20.婚約の影響
エルヴィスはセシリアを送り届けると、帰って行った。
次に会うのは、週末で学園が休みのときになるだろうか。エルヴィスも忙しいはずだが、必ず時間を作ると言ってくれた。
一目惚れしたという設定上、なるべく会おうとする姿を見せるべきではあるが、それだけではないようだ。
エルヴィスも色々と複雑な思いを抱えているようではあるが、こうして会おうとしてくれるのは、セシリアにとって素直に嬉しかった。
「セシリアさま、ローズブレイド公爵さまから見事な薔薇が届きました」
そして翌朝、早速エルヴィスから花が届いたようだ。
侍女の知らせを聞きながら、そういえば毎日花を届けさせようとエルヴィスが言っていたことをセシリアは思い出す。
まさか本気だったとは予想外で、唖然としてしまう。
送られてきたのは、大輪の艶やかな赤薔薇の花束だった。
甘く華やかな香りが漂い、棘も丁寧に処理されている。
花束を抱えながら、強い香りと思いも寄らない贈り物に、セシリアは頭がくらくらとしてしまうようだ。
「……飾っておいてちょうだい」
侍女にそう命じると、セシリアは学園に登校するための準備を始める。
少し前からセシリアに対する態度が変わってきた侍女たちだが、さらに見る目が変わったようだ。キラキラとした眼差しを向けてくる者もいる。
若き公爵と王女のロマンスに心をときめかせているのかもしれない。
「セシリアさま、ローズブレイド公爵さまと婚約なさったって本当ですの……!?」
「ローズブレイド公爵さまから是非にと望まれたとか……どのようななれそめですの……!?」
「学園まで迎えにいらっしゃったそうですわね。なんてうらやましい……!」
学園に登校すると、同級生たちに詰め寄られた。
昨日の今日だというのに、どうしてこうも知れ渡っているのだろうか。興奮した同級生たちにじりじりと追い込まれ、セシリアは恐怖を覚える。
「そ……その……」
セシリアはたじたじになってしまい、まともに答えることもできない。
同級生たちの爛々と輝く目が、まるで獲物を追い詰める猛獣のようだ。
「殿方をたぶらかす才能は、母君譲りね」
「どうせ物珍しいだけですわよ。すぐに飽きられますわ」
そこに冷ややかな声が響く。いつものシンシアとイザベラの嫌味だ。
息巻いていた同級生たちが、水を差されて静まり返る。
だが、セシリアにとってはこちらのほうが、むしろ安堵できてしまう。
「まあ……血筋だけではなく、己の才覚でローズブレイド公爵となった彼が、物珍しいだけの小娘にたぶらかされるとお思いですの。後先考えない愚か者と一緒にするなど、彼に対する侮辱ですわ」
あからさまで稚拙な攻撃に対しては、反撃するだけだ。
セシリアが微笑みながら言い放つと、シンシアとイザベラは言葉に詰まる。
血筋しかなく、物珍しいだけの小娘にたぶらかされる後先考えない愚か者の筆頭は、ローガンだ。しかし、彼だけではなく、シンシアとイザベラの父も学生時代はヘレナに熱を上げていたので、彼らに対する嫌味でもある。
微妙な空気が漂ってしまい、ちょうど授業も始まるところだったので、セシリアに対する追及は止んだ。
もともと身分的には順当な組み合わせといえる。
立場が弱いとはいえ、セシリアは王女なのだ。現在の力関係でいえば、ローズブレイド公爵側が強いが、表面的な身分ならば釣り合っている。
ただ、やはり納得がいかない者もいるようで、セシリアは負の念がこもった視線をいくつも受けることとなった。
「それでは、ごきげんよう」
授業が終わると、セシリアは素早く教室を後にした。
いつもならおしゃべりを楽しむが、今日は質問攻めにあってしまいそうなので、逃げることにしたのだ。
今日は幸いにも邪魔する者はおらず、無事に王太子宮の一画にたどり着く。
すると、自室に戻ろうとしたところで、思いがけない人物と出会った。
「ごきげんよう、セシリア」
「……ごきげんよう、マリエッタ叔母さま」
第二王子妃マリエッタが、いつもと同じ穏やかな微笑みを浮かべて、セシリアの前に現れたのだ。
エルヴィスと、調べてみようと言っていた人物でもある。
いったい何の用だろうと、セシリアは訝しく思う。
これまでマリエッタがセシリアに会いに来たことなど、一回もない。王太子宮に何か用事があって、そのついでなのだろうか。
「ローズブレイド公爵閣下と婚約が決まったそうね。おめでとう」
「ありがとうございます……」
無難な祝いの言葉をかけられ、セシリアも無難に答える。
「隣国に嫁がされることにならず、本当によかったわ。王太子殿下も恐ろしいことを企むものだと、心配したのよ」
「あ……ありがとうございます……」
まさか心配されていたなど思いもよらず、セシリアは戸惑いながら礼を述べる。
「ローズブレイド公爵夫人なら、とても良い位置だわ。この先、あなたが余計なことに巻き込まれることなく、幸福な公爵夫人として一生を過ごせるよう、祈っているわ」
マリエッタは穏やかな微笑みを崩さないまま、そう言うと去っていった。
その後ろ姿を見送りながら、セシリアは呆然と立ち尽くす。
今のはいったい何だったのだろうか。
ただ祝いの言葉を述べに来ただけとは思い難い。余計なことはするなという警告、あるいはけん制だろうか。
エルヴィスと手を組んだことを感づかれたのかとも思ったが、それにしては二人が婚約したこと、そして結婚することは本当に祝福しているようだ。
意図がわからず、セシリアは眉根を寄せて、マリエッタの去っていった方向をじっと眺めていた。










