく。
二人とも自分に言い聞かせるように、ぶつぶつと何かを呟いていた。
「もう少し突っかかってくるかと思いましたが、根性がありませんね」
「……この国の行き先が心配になってきました」
こっそり囁いてくるエルヴィスに対し、セシリアも静かに答える。
ローガンが王になろうがなるまいが、いずれギルバートは王位を継ぐ予定だ。それなのに、あのような残念なことで大丈夫なのだろうかと、セシリアは不安が募る。
モラレス侯爵令嬢もいずれ王妃になるのだろうが、見栄を張るような人物に見えた。こちらも、憂いは尽きない。
ギルバートの父である第二王子ジェームズは、もっとまともだったはずだ。いっそ、彼が王位についたほうがよいのではないだろうか。
ただ、ギルバートはまだ十四歳なので、これからの成長に期待するしかない。
そのようなことをセシリアが考えていると、国王夫妻の登場を知らせる声が聞こえてきた。
はっとしてセシリアがエルヴィスを見つめると、彼も頷く。
国王夫妻はセシリアにとっては祖父母にあたるが、これまでろくに関わったことはない。二人ともセシリアには冷たく、王妃にいたってはたびたび嫌味を投げかけてくることもあった。
セシリアが緊張して体を強張らせると、力づけるようにエルヴィスの手がセシリアの手を包み込んだ。
一人ではないのだと、セシリアの心に安堵が広がっていく。
「この度の婚約、まことにめでたい。今日は実に良い日だ」
緊張して対峙した国王だったが、晴れ晴れしい笑顔を浮かべて声をかけてきた。
隣の王妃も同じように上機嫌で、どういうことだろうかとセシリアは訝しむ。
「王女を娶るということは、王家との結びつきを選んだことの表明に他ならぬ。役立たずの王女と思っていたが、良いきっかけを作ってくれたようだ」
「王家とローズブレイド家はしばらく疎遠でしたが、これを機会にまた近しくなりますわね。公の忠誠を疑うような不届き者も、口を閉ざすことでしょう。喜ばしいですわ。出来損ないと思っていましたけれど、存外役に立つこと」
国王と王妃は、喜びを抑えきれないといった様子で口を開く。
どうやら、ローズブレイド家は王家に反目することを危ぶまれていたらしい。だが、その疑いを晴らすためにエルヴィスがセシリアを娶ろうとしていると思われているようだ。
おそらく二人は、これでもセシリアのことを褒めているのだろう。道具として役立ってくれた、と。
「お言葉ですが、私は王女ではなく、セシリアという一人の女性に心を奪われたのです。私の婚約者を蔑むような物言いは、いくら陛下といえども看過できません」
ところが、エルヴィスは率直な言葉で反論した。
聞いているセシリアのほうが、おろおろとしてしまう。
いくら何でも、国王相手にこうも真っ向から喧嘩を売ってもよいものだろうか。
「あ……ああ……少々、言い過ぎてしまったようだ。良き日にふさわしくない言葉だったな」
「そうですわね……少し、品がありませんでしたわね」
だが、国王も王妃もあっさり非を認めた。
セシリアは拍子抜けしてしまうと共に、もしかして今の王家は弱体化しているのだろうかと考える。
それとも、ローズブレイド公爵家の機嫌を取らなくてはならない理由があるのだろうか。
不思議ではあったが、それとは別にエルヴィスがかばってくれたことが、セシリアの胸に温かい感動を呼び起こす。自分の味方がいるということが、涙がにじみそうになるくらい、嬉しい。
何とも頼もしい婚約者だ。
「……さて、我々はもう行かねばならぬ。これから、また視察でな」
「二人とも、婚約おめでとう。これは本心ですのよ」
そう言って、国王と王妃は慌ただしく去っていった。
気まずい雰囲気から逃げるためかともセシリアは思ったが、周囲から聞こえてくる声によると、そうではないようだ。
「最近、視察が多いですわね……」
「各地で立て続けに災害が起こっているとか……」
国王夫妻は、本当に忙しいようだ。
ひそひそと囁かれる貴族たちの会話を拾いながら、セシリアは怪訝に思う。
この国は女神に守られている。その加護によって、災害が起こることなど滅多にないのだ。
それなのに立て続けに災害が起こるなど、何かがおかしい。
セシリアは不吉な予感が這い上がってくるのを感じ、身を震わせた。










