22.婚約披露パーティー
ローズブレイド公爵邸の庭園にて、婚約披露パーティーは行われた。
穏やかな日差しの下、艶やかな薔薇の香りが漂う。
パーティーはあまり格式張らず、気軽に楽しめる形式にしている。だが、並んでいる料理も動き回る使用人たちも、全て選りすぐりのものばかりだ。
着飾ったセシリアとエルヴィスは会場の注目を一身に集め、本心を微笑みの奥に隠した貴族たちから祝いの言葉をかけられていた。
「いやいや、ローズブレイド公は実に見る目がある! ぜひとも僕の力になりたいと願い出てきてな……まあ、僕は負担になるようなことは無用だと言ったんだが、僕の剣となり盾となりたいと切実に訴えられたら、さすがに断るのも……」
調子に乗ったローガンの声が、場違いなほどに大きく響く。
それでも彼の周りにも人が集まっているのは、誰につくのが得策かと見定めようとする貴族たちがいるからだろう。
この国における婚約披露パーティーは、通常は男性側の家が主体となり、女性側の家はその支援を行う。
しかし、ローガンは一切何もすることがなかった。
最初からセシリアもエルヴィスも期待などしていない。とはいえ、ローズブレイド家で全て準備するのが当然だと疑いもせず、頼むの一言すらないのには、二人とも少し呆れた。
それでいて、まるでこの場の主役であるかのように、傍若無人に振る舞っている。
「……あれを未来の義父と呼ばなくてはならないこと、後悔なさっていませんか」
「むしろ、あれが実の父であるあなたに同情を禁じ得ませんね」
招待客たちとにこやかに挨拶を交わしながら、その合間にセシリアとエルヴィスはこっそり囁き合う。
ローズブレイド公爵家を取り込んだと思っているローガンは得意の絶頂で、この世の春を謳歌しているようだ。
だが、ヘレナは病気療養中のため、欠席となっている。
彼女は未だ心が昔に戻ったままで、まともに外に出せる状態ではなかった。病気療養という名目の幽閉である。
妻がそういった状態であるのに、浮かれているローガンの姿は、いささか滑稽だった。
ローガンの姿を見て、セシリアは苛立ちを覚えるが、悦に入っていられるのも今のうちだけだと心の中で吐き捨てる。
たとえアデラインを殺した黒幕が別にいるのだとしても、ローガンとヘレナが不幸の元凶であることに変わりはない。
いずれ罪を暴くが、今はまだ我慢するしかない。セシリアは、ローガンから視線をそらして気持ちを切り替える。
「ローズブレイド公爵、セシリア、この度は婚約おめでとう」
第二王子ジェームズとその妃マリエッタが、穏やかな微笑みを浮かべて近づいてきた。
セシリアとエルヴィスも同じように微笑みながら、そっと互いに目配せする。
「まさかローズブレイド公爵がセシリアを見初めるとは思わなかった。セシリアの母君は数々の貴公子を虜にした名花だったが、その魅力を受け継いだということだろうか。ローズブレイド公爵も花に引き寄せられる蝶に過ぎなかったようだ」
ちょっとしたからかいとも取れる言葉を投げてくるジェームズだが、目は笑っていない。
声も穏やかではあったが、セシリアには彼が苛立ちを抑えているように見えた。
この言葉も直訳すれば、『数々の男をたぶらかしたアバズレの娘はアバズレか。ローズブレイド公爵もくだらない男の一人に過ぎない』ということだろう。
次の王はローガンを飛ばして、彼の息子であるギルバートとなるよう進めていたところを、邪魔されたのだ。腹立たしく思うのは、当然だろう。
「ええ、私など花の前に跪くことしかできない、哀れな存在です。ですが、美しい花に魅了されずにいられるでしょうか。まして、人々が踏みつけていた蕾が、鮮やかに花開くところを目の前で見て、何も感じない者などいないでしょう」
にこやかに返すエルヴィスだが、その言葉には棘が潜んでいた。
これまでセシリアを顧みなかったことへの嫌味だ。
ジェームズは眉をぴくりと動かしたが、微笑みは崩れなかった。
「噂通り、ローズブレイド公爵はセシリアのことを随分と大切にしているようだ。その心が、国への忠誠にも向けられることを願っている」
「これからも、セシリアのことを大切にしてあげてくださいませ」
ジェームズに続き、マリエッタも柔らかく微笑んでそう言うと、二人は去っていく。
隠しきれない苛立ちがうかがえるジェームズとは違い、マリエッタは本当に祝福しているようにしか見えなかった。
セシリアにとって、ジェームズが苛立つのは予想通りの反応だ。
だが、マリエッタの反応はよくわからない。我が子の国王即位が遠のいたのは、彼女も同様のはずだ。
感情を隠すことに長けているのか、それとも別の意図があるのか。セシリアは訝しむが、じっくり考える余裕もなく、次の招待客が近づいてくる。
「婚約、おめでとう」
現れたのは、今の二人の息子であるギルバートだった。隣には着飾った令嬢も一緒で、彼女はギルバートの婚約者であるモラレス侯爵令嬢だ。
確か、二人ともセシリアより一歳年下だったはずだ。
モラレス侯爵令嬢は、セシリアの豪華なドレスや身に着けた首飾りに視線を走らせ、悔しそうな表情を浮かべる。
ギルバートはかつてセシリアと婚約関係にあると聞かされていた相手である。実際にはそのような事実はなかったものの、そう思っている者も多かったらしい。
今も、遠巻きに様子をうかがっている者たちが、興味深そうな視線を向けてきた。
「セシリアにはずっと誤解させてしまっていたようで、心苦しく思っていたんだ。でも、こうして新たに婚約したことで安心したよ。これで失恋の痛みから立ち直れるね。僕のことなんて、早く吹っ切ってほしいと願っているよ」
朗らかな声でギルバートはそう言ったが、セシリアは意味がわからなかった。
もしかして、セシリアがギルバートに想いを寄せていたと勘違いされているのかと気づいたのは、一瞬の後だ。
周囲で聞き耳を立てている者たちの期待に応えるための冗談かとも思ったが、彼の純粋な笑顔を見ると、どうやらそうではないらしい。
これまでセシリアはギルバートとろくに接点がなく、会話を交わしたことすら数えるほどだ。当然、恋心など抱く環境にはなかった。そもそも、よく知らない。
勘違いの内容も大概だが、それを相手の婚約者の前で堂々と言い切ってしまえる神経が信じがたい。
まさかこういう人物だとは思わなかった。
どこかローガンにも似たものを感じて、セシリアはめまいがするようだった。
 










