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19.剣となり盾となる

 結局、あえて誰が怪しいかといえば王太后ではないかという、はっきりとしない状態のまま、馬車は神殿にたどり着いた。

 二人で寄り添って婚約誓約書を持ってくるのは珍しいようで、セシリアは周囲から視線を感じる。だが、向けられているのは微笑ましいものを見るような目だったので、少し気恥ずかしさはあったが、悪いことではないだろう。

 婚約誓約書の提出は問題なく終わり、これでセシリアとエルヴィスは婚約者となった。


 再び馬車に乗った頃には、日が暮れようとしていた。

 馬車はセシリアを送るべく、走り出す。


「王太后のことは、私も調べてみましょう。すでに亡くなっているので、難しいところもありますが……確か、ハワード侯爵家の出身でしたね」


「はい、第二王子妃のマリエッタ叔母さまと同じ家の出身です」


「第二王子妃ですか……姉が亡くなった当時は、まだ学園に入学したかしていないかくらいですね。直接関わっているとは考えにくいですが、王太后との繋がりで何かを知っている可能性はありますね」


 二人は、先ほど中断した話の続きを始める。

 だが、さほど進展はなく、王太后や第二王子妃のことを調べてみようといった程度しか出てこない。

 それでも、無事に婚約を結んだため、セシリアが隣国の好色王に送られる心配はなくなった。

 時間に余裕ができたので、焦らず、じっくり進めていけばよいだろう。


「……仮に、王太子夫妻が姉の死にまったく関わっていなかったとしても、姉の名誉を傷つけたのは紛れもない事実です。彼らの罪を暴くという目的は変わりありません」


 セシリアを見つめ、エルヴィスが静かに口を開く。


「姉のことだけではなく……あなたに対する罪の報いも受けさせましょう。少々変わった経緯で婚約となりましたが、婚約者として誠実でありたいと考えています。私はあなたの剣となり盾となりましょう」


 真摯な眼差しを向けながらエルヴィスが囁いたのは、誓いの言葉だった。

 目的のために手を組んだだけで、いずれ婚約を解消するものとしか思っていなかったセシリアは驚き、言葉を失う。

 まさかエルヴィスがセシリア個人のことを、こうも考えてくれているとは、想像すらしていなかったのだ。


 もしかしたらエルヴィスは、セシリアが両親から虐げられる環境から抜け出すため、両親に恨みを抱く者を必死に調べつくして、エルヴィスに取り入ろうとしたと考えているのかもしれない。

 ただ、王太子夫妻がアデラインの死に関わっていなかった場合、王太子夫妻に対する恨みという共通点が薄れてしまう。

 しかし、エルヴィスはもしそうだとしても、セシリアに協力すると言ってくれているのではないだろうか。


「あ……ありがとうございます……」


 セシリアはどうにか礼を述べながら、心の奥がつきりと痛む。

 誠実であろうとするエルヴィスに比べ、自分はどうだろうか。

 かつての義弟であるということで、どこか甘えがあったのだろう。都合の良いように利用しようとしていたことを突きつけられたようで、セシリアは罪悪感が疼く。


「……もし、あなたが後ろめたさを感じているのでしたら、それは無用のものです。私が、あなたの助けになりたいと思っているのです。美しい姫の願いを叶えるのは、男として当然のこと。それが婚約者ならば、なおさらです」


 安心させるように微笑みながら、エルヴィスは囁く。

 全て受け止めようとしてくれるエルヴィスの優しさに、セシリアは涙がにじみそうになってくる。

 そして同時に、アデラインの記憶での幼いエルヴィスが脳裏に横切ってしまう。いつの間にこういう気障なことを言うようになったのだろうという、感慨深さもわきあがってくる。


「どうも、あなたは一人で思い詰めているような気がしましてね。女神の忘れもの、という話をご存知ですか?」


「え……?」


 突然、エルヴィスが口にした言葉に、セシリアは凍り付いてしまう。

 前世の記憶が残った状態である、女神の忘れものについて触れるなど、セシリアは予想もしていなかった。

 まさか、前世の記憶を持っていることに気付かれたのだろうか。


「幼い頃に読んだ童話なのですけれど、女神の欠片である聖女の話です。荒廃した地を救い、人々に崇められながらも聖女は孤独でした。聖女として愛されながらも、彼女自身の名を呼ぶ者は誰もいなかったからです。いつしか聖女も己の名を忘れ、ただ聖女として人々のために尽くしました」


 エルヴィスが語り始めるのを聞きながら、セシリアはほっと胸を撫で下ろす。

 前世の記憶が残った状態のことではなかった。

 そういった名前の童話があったことをセシリアは思い出す。かつてアデラインがエルヴィスに読んであげた本でもあった。


「……確か、力を失った聖女が人々から見向きもされなくなってしまい、幼い少年だけが彼女に寄り添ってくれるのでしたわね。そして、最期に己の名を取り戻すという……」


 記憶を手繰りながら、セシリアは呟く。

 結局、何が女神の忘れものだったのかは書かれていなかったことも、思い出してきた。おそらくは失った名前のことだろうと考えたことも。

 だが、それよりも幼いエルヴィスが憤慨していたことが、アデラインの記憶に残っている。


「そう、人々のために尽くした聖女に対し、あっさり手のひらを返すのですよ。聖女が己の役割を果たす姿が当時、姉と重なりましてね。腹を立てたものです。……そして結局は、姉も尽くした者から手のひらを返されてしまいました」


 悔しそうな響きが、エルヴィスの声に滲む。


「側にいることしかできないと嘆く少年に、聖女は名前を取り戻せたのはあなたのおかげだと言い、笑って天に召されますが、私には納得できませんでした。無力な少年と自分を重ねたのかもしれません」


 当時のアデラインは、聖女が本当に欲しかったものを最期に取り戻し、孤独ではなくなったのだという、ひとつの幸福の形として捉えていた。

 しかし、エルヴィスの捉え方は違ったらしい。

 手のひらを返す人々に苛立ちを覚えるのは、理解できる。当時のアデラインは、恩知らずな人々に対してエルヴィスが腹を立てているのだと思っていた。

 だが、エルヴィスが聖女をアデラインと重ねていたのも、少年をエルヴィス自身と重ねていたのも、当時のアデラインは考えもしなかったことだ。


「あなたを見ていると、何故かこの話のことを思い出します。今の私はもう、無力な少年ではありません。側に寄り添うだけではなく、力をもって立ち向かうことも、守ることもできます」


 しっかりとセシリアを見据え、エルヴィスは真剣な声で語る。


「……あなたは、私を利用したつもりかもしれません。でも、私も同じですよ。あなたを幸せにすることができたら……私も救われるような気がするのです。だから、お互いに利用し合いましょう。あなたは一人ではないことを忘れないで下さい」


 最後は冗談めかして、エルヴィスは微笑む。

 セシリアを物語の聖女と重ねているのか、それともアデラインと重ねているのか、あるいはその両方なのかもしれない。

 今のエルヴィスはアデラインの知る幼かった頃の彼とは違うと思いつつ、時々その名残を見せてくる。

 そして何より、一人ではないという言葉をくれたことに、セシリアはとうとう涙がこぼれ落ちた。


 これまでセシリアには、味方などいなかった。

 アデラインとしての記憶が蘇り、以前より状況は改善したといえるだろうが、それでも一人だったのだ。

 それがこうして寄り添い、温かい言葉をかけてくれる存在がいる。

 セシリアは生きていて良かったと、初めて思えた。

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